『双星のヴァルキュリア 外伝 戦乙女と歌姫のレクイエム』後編
プロローグ
「シスターどうしよう。心臓が飛び出るよ」
ソフィアは緊張で落ち着かない。
「深呼吸するのよソフィア。一緒にやるのよ」
ハァー……
スゥゥー……
「どう? 大丈夫でしょ?」
「無理だよ……だってあんなに人がたくさん」
ソフィアの目線の先には大勢の人が集まっていた。
時を同じくして
国境付近では一つの砦を巡って攻防戦が
始まろうとしていた。
まだ二人は知るよしもなかった
本文
次の日、会場への入り口が人で塞がっていた。
「すごい……隣町まで続いてるかも」
どこからこんなにも人が集まってきたのだろう。
ソフィアは手を胸に当てた。
「大丈夫よ、いつも通りに歌えばいいのよ」
ギュッ!
シスターの優しい匂い。
「ありがとうシスター、行ってくるね」
笑顔で別れた。
シーン……
空気が張り詰める。
「国王様から皆へ一言」
記念祭が始まった。
「皆の者、集まってくれて礼を言う。
本日は我が国の建国記念日」
「そなたたちの歌でこの国の繁栄と平和への
祈りを捧げて欲しい。以上だ」
ドクン! ドクン!
握る手に汗がじわっとにじむ。
スッ……
指揮者が両手を上げた。
美しく神聖な歌声が会場を包んだ。
次々と歌い手が変わっていく。
指揮者がソフィアへ合図を送る。
「ラー……ラーラララー……」
心地良い柔らかな高音が周りを包んでいった。
「うむ……これは!」
目を閉じ、首を縦に振る。
国王はソフィアの歌声に心から感動した。
「あの者の名はなんと言うか」
そっと使者に告げる。
「ソフィアか……わかった」
「これで、変わるかもしれんな」
国王は再び目を閉じた。
その後、記念祭は順調に進み無事に閉会した。
二人は教会へ向かった。
「シスター! こんなにドキドキしたのはじめてだよ」
緊張が解けたのか
シスターにピッタリとくっつくソフィアだった。
「帰ったらゆっくり休みなさい。
みんなに買ったお土産も渡さないとね」
シスターはにっこりと微笑むのだった。
その頃……
記念祭が終わり、国王とその側近たちは机を囲んでいた。
ロウソクの火が揺れながら暗闇を照らす。
「では、戦況はどうなっている?」
国王は地図を見ながら尋ねた。
「思わしくありません。
兵士たちは指揮が低く
敵前で逃亡や離脱者が出ているとのことです」
報告書を側近が読み上げた。
「国境を突破されるわけにはいかん」
「逃げるのではなく
どんなことかあっても守り抜くという
意思を持たせなければならん」
「そうだろ?」
国王は側近たちをぐるりと見渡した。
「しかし、死にたくないと思う者たちに
どのように指揮を上げるのです?」
側近が問いかける。
「うむ……それは歌だ。歌の力を使うのだ」
「金品を与えても、一時しのぎにしかならん。
だが、人の心を動かせるのは歌の力だ」
国王は立ち上がり、話を続けた。
「記念祭の時、会場が一つになるのを感じた」
「兵士たちの前で、歌を聞かせるのだ。
心揺さぶる歌を」
「必ず指揮は高まる。
家族を、国を守らねばならんと心が動くだろう」
国王の言葉に異議を唱える者はなかった。
パサ……
「では、歌姫となる者たちを集めましょう」
一人の側近が記念祭のリストを広げた。
「計画はほぼ出来上がっています。
後は会場の確保と歌を聞けるように
各部隊に日程を調整します」
「うむ。では、歌姫の件は任せる」
そう言うと国王は立ち上がり席を後にした。
「確かソフィア……だったな」
思い出すように小さく呟いた。
数日後、教会に使者が訪ねてきた。
「ここにソフィアという娘はいるかな?」
「はい。ソフィアが何かしましたでしょうか?」
シスターは不安げに答えた。
「これを。国王様からの勅旨です」
手紙を開き内容を読み上げた。
「ソフィアが!」
バサッ……
思わず洗濯かごを落としてしまった。
「突然ではあるが、一週間後に迎えを遣わす。
その間に出発の準備をするように」
そう告げると使者は帰っていった。
「ソフィアが……宮廷の歌姫に」
「ソフィア! 大変よ!」
急いで洗濯かごを持ち上げると教会へ戻った。
「えぇっ! 私が大勢の前で歌うの?」
「嬉しいけど、そんなの急すぎるよ」
「ソフィア、国王様からの依頼を断ることは出来ないの。
一週間後、あなたは行くのよ」
国王からの依頼とはいえ、シスターも困惑していた。
あっという間に時間は過ぎる。
ソフィアの荷物はキチンとまとめられた。
出発の前夜、夕食をみんなで囲みケーキを食べた。
「ソフィア、有名になったら呼んでよね」
「すぐに帰ってくるかもしれないよ」
ケーキを口に運びながら会話が弾んだ。
「みんなにお土産持って帰るよ」
ソフィアは笑顔で答える。
片付けが終わり、みんなが寝る準備をしている。
「シスター、今日は一緒にベッドで眠りたい」
ソフィアがちょっと照れ臭そうに近寄ってきた。
「いいわよ。ソフィアは甘えん坊ね」
ベッドへ向かうと窓から満月が見えた。
「私、行きたくない」
「ソフィア……大丈夫。
辛くなったら帰ってきなさい」
そう言ってシスターは抱き締めた。
朝になると使者が迎えに来た。
「ソフィア! 身体に気をつけて!」
「無理するなよ!」
みんなが見送った。
「みんな! シスター! ありがとう!」
「絶体帰ってくるからね!」
馬車に乗り込むとみんなの姿が見えなくなるまで
手を振った。
「……神よ、ソフィアを見守りください」
シスターは静かに呟いた。
ガタガタガタ……
ソフィアを乗せて馬車は目的地を目指した。
流れる景色を静かに眺めていた。
半日ほどで到着すると、馬車からソフィアは降ろされた。
「ソフィアよ、到着して早々すまないが
国王様がお待ちだ」
長い廊下を歩くと大きな扉が現れた。
ギィィィ……
「ソフィアよ、前へ」
重く閉ざされた扉が開く。
玉座に座る国王は
ずっしりと落ち着いた物腰でソフィアを迎えた。
「緊張しなくてよい。ソフィアよ
良く来てくれた。心から礼を言う」
「お主の歌声で、皆の心に勇気と希望を与えて欲しい」
その眼差しは真っ直ぐソフィアへ向けられた。
「はい……国王様。
でも、私にそんな力があるでしょうか」
ソフィアの手が震えた。
「ソフィア、歌姫よ……自信を持つのだ」
ギィィィ……
扉が閉じられた。
「ソフィア殿、部屋へ案内しよう」
国王はソフィアを宮廷へ迎え入れた。
ガチャ……
「さぁ、入って」
「ここが私の部屋……広いな」
「好きに使っていい。
舞台に上がる時以外は何をしても構わないからね」
机に鍵を置くと召し使いは出ていった。
バサッ……
ベッドへ身を投げた。
窓から月明かりが差し込む。
部屋からは笑い声も何も聞こえない。
「みんな、どうしてるかな。……シスター」
緊張が解け、ソフィアは深い眠りに落ちた。
しばらくすると、隣国との国境争いは激しくなっていった。
戦況報告が国王のもとへ届けられた。
グシャ!
「何をやっているのだ!
このままでは突破されるであろう!」
激怒した国王は、報告書を握りつぶした。
「一刻の猶予もない。兵士たちへ歌を聞かせるのだ。
よいな!」
「はいっ!」
側近はすぐさま、会場を管理している館長へ予定を伝えた。
「ソフィア、声の調子はどうだい?」
「はい、大丈夫です。今日は何を歌えばいいの?」
兵士たちを鼓舞し、指揮を上げる歌。
「ソフィア、母親や大切な人を想う歌を歌ってくれないか。まだ時間はあるからね」
母親を想う歌。ソフィアは母親を知らない。
「母……私にはお母さんはいない。
どう歌えばいいんだろう」
少し目を閉じる。
「歌を大切になさい。感じることを素直に伝えるの。
あなたの歌声は心に届くわ」
いつも側にいてくれた優しいシスターの姿が
浮かび上がってきた。
「この……感覚」
ハープを持つ手に力が籠った。
スッ……
舞台に立ったソフィアは一礼した。
「今日はきて下さり、ありがとうございます。
聞いてください」
ピィーン……
ピィーン……
タラララーン……
ハープの哀しげな音色が会場を包み込んだ。
スゥゥー……
「大切なあなた……気が付けばいつも
心の中にいるあなた」
「さぁ、想い出して……本当に守りたい人は誰なの?
その胸に手を当てて心で感じて欲しい……お願い」
タララ……ラーン……
ピィーン……
ソフィアの頬に熱い涙が流れた。
「シスター……やっぱり会いたいよ」
会場はソフィアの気持ちに包み込まれた。
「必ず帰ってくるよ……母さん」
「俺は死なない。また会うために生きて帰る」
この夜、歌を聞いた兵士たちは泣いていた。
守るべき者が皆いるのだ。
この国を守らなければ大切なものは全て壊されてしまう。
朝になると皆、戦地へと向かった。
ソフィアは手を降って見送った。
すると、一人の若い兵士が走ってきた。
「昨日の歌は感動したよ。
逃げたかったし、怖かったんだ。
でも、覚悟ができたよ」
「ありがとう」
そう伝えるとすぐに隊列に戻っていった。
「行っちゃった。
みんなが帰ってきたら歌を聞いてほしいなぁ」
「でも良かった。あんなにみんな喜んでくれるなんて」
その日は澄みきった青空が広がっていた。
「ちょっと散歩しようかな」
気分が良くなったソフィアは街を歩き回った。
「きれい……これが海なんだ」
見晴らしの良い小高い丘にたどり着いた。
潮風と海の匂いが心地よい風と一緒に流れてきた。
「やっぱり、みんなと一緒がいいな」
ここはソフィアのお気に入りの場所になった。
数日後、ソフィアは再び舞台に立つ。
「やあソフィア、元気かい?
今日は少し勇ましい歌を歌ってくれないかい?」
「まだ時間はあるからね」
「勇ましい歌……うーん」
しばらく考えた。
「昔、よく棒で戦いごっこしたけど」
シュ!
棒が空気を切る音。
「こんな感じ」
舞台は兵士たちで埋め尽くされていた。
スッ……
舞台に立ったソフィアは一礼した。
「今日はきて下さり、ありがとうございます。
聞いてください」
タラララーン……
タララン……タララン……
タラララーン……
ハープの激しい音色が会場を包み込んだ。
スゥゥー……
「その握る剣は誰のため……振りかざした剣が描く
三日月の如きその切っ先に……燃えるような血潮がたぎる」
「さぁ、戦いなさい……守るべき人のために。
さぁ、生きなさい……大切な人に再び会うために」
タラララーン……
「ウォォォー!」
会場に響き渡る声。
「す……すごい」
思わず後ずさりをしてしまう程の熱量を感じた。
歌が終わり、会場を後にするソフィアに兵士が声をかけてきた。
「昨日は身体の内から燃えたぎったよ。ありがとな」
そう言って姿を消した。
「歌ってよかったな」
少しでも力になれるならそれでよかった。
次の日、ソフィアは兵士たちを見送った。
「みんな赤い鎧を着てる」
赤揃えの部隊はこの国で強さの象徴とされていた。
勇ましい姿が見えなくなり
ソフィアは部屋へ戻ろうとしていた。
「みんな! 大変だ!」
ざわめきが起こる。人が集まってきた。
ソフィアは隙間から覗き込んで息を呑んだ。
ガチャ……ガチャ……
傷だらけの兵士が支え合いながら帰ってきたのだ。
中には手足が無い者や
血だらけの包帯にくるまれた者もいた。
「……あの人は、見送った日の」
震える両手で顔を覆う。
「私は……私は」
ソフィアは部屋へようやくたどり着いた。
「兵隊さんたちは、私の歌を聞いた後帰ってこなかった」
ベットへ潜り込んだ。
「私の歌が兵隊さんを狂わしたの?」
舞台に立ったあの日
目があった人たちはもう……いない。
「私は……何も知らないでただ楽しんで歌っていただけ」
「私は……歌を聞いて泣いている姿をみて満足していただけ」
「私は……最後に死ぬ覚悟を決断させるために歌ってた」
「じゃあ……私は何のために歌うの?」
「人を戦争に駆り出すため?」
「もう嫌……嫌……嫌よ!」
「私はただ歌うのが好きだった。みんなが笑って、
優しくなってくれた。だから歌った」
でも今は違う……みんな最後の一瞬だけ
哀しい顔をする。
最後に聞けて良かったって言ってくれる。
それは死ぬ覚悟だったのだ。
涙が枕を濡らした。
「ソフィア! そんなにやつれて……どうしたんだ?」
舞台に現れた姿を見て館長は驚いた。
「館長……大丈夫。ちょっとだけ疲れたの」
「今日は、何を歌えばいいの?」
細い声で尋ねた。
「前歌ってくれた、大切な人を想う歌でいい」
「わかった」
スッ……
舞台に立ったソフィアは一礼した。
「今日はきて下さり、ありがとうございます。
聞いてください」
ピィーン……
ピィーン……
タラララーン……
ハープの哀しげな音色が会場を包み込んだ。
スゥゥー……
「大切なあなた……気が付けばいつも、
心の中にいるあなた」
「うぅぅぅ……苦しい」
どうしても歌おうとすると胸が潰される。
涙も止められなかった。
ガチャン!
「ソフィア!」
館長が駆けつけた。
その日は急遽、代わりの者が舞台に上がった。
「ここは?」
「ソフィア……心配したよ」
「舞台はもういい、今日はゆっくり帰りなさい」
「ごめんなさい……館長」
「さぁ、行きなさい」
街中を彷徨う。
居酒屋を通りすぎる時、客の話が聞こえた。
「赤の部隊はほぼ全滅したらしい」
「どうするんだ? 荷物まとめる準備でもするか」
震えが止まらない。
「赤の部隊……赤い鎧の兵隊さん」
「うそ……」
ハープを抱き締めた。
「もう、私……歌えない」
「帰り……たい。……シスター」
足が教会へ向かう。
ルナは静かに目を開いた。
そして、深い慈愛の目でみつめた。
「ソフィアよ、もう誰も縛りつける者はいない 。
我とともに逝きるのだ」
ルナは手を差し伸べた。
「シスター……」
「会いたいのか? ソフィア」
小さくうなずいた。
二人は空から教会を見下ろした。
いつも通り、洗濯物を干している姿があった。
「……シスター」
「ううん、お母……さん」
「お母さん!」
ビュー……
強い風が吹き、シスターは振り向いた。
「……声?」
だかそこには誰もいなかった。
シスターは毎朝祈っていた。
「その美しい歌声で迷える者が導かれますように」
「ソフィア」
シスターはまだ知らない。
命の灯火が消えたことを。
これは……『哀』の物語だ。
『双星のヴァルキュリア 外伝 戦乙女と歌姫のレクイエム』後編 Fin
エピローグ
「ソフィア、これからは心の底から歌い続ければいい。
エインへリヤーとして」
「その歌声は皆を勇気づけ、心に安らぎを与える。
邪な心を持つ者にも何か気付きを与えるかもしれない」
ルナは右手を広げソフィアを迎え入れた。
「さぁ、一緒に……逝きましょう。我と永遠に」
「お母さん……行ってきます」
ソフィアはハープを握りしめた。




