立ち去る二人
その晩、昨日のメンバーにトルビンとアンネットを加えて焚き火を囲んでいた。
「いや、しかしこうして伝説の勇者様に会えるとは驚きですね。実に光栄なことです」
トルビンは満面の笑みでタマキとカレンのことを見ている。
「まあ、この国には一応来たことはあるけど、特に何もなかったから。俺達の話は残ってないだろうな」
「しかし今日、我が国にも勇者の伝説ができましたな」
「でも、誰も信じないかもしれないね」
アランの一言でトルビンの熱も若干冷めたらしかった。
「ふむ、それはそうですな。アンネット、そのことはよく考えておいてくれ」
「わかりました」
アンネットはうなずいてから、タマキとカレンの顔を交互に見た。
「ところで勇者様達はいつ出発されるのでしょうか」
「まあ今晩はこっちで休んで、明日の朝一でさよならだ。俺達のやることは終わったし、後はアラン、お前達でなんとかできるさ」
タマキの気楽な物言いだったが、なぜかアラン達一行には、その言葉は心強いものに聞こえた。バーンズは笑みを浮かべて口を開く。
「タマキ様がそうおっしゃるなら、問題はありませんね。カレン殿はどう思いますか?」
「あの魔族はいくらか悪魔の力を吸収したようですが、問題になるほどではないと思います。エリル、あなたには何か渡しておきたいのですが、剣は役に立たないでしょうし」
「それでしたら、眼鏡を交換していただけませんか?」
エリルがそう言うとカレンは微笑んで自分の眼鏡を外す。
「役に立つものではありませんが、いいかもしれませんね」
それからカレンとエリルは互いの眼鏡を交換した。エリルは受け取った眼鏡をかけると、気合が入った表情になった。
「後は私達に任せてください」
「頼みましたよ」
それからしばらくして、タマキとカレンは立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ休むとするか」
そう言って、タマキとカレンは一緒のテントに入っていった。それを見送ってから、ティリス立ち上がった。
「ごく自然に同じテントに入るんだな」
「まあ僕の聞いてた通りだけどね」
アランはそれだけ言って、焚き火をかき回した。
「とりあえず、最初の見張りは僕がやるから、みんなは休むといいよ。エリルはそっちの二人を送っていってくれないかな」
「わかりました。ではタマキ様にカレン様、ごゆっくりお休みください」
そして、何事も起こらずに翌朝。タマキとカレンはまだ誰も起きていない時間に起き出していた。
「おはようございます、バーンズ様」
カレンが見張りをしているバーンズに挨拶をした。
「早いですね。もうお帰りですか?」
「まあ、あっちに戻ってやらないといけないこともあるし。こっちは大丈夫そうだし」
「はい、アラン様ならば大丈夫なです。私も全力を尽くしてお助けしますから」
「それなら本当に安心だ」
それから、タマキはバーンズに手を差し出した。
「これでお別れになるかもしれないけど、また何かあれば助けにくるから」
「タマキ様の助けが必要にならないように力を尽くします」
バーンズはタマキの手を握り返し、力強く言った。数秒の間、二人はそのままの体勢でいてから、ゆっくりと手を放した。
「じゃあ、俺達はもう行くよ」
「はい、お達者で」
タマキがカレンにうなずいてみせると、カレンは剣を抜いてその場で真っ向から振り下ろした。すると、空間が裂け、人間が通れるほどの大きさになる。
タマキとカレンがそこに入ろうとしたが、二人は足を止めて空を見上げた。
「そういえば、お前もいたなファスマイド」
「やっぱり気づかれちゃったみたいだね」
その言葉と共に、上空でファスマイドが姿を現した。
「相変わらず何かちょっかいを出してるようだけど、あまりおかしなことはするなよ」
「なに、僕は人間を追い込むようなことはしないよ。そんなことをしたら僕の楽しみがなくなってしまうからね。まあ、僕のほかにも二人ほど変わり者がいるけど、そっちも心配しなくていいよ。アラン君のおかげで、彼らも人間に興味を持ち始めたようだからね」
「あなたの周りには変わった魔族がいますね。混沌の力の負の側面に支配されないならば、かなり人間に近いと言っていいと思いますが」
カレンの言葉にファスマイドは笑顔の前で手を横に振った。
「僕みたいなのが人間だったら面白いだろうね。でも違う。だから僕はあまり手を出さないのさ。他の二人がこれからどうするかはわからないけど、人間にとって悪いことにはならないだろうね」
「まあいいさ。この世界の人達はそんなに弱い存在じゃないし、これからは悪魔も俺みたいな存在も出現はしなくなるからな」
「なぜそれを僕に言うのかな?」
「エバンスには話して来たからな。お前からは魔族の連中に悪魔はもういないって教えてやればいい」
「なるほどね。ある意味それは僕達が開放されるってことだ。僕にとってはうれしい話だよ」
「そうか。じゃあな、まあまたお前とは会うことがあるかもしれないけど」
それから、まずはカレン空間の裂け目に入り、続けてタマキが入っていった。それから空間の裂け目は小さくなっていき、二人の姿は虚空に消えた。
ファスマイドはそれを見届けると、音もなくその場から姿を消した。
バーンズは静かに焚き火の前に腰を下ろした。
「これから、どう変わっていくのだろうな」
そのつぶやきは誰も聞くものはなく、虚空に消えていった。
「勇者様はもう行ってしまわれたのですか」
馬車でキャンプまで来たマグダレンはがっくりと肩を落としていた。
「こんなことなら仕事を中断しておくべきでしたね」
「マグダレン様、そうするわけにもいきませんし、勇者様達には私やアラン様達もお会いしていますから、お話ならばできます」
「しかし、しかしなあ」
マグダレンはしきりにため息をついていた。ティリスはそれを見て、アランに耳打ちをする。
「なあ、あのおっさんずいぶんしょげてるなあ」
「よほど勇者に会いたかったんだろうね。でも、この国の最高責任者だから、中々時間が作れなかったんだよ」
「偉いさんは面倒くせえな。別のおっさんは来てたけどな」
「トルビンは特に公的な地位についてないからね。影の実力者ってやつかな」
「ふーん。まあ、あれだけすごいのが見らんなかったのは残念だな。落ち込むのもわかるぜ」
「そうだね。でも、すぐにそれどころじゃなくなるだろうけど」
それからアランはマグダレンのほうに歩いていって、その肩に手を置いた。マグダレンはそれで我にかえったらしかった。
「アラン様、何でしょうか?」
「これから大変になるから、できれば街のほうはいつでも避難できるようにしていて欲しいんだ。大事になるかもしれないから。それに、僕は勇者から魔法をもらったからね、特別な魔法だよ」
「勇者様の魔法ですか、それは楽しみですね。街のほうはすぐに取りかかりましょう」
「よろしく。じゃあ、詳しいことはもうちょっと落ち着ける場所で話そう。エリル、一緒に来てくれるかな」
「はい、わかりました」
それから、アランとエリル、マグダレンとアンネットはその場を離れた。




