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48.魔導師戦

「ポートマス、例のリストを」


 むぐっ!? リスト!? それって、私の所にあるリストだよね?

 少々混乱しながら成り行きを見守っていると、院長がこう返答した。


「ありません」

「…………何?」


 はい!! 確定!! 神殿長が求めるリストはこっちにある!! ……えっ、どうしよう!?


「俺の命令が聞けてないだと……? 失礼、少々お待ちを」


 神殿長が院長と話し始めた。――今だ!! 皆の視線が神殿長たちに向いている間に、リストを取り出せ!!

 パラデシアが一瞬咎めようとするのが横目に見えたが、リストを渡すチャンスは今しかない。ハッキリ言って状況はまったくわからないが、このリストが何らかの鍵になるのは間違いないのだ。

 そんな必死の様子で取り出す私を見てか、パラデシアは伸ばしかけた手を止める。


「ルナルティエ様、院長からルナルティエ様によろしくお願いいたします、という言葉と共にこちらの紙を渡されたので、お受け取りください」

「あら、ありがとう。アニス」


 王女の目にはなんだか面白いことになった、といった感情が見えている。そして受け取ったリストに目を通すと、スッと目が細くなった。あ、これ何度か見たことあるぞ?


「ティローゾ神殿長。お探しのリストというのはこちらですか?」


 神殿長が振り向くと「……なぜリストがそちらに!?」と呟きながら驚愕の表情を浮かべた。


「いや、しかしそれは王族の不祥事を記したリスト!! そのリストが存在するというだけでも王族にとっては汚点と――」

「バロッソリーネ、これはお酒ですね。神殿では聖酒として扱うことのない品目ですけど、なかなか良い金額で仕入れているようですね。何故でしょう? アータルニア・クルーニ、この名前には聞き覚えがあります。なかなか有望な魔術士の女性神官と記憶していますが、巡礼中に消息不明になったと聞いております。けれどこのリストを見るに、結構な高値で売れたご様子ですね」


 ……うわっ!! これ、王族じゃなく神殿側の不祥事リストか!! お酒の違法取引に人身売買の証拠。院長、なんてもの私に渡してくれてんの!!


 推測だけれど、神殿長は部下である院長に王族の不祥事リストを作るよう命じたのだろう。院長のことだから言いなりになるフリをして神殿長を騙す用のリストを作りつつ、逆に神殿長の不祥事リストを作ったのではないだろうか?

 あの恐ろしく勘の鋭い院長を、自分の良いように使えるとでも思ったのなら完全に悪手だ。返り討ちに合うのが目に見えている。私だったら絶対に敵に回したくない。

 ……でも今の院長、やっぱりなんかちょっと違和感があるんだよなぁ。


 神殿長の顔色が赤から青に変わる。そしてワナワナと震えつつ後ろにいる院長を睨みつけるが、言葉はない。

 直後、空気が変わった。皆が険しい顔付きになり、騎士の何人かは柄に手をかける。この空気は――村で亜人調査隊に魔力を測ってもらった時の空気に似ている。私が魔導師級の魔法イメージを思い浮かべたせいで、彼らが血相を変えたあの時の空気だ。


 ――つまり、神殿長の魔法が来る!!


「ハスタムグラシス!!」


 氷で作られた槍が、王女めがけて放たれた。危ない!!


「イージスシールド!!」


 私は咄嗟に無敵の盾を作り出した……のだが、目の前のテーブルが勢いよく持ち上がり、そのまま神殿長側に向かって倒れ込む。

 迫りくるテーブルに着弾した氷の槍はテーブルを真っ二つに破壊し、破片や食器、お菓子などを撒き散らす。……神殿長に向かって。


「ジェイリーダ!!」


 折れたテーブルの向こうから神殿長の魔法が聞こえた瞬間、神殿長を中心に、部屋のあらゆる物が瞬時に凍りついた。宙を舞っていたテーブルの破片や食器が、氷に繋がれその場で動きを止めている。

 私達の方にもその魔法は向かってきたが、無駄撃ちになったと思っていたイージスシールドが役に立ち、両隣にいた王女とパラデシアをその氷結から守ることができた。

 ハーンライドさんはさすが魔導師、咄嗟に炎の壁を作り上げて防いでいる。その後ろにいたおかげで騎士団長のデルステルさんも無事だ。この人、なんで蹴り上げみたいなポーズを……って、あっ!! この人がテーブル蹴り上げたのか!!

 他の人は……神殿長に近い人ほど全身氷漬けにされていて、壁際にいた騎士や使用人は足が凍りついている程度に留まっている。院長と神官には効果が及んでいない。


 いきなりのことにパニックになった使用人たちが悲鳴を上げる。冷たい、助けて、と言った声がそこかしこから聞こえてくる。

 壁際の騎士たちは凍りついた足を剣を使って脱出を試みているが、簡単に脱出できそうにない。


 ……いきなり無差別攻撃だなんて、とてもじゃないが正気じゃない。目の前のこいつを許せないという気持ちが湧いてくるが、同時に、同じ人間で、しかも同じ魔導師級と戦うことになるなんて考えたくない。

 ――いや、それよりもまずは氷漬けにされた人を救うほうが先だ。こんな状態だとすぐに凍傷、下手すると死ぬぞ!!


「ハーンライド!! デルステル!! 神殿長を討ち取りなさい!! アニス、パラデシアは守りを固めつつ二人の援護を!!」


 王女が指示を出す。だが、そこに人命救助の指示はない。確かに優先度で言えば王女の身が最優先で、神殿長を早急に無力化することが先決だが……見捨てるの?


「アニス!! まずは二人分の杖を作りなさい!!」


 パラデシアがそう叫ぶ。そうか、お茶会に参加するに当たって武器になる剣や杖は預けているらしいので、パラデシアとハーンライドさんは今杖がない。騎士団長も剣を持っていないはず。

 宝石さえあれば魔法の効果と精度を向上させる事はできるが、扱い慣れている杖を作ったほうが良いだろう。


「ハーンライドさん!! 少しの間、守りをお願いします!!」

「任されました!!」


 魔法の複数同時使用は、無理ではないがなかなか難しいので、魔法で杖を作るなら一旦イージスシールドを解除しなければならない。その間は守りが無くなるので、この場では魔導師級のハーンライドさんにしか任せられない。

 そんなお願いに、ハーンライドさんは即答してくれた。私の異常な魔法を一度体験しているからか、何かしてくれるのだろうと期待の眼差しを向けてくれている。


 私は周囲を見回して、今まで座っていた椅子を見る。この椅子は木製だ。以前箸を作った要領で、風の魔法で後ろ足から背もたれ部分までを棒状に切り出し、先端を包み込むイメージでジュエルクリエイトを唱える。同じ工程をもう一回して、二本の簡易杖を作り出した。

 ついでに剣の形をイメージしながらジュエルクリエイト。確かジルコニアは割れにくいって聞いたことあるから、一時的に使うくらいなら大丈夫だろう。壊れたらまた作ればいいし。


「出来ました!! 受け取ってください!!」


 自分でも突拍子もない事をやっている自覚はあるが、今は非常事態だ。気にしていられない。パラデシアはさも当然のように、ハーンライドさんは興味深げに杖を受け取る。総ジルコニア製の剣を受け取った騎士団長は驚愕の表情を浮かべていた。


「ふんっ!! 杖を手にした所で俺の魔法には敵わんのは知っているだろう探求の!! くそっ!! くそっ!! 順調だったはずなのに!! せっかく手に入れた地位と権力を失くすくらいなら、この場で全員殺して逃げてやる!!」


 

 やべぇ完全に自暴自棄だ。一人称も変わってるし。いや、変わったというよりもこっちが素なのだろう。

 凄く典型的な小悪党のセリフだが、魔導師級の実力は伊達じゃない。内容が真実なら、同じ魔導師のハーンライドさんよりも強いということになる。

 神殿長は懐からこぶし大の宝石を二つ取り出し、両手に持った。杖を預けることを見越して対策してたようだ。


「ハスタムグラシス!!」


 再び氷の槍が割れたテーブルの隙間から射出される。しかし今度は先程より大きく長く、そして全員に向かってくる。

 私はすぐさまイージスシールドを張り直した。


「それは先程見たよ」


 騎士団長が前に躍り出て、目にも留まらぬ速さで迫りくる氷の槍を全弾切り裂いた。す、凄い!!


「アニス!! グラッジーア軍事長を助けられますか!? 彼女を助けられるなら、わたくしを囮にしてもかまいません!!」


 えっ!? 誰!? と思ったが、さっきの紹介の時に聞いた気がする。正直覚えられる気もしなかったので、聞き流していたのだが。

 軍事長で女性ってことは、軍の最高責任者のあの中年女性か? しかし王女を囮にしてでも助けたいとは、王女以上に重要な人物なのだろうか? いやそんなバカな。


 騎士団長とハーンライドさんが間断なく迫る氷の攻撃に対処する中、イージスシールドの中で王女は声を張り上げる。


「彼女さえ無事なら、わたくしが死んでも生き返れます!!」


 ――は? 今なんて?


「グラッジーア軍事長は――魔導師よりも貴重な時空魔法の使い手なのですよ!!」


 異端魔法の代表と言われている、時空魔法の使い手が軍の最高責任者? そして時空魔法であれば、死者を蘇らせることもできる? ……そう言えば院長からそんな話も聞いたことあるな。


「時空魔法で死者の蘇生って、本当にできるんですか?」

「……損傷さえ少なければ、ですね。心臓を一突きされた直後に、時空魔法で心臓の時間を戻すことができれば、少ない魔力で蘇生も可能です。ですが、たとえば全身火傷で長時間苦しんだあとに死亡した場合、全身火傷前に戻そうとすれば、その時間と大きさに比例して魔力を消費します。彼女は魔術士ですので、もしこの場で死んだ者がおり、それを生き返らせようと思うなら、時間が経てば経つほど彼女の負担が大きくなります。時間を無駄にできません。……アニス、できますか?」


 これは――間違いなく人命救助の要請だ。しかも王女は自分の命すら使っていいと言っている。軍事長とやらが無事なら、ここにいる全員が助かる見込みが十分にあるのだから。


 断る理由はない。戦うよりもよっぽどマシだ。私は私にできることをするのだ。


「やります!!」


 キッ!! と正面を向く。神殿長は折れたテーブルを盾に遠距離攻撃をするのみで、決定打になるような攻めをしてこない。おそらく、時間が経つほどこちらが不利になることをわかっているのだろう。……あっ、やけに攻撃の手がやまないと思ったら、神官たちも若干攻撃に加わってるのか。院長はボーッと見ているだけだけど。やはり様子がおかしい。


 お茶会参加者のうち、半分が氷漬けにされていて、神殿長を中心に氷漬けの度合いは激しくなっている。

 氷を溶かすなら、やはり火を使うのが一番か。塩という手もあるが、あれって確か溶ける時、余計に温度下がるよね? 人体に使うのは危ない気がする。やはり火だな。


「エレクトロブレイン!!」


 時間との勝負なら、考える時間は少なくするべきだ。脳の認識する時間を圧縮して、考える時間を捻出する。イージスシールドも消えるが、エレクトロブレイン中なら何らかの攻撃が来ても反応できるから問題ない。


 火を使うのは決定だが、じゃあどうするか? 部屋の中心に火の玉でも発生させるか? しかしそうなると騎士団長とハーンライドさんの邪魔になる。氷魔法で攻撃されて消される可能性もある。

 氷漬けになった人の近くに火柱? だが近すぎても遠すぎてもいけない。溶かすのに時間は掛けれないが、かといって火傷させるわけにもいかない。

 火の檻みたいなので一人ひとり囲むか? あ、これ良さそう。攻撃されても簡単に消されないように、小さな火の竜巻みたいなので囲む。最後と言いつつ何作も続いているファンタジーゲーム5作目の、火属性の中級魔法みたいなの。


 エレクトロブレインを解いたら、魔法をイメージして、精霊にお願いして、詠唱!!


「ファイアケージ!!」


 すると、氷漬けにされた人達の周りに火の竜巻が発生する。

 軍事長を助けてと言われたが、別に一人だけ救う必要はない。王女を囮にする必要もまったくないし、救えるなら全員救えばいい。


「なっ!? 俺に有利な環境で、ここまで強力な火属性魔法を使うだと!?」


 驚かれた。あっ、そうか。魔法の属性は周りの環境に左右されるという話だったな。神殿長としては部屋を氷漬けにすることで火属性の弱体化を図ったのだ。事実ハーンライドさんも、最初の防御以外は火の魔法を使ってない。使っても威力が出せないのだろう。しかし私は普通に使えたので、やっぱり私が異常なのか。

 だがこの異常性こそが私の強みだ!! これで人が死ぬのを避けられるなら、構いやしない!!


 神殿長が盾にしていたテーブルから離れる。周りの氷が溶け始めて、空中で凍りついていた破片や食器が落ちてきた。

 火に近い壁際の人達の氷も溶け始め、動けるようになった使用人は覚束ない足取りで部屋の外に逃げ、騎士たちは踏ん張りが利かないながらも、使命感で神殿長に対して剣を構える。


「くそっ!! さっきの杖や剣といい、何だこのでたらめな魔法は!! だがそれでこそ有用だ!! 知っているぞ小娘!! お前の望みは己の身の安全だな!! 俺の言うことを聞けば、身の安全を保証してやる!!」


 誰がそんな言葉聞くか!! ――と思った瞬間、身体が言うことを聞かなくなった。

 ……こ、これは、前にも経験がある!! 王女の「嘘をつけなくする」能力を食らった時と同じだ!! しかも、あの時よりも強い!!


 そして私の意識は、そこで途切れた。

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