『白羽根の誘い……希望を捨てた沈黙の剣闘士』 双星のヴァルキュリア 外伝 前編
プロローグ
「レオンよ……お前は俺のようになるな……よ」
ゲホッ……
聞き取れない程の小さな声で呟くと
男は口から真っ赤な血を吐きながら膝から崩れ落ちた。
ガチャン!
剣は手から離れた。
「見よ!私の勝利だ!」
高々と拳を振り上げた。
「ウオォォー! レオン王子!」
観衆は声を上げて立ち上がると
次期国王の誕生に熱狂した。
本文
「申し訳ない……母上。村には帰れそうに……」
男は静かに死を向かえようとしていた。
「目が霞む……」
突然周りから全ての声や物音が聞こえなくなった。
キィーン……
頭の羽根飾りが哀しみに共鳴する。
光のルナ・ヴァルキュリアはゆっくりと
まるで羽根のように音も無く地上に舞い降りた。
透き通るような青く美しい甲冑を見にまとい
横顔からは少し悲しげな雰囲気を醸し出していた。
キン……
羽根を象ったイヤリングから一枚羽根を
抜き取ると剣となった。
シュン……
男の内より生まれ出た哀しみを
瞬時に切り取り浄化する。
哀しみの結晶は漆黒、内部から碧い光が見えていた。
「名前は……リーフ」
ルナへ記憶と想いが流れ込んできた。
「おぉぉ……どれ程待ち望んだことか!
ついに、ついに生まれたのか」
「国王様、元気な男の子でございます」
部屋中に鳴き声が響き渡った。
「儂の後を継ぐのだ王子よ。
リリーナ、ゆっくりと休むがいい」
待望の男の子が誕生したのだ。
リーフと名付けられた。
次期国王として大切に育てられた。
バキッ!
「リリーナめ……下級貴族の身でありながら
……許しませんよ」
押さえきれない感情が沸き上がり
持っていた扇子が折れる程に怒り狂う一人の女性。
王妃エリザベスである。
彼女は隣国の王の娘であり
両国の安定と平和のために嫁いできたのだ。
「そうか! もう立ち上がって歩き始めたか。
うんうん、リーフよ気を付けて歩くんだ」
王は終始笑顔だった。
「なんと……小賢しい」
元気に育つリーフが憎くて仕方なかった。
「妾はこの国の王妃なのだ」
鏡の前で毎朝呪文のように唱え
王の隣ではにこやかに振る舞うしかなかった。
数年後、ついにエリザベスは子を授った。
「何て可愛いのかしら。
あなたは正統なる王の後継者ですよ」
「うむ、エリザベスよく産んでくれた。
きっと勇ましく強い子になるだろう」
王は赤ん坊を抱き上げるとレオンと名付けた。
「リーフよ弟のレオンだ」
「父上、レオンの手はこんなに小さいのですね」
目を輝かせながら自分の手とレオンの手を見比べた。
二人は兄弟として大切に育てられた。
「エイッ! エイッ!」
「ヤァッ! ヤァッ!」
「リーフ様もっと腰を低くですよ。
レオン様も剣に遊ばれてます。しっかり握りましょう」
「こう? エイッ!」
リーフは剣先を一気に下から上に切り上げた。
「兄上、今のは早すぎて切先が見えなかった」
パチ! パチ! パチ!
「リーフ様、今のは素晴らしいですよ。
では今日はこれまでにしましょう」
語学の教官がもう二人を待っていた。
「リーフ様! 寝てはいけません!」
コンッ!
「ごめんなさい……つい」
「兄上、寝てはいけませんよ」
リーフは読み書きが退屈だった。
剣術が楽しくて仕方なかったのだ。
この時リーフは八歳、レオンは五歳だった。
王は二人に対し分け隔てなく接した。
「リーフは必ず邪魔になる。
何か手を打たなければ……」
エリザベスは窓から剣術を習う二人を
見下ろしながら考えた。
「王よ……
次の王位継承はレオンで間違いないのでしょう?」
「突然どうしたのだ。
確かにレオンは第一継承権がある。
だが、リーフとてまだわからん。
レオンの身に何かあれば次はリーフが王になるだろう。
今は成長を見守るのだ」
我が子を確実に国王にするためさらに詰め寄った。
「リリーナは元々下級貴族の出身の娘
側室の子などもっての他です!」
「まだその話は早い!」
気にさわったのか立ち上がると
王はその場を立ち去った。
「ならば……こちらにも考えがあります」
口元を扇子で隠しながら小さく呟いた。
「王よ、レオンとリーフと一緒に
鹿狩りに行きませんか?」
「鹿狩りに?」
「はい。
日頃の武術の成果を見る良い機会かと思います」
「ふむ、それもそうだな。
二人の成長ぶりを見せてもらおうか」
「わかりました。では早速準備をさせます」
「うむ、任せよう」
「では、失礼します」
エリザベスは部屋を出た。
「リーフがこれでいなくなれば……フフフ」
口元を扇子で隠しながら不適な笑みを見せた。
「誰かおらぬか!」
「はっ!ここに」
「明日の朝、森へ鹿狩りに行きます。
レオンとリーフへ準備をさせなさい。
それと、腕利きの弓使い数人と王の護衛を
連れて行くのです」
「わかりました。早速準備させます」
「最後に、吹き矢を使える者を一人用意しなさい」
「吹き矢ですか?」
不思議そうに首をかしげた。
「そうです、私の前に連れて来るのです。良いですね」
「わかりました。用意します」
ある計画を企てたのだ。
「王妃様、連れて参りました」
「お前は部屋の外で待っておれ」
部下は部屋から出ていった。
「吹き矢を使えるのだな?」
「はい、何をすれば良いのでしょうか?」
「簡単です。茂みに身を潜めて黒い馬を
吹き矢で射つのです。場所はまた伝えます」
「馬をですか?」
「そうです、終わったらその場を離れて構いません」
「人が乗っているのでは?」
「あなたが心配する必要はありません。
馬を射ちなさい。いいですね?」
「わかりました」
「これを受け取りなさい」
ずっしりとした袋を手渡した。
「これは……」
「必ずやり遂げなさい。
後、この話は誰にも言ってはならない。
言ったらお前の命はありませんよ。行きなさい」
「……はい」
男は立ち上がると部屋を出ていった。
「ふっ……面白くなってきた」
口元を扇子で隠しながら微笑むのだった。
「レオン、明日は鹿狩りに行きますよ。
王にあなたの実力を見せるのです」
「私に出来るでしょうか……」
「自信を持ちなさい。
リーフより先に鹿を射止めるのです。
ちゃんと見ていますよ。
さぁ、明日に備えて眠りなさい」
「はい、母上。おやすみなさい」
レオンはベッドへ入ると目を閉じて眠りに就いた。
「リーフ……あなたには消えてもらいます。
リリーナが悲しむ顔が目に浮かぶ」
そう呟くと蝋燭の火を吹き消した。
「うむ、雲一つ無い。良い天気に恵まれた」
王はゆったりと椅子に腰を掛け
紅茶の香りを楽しんでいた。
「では、そろそろ始めましょう。合図の角笛を!」
エリザベスは立ち上がり命じた。
ブォォォー!
「始まった! 鹿を探しに行こう!」
「負けませんよ。兄上」
「リーフ様、レオン様! 私が案内します」
案内役が先頭になり
二人は馬に股がるとゆっくりと進んで行った。
その後を護衛の兵士達が続いた。
「予定通りに運べば……さあ、上手く狙うのですよ」
エリザベスは紅茶を口に運んだ。
ガサガサッ!
茂みが動いた。
「何?」
「ハハハッ!レオン、今のは風だよ」
「熊かも思いました……」
「熊はさすがに出ないよ」
馬を操りながら他愛ない会話が弾んだ。
カサッ……
茂みから細長い棒が静かに伸びた。
「予定通りだ。黒い馬は……あれか」
近づいて来る目標を確認すると吹き矢を構えて
狙いを定め大きく息を吸い込んだ。
フッ!
飛び出た矢は真っ直ぐリーフが乗る馬に
向かって飛んで行った。
ヒヒーン!
馬の首筋に吹き矢が命中した。
「うわっ! 急にどうしたんだ! 止まれ!」
リーフは手綱を引くが
突然の痛みに馬は驚き走り出した。
「誰か! 止めて!」
リーフの叫び声がどんどん小さくなっていった。
「リーフ様! 手綱を離してはいけません!」
先頭で案内役をしていた一人の兵士が後を追い掛けた。
「お願いだから止まってくれ!」
馬は我を忘れ森を突き進んでいった。
「くっ! 間に合ってくれ! 向こうは崖だ」
「リーフ様! 目を開けるのです! さぁ!」
兵士の手が伸びる。
「駄目だ! 無理だよ」
「私の手を掴むのです! 早く!」
「わかったよ! 届け!」
二匹の馬が並んだ時、リーフと兵士の手が触れ合った。
「こちらへ!」
リーフを思いっきり引き上げた。
リーフの馬はそのまま走り去って行った。
「うわー!」
「止まれ! 止まれ!」
兵士はリーフを抱えながら手綱を引っ張り
馬を止めた。
「リーフ様、お怪我はありませんね?」
「ありがとう……本当に死ぬかと思った」
リーフは大きく息をしながら
兵士の馬からゆっくりと降りた。
「危なかった。
あのまま進めば崖に落ちて大変な事になっていました」
馬を降りると兵士はリーフへ水筒を差し出した。
「兄上! 大丈夫ですか!」
レオンの声が聞こえる。
「大丈夫だレオン! ここにいる!」
「良かった。心配しましたよ」
「しばらく馬はこりごりだよ」
「兄上戻りましょう。鹿狩りはもう中止です」
「では参りましょう。
リーフ様、私の馬にお乗り下さい」
そう言うと兵士はリーフを後ろへ
乗せると馬を走らせた。
後ろにレオンが続いた。
「リーフよ! 無事だったのだな。心配したぞ」
王は立ち上がるとリーフに駆け寄った。
「ちっ!」
エリザベスは王とリーフの様子を恨めしそうに
見つめながら平然を装った。
「また何か策を考えないと……妾は先に戻りますよ」
バン!
馬車に乗り込むと、扇子を思いっきり叩きつけた。
「リーフ……何て悪運の強い」
馬車は城へ向かった。
鹿狩りから数日が経過したある日
王は側近から聞かされた事に耳を疑った。
「それは本当なのか?」
「はい、王妃から申し付けられたと……」
「だが証拠が無いであろう。本人を探し出すのだ」
「わかりました。では失礼します」
そう言うと側近は立ち去った。
「どういうつもりなのだ。リーフを暗殺など」
椅子に深く腰を掛けると王は大きく息を吐いた。
だが、証拠は出てこなかった。
吹き矢の男も、痕跡も全て跡形もなく
消されていたのだった。
「証拠など出てこないでしょうに。
さて、次はリリーナに消えて貰いましょう」
エリザベスは何もなかったかのように
涼しい顔をしていた。
「王との食事会は明日の夜……ならば」
立ち上がったエリザベスは調理室へ向かった。
「これは王妃様! 一体どうされましたか?」
見習いのコックが手を止める。
「次の食事会のメニューはわかりますか?」
「はい、こちらに」
メニューを差し出した。
「ふむ……なるほど」
手に持つ扇子が上下にゆっくりと揺れる。
「リリーナに出す最後のデザートにこれを
隠し味に使いなさい。必ずです……いいですね?」
小さな小瓶をコックへ渡した。
「これは?」
「リリーナの好きな香りです。
疲れが一気に取れるのですよ」
「私からリリーナへ、日頃の感謝の気持ちなのです。
誰にも言ってはいけませんよ。サプライズですからね」
「わかりました」
「頼みましたよ。くれぐれも他言は無用です」
パン!
扇子を一気に閉じるとエリザベスは戻っていった。
「そう……私からの特大サプライズですからね」
食事会を想像するととても気分が高揚した。
「みんな席に着きましたね。では、始めましょう」
エリザベスは皆が着席したのを確認した。
「レオンもリーフもちゃんと
真面目に学んでいるかな?」
「はい、剣術はとても楽しいです」
リーフはナイフを持つと切る動作をした。
「でも、兄上は語学は寝てばかりなんです」
「レオン! 余計なこと言うな」
「リーフ、上に立つ者は強いだけては駄目だぞ」
「はい……頑張ります」
そして、あっという間に最後のデザートが
テーブルに並んだ。
「これで最後ですね。とても優しい味です」
エリザベスはとても満足した様子で
デザートを口に運んだ。
目線はリリーナの手元に置かれた
デザートに釘付けだった。
「リリーナ、デザートの味はどうですか?」
エリザベスは待ちきれない様子で問いかけた。
「そ、そうですね。王妃がおっしゃる通り、
優しい味がします」
リリーナは一口食べるとそう答えた。
「そうですね、とても優しい味。
今までの人生で一番です」
エリザベスの目はとても優しく心から感動
したかように満面の笑みを浮かべるのだった。
「うむ。では、食事会はこれにて終わろう。
リーフ、レオンよ。また色々教えておくれ」
王はそう言うと立ち上がった。
それに続いてエリザベス、リリーナが立ち上がった。
「うぐっ! 苦しい……」
突然リリーナがお腹を抱え苦しみ出した。
「母上!」
「一体どうしたのだ! 早く医者を呼べ!
ベッドに寝かせるのだ」
リーフが駆け寄り、周りは騒然とした。
「リリーナ、大丈夫ですか?
疲れが溜まっているのかも知れません。
ゆっくり休みなさい」
エリザベスは運ばれるリリーナを
見守るように見つめていた。
医者が到着すると直ぐにリリーナを診察していった。
「母上……」
リーフは外で待つしかなかった。
ガチャン……
扉がゆっくり開き医者が出てきた。
「母上は無事なのですか?」
リーフは詰め寄った。
「何とか持ちこたえましたが
今夜が山場かと思います。
後はリリーナ様の体力次第です」
王に報告をするため医者はその場を離れた。
「母上! しっかりして下さい」
リーフは部屋に入るとリリーナの手を
ずっと握り締めた。
「それは本当なのか?」
王は握り拳の震えが止まらなかった。
「はい。経路は不明ですが
毒の可能性が完全には否定できません」
「一体誰がこの様な事を……わかった
もう下がって良い。リリーナの事は頼んだぞ」
「はい、では失礼します」
医者は部屋を出ていった。
「まさかエリザベスが……いや、証拠が無い」
「リリーナよ許してくれ……リーフよすまぬ」
その夜、王は一晩中リリーナが回復
するよう祈るのだった。
「ここは……リーフ?」
リリーナはゆっくりと起き上がると
そばにリーフが眠っていた。
「あっ……母上! 大丈夫ですか?
食事会で倒れてずっと眠っていたのです」
「そうだ、突然ふらついて、お腹の痛みで……
リーフ心配させてごめんなさいね。もう大丈夫よ」
リーフの手を握り締めた。
「リリーナ様! 良かった目が覚めたのですね。
しばらくは安静にして下さい」
医者が部屋に様子を見に来たのだ。
「心配を掛けました。
王にはもう大丈夫だと伝えて下さい」
「わかりました。
ふむ、熱も無いようです。では失礼します」
医者は部屋から出ていった。
「そうか、命には別状無いのだな」
「はい、後はゆっくりと回復を
待たれるのが良いかと思います」
「わかった。
また何かあった時は頼むぞ。もう下がって良い」
一礼すると医者は戻って行った。
ドサッ!
王は椅子に座り込んだ。
「これ以上二人を城に置いておく訳にはいかぬ……か」
両手で顔を覆い隠した。
数日が過ぎ、リリーナの体調も回復した。
「リリーナよ、体調も良くなり何より」
「心配してましたよリリーナ。元気そうで良かったわ」
「申し訳ありませんでした」
リリーナは頭を下げた。
「今日ここへ呼んだのはそなたとリーフの事だ」
王の声が低くなった。
「はい、何でしょうか?」
「うむ……」
しばらくの沈黙が続いた。
「二人を本日をもってこの城から出て行ってもらう」
「そんな!
急にどうして……どうかリーフだけでも!」
「駄目だ! これはもう決定している。
リーフは王位を継承する資格はない」
「そんな……あんまりです」
リリーナはその場に泣き崩れた。
「今夜荷物をまとめて城を出るのだ。
行く場所はすでに手配してある」
「もう一度……どうか御慈悲を!」
「話は以上だ……さあ行くが良い」
腹の中から絞り出すように王は告げた。
「……甘いな」
エリザベスは二人の様子をただ静かに見つめていた。
「母上……荷物をまとめました」
「では、行きましょう。
後は馬車に乗れば目的地に到着します」
「ごめんなさい……リーフ」
「私は大丈夫です。これからは私が母上を守ります」
リリーナはゆっくりとリーフに手をまわし抱き締めた。
「リリーナ様、時間です。さあ馬車の中へ」
護衛の兵士が声を掛けた。
「リーフ乗りなさい」
パシン!
ムチの音と共に二人を乗せた馬車は
ゆっくりと動き出した。
「行ったか……」
報告を受けた王はゆっくりと椅子に腰を掛けた。
「これ以上あの二人が不幸にならないように。
後継者争いに巻き込まれないために。
許してくれ……命を守る方法はもうこれしか無いのだ」
王は二人の無事を祈った。
「お城が小さくなっていく」
馬車の窓から顔を出し
月夜に照らされる城を見つめるリーフだった。
『白羽根の誘い……希望を捨てた沈黙の剣闘士』
双星のヴァルキュリア 外伝 Fin
エピローグ
「レオンよ……リーフの事は忘れよ。
これからはお前が王位継承者としての
自覚をしっかりと持つのだ」
「なぜ急に城から追い出したのです!」
「リーフはもう死んだものと思うのだ!……良いな」
王はそう告げるとそれ以上は話さなかった。
その夜、エリザベスは一人の部下を呼んだ。
「リリーナとリーフの居場所を調べるのです。
見つかったらすぐに知らせなさい」
「わかりました」
すぐに立ち上がると部屋から出ていった。
「フフフ……逃がしませんよ。リリーナ、リーフ」
エリザベスは扇子を開くと口元を隠した




