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如月姫  作者: ハヤマ
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薄氷(うすらい)の華

ナツキとショウキに介入した女声は。

バトルです。




 横からナツキではない女声が介入した。その場には裂かれた鞠と割られた面があったはずだが、それがない。代わりにどこから現れたのか、見覚えのない女性が一人立っていた。

 手には一本の質素な刀が握られている。


 リュウキが使っていた三大道具の一つだ。鞠でも般若の面でも撃退できなかった魔物を撃退するための、死の得物。リュウキはあまり使おうとしなかったもの。



「あなたは……」



 女は上品にくすっと笑うと、無造作にナツキに向けられた氷刃を跳ね上げた。ナツキとショウキの間に介入して、顔をナツキに向ける。



「初めまして、ナツキ、私はキサラギ」



 にこっと笑った顔がマリに似ていた。そういえば雰囲気が姫たちとそっくりだ。違うのは、大人びた妖艶さと、妖艶さの中にも清楚さを宿していること。褪せた赤紫色の着物からはだけて見える胸元と女としては申し分ないしなやかな四肢は、下品さよりもむしろ美しさを兼ね備えている。足元までに届く長い髪は一本に束ねられ、動くと同時に優雅に揺れた。


 刀の化身。初めて会ったが、姫たちと似ているからだろうか、ナツキは親しみを覚えた。


 キサラギは挨拶を終えると、今度はショウキに顔を向ける。



「あなたにも初めましてを」



 突然現れ、邪魔をした介入者に驚いているショウキを薄ら笑って、キサラギは鞘をショウキの首元に突きつけた。その中には当然、凶器が息を潜めている。



「どうして刀の化身が現れる? 父さんはもういないはずだ」



 突きつけられても、ショウキに動揺はない。父がいない状況でなぜ、創られてもいない刀の化身が現れたのか、それが疑問視されて驚いているだけだ。



「何言ってるの? 鞠や般若の面で敵わない時には刀が使われてたでしょうに。それと理屈は同じよ」


「……」



 リュウキはマリとハンでは手に負えない相手を想定して、鞠と般若の面が壊された時の備えをしていたということか。その相手が例え息子であろうとも。



「それで、ショウキ。やっぱり村を壊すのかしら? リュウキの想いを知っても、憎悪のまま動くの?」



 ショウキは返事の代わりに跳ね上げられた氷刀を再び構える。

 それを見て、キサラギの桜色の唇から呆れた息が漏れた。



「ナツキ、もう何を言ってもショウキは駄目。言うとしても、こう憎悪に支配されてちゃ見えなくもなる。だからおとなしくさせるまで待ってて、ここで」



 キサラギはゆっくりと鉄色の刀を抜いた。朝の光に照らされて、その刃は氷を反射したような銀色に輝いている。



「村を壊したかったら私を倒すことね。私、壊すことは望んでないから」



 神経を逆なでするような態度に余裕が感じられる。ショウキは無言でそれに応じた。

 氷の刀を向ける。



「待って二人とも! 二人が戦いなんてダメ……!」



 ナツキが言い終わる前に、二人の姿は森の奥へと消えていた。













 速い。さすが、戦いのために使われていただけのことはある。戦う姿も楽しげだ。壊すことを望んでいないと言いながら、実際は相反する感情を抱いているように見える。


 それでも狂人ではない。冷静さも余るほど持っているし、薄っすら笑う様子には淑やかさもある。そして薄氷をまとった様な雰囲気には冷たさを覚えた。


 これで八合目。ショウキもキサラギに負けず劣らずの刀さばきをする。



「強くなったのね、ショウキ。リュウキにも見せてあげたいわ」



 走りこんで九合目。馳せ合う。キサラギは女の出で立ちをしているが、刀の化身。青年男子に負けないだけの力は備わっている。



「でも私が見せたいショウキはあなたじゃない。リュウキの望む姿は、ナツキが言ってくれたように憎しみを先行させた姿じゃないからね」



 決して怒りの感情は入っていない。余裕のある証拠だ。


 ショウキはそれに対して何も返さなかった。キサラギは初めから敵。話しても分かってもらえないのは言動で分かる。

 だから純粋に、倒すしかない。


 一度跳ね上げ、ショウキはすぐに切り返し、胴を狙う。


 キサラギはそれを難なく刃で受け止めた。十合目。また薄ら笑う。


 長い脚が下から振り上げられた。鼻先を掠める。咄嗟の判断が遅れていれば、下顎をまともに蹴られただろう。


 距離を置く。強敵だった。


 ショウキはもう一度確認した。



「お前を止めなければ先には進めないんだな?」


「ええ、そうよ」


「なら遠慮なく行かせてもらう」


「どうぞ。どうしようが、結果は見えているけれど」



 キサラギは不適な笑みを湛えて再び真っ直ぐに刀を向ける。穂先が日を浴びて白く光った。

 ショウキが懐に飛び込み十一合目。さっきとは比べ物にならないほどの圧力。


 しかしキサラギも負けてはいない。



「お前は俺には勝てないよ」


「?」



 透き通るショウキの刀が動いた。空気が凍る。



「!?」



 空気が凍り迫ってくるのを肌で感じて、キサラギは後方へ跳んだ。反射で動いたので、着地すると同時に少しよろめく。

 前方にはショウキ。その手には枝分かれした氷の刃がある。敵を求めて手を伸ばす奇怪な動きをしたかに見えた。



「そういえば、氷を操れるようになったんだけ? 水分があればなんでも凍らせられるのね」


「手元だけだがな」



 ショウキに余裕の表情はなかった。戦いを楽しんでいる様子もない。



「ということは遠距離で攻撃すればいいのね?」



 一歩下がり、キサラギが刀を身体の前で立てた。左手を添えて意識を集中する。



「破っ!」



 掛け声とともに地面に真っ直ぐ振り下ろすと、地面が裂けた。白い風がショウキを襲う。

 衝撃波だ。普通の人間にできる芸当ではない。もちろんショウキの技もだが。



「どちらが得意技を決められるか。勝負ね」



 キサラギはまた妖艶に、そして清らかに、不適に笑った。














 一方ナツキは一人残され、途方に暮れていた。



「置いていかれちゃった……」



 それにしても驚いた。キサラギの出現はきっとショウキも予想していなかったものだろう。



「リュウキさんの先読みはいつも当たってたな」



 たぶん、こうなることを見越してのことでもあったのだろう。

 結局は力で止めるしかないのか。



「……どうして二人が戦わなきゃならないの? リュウキさんもそれは仕方ないって思ってたの? 誰もそんなこと、望んでないのに」



 石のアーチを背に座り込み、膝を抱える。



「私は何もできないのかなぁ」



 何をすればいいのか分からない。キサラギはここで待ってと言ったが、ただ待つだけは辛い。



「帰る場所になれればいいけど……」



 二人とも死なないでね。膝に顔をうずめ、呟く。誰にも死んでほしくなんかない。村の人たちだって忌み嫌ってはいても、死を目の当たりにはしたくないはずだ。



「ショウキ……」



 会って、ナツキはやっぱり想いを止められなかった。だから悲しいことを言うショウキに悲しみを覚えた。でもそれは自分の望む姿をしていないがためで、ショウキはショウキの思いで動いている。



「わかるって難しいな」



 父、ハルキとも分かり合えない時期がずっと続いているけれど、保身に走ったとはいえ娘を今日遭っただけの見知らぬ男に差し出すことを、少しは躊躇ってくれたのだ。あの苦悩の表情を見れば、例え父親によくない感情を抱いていても分かる。


 だからまだ、話して分かり合える余地はきっとある。

 ハルキの行為だけを見れば、娘に恨まれたって文句の言えない非常な行いだ。でもナツキはそれを思えた。


 だからもし。もしショウキがまたここに帰ってきてくれたら、私に話をしてくれたら。


 ちゃんと、聞きたい。














「さっきの言葉、そのまま返すわ。あなたは私には勝てないわよ」



 何合打ち合っただろう。何度キサラギは空気を裂いただろう。二人はもう肩で息をしていてもおかしくない時間と体力を使っている。


 しかし実際はショウキの方だけに疲れが表れていた。

 キサラギは化身なのだ。人ではない。



「諦めなさい」



 ショウキにはもう、言葉を発することさえ苦痛なほどに消耗していた。

 ショウキの身体はもうあまりもたない。が、眼光に陰りはなかった。しばらく見合う。



(リュウキに似てるわ、やっぱり)



 キサラギはちらっと右を一瞥した。途端に黒い獣がキサラギ向かって飛び掛ってくる。



「ようやく……!」



 楽々とさばく。

 ショウキの方にも魔物が襲いかかっていた。



「そういえばショウキ、一つ言い忘れてたわ」



 魔物を捌いて膝をついたショウキに、キサラギは何気ない態度でさらっと言った。



「ナツキ、今一人なのよね」



 ショウキはふらつきながら立ち上がる。



「? 何が、言いたい?」



 口角を少し上げて、キサラギは意地悪く言った。



「ナツキはずっと、“私たち”が守ってきたからこの山では無事だったの。まぁ少しは危険な時もあったけど」



 どうやらキサラギはマリとハンの記憶も持っているらしい。刀の化身だが、完全なる個体というわけではなさそうだ。



「だから、何が……」


「何も戦う術を持っていないのよ、ナツキは」



 ショウキの動きが止まった。



「守ってた私たちもいなければ、魔物と戦えるあんたもこっちにいる。慈悲のない魔物は容赦ないわよ?」



 言いながらショウキに切りかかるキサラギ。



「行ってあげたら?」



 なんの重みもなく平気な顔で言われ、ショウキはなぜかキサラギを睨みつけていた。



「……ナツキは敵になったんだ。俺には関係ない。お前こそ、行ってやらないのか?」


「あなたから離れるわけにはいかないわ。村行かれると困るもの」


「……」



 本当にまったく気にしていないふうでさらっと言う。そんなキサラギに、ショウキは少し違和感を覚える。



「手元、鈍ってるわよ!」



 思考が戦いとは違う方へ流れ始めたその隙を突かれ、ショウキは強くなぎ払われた剣戟を受け止められず、仰向けに倒された。

 (さげす)んだ目で見下ろしてくる、美しき刀の化身。



「なんであなたが心配するの?」



 この言葉にはさすがに驚きを隠せなかった。驚きを通り越して呆れた。



「俺が心配してる? 笑わせるな。なんで俺を裏切ったヤツ、心配しなきゃならない?」


「ふぅん。自覚なしか」



 キサラギはショウキの胸に足を乗せると、刀を振り上げた。銀色の輝きをショウキ目がけて振り下ろす。



「……!」



 それは左頬をかすめ、地面に突き刺さった。それを追うように頬に薄っすらと鮮やかな朱が線を引く。



「これが、あなたがナツキにやろうとしたこと」



 ショウキは死ぬかもしれないという恐怖を感じていた。それは六年前に魔物に襲われた時感じた恐怖と似ていた。もう味わいたくない死の恐怖。

 ショウキはそれを、ナツキにも与えようとしていた。



「……」



 その思いを振り払うように、ショウキはキサラギの足を払って立ち上がる。



「まだやるの?」



 呼吸を整えると、突然、ナツキの悲鳴が木霊した。



「あらら、そろそろ本当にまずいわね」



 相変わらず、焦りもなく言う。焦りを見せたのはむしろショウキの方だ。言い訳しがたいほどの衝撃を自覚せざるを得なかった。



「どこ見てるの?」



 キサラギの攻撃は容赦ない。



(本気でナツキを気に留めていないのか?)



 そちらの方が信じられなかった。



「だから、なんであなたが気にしてるの? 敵なんでしょ、ナツキは? さっき自分で言ったじゃないの。あなたを裏切ったんでしょう? 殺された方がいいんじゃないの? しかも自分の手を煩わせることはなくなって、都合がいいじゃない」



 ショウキはまた何かを振り払うようにして、切りかかった。



「むきになっちゃって。迷ってるでしょ? 今更ながら。そうよね、村を壊す壊す言っても、殺すなんて一言も言ってないし。死の恐怖なんて持ってるし。人を殺すことにまだ抵抗がある証拠だわ。……甘いわよ」



 後ろに跳んで宙で一回転し、ショウキの猛攻を逃れる。肩で息をするショウキの姿はさっきとは違い、気が散って体力を多く消耗したように見えた。



「分かった」


「?」



 ショウキは俯くと、言った。



「そこまで言うなら、証明してやる」



 何を(わずら)わしく思っているのか、ショウキは眉根を寄せてキサラギを睨むと、悲鳴が聞こえた方へ駆け出した。




 

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