96.商談
「――ですから安心なさいと言ったでしょうに。とはいえ、完全に安心されても驚きが半減するでしょうし、アニスがそのまま警戒心を持ってくれたおかげで成功したわけですが」
「サプライズするにしてももうちょっとやり方考えてくださいよ!! 無駄に色々考えさせられたこっちの身にもなってください!! ……まぁ、私から離れちゃいけないモモテアちゃんとアレセニエさんが皆と一緒に離れた時点で、私もおかしいなぁとは思いましたけど」
場所は戻ってパーティー会場。
あのあと祖父と軽く話して、こっちに戻ってきてから祖父の関係者に代わる代わる挨拶を受け、今やっと挨拶地獄から解き放たれたところである。
これがあったから別室で先にご飯食べさせてくれたのね……。
「うぅ申し訳ありません!! 自分はアニス様の実家の確執を存じ上げておらず、パラデシア様から家族の出会いを邪魔してはいけないと言われまして……」
「ブルースおじさんのお家なら、お姉さまに何かすることなんて無いと思ってましたよ!!」
アレセニエさんは貴族であるパラデシアにそう言われたらどうしようもないのは分かるけど、モモテアちゃんはもうちょっと警戒心持って……。ある意味あの祖父の本質を見抜いていたと言えなくもないが。
「俺とウィリアラントは今回の件については何も知らなかったぞ。神殿側のカレリニエとラッティロは知ってたってことか?」
「そりゃそうよ。ちなみに誕生日に会わせようって案はアタシね」
「アネス商会とアニス様の関係改善は、アニス様の今後の活動にかかわることだからな。神殿としては早めに対処しておきたかったんだよ。それくらい気付けよロニスン」
「おぅラッティロテメェ喧嘩売ってんのか?」
「はいはいお祝いの場に水をささないの!!」
ロニスンさんとラッティロの喧嘩も見慣れてきた。最初は同じ馬車にして大丈夫なのかとハラハラしていたが、二人に関しては喧嘩するほど仲が良いのことわざ通りのようだ。
そんなこんなで話しながらデザートでもちょっとつまんでたらパーティーがお開きになった。
私達はそのままこの屋敷の客室に泊まることになっており、私は三人部屋に案内された。同室になるのは当然モモテアちゃんとアレセニエさんだ。
「どっと疲れた……」
私はベッドへ無造作に寝転んでそう呟く。
「お疲れ様ですお姉さま。このままお休みしますか?」
「んーそれでも良いんだけど、寝るには少し早いよねぇ。今日はナスタティン神殿宿泊じゃないからお祈りする必要も無いし、魔道具での探知も今日はやったし、トレーニングはさすがに今日はやる気が出ないし、もうさっさとお風呂入ろうかなぁ。あー道程の確認はやりたいけど、パラデシア様達は今お祖父様と話し合いして――あっ!!」
ガバッと起き上がる私。
そうだ、やっておきたいことが一つある!! わだかまりの消えたアネス商会ならうってつけだ!! このチャンスを逃す手は無い!!
そうと決まれば善は急げ、二人を伴って部屋を出て……祖父が今どこに居るか知らないので屋敷の人に案内してもらって部屋に入る。
「あら? 部屋で休んでいたのではなくて?」
「おぉアニス!! 何か用かな?」
部屋には祖父とパラデシア、カレリニエさんとラッティロ、あとメイドさんがいた。
王都神殿組とアネス商会とで話し合いの途中のようである。
「用はありますけどパラデシア様の話が終わってからで良いですよ。待ってますので」
空いてるソファに座りながら、再開した話に耳を傾ける。どうやらこれを機に取引先として契約しようということのようだ。ただ王都の神殿とここナスタティンでは距離があるため、日持ちのしないものはダメだし、王都周辺でも手に入る物では輸送費が高く付いてしまう。なのでこっちでしか作ってない品物とか日持ちする珍しい食材とか、取引品目は結構限られてくるもよう。
そして大筋で話がまとまり、細かいことは王都神殿の経理担当と詳細を詰めてから、と決まったところで私は話を切り出す。
「じゃあ次は私の話ですね。実は個人的にお祖父様に買い取ってもらいたい物があるんですけど……あっ、メイドさんを下げてもらっていいですか?」
私の言葉で祖父がメイドさんを下がらせる。完全に下がったのを確認した私は、懐からこぶし大の魔力の籠もった宝石、魔石を取り出した。
「こ、これはまた見事な魔石だな……。しかし採掘証明書は無いのか? 証明書が無いと正規の品として扱えないため、買取価格は少々下がるぞ」
えっ、正規の宝石を扱う場合はそんなの必要なの!? これ私の魔法で作った物だから、当然ながらそんなものは無い。
しかし買い取ってもらえるという言質は取れた。で、あれば証明書の有無など大した問題ではない。
「証明書が無い場合、この大きさならいくらくらいで買い取ってもらえますか?」
「この大きさの魔石なら二千五百……いや、三千メニアだな。証明書があれば五千は出せるかもしれんが」
うおっ!! 証明書の有無でそんなに違うのか!! いやでも三千メニアでも十分な価格だ。石一つで平民が一年暮らせる金額である。
そして私はこれ一つを売りに来たわけではない。
「――じゃあこれを定期的に卸せる、と言ったらお祖父様はどうします?」
「まっ、まさかアニス、王都の鉱山採掘権を持っているのか!? あの、上位貴族でも権利を取得するのは困難極まる、あの採掘権を!!」
えっ、何それ知らない。そんなもの持ってるわけがない。
王都を囲んでる山の一部は鉱山として採掘されてるのは知ってるけど、採掘権とか存在するのか。まぁ私には関係ない話だ。
あっ、パラデシアが優雅な動作で口元を抑えながら横を向いた。あの手のひらの中は間違いなく笑ってるぞ。
「いやしかし、採掘権を持っていたとしてもこの大きさを定期的に卸すというのは現実的では――」
「お祖父様、私は採掘権なんて持ってません。実はもっと現実的でない方法があるんです。ジュエルクリエイト」
これはもう実演したほうが早いかと思い、私は魔法を唱えた。こぶし大の宝石がゴロゴロと生成される。
「なんじゃそりゃああああぁぁぁぁ!!!!!」
「なによそれええええぇぇぇぇ!!!!!」
一人は祖父だが、もう一人の叫びはカレリニエさんだった。あっ、そう言えばカレリニエさんこのこと知らないわ。というかラッティロも知らないはず。
「あ、ありえん!! 魔法で宝石を生み出す!? 確かに本物だ!! これを商業ルートで流すとして……いや駄目だ。この大きさと量では採掘証明書が無ければ怪しまれるし、下手をすると宝石市場が混乱する。ルートを限定して少量ずつ流すのが得策か――」
祖父はブツブツと呟き始めた。これまた見慣れた反応である。しかしさすが商会の会長、すぐに商売の方法を考え始めた。
「アニスちゃん!! なんでそんな異端魔法使えるの!! そりゃこんな魔法使えたら王宮も神殿も放っておかないわよ!! いくらなんでも規格外すぎるわ!!」
カレリニエさんが私の肩を揺さぶりながら捲し立てる。やっぱりこの魔法の影響力ってヤバいんだなぁ。メイドさんに見られないように下げてもらって良かった。
揺さぶりがおさまってラッティロのほうを見ると、彼は真剣な眼差しをこちらに向けながら跪いていた。
「やはりアニス様は偉大なるお方!! この世界に天より舞い降りた至高の存在!! この不肖ラッティロ、アニス様が望むなら、この命喜んで差し出しましょう!!」
ラッティロの私への信仰心が増してしまった。というか命とか貰っても嬉しくないからね。
「ラッティロ、アニス様は人の死を大層嫌います。アニス様を慕うならば己の命を大切にしてください。何せアニス様の盾である自分への最初の命令が『死ぬな』でしたからね」
私の後ろに立っているアレセニエさんがラッティロの物言いに釘を刺す。言いたいこと全部言ってくれてありがたい。
しかしちょっとカオスな状況になってしまって本題が進まない。私は二人を座らせて話を進める。
「――それでお祖父様、さっきも言った通り定期的に卸すことができますが、どうでしょう?」
「うーむ、いくつか確認したいことがある。さっきの魔法、宝石の大きさは変えられるのか?」
「あっ、はい。大きさも形も変えられますよ。アレセニエさんの剣とか作りましたし」
私がアレセニエさんに視線を向けると、アレセニエさんが総宝石製の剣を抜いて見せる。祖父がブフォッと吹き出してむせ始めた。更に驚かせてしまったようだ。
「ち……小さくはできないのか?」
あぁなるほど、小さくできるかを知りたかったのか。当然できると答え、今度は小ぶりの宝石をいくつか生成する。
「正規品として扱えない以上、取り扱うならそのくらいのほうが助かる。してアニスよ、卸す量と価格、お前ならどう付ける?」
スッ、と祖父の目が鋭くなった。これは――商売人の目というやつか? 油断ならない、下手な価格を付けられない、そんな圧を感じる。
たぶんお父さんの娘として、そしてアネス家の者として試されているのだろう。
……ど、どうしよう!?
私には商人としての知識は無い。お父さんの話をたまに聞いていたくらいだ。そこに光明は……無いなぁ。
ちょっと待て、宝石の売買に関しては一度だけ経験がある。初めて王都に行った時に魔石を売った、パラデシアが贔屓にしているラナトネ魔道具店だ。神殿入りしてからたまに遊びに行ってたりする。
あの時はそこそこの大きさの宝石群を全部魔石にして、一万メニアで売れ――いや、確かあの時は色を付けてくれてその値段だったはず。七千か八千くらいだったか? 宝石と魔石の価格差は……1.3倍くらいだっけ?
とりあえずその数字を元に考えよう。今生成した宝石群はあの時と数は同じくらいだが、大きさはあの時より少し小さい。
これが魔石だった場合、七千より低くなるので……じゃあ五千くらい? 魔石じゃないから1.3で割るとして……うぇっ、これ暗算無理だ!! よし、大まかに四千くらいにしとこう!!
「――この量を四千メニアでどうでしょう?」
私の答えに祖父は……溜め息をついた。
「どうやらバカ息子から商売のイロハは教わっていないようだな。単発での持ち込みならそれくらい出しても良いが、安定供給となるとあまり高くは買い取れん」
ありゃ、値付けが高すぎたか!!
「宝石は魔術士にとっては必需品だが、昨今はその魔術士も少なくなってきている。となると、あまり供給量が多いと需要を上回って市場が崩壊、こっちが破産する可能性がある。それに宝石には本来、採掘のための人件費や加工費、運送費などが乗っかるわけだが、アニスの魔法で生み出す分には、元手はアニスの魔力しかかかっていない。売る側のアニスとしては高めに売りたいだろうが、買う側としてはそれらを勘案してもっと安く買えると考える。故に――出せて二千メニアだ」
は……半額になってしまった。しかし祖父の言うことももっともだ。元手が私の魔力だけなので、どんな値段が付こうとも利益が出る。買い叩かれてしまった感は否めないが、売れる先ができたというだけでも良しと考えるべきか。
そんな感じで私が考えていると、祖父がふと表情を和らげた。
「――と、いう風に口先で相手を納得させればこちらの思うツボだ。アニスも交渉事をするなら、覚えておいて損はないぞ!!」
こ、これは祖父なりの勉強のさせ方か!? 確かに言う通り納得させられてしまった。まんまとやられた。なんか悔しい。
その後、今回の宝石群は言い値の四千で買い取ってくれた。ついでにこぶし大の魔石も。なんだかんだでやっぱり孫に甘い。ただし定期購入分に関しては買取価格は下げるとのこと。まぁ私はそれで問題ないので了承する。
話がまとまったところで書面で契約し、私の収入源を増やすことに無事成功した。




