119.ご飯を求めて
「ご飯が食べたい!!」
あれから数日。巡礼の旅の完了と、ベンプレオ襲来という事件によってだいぶ疲労が溜まっていた私の体調を慮って、しばらく休みを貰っていた。
まぁそれは大変ありがたいことなのだが、ベンプレオの捕獲=地球に戻れる機会を逃してしまった私は、この数日で望郷の想いが強くなっていた。
なので先程の叫びは単なる食事のことではなく、お米を食べたいという切実な願望が漏れ出たものである。
一応、神殿に所属してからこの世界にお米が無いか自分なりに調べてはみたが、それらしい情報は残念ながら見付かっていない。
少なくともこの大陸には無さそうである。もしかしたら西大陸に行けばあったりするかもしれないが、あるかもわからないお米を探すだけの為に危険な旅へ出るわけにはいかない。
そこで私は考えた。米が無ければ――麦があるじゃないか。そう、麦飯だ。この世界の主食は肉だがパンもある。パンは小麦粉から作る、つまりは小麦だ。アプリコ村でも生産していた。
……あれ? 麦飯って確か大麦じゃなかったっけ?
しまった。それ以前に小麦と大麦の違いってなんだ? 名前は知ってても見た目の違いとか知らないぞ? 村で生産していたという話は聞いたことないし、あればお父さんが王都に持っていく商売品目として絶対聞いているはずだ。
そもそもの話、あくまで小麦と同じような用途で使っているから勝手に小麦と(私の頭の中で)翻訳されているだけで、この世界の小麦が地球と同じ物という確証はない。だいたい、季節の概念が無いから植える時期とか決まってないし。
であれば、とりあえずその辺で手に入る麦を使って試しに麦飯を作ってみるのが良いかもしれない。
私は早速市場に出かけて、脱穀した麦を購入する。可能なら殻を剥いた状態――精麦した麦を購入したかったが、小麦粉は殻ごと粉砕して作るらしいのでわざわざ精麦しないらしい。つまりこの辺で使われている小麦は全粒粉というわけだ。
なので、これから自力で殻を剥いて精麦しなければならないのだが……ここから大変だった。
お米を手作業で精米する時と同じようなやり方で大丈夫だろうと思い、すり鉢とすりこぎを使って自室でやってみたのだが、剥けた殻が宙に舞い、部屋に殻が散らばる事態に。
おかげでモモテアちゃんに怒られたので、神殿食堂のキッチンの裏手を借りて改めて精麦。ある程度殻が剥けたら風の魔法で殻を吹き飛ばし、まだ張り付いている殻を取るために同じ作業を何度も何度も……という重労働を繰り返す。
腕がパンパンになりながら殻をあらかた取り終えると、私は自室の簡易キッチンに立ち、お米と同じように何度か洗う。洗い終わったらしばらく水に浸け置いたあと、鍋に浸水した麦と水……水はどれくらいだっけ? 確かお米の場合は手のひらを置いて手の甲が水に浸かるぐらい、と聞いたことがある。ひとまず今回はそれでやってみよう。
いよいよ炊飯。鍋に火を……火加減がわからん!! とりあえず蓋をして中火くらいで水分が無くなる程度までやれば良いだろうか?
しばらく火に掛けつつ何度か蓋を取って中を確認し、良さそうな感じを見計らって火を止める。
あらかじめ木を削って作っておいたしゃもじを使って混ぜ、これまた事前に用意していたお箸を持って、待望のご飯を鍋から直接口に運んで、その一口目をゆっくりと味わ――固ぇ!! これはさすがにご飯じゃない!!
あれだけ苦労して完成した物が、予定を遥かに下回る出来栄えに私は絶望する。しかもそこそこの量を作ってしまったので絶望の二乗だ。これどうしよう?
そんなことを思っていたら、一部始終を見ていたモモテアちゃんが麦飯の出来損ないをスプーンでひとくち食べ「お姉様、食堂でスープを貰ってきて、これと一緒に煮込みましょう」と提案してきた。なるほど、リゾットみたいにすれば良いのか!!
その日の晩御飯は少々硬めの麦リゾットとなった。
翌日。やはり麦飯をどうしても諦めきれない私はそれから数日間、試行錯誤を試みる。
すり鉢でやるよりもう少し効率の良い方法は無いものかと考え、袋に入れて棒で叩いてみた。これはこれで疲れるが、すり鉢でやるよりは圧倒的に効率は良さそうなのでしばらくはこれでいこう。
昨日と同じように殻をあらかた風で吹き飛ばしたあと、今回は少量ずつ麦を分けて、水に浸け置く時間をそれぞれ変えてみる。
炊飯は、昨日より水を多めにしてやってみる。ひとまず昨日と同じ火加減でやってみたが……う~ん、昨日よりはマシな歯応えになったが、まだ全然固い。浸水時間は長めにした物のほうが良いのは分かった。
今度は小分けにした麦の浸水時間を全部長めにし、炊飯時の水の量を変えてやってみる。結果、こちらも水の量が多いほうがご飯に近くなることが判明。まさか麦に対して水は二倍以上必要だとは……。
ここまで来たらあとは火加減の調整だけだ。これまでの試作で麦に水を吸わせることが重要なのは間違いないので、最初からずっと強火で、という方法は除外してよいだろう。となると方法としては、今までと同じずっと中火、ずっと弱火、強火から中火、中火から弱火、強火から弱火、くらいか?
そしてそれらを試したところ、強火から弱火が一番ご飯っぽくなった。
やった!! 麦飯の完成だ!! 私はやり遂げた!!
地球で食べ慣れた白米には断然劣るが、それでもご飯が食べられるようになったという事実は、私の心を癒すと同時に、日本への渇望がより強くなる。その中にはまだ戻れないという寂しさも勿論あるが、絶対に戻ってやるという強い原動力となる想いでもある。
私が嬉しそうに麦飯を食べているのを見て、モモテアちゃんも完成した麦飯を食べたのだが「……あんまり美味しくないですね。お姉様、元の世界ではこんなの食べてたんですか?」とのたまう。
そりゃあ口中調味の習慣が無ければそんな感想にもなるだろう。というか私だってさすがにご飯だけでは美味しいとは思わない。ご飯はおかずと一緒に食べてこそだ。
そう力説してみたが、モモテアちゃんにはあまり響かなかったようだ。まぁこの世界では完全に別の食文化だから、理解されるとは思っていない。麦飯は私だけで楽しめればそれでいい。
――と思っていたのだが、何故か神殿食堂で流行ってしまった。と言っても麦飯そのままではなく、料理の食材の一部として使用される形でだが。スープの具にしたり、味付きの麦飯を肉で巻いたりといった感じだ。
原因は言わずもがな、私が食堂キッチンの裏手で作業をしていたのを見られていたからだ。料理人が「天の使いが新たに作り出した具材」として採用したのである。
そして料理人は神殿関係者とはいえ神官ではなく、通いの一般人だ。外でも話してしまったのだろう。そうなるとチキンカツの二の舞である。王都で広まるのも時間の問題……かと思われたが、思いのほか広がりを見せなかった。
物珍しさから瞬間的な流行はあったが、何せこの世界の主食は肉だ。肉以外では必須栄養素を完全には補えないため、麦飯を積極的に食べようと思う人はそんなにいないのである。
とはいえ、安価で入手でき腹持ちも良い優秀な具材のため、街なかの食堂や家庭でそこそこ使われるようになり、麦飯は具材として安定した地位を得たと言っても過言ではない。
私は私のために麦飯を作っただけだったのだが……。まぁこれからは苦労して精麦せずとも手に入るようになったので、良しと考えておこう。




