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97.戦闘

「――あの場では貴女に問われていたので敢えて言いませんでしたが、宝石は魔術士にとって必需品なのは間違いありませんけど、魔術士以外にとっては宝飾品としての価値がありますから、よほど非常識な量を供給しないと値崩れなどそうそう起きませんよ」

「えっ!? ……あっ、確かに!!」


 私達はアネス商会に一日お世話になり、翌日旅を再開した馬車の中でパラデシアからそう切り出された。


「あ~、アレねぇ。アレはアニスちゃんが先に魔石を出しちゃったせいで、話を誘導されちゃった感が強いわよねぇ」


 カレリニエさんにも指摘される。私そんなに誘導しやすかったの……?


「貴女には静かな舌戦は向きませんわね。見知らぬ貴族への対応はなるべく他の者に任せなさい」


 静かな舌戦は、一見和やかな会話の水面下で起こる言質の引き出し合いである。……うむむ、そう言われるとぐうの音も出ない。私は大人しくその言葉に従うことにした。


 そんな会話がおこなわれてから数日後、私達の馬車は街道の分かれ道にいた。


「さて、この森の中の街道を直進すれば短縮できますが、前の町で聞いた話では盗賊による被害が出ているとのこと。安全に進むなら森を迂回する左のルートもあります。……が、これだけの戦力が揃っていて人助けを行わないのは巡礼の旅の意義に反します。直進しましょう」

「いやいや、安全に行きましょうよ!!」


 人助けしないといけないのは分かるけど、わざわざ危険なんて犯したくない。しかし私がいくら主張しても全て虚しく却下された。


 全員が警戒態勢を取りながら、慎重に森の中を進む。私はいつ襲われるか分からない恐怖にビクビクしながら、アレセニエさんとモモテアちゃんに守られることに。


 しばらく進んだところで私はあっと呟いて、あることを思い付いた。鼠人探知の魔道具、その中央に入れているパレトゥンさんの毛を取り出すと、失くさないようにハンカチで包み、代わりに私の髪の毛を一本抜いて入れる。これで探知すれば、少なくとも盗賊の中に人間がいれば反応するはずだ。盗賊が亜人だけで構成されていたら意味は無いが。

 そして魔道具にそれなりの威力の魔法イメージを流し込むと――うわぁ!! 前方左右に大量の点滅が!! 森の中に相当な数が潜伏してる!!


 だが、事前に敵の存在を認識できたのはこちらにとって非常に有利である。距離もまだあるため、対策も立てやすい。大まかな距離と規模の情報を共有し、後ろの馬車にはカレリニエさんに伝えに行ってもらう。


 私はこまめに探知して状況を確認し、もうそろそろ盗賊たちの襲撃間合いに入りそうという所でパラデシアが馬車を止めると、杖を構えたパラデシアは魔法を唱えた。


「ハーゲル!!」


 次の瞬間、構えた杖の周囲に氷の球が無数に生成され、まるでマシンガンの如く森の中へと撃ち込まれ始めた。撃つと同時にまた生成され、氷の球は途切れない。そして杖の先をゆっくり横に振り、森の中へ無差別に乱れ撃ちする。


 撃ち始めた瞬間「バレてるぞ!! 散開しろ!!」という声が聞こえた。パラデシアの攻撃は効果的だったが、あくまでこれは牽制だ。戦闘の本番はこれからである。


 パラデシアが御者台から降り、馬車の中にいる私からは見えなくなる。私はアレセニエさんとモモテアちゃんに挟まれ、どこから敵が来ても良いように守られる。

 前後左右から剣戟の音が聞こえ始め、私は恐怖に震える。


 怖い。


 魔物相手での戦闘でも私は怖いのに、今回は人間同士だ。殺し合いだ。現代の価値観を持っている私には、とてもではないがそう簡単に相容れるものではない。


「お姉さま!! 魔法が来ます!!」


 唐突にモモテアちゃんが叫んだ。ハッと顔を上げて、咄嗟に「イージスシールド!!」と唱える。すると馬車の側面を突き破って、巨大な土の塊が現れた。巨大な土塊は私達三人を守るイージスシールドにぶつかり、派手な音を立てて砕け散る。


 怖い。


 アレセニエさんがイージスシールドから急に飛び出し、馬車の前方へ。いつの間にか居た盗賊の剣を、アレセニエさんは咄嗟に受け止めた。

 そして大穴の空いた側面からも、剣を持った盗賊が入ってきた。

 そいつは「女は殺すなよ!!」と馬車前方の盗賊に向けて言うと、こちらを向いて剣を振り下ろした――が、イージスシールドで弾かれる。


 怖い。


 驚きの表情と隙を見せた盗賊に、今度はモモテアちゃんが飛び出した。


「イズスヴァルド!!」


 太ももから宝石製短剣を逆手で二刀流し、その片方に氷を纏わり付かせる。いわゆる魔法剣だ。


 モモテアちゃんの攻撃を盗賊は咄嗟に剣で防ぐ。子供故に小さく回転率の速い攻撃を防ぎながら、盗賊も隙を見て攻撃。モモテアちゃんは大人の攻撃をまともに受け止めることはできないので、受け流す。受け流す。何度も受け流す。

 そして何合かの打ち合ったあと、モモテアちゃんは短剣を繰り出すと同時に魔法を唱えた。


「タンドニング!!」


 氷を纏っていない、通常の宝石製短剣が相手の剣に当たると同時に、ごく小さな爆発が連続で起こる。打ち合って削れた宝石の微量な欠片に魔力を込め、飽和させたのだ。

 連続した打ち合いで相手の剣に小さな傷がいくつも付き、氷の魔法剣で相手の剣が急激に冷えたところに、小さな爆発とそれによる短剣の振動で、相手の剣がパキンッと音を立てて折れる。

 折れた剣が落下する際に盗賊の右腕を斬り、盗賊は思わず柄を落として傷口を左手で抑える。モモテアちゃんはその隙を見逃さず、左腕と右足を切り付け、最後に蹴りを入れて盗賊を倒した。


「モモテア!! 殺しなさい!!」


 敵を斬り伏せたアレセニエさんが叫び、私とモモテアちゃんはビクリとする。


 モモテアちゃんが……人を殺す?


「これからもアニス様を守りたいと思うなら、躊躇わずに敵を殺しなさい!!」

「は……はい!! 師匠!!」


 反射的に返事をしたモモテアちゃんだが、言葉とは裏腹に動かない――いや、動けない。躊躇い続ける。

 しかし迷ったのはほんの少しの時間。覚悟を決めたのか、モモテアちゃんが倒れた敵に馬乗りになり、短剣を振り上げる。


「ま……待て……殺さ――」


 敵の命乞いがモモテアちゃんの叫びに掻き消され、その喉に突き刺さる。血が吹き出し、モモテアちゃんの顔が血に濡れる。


 あっという間の出来事にただ呆然と見ていることしかできなかった私。

 事切れた命の上に乗るモモテアちゃんが、肩で息をしながら「お姉さま……」とこちらを振り向いた。


「モモテアちゃん……な――」


 なんで殺したの? ――と、言おうとして思いとどまった。九歳の子供が殺人なんて、明らかに異常……というのはあくまで私の、地球の価値観だ。この世界では当てはまらない。ここで何故殺したかを問うのは簡単だが、聞きようによってはこれは非難に聞こえてしまう。

 モモテアちゃんにとってトラウマになりかねないこの状況。私のために敵を殺したというのに、その私が非難してしまえば、モモテアちゃんの中に矛盾が生じてしまう。ならば、私はこう声を掛けるしかない。


「――ありがとう。モモテアちゃんのおかげで助かったよ」


 モモテアちゃんの中に矛盾が生じないよう、なんとかそう言葉を絞り出して、私の中に矛盾を抱え込む。

 モモテアちゃんは立ち上がると、覚束ない足取りでイージスシールドの中に入り、私に抱き着いて静かに泣き始めた。私は優しく抱きとめて、モモテアちゃんを少しでも安心させるようにする。


 モモテアちゃんに人を殺させてしまった。その事実はどう足掻いても変わらない。パラデシアがこの道を強行したせいのような気もするけれど、私の身に危険が迫れば、遅かれ早かれ同じことになるだろう。

 戦うのは怖い。殺したくもない。けれど、私がしなければ他の誰かがやるだけなのだ。私が恐怖で縮こまっていたせいで、今回はその役目がモモテアちゃんに来てしまったのだ。


 私も、覚悟を決める時かもしれない。

 私の業は、私が背負わないと。


「モモテアちゃん、森の中から放たれてる魔法の位置、分かる?」


 抱き着いているモモテアちゃんの両肩を持って優しく離し、問いかける。


「えっと……あっちに二人、反対側に四人いるみたいです、お姉さま」

「ありがとう。モモテアちゃんはこの中に……あー、魔法の同時使用は難しいから、じゃあ私から離れないで」

「元よりそのつもりです!!」


 強気に返事するが、明らかに空元気だ。声も震えている。見るからに憔悴しているが、私に心配させまいと気を張っているのだろう。

 私はイージスシールドを張ったまま、壊れた馬車の側面から顔を出す。何人か盗賊が地面に倒れているのが見える。私達を見ている敵は見当たらない。外に出るなら今のうちか?

 左を見ると、パラデシアが戦っている。杖で複数人の攻撃を受け流しつつ、魔法で確実に仕留めている。時には杖だけで無力化している。つ、強い。パラデシアがまともに活躍しているのは初めて見る。

 右を見ると、ラッティロが相手の剣の上からメイスで叩き潰しているのが見えた。カレリニエさんも斧で似たようなことをしている。二人も強いな……。モモテアちゃんに声を掛けたあとに馬車から出たアレセニエさんと、ロニスンさん、ウィリアラントさんの姿は見かけない。やられたとは考えたくないが、やられてなければ逆側に居るのだろう。


 私はモモテアちゃんの指差す方向に目を向ける。木しか見えないが、その方向から魔法が放たれているとのこと。数はおそらく二人。

 

 馬車から外に出てイージスシールドを解除し、私はまずジュエルクリエイトを唱える。装備した手甲の拳先に宝石が張り付いたのを確認すると、右拳を上に掲げた。

 魔法をイメージし、精霊にお願いし、詠唱を――躊躇った。


 おそらく私はこの魔法を放てば、人を殺してしまうだろう。……でも、私がやらなければ他の誰かがやるだけ。それこそさっきのモモテアちゃんみたいに。

 それに何よりここで私がやらないと――もしかしたら他の誰かがやられるかもしれない。


 ――それは嫌だ!!


「トア、ハンマー!!」


 高く掲げた右拳に雷が直撃する。正確にはその宝石に。無茶苦茶怖かったけど、イメージ通り雷はすべて宝石に吸収された。

 そしてその拳を私は、思いっきり前方に繰り出す。宝石を経由することで効果が増幅された雷が、前方の木々を広範囲に焼き貫いた。


 木々が赤黒く焼け、小さく弾ける音と時折大きく折れる音、そして燻る匂いを漂わせる中、私はモモテアちゃんに問う。


「……モモテアちゃん、どう? まだ魔法の反応ある?」

「……いえ、もう魔法を撃ってる反応はありません。お姉さま」


 私は精神的な疲労でその場に座り込んだ。剣戟の音は止んでいるので皆の無事を確認しに行きたいところだが、しばらく動けそうにない。


 人を殺したかもしれない――と思うと共に、戦闘が終了したことに私は安堵した。自分の今の感情がよく把握できない。


 しばらくすると、手を上げた一人の盗賊の首に剣先を突き付けたアレセニエさんとパラデシア、捕まえずにどうやら盗賊を片っ端から倒した様子のカレリニエさん、ラッティロ、ロニスンさん、ウィリアラントさんが何食わぬ顔で現れた。特に怪我した様子もなく全員無事のようである。


 人助けの一環となる盗賊退治は、私の心に深い何かを残して完了した。

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