限られた時間
翌日、ミラとソラが街の巡回に出かけてから、アランはタマキと向かい合って立っていた。
「さて、最初に言っておくと、俺は精霊のことはよくわからないから、まあそっちの方面では力になれない。だから」
そこでタマキが指を鳴らすと、二枚のカードが空中に現れてそのまま静止した。
「こいつは俺が作った魔法だ。一つはマッハって名づけた、高速移動ができるようになる効果で、もう一つは本当は飛行魔法と言いたいところだけど、違う」
「それじゃあ、一体それはなんです?」
「ジャンプだ。マッハと組み合わせれば飛ぶ相手にだってけっこう戦えるようになるはずだ」
それからタマキは空中のカードをつかんで、アランに投げた。それを受け取ったアランは二枚のカードをじっと見つめる。
「契約してみればわかる。使いこなせるかどうかは、お前次第だけどな」
アランはうなずき、二枚のカードを天にかざす。
「契約! マッハ! ジャンプ!」
カードが光になり、アランの体に吸い込まれていったように見えた。
「さて、とりあえずそれで使えるようにはなったよな。使ってみてくれ」
「それじゃあ」
アランは腰を落として構えた。
「マッハ!」
そして一歩踏み出すと、アランの体は一気に加速し、そのせいで体勢を崩してしまった。
「うわっと!」
それでもアランはなんとか転ばずに膝をついてなんとか止まってみせる。
「よく転ばなかったな。でも中々のもんだろ」
「確かにこれは使えそうですね」
「ジャンプのほうも試してみろよ。本当はマッハと組み合わせて使うといいんだけど、とりあえずは単体で慣れないとな」
アランは黙ってうなずくと再び腰を落とした。
「ジャンプ!」
そしてアランが踏み切ると、その体は大きく空中に跳び上がったが、体勢を崩しながらもなんとか着地した。
「どうだ、着地までのサポートつきだから、怪我をするようなことはないぞ」
「確かに、これはなかなか」
そう言ってからアランはもう一度ジャンプしてみる。今度は体勢を崩さずにうまく着地してみせた。
「おお、さすがに飲み込みが早いな」
「そうですか?」
「いやまあ、他人に使わせるのは初めてなんだけどな」
そこから少し離れたところでは、カレンがエリルの魔法槍を手にとってよく見ていた。
「なるほど、確かにこれは変わった武器ですね。私ではあまりうまく使えそうにありませんが」
「いえ、そうしてその形態を維持するだけでも普通は難しいんです。なので、ほとんど私の専用武器になってしまっているんですが」
「エリル、あなたは魔法の才能に優れていますね。しかしやはりこれでは私が教えられるようなことはないようですが」
「いえ、一度私と立ち合っていただきたいのです」
「それはかまいませんが、どの程度の力を出しましょうか」
「できれば魔族程度の力でお願いします」
「そうですか、では」
カレンは魔法槍をエリルに返した。それから目を閉じて眼鏡を外すと、それを腰のホルダーに入れ、腰のショートソードを抜いた。
「いきますよ」
カレンが目を開くと同時に、その瞳は金色に輝き、その身を包むように生み出された漆黒のローブのようなものが二つに割れ、翼のように広がった。そして、その手のショートソードは闇に包まれて漆黒のロングソードに変わる。
エリルはその迫力に気圧され、思わず一歩後ずさった。
「これでちょうどそれなりの魔族と同程度の力です」
「それなら、遠慮なく行きます」
エリルは気を取り直してから魔法槍を構えた。そして、雷を自分の手から発生させ、魔法槍の先端に集中させていく。
「ハァッ!」
エリルが突進すると同時に周囲に閃光が走った。だが、その閃光が消えた時、カレンの剣がその魔法槍をがっちりと押さえつけていた。
「いい攻撃です」
「まだです!」
エリルは魔法槍を中心で二つに割ると、押さえつけられた状態から先端のほうを引き抜くと同時に、後ろにステップして距離をとった。
「ファントム!」
二つに分かれた魔法槍から青い光が発生し、二本のロングソードのようになる。エリルはその二本でカレンに斬りかかった。
だが、カレンは漆黒の剣でその二刀流の攻撃をことこどくさばき、隙をついてエリルの足を払う。エリルは一瞬バランスを崩すが、すぐに立ち直ってカレンの追撃をかわした。
「いい身のこなしです。ですが」
カレンは地面を蹴って空に飛び上がった。そしてエリルの真上で一旦静止すると、そこから一直線に急降下する。
エリルはそれを前転してかわすが、カレンは再び上昇して同じような位置をとった。エリルは膝をついた状態で見上げながら、魔法槍を再び一つにした。そして、それを空中に放り投げる。魔法槍は炎を発しながら空中で静止して回転を始める。
「ファイア! サイクロン!」
エリルの放った火の玉が回転する魔法槍に直撃し、そこから炎の竜巻が発生した。それはカレンを一気に飲み込んだが、数秒後、カレンのいた位置を中心として弾けた。
「これはかなり強力な魔法ですね」
そう言うカレンは、さっきまでとは違い、白銀の髪と瞳、翼を持ち、同じように輝く剣を持っていた。
「カレン様、それは」
「思わず力が入ってしまいました。見事な攻撃でしたよ」
カレンは地面に降り立つと剣を収め、元の状態に戻った。エリルも落ちてきた魔法槍をつかむと分解して腰に収める。
「いえ、まるで通用している気がしませんでした。さすがカレン様です」
「私はいささかイレギュラーですからね。しかしそれがなければあなたに勝てる気がしません。それだけの力があるのなら、仲間と力をあわせれば魔族も魔物も恐れることはありません」
「はい。必ずアラン様や他の皆を守ってみせます」
エリルの言葉を聞き、カレンは微笑んだ。
「あまり無理をしないようにしてくださいね。あなたは一人ではないんですから」
「わかっています」
二人は同時にうなずいた。
「すごいのがいるんだな」
ティリスはそんな二組を見ながらつぶやいていた。
「あのお二人が伝説なのがわかるだろう」
バーンズがそう言うと、ロニーはため息をつく。
「どうせなら残りの魔族を相手にするのにも手を貸してくれりゃいいのにな」
「何か我々にはわからない事情があるようですから、仕方がありませんよ。こうして時間を割いてくれているだけでもありがたいことだと思います」
レンハルトの言葉にバーンズはうなずく。
「そうだ。あの方達にはやらねばならないことがあるんだ。だから、今ここは私達が何とかしないといけない」
それを聞いたティリスは勢いよく自分の右の拳で左の手のひらを打った。
「そうだよな。すぐどっかに行っちまうんなら、今のうちに稽古でもつけてもらうとするか!」
ティリスはカレンとエリルに向かって走っていった。ロニーも大きく息を吐き出して歩き出す。
「行こうぜレンハルト。俺たちもやることがあるよな」
「そうですね。あの方達に見てもらえれば何かヒントが貰えるかもしれませんし」
そしてロニーとレンハルトもその場から歩いていった。一人残されたバーンズは、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。
「もっと若ければ、私もあそこに加われたな」