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ウル〇ラマンだって3分なのに10分は長いよ

満身創痍のまま、エステバンは距離を測る。

対峙するワード=ザルガは、一切の無駄を削ぎ落とした獣の静けさで、ただ棘の角度だけを呼吸に合わせてわずかに変えている。踏み出せば裂傷が増える。退けば狩りは長引き、体力は確実に削られる。視界の端が滲み、音が遠い。そこで――匂いがした。温いスープの匂い。鍋の湯気。ステンレスの反射。


記憶が引き戻すのは、施設の台所だ。

ブレイクとサファルと三人で、よくつるんでは大人たちを困らせた。あの日は、ブレイクが悪い笑みで囁いたのだ。「食堂に潜って、所長の皿に“プレゼント”を一つ」と。鍋の前で、エステバンは眉をひそめた。自分が食べるぶんが減るのは御免だ、と。するとブレイクは肩をすくめ、「所長の分だけだ、被害は出さない」と堂々と言い切った。そこまで言うなら、とエステバンは渋い顔で付き合うことにした。


厨房では、ちょうど所長向けの取り分けが始まったところ。

「注意を引け」と視線で合図され、エステバンは大袈裟に胸を張る。声を張り上げて、訓練だの勇名だの、芝居がかった口上を並べ立てた。鍋を囲んでいたスタッフの視線が一斉にこちらへ吸い寄せられる。ブレイクがそっと背後を回り、銀の蓋に影を落とす――が、その手首を、黒人の中年の女性スタッフが容赦なく掴んだ。最初から疑っていたのだ。エステバンの芝居が鼻につくほどわざとらしかったから。


「またアンタたち? 嫌な胸騒ぎがしたんだよ」

彼女の声は鍋蓋より重かった。「サファルはどこ。どうせ絡んでるんだろ」


ブレイクは一気に青ざめ、叱責の雨に晒される。エステバンはすっと口上を降ろし、背を向けかけた。「えー、急用を思い出した。また改めて語り合おう」

その肩を女性が指差す。「逃がさないよ! 共犯でしょ、そっちも止めて!」


エステバンが苦笑まじりに否定の言葉を探す前に、ブレイクが余計な油を注いだ。「こいつ、報酬を約束したら即OKだったんだ。フィリスの――」

「言ってない!」エステバンは即座に遮る。

結局、二人まとめて正座。鍋の湯気と説教の熱で、耳まで真っ赤になった。スプーンの触れ合う音が、妙に長く残った。


――世界が戻る。

(また落ちてたか。やれやれ、笑えないな)


喉の奥で乾いた笑いが弾け、エステバンは微かに首を振る。ザルガは動かない。なら今のうちに、と彼は顎に埋め込んだ通信の回線を開いた。


「こちらエステバン。状況、把握してるか」

耳の奥に、砂を踏むような低音が返る。ラモス司令の声だ。「見ている。郊外の部隊を反転させた。援護は向かっている。ただし道中も敵が出る。到着まで――およそ十分」


十分。数字だけで肺が重くなる。

「三分で帰るヒーローもいるんだぜ、十分は長いよ」

「わかるが、無理を言うな。彼らも戦いながらだ。もたせろ。いいな」


通信を切り、エステバンは小さく息を吐く。(持たせる、ね。上等だ。なら“持たせる仕掛け”を作る)


視線を走らせる。砕けた外壁、捻れた鉄骨、折れた街路樹。ひときわ傾いた四階建てがある。片側の柱が根元から裂け、いつ崩れてもおかしくない。あれだ。あの腹の中で爆ぜれば、棘の反発盾も死荷重に押し潰されるかもしれない。


エステバンは、わざと考え込むふりを長めにやってみせた。

ザルガが初めて口を開く。金属を擦るような低い声。「策は練れたか、走者」

「親切な看守だな。逃げ道を考える時間をくれるなんて」

「長引けばお前は沈む。私は待てる」


「なら、議論を延長しようぜ――」

言い終えるより早く、足元の瓦礫を前蹴りで弾く。破片はザルガの顔面へ直線を描く。棘が一振りで弾き、火花が散る。その瞬間、エステバンは横へ飛んだ。狙いは破片ではない。反射的に“払う”その癖だ。払うなら、払わせ続ける。粉塵、破材、看板、舗装片――あらゆるものを投げ、蹴り、蹴立て、ザルガの注意を散らす。打突は最小限、足運びは最大限。時間稼ぎと位置取りを両立させるための、泥臭い乱舞だ。


ザルガは苛立たない。無駄のない動作だけを積み上げ、間を詰める。背の「衝棘脈ショック・スパイン」が一度、二度、低く脈動した。振動が舗道を走り、店先の窓ガラスが帯電して震える。

「こっちだ。もっとおいで」


エステバンは後退しつつ、狙いの建物へと導線を引く。入口の庇は半分落ち、内部の梁が露出している。足を踏み入れれば、天井がきしみ、粉塵が雪のように落ちた。ザルガが追い込む。“ここに入るのか?”とでも言いたげに、棘が一つ傾ぐ。

「怖いなら外で待ってろよ」エステバンは顎で中を示す。挑発は短く、身振りは大きく。


「いいだろう。誘いに乗ってやる」

ザルガは応じ、闇へと滑り込んだ。


薄暗い廊下。覗く骨組み。

エステバンは全力で走らない。走りたいのを飲み込んで、“追いつけそう”な速度を保つ。踵で床を叩くと、支点がきしむ。ひび割れが蜘蛛の巣を広げる。

(折れる位置は――ここだ)


踊り場に飛び込み、手すりを蹴って踊り場ごと回転。ザルガの正面を横切るように、埃の幕を張って視界を切る。棘が膨張する音が近い。次の瞬間、衝撃波が壁を叩き、梁が一本、悲鳴を上げて折れた。階上の重量がわずかに落ち、建物全体が斜めにうなだれる。

(いい。あと二点。落とせ)


エステバンは崩れかけの柱に体当たりはしない。それは愚策だ。代わりに、床下の空洞を踏み抜く角度で駆け、梁と梁の間に落ちた破材を蹴り楔のように押し込む。ザルガが距離を詰め、反発盾が空気を押し返す。

「そこで暴れろ。もっとだ」


棘が三度目の脈動を見せた。

爆ぜる圧が廊下を走り、二本目の梁が根元から裂ける。上階のコンクリが大きく沈み、階段が軋んで歪み、鉄骨が悲鳴を上げる。ビルが、傾いた。


天井のひと塊が落ちる直前、エステバンは自分の胸中に鎖をかけた。致命に触れる気配――その直後に訪れる痛みと、世界の“戻り”。彼の力は攻撃にはならない。ただ、死のシナリオをいったん棚上げにして、次の手番を引き寄せる。


「――ッ!」


土砂の轟音が会話を呑み込み、階上が落ちた。コンクリの板、折れた鉄筋、砂塵。ザルガの姿を覆い隠すように瓦礫が降り注ぎ、反発の波紋が一瞬、濁った。外では遠いサイレンが重なる。十分の砂時計が、ようやく底で音を立て始める。


エステバンは崩落の縁を滑り、身を捻って空気の薄い隙間へ転がり込む。

(押し潰せ。棘ごと。ここで、止まってくれ)


粉塵の白に、黒い影が一度、蠢いた。棘のいくつかが瓦礫の重みで折れ、火花が弱く散る。まだ、終わってはいない。だが、確かに“削れた”。エステバンは荒い息を整え、耳の奥の時計をもう一度、確かめる。

(あと少し。あと少しで、間に合う)


彼は拳ではなく、膝に手を置いて立ち上がった。瓦礫の向こう、沈黙の中心へ視線を据える。時間は買った。買ったのなら、使い切るまで踏みとどまるだけだ。

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最近、3話投稿のために寝不足で仕事にってるが、そろそろ、やばいんで今日の投稿は一話で勘弁してください。(汗)


頑張るのは土日だけにしよう、しよう。(震え声)

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