46.トイレ探し
いつもより更新時間が遅れてすみません。
再び手にしたドレスは、パッと見では問題らしい問題は見当たらない。さすがプロの仕事。
しかし細かく見てみると、一部のフリルが無くなっていたり、逆にフリルが増えていたりする場所がある。前者はフリルが破けていた所、後者はフリルの下の修繕箇所を隠す目的のようだ。
「お茶会に参加するなら及第点、といったところですね。アニス様、姫様と今後も付き合いが生じることを考えますと、もう少しグレードの高いドレスを何着かご用意することをオススメいたします」
王族と付き合いが生じるならそりゃそうだよね。私としては付き合う気なんて全然なかったんだけど!! ……まぁ成り行き上仕方ない。
というかこのドレス、高級宿に泊まるために購入しただけで、王族との付き合いのために購入したわけではないんだけどね。
しかし、グレードの高いドレスか……。お金に関しては宝石生成で稼ぐことは可能だけれど、魔道具店のラナトネさんばかりに売るわけにもいかない。そもそも彼女は宝石の出どころを訝しんでいたし。
もっと別の信頼できる所で、安定して売却できるルートを確保する必要があるな。
ドレスを考えるのはそれからだ。
「お茶会の出席時間まで2トロンもありません。今から着てドレスに慣れておきたいところですが、お食事で汚されては困ります。先に夕食を召し上がっていただきましょう」
2トロンって言ったら地球感覚で5時間弱くらいあるよ? まぁマルソネアさんも私に付きっきりというわけにはいかないだろうし、彼女からすれば2トロンでも時間に余裕がないのだろう。
――と、いうことで食事が運ばれてきた。
マルソネアさんは仕事があるということでいなくなり、代わりに若い使用人が食事の運搬兼給仕をおこなうことに。
料理は湯気の立つパンやら一目で濃厚と分かるクリームスープ、メインのステーキ肉など、その他色々あるが、それら料理の中に一つ紛れ込むこれは……一口カツ!? 王都では私の名が付いてしまっているという、(私にとって)曰く付きのあの料理!!
「こちらは近頃、この王都で流行の兆しを見せておりますアニスカツとなっております。……そういえばアニス様と同じ名前を冠しておりますね? 偶然でしょうか?」
テーブルに料理を置きながらそう呟く使用人さんに、私は苦笑いするしかなかった。
「それでは、毒味いたしますね」
使用人さんはそう言うと、ナイフとフォークでそれぞれの料理の端を少しづつ切り分け、その端を食べていく。一口カツは小さいのを一つだけ、スープはスプーンで一口啜る。
毒味が終わったら使用人さんが使ったカトラリーは下げられ、私用に新しい物が準備された。
「それでは、お召し上がりください」
お茶会の主賓というのは、平民相手であっても貴族的対応が当たり前なのだろうか? それとも王女の指示か? どうあれ私にはあまりにも分不相応だ。なんだか申し訳ない気持ちになる。
とはいえ、ここまでしてもらっておいて食べないわけにもいかない。
この世界のテーブルマナーが地球と同じかどうかもわからないし、そもそもテーブルマナーなんて日本人の頃からあまり縁がないため正確に覚えていない。
なるべくマナー違反をやらかさないよう、慎重にカトラリーを扱い、ちらりと使用人さんの様子を窺いながら食事を口に運ぶ。
……うぅ、視線が痛い。落ち着かない。料理自体は凄く美味しいのだけど、落ち着かないせいでゆっくり味わえない。
そんな感じでとにかくマナーに集中してたら、いつの間にか料理が無くなってた。びっくり。
「お食事がお済みのようですね。お下げいたします」
淡々と下げられていく食後のお皿たち。むぅ、美味しかったのに味気なさも同時に感じる……。もしまた食べられる機会があれば、もっと落ち着いた環境で食べたいところ。
配膳ワゴンに平らげられたお皿を乗せて、使用人さんが退室。また一人になった。
そういえばマルソネアさんが、早めにドレスを着て慣れておいたほうがいいとか言ってたな。でも今はお腹が膨れてるので、もう少し消化が進んでからにしよう。
お茶会の参加時間までまだまだ時間あるし、ここはひと眠りするか? 満腹で心地いい眠気も来てるし、時間が近くなれば誰か起こしてくれるだろう。
そう考えた私は、肌触りの良いフカフカのベッドにその身を横たえた。
――ハッ!! と目が覚める。
ガバっと身体を起こして、見慣れない景色に一瞬戸惑うも、すぐに状況を思い出す。そう、私仮眠してたんだ。
……今何時!? と時計を見ると、針は5トロンを過ぎたところ。日が落ちた頃だ。お茶会開始は日没後半トロンと言っていたので5ト50バム、今から約一時間後くらいか。私の参加時間である6トロンなら約二時間後。
部屋には私以外いない。誰も来なかったのだろうか? と思ったが、テーブルの上に「出席時間が近付いた頃にお伺いいたします」という書き置きが、マルソネアさんのサインと共にあった。
どうやら一度部屋に来て、そのまま起こさず寝かせてくれていたらしい。
大きく伸びをして、起き抜けに水を1杯。
そして私は……お花摘みに行きたくなった。だが問題が一つ。トイレの場所聞いてない!!
この中夜月の間には、高級宿のスイートルームみたいなトイレ部屋は見当たらない。となると、この離宮のどこかにトイレはあるはず。
出席時間が近付けばマルソネアさんが来るので、来たら場所を聞いて……ってそんなに待てるわけがない。
下手に我慢するより、さっさと部屋を出てトイレか人を探したほうが手っ取り早い。
そうと決まれば善は急げ。私はすぐに扉に手をかけた。
……ん? いやちょっと待った。一応まだお茶会の開始前ではあるが、招待客がすでに来ていないとも限らない。王女は私をお茶会の後半で紹介させたいわけだから、お茶会前に招待客と顔を合わせるのはマズイだろう。
となると、この部屋を出たら慎重に行動するべきだ。招待客らしき人との接触は避け、この離宮の使用人やパラデシア、王女や騎士等、私が知っている人物を探そう。直接トイレを見付けられればそれがベストだ。
扉を慎重に開け、顔だけ出して廊下を見回す。……よし、誰もいない。
確か、右の曲がり角を曲がったら離宮の入り口だったな。建物の構造を考えるに、入口付近にトイレを作るとは思えない。なにせ臭うからね。
この離宮がそれなりの数の人が働く場と考えれば、トイレもそれなりの規模が必要だろう。働く上でニオイ等の影響を少なくするなら、端の方が現実的。後処理のことを考えればトイレを一箇所にまとめたほうが楽だが、この規模の建物なら複数箇所に設置している可能性もある。前者なら建物の奥まった所か? 後者であれば左右の隅っことか――あ、トイレを敷地内の別の建物にしている可能性もあるな。
……むむぅ、考えても仕方がない。右には無い可能性が高いから、ひとまず左に進もう。迷子になることと招待客にだけ気を付けていればいいだろう。
廊下を進み、分かれ道があれば人がいないか確認し、いなければまた進む。進む方向は建物の端。帰り道がわからなくなることがないよう、頭の中でマッピングするのも忘れずに。
そうして慎重に廊下を進んでいると、曲がり角から人影が現れた。
ヤバッ!! と咄嗟に思ったが、その人物は私のよく知る人物だった。そして同時に、意外な人物でもある。
「院長先生!? どうしてここに?」
私の村の精霊院院長、ポートマス院長!! 王都の神殿に呼び出されて以降、高級宿に泊まっている間に連絡が付かなかった院長が、なぜこの離宮に!?
院長は私を見るが、返答がない。その代わり、院長の後ろから声が聞こえた。
「ポートマス、そこに誰かいるのかね?」
「はい、神殿長。子供が一人、廊下におります」
院長の後ろから、髭を生やした男が現れた。
神殿長と言えば、院長の上司で、院長やパラデシアからの評判があまりよくなく、明らかに私を利用しようとしている人物であり、今日のお茶会に来ない可能性もあると言われた、お茶会の招待客である。
……最悪の状況だ!!
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。




