120.神様再び
「ふむ、やはりこの記述をベンプレオから私の名前に書き換えても何も起こりませんな。何も感じない、と言ったほうが正しいかもしれませんが」
「たぶんですけど、受信……えーと、受け取るための魔道具か何かがあるんだと思われます」
私は今、ハーンライド学園長と探知魔道具に描かれている魔法陣の検証をおこなっている。魔道具を使うたびにベンプレオへこの魔道具の位置が送信されていたということは判明したが、それがどういう仕組なのかを解明するためだ。
しかし、ベンプレオという記述をハーンライドに書き換えてみたところで、そんな単純に機能するようなものではないようだ。当然、私の名前に変えてみても何も起こらなかった。
「少なくとも、受信側の魔法陣がわからない限りはお手上げですね。しかもこれ、『ベンプレオ』の記述一つで機能するということは、受信側の魔法陣は10年以上前――パレトゥンさんがここに来る前からすでに機能している、汎用性の高い優秀かつ複雑な魔法陣かと思われます」
ここシエルクライン王国に来たパレトゥンさんは、ラリオス国からの交換留学生という名目で来ていたという話だったはずだ。しかしその実態は、この国の情報を可能な限り得るスパイのような役割を担っていたという。だがラリオス国は滅亡し、パレトゥンさんは戦争責任者であるベンプレオ確保に協力するという形で、処罰を免れ軟禁を受け入れた……が、実際には協力するフリをしてベンプレオに位置情報を流して侵入させるというスパイ行為を働き、挙句この国から跡形もなく消え去った。
更に、他の国にも似たような人材を送っていたということなので、それぞれに何らかの情報を送信する魔道具を作る密命を帯びさせ、その情報を一手に受信する魔道具をベンプレオが所持していた、という可能性が十分考えられる。なので、その受信の魔道具は複数の情報を受信できるほど汎用性が高く、かつ複雑な魔法陣で作られていてもおかしくないのだ。
「仕方がありませんな。……おや? そろそろ時間なのでは? もう少し一緒に検証を続けたいところですが、これ以上引き止めるわけにもいきませんから」
園長室の時計を見ると、ポートマス神殿長との約束の時間が迫っていた。
私としてももう少し検証したいところだが、今回は諦めるしかない。私は退室して、部屋の外で待機していたモモテアちゃんとアレセニエさんを連れ立って神殿へと戻る。
神殿長の用事は神様――精神エネルギー生命体に対する神殿長の理解度の確認だ。一応ここ数日間は口頭で私なりに説明してみたが、理解度が上がっているならば神と精霊の像に祈ることで精神世界に招かれるはず、ということで今日は実践してみようとなったわけである。
ついでに私もあののじゃロリ神に会って文句の一つでも言っておきたい。
神と精霊の像は神殿内では表の礼拝堂、奥の礼拝室、儀式の間の三か所にある。今はまだ参拝者が神殿に出入りしている時間なので礼拝堂は使えない。使うなら残り二つだが、神に会うのであれば公式の使用が主な儀式の間が良い、とのことで私は広い儀式の間へとそのまま向かう。
儀式の間に入ると、神殿長の他にパラデシアとカレリニエさん、ラッティロもいた。まぁこの三人は私が神様と会った時にその場に居たので、事情を知っているメンバーだ。もし万が一、前回と同じように現実世界で時を止められたら対処が必要なので、彼女らのような見届人は必要だろう。アレセニエさんとモモテアちゃんも同席はするが、対処が必要になったら神官ではないこの二人だけでは心許ないし。
「来ましたか。……ふぅ、これから神にお会いするとなると、さすがに緊張しますね」
「確かに次元の違う存在ではありますけど、そんな大層なモノでもないですよ」
「なんと豪胆かつ不敬な物言いを……。しかし、だからこそアニスは神に招かれたとも言えるのかもしれません。異世界の知識と理解力があればこそ、その発言が許されるのでしょうから」
神殿長が顎に手を当ててなんか感慨深げに言っているが、私は単にアイツが気に入らないだけである。
「パラデシア様達は良いんですか? 今回神に会わなくても」
神殿長に精神エネルギー生命体を説明する時、時間が合う時はこの三人にも一緒に聞かせていたので、理解が進んでいれば会える可能性は十分にある。
「興味が無いと言えば嘘になりますが、事情を知っている関係者の中で、私たち以外に見届けられる者がいないでしょう。今回何も問題が起きなければ、次回は付き合ってもらいますよ、アニス」
たぶん私が付き合わなくても大丈夫じゃないかなぁと心の中で思いつつ、とりあえず了承の言葉を返す。
「じゃあさっさと会いに行ってみましょう。神殿長、準備はいいですか?」
「……えぇ、やってください」
緊張のためか一呼吸の間があったが、私は気にせず右手を胸に、左手を上に掲げて祈りのポーズをする。
そのまま目を瞑ってすぐに開くと、私の意識と視界はすでに白一色の世界にいた。
左右を見渡してみたが、神殿長は見当たらない。そしてそのまま正面を向いたら、いつの間にかのじゃロリ神が目の前にいた。
「久し振りじゃぶべらっ!!」
気付いたら私はのじゃロリ神の顔面めがけて拳を振り抜いていた。文句だけ言うつもりだったが、いざ目の前にしたらつい手が出てしまった。
のじゃロリ神は私の拳を受けて派手に吹き飛んでいったが――。
「――どうせそういうフリをしてるだけでしょ」
「まぁそうじゃな。じゃが、気は晴れたじゃろ?」
殴られた側は特に何事もなく立ち上がる、というか浮き上がる。
ここは相手の精神世界なうえ、物理法則に縛られない、と前回の時にコイツ自身が言っていた。つまり、私の気を晴らすためにわざわざそういう演出をしたわけである。
頭では演技だとわかっていても、のじゃロリ神の言う通り実際少し気が晴れたのは事実。とはいえ、そもそもコイツは私の精神状態を操作できる存在だということを忘れてはいけない。おそらく精神操作をするにしても、私が納得できる形なら問題無いと思ったのだろう。
私はフンッ、と鼻を軽く鳴らしながら腕を組み、本題に入る。
「色々言いたいことや聞きたいこともあるけど、今日は神殿長の付き添いで来ただけだから、早く戻してくれない? 前回みたいに二日経ってたとか、魔力枯渇で疲労困憊にはなりたくないし」
神殿長がこの場に居ないということは、理解度が足りずに招かれていないか、足りているならば私とは別に招かれたかのどちらかだろう。結果は気になるが、別にコイツから聞かずともあとから本人に聞けばいい。
「まぁそう急かさずとも良い。今回は異世界の人の子の時間を停止する必要も無いのでな。そも、あの二日間の時間停止は異世界の人の子の願いを叶えるための時間調整じゃぞ? そのお陰で探していた鼠人の子に会えたではないか」
うっ……薄々そうなのではと思ってはいたが、やっぱりそうだったか。この精神世界での問答も魔法の行使の一端で、魔法とは精神エネルギー生命体を利用したイメージの具現化。極端に言えば、程度はあるものの願いを叶えてくれる力とも言える。
私の願いは地球に戻ること、その前提としてベンプレオの捕縛があったから、その願いを汲み取ってベンプレオに会えるようにした、ということなのだろう。
「というか!! そのベンプレオにそもそも逃げられたんだけど!! アンタが連れて行けって言ったエミリアさんと一緒に!!」
「その人の子がいなければ全滅しておったのもすでに理解しておるじゃろう? 我は嘘をつかないし、人の子の望みを否定しない。異世界の人の子が望み続ける限り、我は魔法という形で力を貸し続けるだけじゃ。それでも望み通りの結果が得られなかったのであれば、それは単なる己の力不足か、相対した者の望み方が上回ったというだけの話よ」
……つまり、私に状況を打開するだけの能力が不足していたか、ベンプレオのほうが精神エネルギー生命体を行使する力量――魔法の扱い方が私より上だった、ということか?
いや、これは両方か。話し方から察するに、ベンプレオ遭遇戦に限らず、今後も同じような状況が出てくる可能性も否定できない。
ぐぅっ!! 文句を言ったら言ったで100%正論が返ってくるので言い返せない。まぁ高次元の存在相手に口論で勝とうなどという考えがそもそも間違っているのかもしれないが。いや、これは単に感情の問題だ。理屈ではなく私自身の感情で納得する結果を得るしかない。
まぁその辺は今は置いておくとして。
「それよりも、さっきも言ったけど早めに現実へ戻してくれない? 時間停止しないのは分かったけど、滞在時間に比例して魔力を消費するのは変わってないでしょ。またあの魔力枯渇の地獄を味わいたくないんだけど」
「ふむ、それが異世界の人の子の望みというならば、叶えぬわけにはいかぬな」
のじゃロリ神がそう言うと全身が強く光り、一瞬にして視界が白一色に塗り潰される。
眩しさで反射的に目を閉じ、次に目を開けた時には、私の視界には儀式の間の神と精霊の像が映し出された。
上げていた腕を下げ、ふと横を見ると神殿長が激しく呼吸をしながら今まさに地面に膝をついていた。この様子なら、あの精神世界に招かれたとみて間違いないだろう。
精神世界にいた時間は体感的に5分程度だったが、待機組の様子から、今回の現実での時間経過は一瞬だったようだ。
のじゃロリ神が私の望みを汲んでくれたお陰で今回の私に疲労感はないが、神殿長はまともに喋れないほど疲労している。さすがにこんな状態の神殿長に結果を尋ねるわけにはいかないため、皆で神殿長を自室へ運んで、神殿長の話は明日聞くこととなった。




