47.お茶会の始まり
「どうしてこんな所に子供が? もしや――」
「使用人の子供かと思われます。大方、好奇心で子供部屋からこっそりと抜け出してきたのでしょう」
「件の魔導師ではないのか。面識のあるポートマスがそう言うのであればそうなのだろうな。……ここに招待されているのであれば、このようなみすぼらしい格好であるはずもないか」
さすが院長。即興で嘘をついてくれた。ここはその嘘に便乗するしかない。
「お嬢さん、お菓子をあげるから、早くお戻りなさい。もし王女殿下にお会いした時は、神殿の者がよろしく言っていたと伝えてください」
院長が目線を合わせながら私に近付き、懐から小袋を取り出してそれを手渡した。
……なんだろう。なんとなくだけど、さっきから院長の言動に違和感を覚える。気のせいかもしれないけど。
「ありがとう……神官さん!!」
院長先生って言葉が喉まで出かかったけど、なんとか押し戻した。子供らしい笑顔も貼り付けたし、怪しまれる要素は無いだろう。
「はっはっは。神と精霊の信徒は弱きに手を差し伸べなければならないからな。ポートマス、子供を使ってあの王女への心証を良くしようとは、なかなか感心だ。このまましっかり働いてくれれば、静かな余生を過ごせるよう、可能な限り便宜を図ろう」
「恐れ入ります」
そんな会話をしながら、後ろに他三人の神官を連れて廊下の奥に消えていった。
……なんだあいつ。神と精霊の信徒って、品行方正、清廉潔白であるべきと聞いたのだが、あの神殿長からはそれらは微塵も感じられない。
聖職者が子供に対して「みすぼらしい格好」とか面と向かって言う? 完全に見下した態度だ。まぁ、ドレスを着てなかったからこの場を誤魔化せた、とも言えるのだが。
厭味ったらしいというか、傲慢というか、とにかく嫌な奴だというのはこのちょっとの時間でハッキリと感じた。院長とパラデシアが苦い顔をするわけだ。
あとでお茶会で顔を合わせるんだけど、院長大丈夫かな? 確実にさっきの嘘がバレるはずなのだが。とはいえこの件で私にできることは何もない。院長自身で対処してもらうしかない。
……と、いろいろ考えてしまったが、今はそんな事を考えている場合ではなかった。今の私はやるべきことがあるのだった。
私はすぐにまた廊下を進んで使用人さんを見付けると、無事に目的地であるトイレへと辿り着くことができた。
「さて、この院長から渡されたお菓子の袋、今食べてもいいのかな?」
部屋に戻ったあと、そう独りごちる。
この世界でお菓子といえば、そこそこ高級品だ。村ではお父さんが王都から買ってくる時以外は食べる機会がなかった。……高級宿では毎日夕食に付いてきて美味しく頂いてたけどね。
でもこれからお茶会でも食べれるし、村に持って帰って食べるというのも捨てがたいなぁどうしようかなぁなんて思い、とりあえず中身を確認してみるか!! という建前のもと、見たら欲望に負けるとほぼ確信しつつ、お菓子の入った布袋の口に手を伸ばす。
「……なにこれ?」
お菓子はある。クッキーみたいな焼き菓子だ。だがその上に、折りたたまれた藁半紙も入っていた。
広げてみると、何かのリストだった。品物の名前らしい物や人名みたいな物とともに、日付とか金額とかが記入されたリスト。
院長、もしかして間違って渡しちゃった? と一瞬思ったが、こんな物わざわざお菓子と一緒に入れるはずがない。
そういえば王女によろしく言っておいてくれとか言っていたな。つまり、これを王女に渡せということか?
……そうなると、この紙はかなり重要な書類ということになる。
お茶会では王女の隣に座ることになってるから、渡すのはたぶん簡単だ。これがどういうリストかは書かれてないが、渡せば王女はこのリストが何なのかわかるのだろう。
目的とか意図とか何にもわからないが、院長から頼まれたのなら仕方がない。メッセンジャーを引き受けよう。
リストの紙を首に下げた財布――ラナトネさんから貰ってパラデシアが紐を付けてくれた、あの袋の中に入れる。
さて、予期せぬ事態がちょっと起こってしまったが、目的はお菓子だ。もう我慢できない。早速一枚食べようと手を伸ばした直後――扉がノックされた。
「失礼いたします。やはり起きておりましたね。もうそろそろ時間ですので、準備をいたしましょう」
家政婦長のマルソネアさんが優雅かつ足早に部屋へと入ってきた。時間を確認すると5ト75バム過ぎ。私の出席時間が6トロンなので、地球換算であと30分くらいしかない。
……お菓子はお預けだな。無念。
急いでドレスに着替えておかしな所が無いか確認し、お茶会での注意事項と流れを改めて聞かされ、準備万端と太鼓判が押されたら、私とマルソネアさんはお茶会会場の扉前まで移動する。
扉前まで来ると、私はここで待つように言われ、マルソネアさんだけ扉の中へと消えていった。
うぅ……緊張してきた。知っている人間がいるとはいえ、この扉の向こうにいるのはやんごとなき人々だらけのはずだ。本来ならただの一般人が出席するような場ではない。
くそぅ、私の中にある魔導師級の魔力が恨めしい。これがなければ、私は今まであった厄介事に巻き込まれることなく、平穏に生活できたかもしれないのに。
だがまぁ、今更嘆いても仕方がない。とにかく一時間程度の辛抱だ。無言でお菓子食べまくって乗り切ろう。
そんな決意をしていると、とうとう扉が開いた。時間である。そして王女の「――本日は、わたくしの友人をご紹介いたします」という声が聞こえてきた。
――まず深呼吸。これからする予定を思い出しながら、一拍おいて、足を前に出す。
私が姿を現すと、軽くどよめきが起こった。見渡したい気持ちを抑えて、最初にやらなければならない行動をおこなう。
「この度、ルナルティエ王女殿下よりご友人としてご紹介賜りました、アニス・アネスと申します。見た目通りの若輩者ではございますが、以後お見知り置きいただければ、幸いにございます」
言葉を紡ぎながら、左手でスカートを摘み、右手を胸に当てて跪く。
「この中にはすでにアニスのことをお知りになっている方もいらっしゃると思いますが、彼女はわたくしの庇護を受けております。袋鼠の袋の中に手をお入れになるような方は、この中にはいらっしゃらないでしょう」
これはあれだ。カンガルーみたいな有袋類は袋の中で子供を育てるから、その袋に手を突っ込むような無粋な真似はするなよ? みたいな意味だな。もちろん子供とは私のことだ。
ここで私はようやく顔を上げ、周りを見渡す。
長方形のテーブルに座るお茶会出席者。テーブルの周囲には数人の騎士と使用人、あと院長含む神官たち。
テーブル短辺の片側に王女の席があり、その向かい側にさっき会った神殿長と、知らない人が座っている。長辺には片側四人が座り、私を含めれば合計で12人。
私の席は王女の隣。私に近い席は知ってる人で固められているので、ちょっと安心だ。
部屋中の視線に晒される中、王女が手招きをしている。もう席に着いて良いらしい。
急がず焦らず、なるべく優雅な動作を心がけて王女の隣に座る。
座ると同時に、マルソネアさんがお茶とお菓子を目の前に置いた。さっき食べ損ねたのもあって、ごくりと喉を鳴らしてしまうが、まだ手を付けるわけにはいかない。まだやることがある。
このお茶会は顔繋ぎの意味合いもあるから、出席者の紹介と挨拶を私は受けなければならない。
「パラデシアはすでに旧知の仲ですから紹介は不要でしょう。デルステルともすでに挨拶を交わしたと聞き及んでいますので、こちらも省略いたしますね。……ハーンライドとは一度顔を合わせていますけれど、改めて紹介したほうが良いかしら?」
「姫様、是非ともお願いします」
ハーンライド……王女と一緒に村へ来た魔導師のおじいさんだ。あの時は確かに、まともに挨拶とかしてないから彼のことはよく知らない。
「改めまして、わたくしめはハーンライド・ドゥーン・クラシッテオ。探求の魔導師の二つ名を頂いております。形ばかりではありますが、サクシエル魔法学園の学園長という役職に付いておりますので、ご入学の際は是非ともお気軽にお頼りください。可能な限り、お力添えをさせていただきたいますので」
げぇっ!! ただの魔導師かと思ったら、あのでっかい学園の一番偉い人だった!! 大物じゃん!!
……しかしドゥーンか。地球でこのミドルネームに当たる部分は、こっちの世界では貴族名と言われてて、過去の英雄の名前であると同時に、その血を引いているという意味がある。
パラデシアならアガレット、王女ならトクソニオがそれに当たる。しかしドゥーンというのは英雄の名前ではなく、功績を上げたことによって王から与えられた、一代限りの貴族の称号である。
つまりこの人は元々貴族ではなく、平民の出ということだ。イギリスの騎士爵みたいな感じ。
貴族の階級順で言えば下位貴族に当たり、貴族との婚姻が可能になる……とパラデシアから習った。
そのあとは軍部最高責任者の中年女性だとか、国の宰相だとか、どこそこの貴族様の紹介が続いて、最後にあの神殿長とやらの紹介が始まった。
「……お初にお目にかかります、私はこの王都の神殿長を務めています、聖氷の魔導師、ティローゾ・ドゥーン・ガロジットと申します。アニス殿の魔法は神と精霊に強く愛されていると聞き及んでおりますので、是非とも、神と精霊の信徒になっていただきたいと存じます。さすれば必ずや、アニス殿に幸福が訪れることでしょう」
さっき会ったことに神殿長も気付いただろうけれども、初めて会った体にしたな。まぁそのほうがお互い都合が良い。
神殿長もドゥーンと名乗っているなら、彼も元平民だ。
そして神殿長が魔導師というのは、まぁ予想できていた。魔法は精霊の力を借りるものだから、その力をより強く行使できる魔導師が、神と精霊の信徒という集団の中で上に立つのは自然の成り行きだ。
出席者の自己紹介が終わったが、みんな私が魔導師だとか、雷の魔法に関することとかは完全に濁しているな。おそらくまだ表立って話題に出してはならない、みたいな暗黙の了解があるのだろう。
「アニスはこの通りまだ幼いため、皆様からの質問はわたくしやパラデシアが受け答えさせていただきます。平民であるアニスにとってはこのようなお茶会は初めてですから、美味しいお菓子の思い出だけを持ち帰ってもらいましょう」
直接私に質問するなよ? 絶対にするなよ? みたいな圧がある。……これが王族の権力!!
まぁそのおかげで私はこれからお菓子に集中できるのだが。王女の友達バンザイ!!
手を付ける許可が出たので、早速私は目の前にあるシフォンケーキみたいなのにフォークを入れる。なるべく優雅に、育ちが悪いなんて思われないように、気を張りつつお菓子を口に運ぶ。
ん~!! さすが貴族の甘味!! 高級宿で食べたお菓子も美味しかったが、こっちはその数段上を行く美味しさ!! ほっぺが落ちそう!! 至福のひとときだ!!
私がその絶妙な甘さに顔を綻ばせていると、視線が私に集中していることに気付いた。お菓子の誘惑が強すぎて油断してた!! ……は、恥ずかしいし緊張するからそんなに見ないで!!
そんな様子を察した王女が「あまり彼女ばかり見ないであげてくださいませ。美味しいお菓子の思い出が薄くなってしまいますから」と注意を促してくれた。
それからはお茶会参加者も各々のお菓子に手を付けたり、近い席の人同士で喋り始めたり、一部の人は私に関しての質問を王女たちに投げかけている。
私の今後の扱いはどういう感じなのかとか、学園卒業後の進路は決まっているのかとか。……どれもこれも、可能なら私という手札を手に入れたい、という思惑が見え隠れしてるなぁ。
それらに対して、王女は当たり障りのない返答だったり、約束事になりそうなものはキッパリと断ったりしてのらりくらりと躱している。私が受け答えしてたらどっかでヘマやらかしそう。王女に任せといて良かった。
そんなやり取りを横目に見ながらシフォンケーキみたいなのを食べ終わると、すぐにお皿を下げられ、今度はビスケットみたいなのが目の前に置かれた。
もしかしてこれ、食べ続けたら無限に出てくる? あんまりバクバク食ってると太りそうだけど、まぁこんな機会はもう無いだろうし、今回は気の済むまで食べよう!! 王女も美味しい思い出持って帰れって言ってたし!!
そう自分の心を甘やかして、ビスケットを食べ始める。美味しい!!
数枚食べたところで、私は一つやることを思い出した。
財布に入れたリストの紙を王女に渡さないといけないのだった。しかし、この場で胸元から財布を出すのは明らかにはしたない行為。
お茶会のあとで渡せばいいか? いやでも、このあとまた王女に会えるとは限らない。マルソネアさんや使用人を経由して渡すのもアリだが、しかし院長のあんな秘密めいた渡し方をしたことを考えると、かなり重要なリストの可能性もある。そう考えると直接渡したほうが良いのかもしれない。
色々と思案しながらビスケットを食べ終わり、今度はミルフィーユみたいなのが運ばれてくるのを見ながらお茶を飲む。
どうしようかなぁなんて思いつつミルフィーユにフォークを入れると、神殿長が王女に話しかける声が聞こえた。
「ルナルティエ王女殿下、少々お話がございます」
神殿長が、含みのある笑顔をしながらそう切り出した。




