24. ザ・セカンド・ティタノマキア その⑧
「……はっ!」
後方から襲いかかってきた黒い泥人形を、アポロンは持っていた弓で打ち据えて粉砕する。
(いったい、どうなっているのだ……?)
乱戦状態と化した、柚葉親水公園のグラウンド。ほとんどが森林と川でできているこの公園の四分の一を占めるここで、襲い来る泥人形たちを、必殺の光の矢の雨で射殺しながら、彼は混乱の渦中にいた。
テュフォーンに向かって順調に歩を進めていたところ、先頭のアポロンの戦車が、何か抗えない力によって突然方向を変えられ、隊列は総崩れとなってしまった。その隙を狙ったのか現れたのがこの人形兵団。テュフォーンも見失い、天界からの連絡も無く、今はこの雑魚どもを屠り続けることしかできない。
しかも、アポロンたちが天界を出た十分後に出発するはずだった後続の補給部隊もいっこうに姿を現さない。ゆえに、現在ここにいるオリンポス十二神は、アポロン、アルテミス、アレス、アテナ、そしてヘファイストスの五柱のみ。
よもや天界で何かあったのではないか……という不吉な予感がよぎる。だが、今はそれどころではない。
(奴は、何者だ)
十メートルほどの高さの空中に浮かぶ、十七、八歳ほどの年頃の、黒いドレスの長身の少女。黒い兵士たちは、あの少女によって無限に生み出されつづけている。
ならば、彼女を倒せば戦況は変わるはず……というのは英雄たちも百も承知。しかし、彼女には、一切の攻撃が当たらないのだ。
矢を放てば、命中直前で軌道が逸れる。天使部隊が剣や槍で攻撃しても同じく。そして、
『くっ……なぜだ! なぜ当たらんのだぁ!』
先ほどから空中でレーザー砲撃を浴びせかけ続けている、『無敵戦艦』ヘファイストスMk‐Ⅱもこの少女に手を焼いていた。
「いいかげんやめんかヘファイストス! 逸れたレーザーが全てこちらに飛んでくるのだ! 何人か死者も出たぞ!」
『何を言うかアレス! この無敵戦艦に倒せぬ者などおらぬわ! ましてこんな小娘ひとりになど……ええい、ならばこれはどうだ! 喰らえ、我が最強の主砲の力!』
ヘファイストスが(スピーカーで)叫ぶと、戦艦の艦首が、音を立てて四つに分割しはじめ、その奥の方から、巨大な大砲が、回転しながら姿を現す。
「待て! それはいくらなんでもやりすぎだ!」
アポロンが制止しようとするが、ヘファイストスはノイズを発することさえしない。
『受けよ、我が怒りの劫火……〝殲滅せし瞋恚の炎〟、発射アアアアアアアア!!!!!』
再びの大音量の放送と共に、大河も裸足で逃げ出すような光の奔流が、主砲から放たれる。それはいともたやすく少女を飲み込み、光の中へと消し去った。
ついでにその先にあった住宅地が消滅し、数キロ先までに存在するものを全て消し炭にする結果となったが。
「だから言わないことではない! これだから貴様は!」
『やかましいぞ太陽神! どうせデメテール様とハデス様がなんとかしてくれるわ! しかし、さすがにこれだけの砲撃を喰らわせれば、あの小娘も無事ではおられまい……⁉』
アポロンを軽くあしらい、ほくそ笑んだ(つもりの)ヘファイストスは、メインカメラを疑った。
少女は、傷一つない姿で、あいも変わらず空中にたたずんでいた。一片とてその表情を動かすことなく、冷たい視線を巨大戦艦に向けながら。
『な、なんだとオオオオオオ!』
慟哭するヘファイストスに、アポロンは憐憫の目を向ける。
「当然だ、愚か者。奴はおそらく、テュフォーンの〝権能分与〟を受けている。言うなれば、少し劣化したテュフォーンがここにいるのと同じだ。おまえ一人で敵う相手ではない。
当分、その場で待機していろ。おまえの力を発揮するのは、もう少し巨大な相手が出現してからだ」
『くっ……』
こうまで言われ、しかも主砲が通じなくてはどうしようもない。ヘファイストスは砲撃を止め、その場で沈黙した。
(しかし、奴も厄介なものを味方につけたものだ)
光の矢で泥人形たちを撃ち滅ぼしながらも、アポロンは心の中で悪態をついた。
あの少女の正体は、怪物か悪魔か、はたまた人間の異能者か。それを懐柔したテュフォーンは、彼女に自分の能力を分け与え、我ら神の軍勢を足止めするための手駒としたのだ。
攻撃が届かないのは、彼女の周辺の空間が、テュフォーンから与えられた空間干渉の権能によって歪められているため。しかも、あれだけ大質量の砲撃を喰らって傷一つないということは、そこに隙はないとみえる。
この仮説が正しいならば、彼女を攻略する方法は、ただひとつ。
『ペルセウス。聞こえるか』
『はっ、ここに』
若い男の返事が、頭の中に返ってくる。
『ハルパーを使い、あの少女を抹殺せよ』
ハルパー。それは雷霆ケラウノスや治癒の杖ケーリュケイオン、不破の盾アイギスと並ぶギリシア神界最強クラスの神造兵器。
刃に付与された概念は絶大な力を誇り、振り下ろした先にあるものを切断し、たとえ相手が不死であろうと殺害する。これを無効化することは、〝始原の五神〟に次ぐ第二世代の神ウラノスであっても不可能であった。
普段はヘルメスの宝物殿で管理されているが、此度の遠征のため、先に挙げたアイギスやハデスの兜、そして翼の生えた靴と共に、それは現在ペルセウスに貸与されている。力に優れたヘラクレスよりも技巧に長けるペルセウスの方が、これらの武器はふさわしいと判断され、メデューサの討伐以来実に二度目のことである。
『御意』
体温を感じさせない声のあと、つながりが切れる感覚がある。
(この敵が倒せなければ、テュフォーン討伐など夢のまた夢だ。頼むぞ、ペルセウス……)
心の中で、最強の英雄の一角を激励しながらも、太陽の神は前方の雑兵たちに向き直った。
★
「……フン。強さが知れ渡っているというのも困りものだ」
アポロンの命を受けたペルセウスは、右手に携えた愛剣・アルゲニブを一振りし、飛びかかってくる泥人形を、斬撃によって消し飛ばす。
「へーちゃん、どうかしましたか?」
傍らで戦っている餡子が、彼の様子が変わったことに気づいて振り向く。
その瞬間――泥人形が、両手を掲げて跳躍してきた。
「…………」
しかし、地獄は特に何もしなかった。なぜなら、
「ギェエ⁉」
餡子の立つ位置から五メートルほどの距離に達した瞬間、泥人形は無様な鳴き声を上げて粉砕された。
彼女の周りに無数に飛び交っている青い光の球が、目にもとまらぬ速さで人形の身体を消し飛ばしたのだ。
〝星落ち〟のみが持つことを許される、彼らの星座を構成する恒星を材料に作られる武器・〝天装〟。餡子のそれは、七十二人の〝星落ち〟の中でも最多の恒星を使って作られている。
その数、実に数十億個。
彼女を中心に半径三メートルほどの円形の領域に展開されたそれらは、敵が接近するのを自動的に感知し、彼女から五メートルの距離に達したところで抹殺する。
鉄壁の防御にして無慈悲なまでの殲滅攻撃であるこの武器こそ、かのアンドロメダ大銀河が転じた天装・『贄姫の螺鈿』。その輝きが視界を覆うほどに広がり、存在をこれでもかと主張していたからこそ、地獄は餡子への死角からの攻撃にも眉ひとつ動かさなかったのだ。
しかも、彼女の天装はこれだけではない。
両手に光る、金と銀の、手の平ほどの大きさの単発式の銃(デリンジャーと呼ばれるものに近い)。聖銃アルマクとアルフェラッツだ。『贄姫の螺鈿』の星々を弾丸にして打ち出すこれらの武器を加えて、全部で三つの天装を有している彼女は、ここにいる泥人形どもが全員同時に攻撃してきたとしても、難なくその全てを滅ぼしてしまうことだろう。
「アポロン様からのお達しだ。俺に、『ハルパーであの少女を殺せ』と。お前は、俺がハルパーを振り下ろす間、周りを守っていろ」
表情を変えずに地獄が答えると、一瞬餡子の顔が曇った。
だが彼女はぶんぶんと首を振り、
「わかりました。若い命が犠牲になってしまうのは、悲しいですが……世界の命運とは、比べかねますものね」
地獄に背を向け、アルマクとアルフェラッツを持ったまま、両手を左右に広げる。
すると、そこら中に瞬いていた星たちが少女のいる方向だけを避けて、全体的に数メートルほど外側に拡散した。
「なるべく、苦しまないようにしてあげてくださいね」
「ああ。分かっている」
地獄はうなずいて、アルゲニブを持った右手を、地面に向かって、まっすぐ自分の斜め右側に伸ばした。
アルゲニブが青白い光を伴って霧散する。
「英雄の号を以て、我が内象に命ず。その扉を開き、その醜悪を晒し、秘めたる五色を浮世に示せ――
来たれ、神の剣。誰人もあらがえぬその法で、咎人を断つがいい――
〝ハルパー〟、召喚!!!!」
心象世界の扉を開く詠唱が終結した途端、地獄の手の平に、重く固い柄の感触が現れた。
渾身の力を込めて、ぐいっと腕を後方に引く。
「くっ……む……!」
バリバリと稲妻が、右手の先から走り、何もない空間から、大きく曲がった刀身が現れ――
「はあっ!」
ついに引き抜かれた。
半径五十センチほどの真円の、ちょうど四分の三の弧を切り取り、そのまま刃にしたような、剣というよりは鎌に近いようなデザイン。しかし、鎌と呼ぶにはそれは巨大すぎた。
剣先から柄頭まで一メートルと三十センチ。剣としては一般的なサイズだが、刃が大きく弧を描き、また幅も広いせいで、表面積は比べ物にならない。
「久しいな……」
地獄は、かなりの重量があるその剣を地面に突き立て、まじまじと見つめた。
こいつとはメデューサ討伐戦以来、実に三千と数十年ぶりの再会。前々回・前回のテュフォーン戦では、テュフォーンの事情を察して情けをかけたゼウスがこれを持ち出すことを許さず、手にするどころか拝むことも叶わなかった。
借り物ではあるが、それなりに愛着のある品だ。いつかまた、共に戦える日が来ればと、期待はしていたのだが……その久々の敵が、あのような年端もゆかぬ少女であるとは。
「…………」
いや、もとより迷いなどない。アンドロメダとの結婚後、ティリンスの王として君臨していたころに、非情な決断を迫られることは何度もあった。
意を決し、柄を両手でしっかりと握り、地獄はハルパーを振り上げる。
「悪く思うな。これも、貴様の選択の結果にすぎない」
少女を見据えると、ハルパーに霊気が集まってくる。照準完了の合図だ。あとはこれを振り下ろしさえすればいい。
「……退場しろ、この戦いから」
そう言って、ひと思いに、彼は不可視の斬撃を放つ――
「っ⁉」
否、放とうとした途端、彼の身体は上方に打ち上げられた。
「なっ⁉」
理解が追い付かないまま、彼の身体は地上からどんどん遠ざかっていく。そんな中、地面を見下ろした彼は、さらに驚愕した。
「なんだ⁉」
打ち上がったのは彼だけではなかった。彼の立っていた地面、その一区画だけが瓦礫や粉塵となって、彼と同じように、空に向かって飛んできているのだ。
「くっ!」
恐るべき速さで迫りくる、大地だったものを阻もうと、地獄が空中からアルゲニブを引き抜こうとした、その瞬間――
「はぁっ!」
「ッ⁉」
一瞬、力が抜けてしまった右手から、何者かにハルパーをひったくられる。
「何者だ、貴様……っ⁉」
その瞬間に、打ち上げられていた身体と瓦礫は、元の重力に従って落下を始めた。
すでに数百メートルは打ち上げられている。数年前に餡子と行った旅行で訪れた電波塔の展望台よりもまだ高く感じる。このままでは数十秒後、彼はただの肉塊と化すだろう。
だが、問題ない。
「はっ!」
地獄は両足に意識を向ける。
するとどうだろう、落下の速度は徐々に遅くなり、十秒ほどで彼は空中に「立った」。
神々に授けられた神器のひとつ、「翼の生えたサンダル」。ヘファイストスによって現代風にアレンジされ、翼を捨てて空中歩行を可能にしたそれが、この土壇場で役に立ったというわけだ。
「どこだ盗人!」
辺りを見回すが、ハルパーを奪い去った者の姿は無い。
「チッ……面倒なことになったな」
桃色の髪をかきむしり、アルゲニブを召喚した地獄は再び地上へと向かう。
★
「「「「…………」」」」
数分前に怪原家から飛び立ち、やっと柚葉親水公園にたどりついた恵奈、珠飛亜、吹羅、綺羅の四人は、茂みの陰に隠れ、英雄たちの戦いを眺めていた。
「……母上。なぜ英雄どもは、父上ではなく、あの謎の生命体と戦っているのですか」
「……さあ……」
吹羅が尋ねたが、恵奈もこの状況がなんなのか、よく分からないでいた。
少なくとも恵奈の知るテュフォーンには、このような権能は無い。かといって、彼が徒党を組んで英雄と戦うなど、まずあり得ない。残念ながら、彼に味方してくれる者など、この世界には存在しないことは、十五年前のことでよく知っていた。
それに、力を貸そうとする者がいたとしても、彼は絶対にそれを認めない。これは自分だけの戦いだ、と首を横に振るはずだ。
では、あの泥人形兵団は何なのか。彼を助けることで恩を売ろうとする第三勢力か?
「もう少し様子を見ましょう。他に敵が潜んでいないか、探してくれる?」
「はーい」
「承知」
「う、うん」
三者三様の返答の後、娘たちは超人的な視力をもって、辺りを見回す。
その間に恵奈は、
(……〝逆神の眼〟!)
広場をしっかりと見据え、両の眼に全神経を集中させる。
すると、彼女の見ている光景に重なるように、頭の中にイメージが浮かび上がる。
(…………)
指定した時間に起きる可能性が高い未来を、頭の中に投影する異能・〝逆神の眼〟。それを使ってこの場所で何が起きるのかを視ることで、今英雄たちと戦っているのが何者なのか把握できる。
霧が晴れていくように、だんだんと鮮明になる映像。その先には――
(…………⁉)
この戦いの、真実があった。
「そう……そういうこと」
苦虫を噛み潰したような顔で、恵奈は拳を握った。
「視えましたか、母上」
周囲の偵察を終えたらしい吹羅が、問いかけてきた。
「ええ。これは、パパと神々との戦いなんかじゃなかった……もっと、大きなものだった」
恵奈が眉間に皺を寄せて答えると、吹羅は怪訝そうな顔をした。
「……? どういうことですか?」
「ええ、それは――」
恵奈が答えようとした、その途端。
「お、おねえちゃんっ⁉」
綺羅の悲鳴と、何かが勢いよく茂みから飛び出していく音。
「どうしたのだ、我が妹!」
吹羅が問いかけるより速く、恵奈は綺羅の方に駆け寄っていた。
しかし、既に遅かった。
「っ……」
茂みに空いた大きな穴。そして、上空へと翼を羽ばたかせる獣――珠飛亜が真の姿となり、戦場の真っただ中に躍り出ていた。
「ぴあちゃん! 戻ってきなさい!」
呼びかけるが、怪物の姿となった娘からの返事はない。
「仕方ないわねっ……」
ため息をついた恵奈の身体が、一瞬まばゆい光に包まれ、次の瞬間には、彼女の身体も空中に飛び出していた。
舞う黒い翼。牡牛のような二本の角。大蛇と化した下半身には宝石のじゃらじゃらとついた腰巻き、大きすぎる胸の見えてはいけない部分だけを、申し訳程度に隠す歪な星形のアクセサリー。この世で最も美しい異形・エキドナの姿だ。
「聞き分けの悪い子は、お仕置きしちゃうわよっ!」
一度翼を動かすだけで、珠飛亜との距離が、人の身体四つ分は縮まる。それを二度、三度と繰り返し、ついに彼女の尾に手が届く――寸前。
若い女性の声が、恵奈の動きを止めた。
「おいおい。邪魔してんじゃねえよクソババア。今、チョーイイトコじゃね?」
挑発するような話し方。もともとは低い声をわざと高くしているかのような猫なで声。その全てに恵奈は覚えがあった。
「あなた……はっ……!」
鬼のような形相となり、声の聞こえてきた左側を振り返る。
「ハァーイ、おひさ~。大地の女神、ガイアちゃんだよ♪」
空中に浮き、ピースサインを決めてその場でくるっとターンしたのは、金髪ツインテールを小さな黒いボールのついたゴムでまとめ、白いブラウスとピンクのカーディガンをだらしなく着崩した、浅黒い肌の少女。下品な笑みを顔に貼り付け、彼女は、スカートのポケットからスマートフォンを取り出し、
「うん、今日も決まってるっ!」
パチパチと自撮りを始める。数枚撮ったところで、やっと彼女は恵奈のほうに目を向けた。
「エッキー、めっちゃ久々じゃん。ちょうど十五年くらいだっけ? ……いいや、忘れちゃった」
「ふざけないで。何をしに来たの」
恵奈が敵意も露わに睨みつけると、ガイアは腕を組み、鼻につく笑みで言葉を返した。
「はーん? 何って、今起きてることの全部ですけど?」
「……全部?」
その意味が理解できず、恵奈が眉根を寄せると、ガイアは「やれやれ」と言うように首をかしげた。
「だから。英雄どもを邪魔したり、天界を滅ぼしたりとか」
「っ……⁉」
恵奈は耳を疑った。
「天界を、滅ぼす⁉」
「うん、そうだよー。なんなら試しに行ってみな? たぶん何もかもなくなって、見渡す限りの荒原になってるから」
確かに、不可能なことではない。彼女の権能・〝梵天掌握〟は、自然現象すべてを操る力を持つ。地球と同じくらいの広さしかない天界なら、荒野にすることなど朝飯前ではある。だが、まさか本当に実行に移してしまうとは。
恵奈が呆気にとられていると、ガイアは何かを思いついたように、口の端を吊り上げた。
「ああ、行こうっつっても無理だったねー。自由に世界を移動できるあんたの夫は、あーしが破滅させちゃったもんねえ!」
「……っ!」
十五年前、ただ享楽のためだけに恵奈たち家族を人質にとってテュフォーンを脅し、彼に世界を滅ぼさせようとしたのは、この女なのだ。この女さえいなければ、自分たちはゼウスの黙認によって平和な生活を送れていたし、星座が消え去るようなことにもならなかった。
今すぐにでもこの女を殴り飛ばしたい衝動を、恵奈はぐっと抑え、彼女に背を向け、遠ざかっていく珠飛亜に向かって羽を動かそうとした。
が、
「よそ見してんじゃねえよ」
瞬時に目の前に回り込まれ、行く手を阻まれる。
「どきなさい。わたしは忙しいの」
「あーしだって、暇だからっててめーにちょっかい出してんじゃねーよ。あのままにしといたほうが、面白くない?」
そう言って、ガイアは珠飛亜の飛んで行った方向を指差した。
「……? 何があるというの?」
「てめーの目は節穴かよ。もっとよく探せ」
言われるまま、恵奈は真っ暗な夜空に目を凝らす。すると、
「うそ……あれは……そんなっ」
その先に。一部分だけ、空間のベールのような球体に包まれた、ひとりの少女がいた。
虚ろな目で眼下の世界を見下ろす彼女は、恵奈が確かに知っている人間だった。
「あれは確か、りーくんの同級生の! なんであの子がっ」
「ははーん、驚いた?」
恵奈が驚愕すると、ガイアは腕を組み直す。
「『なんで?』って今言った? それはどっちの意味? 凡人と思っていたヤツがこんなところにいるから? それとも……てめーの夫の権能を、なぜ使ってるのかって?」
そう……恵奈が驚いたのには、二つの理由があった。
ひとつは、見知った顔の人間がなぜここにいるのかということ。だが、それよりも重要なのが、ガイ
アが言った二つ目の理由だ。
なぜ、この少女は自分の周囲の空間を捻じ曲げている?
「気になる? 気になるぅ? 教えてあげよっか?」
ガイアが空中を歩いてすり寄ってくる。
「くっ……!」
「素直に言っちゃいなよ、聞きたいってさぁー。ガキの事なんかどうでもいいから教えてほしいって言えよ。なあ!」
「黙りなさい!」
詰め寄るガイアを振り払い、恵奈はホバリングを解いて飛翔した。彼女にとっては、今そこにある謎よりも、娘のほうが優先すべきだった。
しかし――
「がはぁっ⁉」
飛び出した彼女の身体に、文字通り、電撃が走った。
「あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ⁉」
同時に、ゴロゴロと言う轟音が辺りに鳴り響く。バリバリと身体が振動し、恵奈の身体を焼き焦がす。
「いいかげん調子乗ってない? あーしを誰だと思ってんの?
〝始原の五神〟のひとり、ガイア様なんですケド?」
いやらしい笑いをかき消し、怒りをたたえた表情のガイアの頭上には、いつのまにか黒い雲が集まっていた。
これこそ、自然現象を自在に操作する権能の力。瞬時に雨雲を発生させ、恵奈に雷を落としたのだ。
身体から煙を上げながら落下していく恵奈に、ガイアは再び嘲笑を向けた。
「ババアはおとなしく寝てな。何もできずに、すべてが蹂躙されていくのを眺めながらなぁ! あっははは!」




