ロードローラーだッ!!
瓦礫の山がひとつ、鈍く息をした。
崩落の腹の底で、棘の一本がもがくように蠢く。反発の波紋が濁り、砂塵の白が裂け、ワード=ザルガのシルエットが這い出した。背の「衝棘脈」は幾本か根本から折れ、装甲の継ぎ目には蜘蛛の巣のような罅。だが、罅はみるみる塞がっていく。黒い血のような樹脂が流れ、表面が滑らかに戻る。
(修復速度、相変わらず化け物だな)
エステバンは視線だけで建物の外をさらい、使えそうな道具を探す。陽の当たる通りに、黄色い躯体が陽炎のように揺れていた。建設中断のまま放置されたロードローラー。キーは折れているが、始動ランプはかすかに生きている。
「ちょうど良さげな物が、あるじゃないか。借りるぜ大将」
座席に飛び乗り、配線を噛ませる。低い唸りとともにシリンダーが咳をし、重い胴体が震えた。レバーを押し、鉄の鼓動を前へ送り出す。ちょうどその頃、瓦礫を割って外へ出たザルガが、獲物の所在を嗅ぐように首を巡らせ、辺りを見渡そうとした背後から、エンジン音が近づいてくる。
スガッ――ガコガコガコ
巨大な鋼の円筒が、影ごと覆いかぶさった。
ローラーの重量が骨ごと押し潰し、舗道が悲鳴を上げる。鉄と装甲の間に押し挟まれたザルガの棘が軋み、火花がぱらりと散った。
(これで一丁、――いや、甘いか)
「死にやしないが、時間稼ぎぐらいにはなるだろう」とぼやきながら、エステバンはエンジンを切る。次の瞬間、足元の世界が爆ぜた。内側から押し上げるような反発の衝撃――ショック・スパインの逆鱗。ロードローラーは左右に捻じ切られ、鉄板が花びらみたいに開いて四散した。
吹き飛ばされたエステバン、背中がアスファルトに叩きつけられる。肺の奥で空気が爆ぜ、肋骨がきしむ音がはっきり聞こえた。
「……しまった。轢いた後、降りときゃよかった。一本は、いったな」
脇腹に走る痛みを嚙み潰していると、無線から〈ピィーガガッ——〉と電子音のノイズが鳴った。
砂を噛みながら身を起こすエステバンの場所から、6メートルほど離れた位置に影が落ちた。
「限界が首根っこを掴んでいるな、走者」ザルガの声は低く、乾いている。「狩りの獲物にしては、随分ともった。称賛はくれてやる」
「口だけの賞賛は良いから、副賞で南の海でも頼むよ。椰子の木の影と、長い昼寝つきで」
軽口を放ちつつ、エステバンの口が小さく動く。
『包囲完了まで十数秒。——』
(了解。合図えをくれ。俺は離れる)
ザルガは続けた。「海よりも良い場所がある。人間の伝承で言うところの天上界だ。富めるも貧しきも、平等に救済される楽土。お前もすぐ――」
「OK、その場所に案内は要らない。自分で歩くから」
エステバンは、すかさずザルガから距離を取ると、瓦礫が積み重なる遮蔽物の後ろに隠れる。と、同時に「ファイア!」と号令が飛ぶ。空気が鋭くなった。次の瞬間、四方から火が走る。
ザルガに気づかれないように、静かに接近していた増援が、建物の陰から一斉に躍り出た。銃声が通りを満たし、曳光が雨のように交差する。グレネードが壁を砕き、対戦車ロケットが棘の根元を狙って唸る。爆炎が重ね塗りされ、煙柱がいくつも空へ伸びた。
「撃ち方止め!」
指揮官の号令。空気が急に軽くなる。残響と、どこかで鳴く犬の声だけが残った。
「目標を確認しろ」
指揮官の指示をこなすため、分隊が距離を詰める。だがその先の黒い煙の向こうで、何かが不自然に動いた。
エステバンの喉が、理性で違和感を言語化するよりも先に本能的に動いた。「下がれ! 近寄るな!」
間に合わない。
空気が歪み、震えが地面を走る。見えない壁が、叩きつける。最初の波で先頭が弾け飛び、二の波で背後が折れる。人の輪郭が、肉と装備と血煙の形に崩れていく。耳を裂くのは爆音ではなく、圧だ。骨の中で鳴る音だ。
三度、四度。廃墟と化した建物の窓のガラスが一斉に粉を吹き、街灯が曲がり、看板がねじ切れる。
やがて、煙の膜を押し分けるようにザルガが現れた。背は欠け、棘は半ばまで失い、装甲はひずみだらけ。それでも足取りは揺らがない。両目の奥で、冷たい計算だけが生きている。
「おおかたの虫は払えた」乾いた独白。「続きといこうか、走者」
食道に焼けた鉄の味が広がる。エステバンは怒りを喉の奥で凍らせ、顔だけは笑いの形に整えた。
「その見た目で続行? 一回病院で診てもらえよ? 治療費は地球持ちでいい。ついでに宇宙船でケガが治るまで休暇でも取ればいい」
「心配無用だ。瀕死の舞台は、互いに条件が揃うほど見応えがある」
ショー。
その一語に、何かが切れた。戦いが見世物に落とされる感覚。救えたはずの分隊員たちの顔が、砂煙の輪郭に浮かんでは消える。喉奥の鉄の味が、もっと濃くなる。
「――上等」
言葉と同時に、エステバンの足が地を蹴っていた。
怒りで前が見えなくなる前に、怒りを推進剤に変える。壊れた右腕と逝かれた肋を抱えたまま、彼はまっすぐに走る。ザルガの棘が一本、反応して開いた。空気が鳴る。
衝撃波を放つ合図。
その合図を気にも留めすに、全身を突進させるエステバン。
二人の間の距離が、しずかに消えた。
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