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如月姫  作者: ハヤマ
1/8

いつもの日常から



 読みに来てくださり、ありがとうございます(^ ^)

 まず始めに掲載するのは『如月姫』という作品です。


 如月、ですから季節は一応冬。

 舞台は辺境の村と森。

 登場人物は不思議姫、主人公の少女、謎の青年、村人、狼。のみです(笑)

 原稿用紙100枚程度の短編ですので、気軽に読んでいただけたらと思います。


 テーマは『復讐と誠意と薄氷うすらい』というところでしょうか。


 とりあえず読んでくださいまし!一応シリアス、感動もののつもりです。


 それでは、どうぞ~♪






『父さん、僕を独りにしないで!』



 泣きじゃくる少年。その少年の父親は布団から腕を出すと、息子の頭を優しく撫でた。



『お前は独りじゃない。ナツキちゃんがいる。それに、新しい友達ももうすぐできるから、安心しろ。お前を独り、残していくことはしないから』



 それでもたった一人しかいない肉親を失った悲しみは、まだ十を過ぎたばかりの少年には大きかった。


 山に棲む魔物に対抗できた唯一の父親が死んで、息子には身を守る術がなくなった。ナツキという村の友達が家へ来ないかと誘ってくれたが、ナツキの父親が反対した。少年のことを、山に棲む得体の知れないものとしてずっと(いぶか)っていたのだから、当然といえば当然か。村に住むことは許されたが、村人たちも村長の意見を受け入れて、少年を本当の住人として見てはくれなかった。



『僕は独りだ』



 父親が言っていた新しい友達などもできなかった。自分を安心させるためについた嘘だったのだと気づいたのは、村で生活し始めて間もない頃。

 ナツキだけが味方だった。誰からも受け入れてもらえず、独りだった少年の心は彼女に救われていた。ナツキがいるだけで、少年は心の安らぎを得られていたのだ。



 しかし。



『お前はこの村には必要のないものだ』



 見下げた瞳。煩わしそうな表情。ナツキにもらう安心感を食いつぶすように、村人は重圧を与えてくる。ナツキの優しさをもってしても、少年の心は癒されなくなり、それからほどなくして、少年は姿を消す。



 二月の、薄氷(うすらい)が張る頃だった。














 ―六年後―





 空気が静寂に凍てついている。肌を撫でる寒さは懐かしさを感じさせた。

 眼下に広がる青緑色の壮観な森。朝もやをまとわせる姿はどこか不思議で、神秘的な情景を植えつけてくる。


 その森へと吸い込まれそうになるほどの高い崖の上、男は目を閉じ、この場で感じられるあらゆる空気を理解しようとするように、森の息吹を全身で受け止めた。

 しばらくして不意に小さな吐息が漏れる。笑っている。



「何も、変わっていない」



 瞼を上げ、強い意志をたたえた紫色の瞳を再び向ける。


 分かっていた。


 エメラルド色の美しい枝葉が広がるその下。そこにはまだ、あの村があるはずだ。余所者を受け入れない許容のない村。森を一望できるここからでは見えない。森に比べればちっぽけで、価値などまるでないに等しい。


 あってもなくても同じ。むしろこの神秘的な色の中では邪魔なものでしかない。いらないもの。森にとっても、そして、自分にとっても。


 しかし男はまだその判断を下したわけではなかった。それを下すために帰ってきたのだ。



「変わらないのは森だけでいい。だが、お前たちも変わらないのなら、ここに存在する資格などない」



 眼下に吐き捨て、男は踵を返した。












* * * * * *








 ナツキ。


(……呼んでる)


 ナツキ。


(誰だろう……)


 ナツキ。


(……もしかして)


 ナツキ!!


「ショウキ!!」


 バッ


「――!!」



 朝の柔らかな空間に、叫び声が突き刺さった。部屋を囲う板張りも、その声が届く家全体に漂う空気も、突き刺さる叫び声に、停止を余儀なくされる。

 それはほんの数秒でなくなったが。



「寝てる娘の部屋にノックもなしに入ってくるなんてサイテー!」



 さっき抜群の声量で周りを瞬間止めさせた張本人は、その続きだとでも言うように目の前の人物に食ってかかった。短く切られた髪が活発な雰囲気をかもし出す、十七歳くらいの少女だ。



「な、何度呼んでも起きてこないからだろうが!」



 攻撃された相手は、そんな言いがかりをつけられるのが不本意という逆切れで反撃した。少し厳格そうな中年男性。



「そんなのイタミさんに頼めばすむことじゃない! いつもお手伝いさんにやらせてるお父さんが何で入ってくるの!? 信じらんない」


「下着一枚で寝てるわけじゃないんだからどうでもいいだろ、そんなこと!」



 親子喧嘩だろうか。その原因はどうやら父親の慎みのなさにあるらしい。

 少女はシャツと膝丈のズボンという軽装だが、恥らうような露出は見えない。


 少女の父親――ハルキはそんなことより、とばかりに鼻息荒く、娘を睨みつけた。



「それよりナツキ、お前昨日も行ったそうだな?」



 予想だにしなかったことを指摘され、少女はあからさまにしまった、という表情を出してしまった。それに気づいて口を塞いでももう遅い。


 今度は少女――ナツキが攻撃される番。



「やはり行ったんだな? あれほど言ったのに、どうして親の言うことが聞けないんだ! あの山には魔物が出るし、得体の知れん奴らもいる。危険極まりないと何度言えば」



 しかし一方的に言われる筋合いはナツキにもなかった。



「だから危険はないんだってば! 確かに魔物は危険だけど姫たちが助けてくれるし、それに」


「またその“姫たち”か」



 父親の露骨に嫌う態度を見て、ナツキは一度ムッと唇を引き結び、再び声高に訴えた。



「姫たちはいい娘たちだって言ってるじゃない! 魔物がこっちに来ないのだって姫たちのおかげなんだよ? 何回言えば分かるのよ!」


「そんな証拠がどこにある。あったとしても、あんな得体の知れん奴らを信用するのは危険すぎる。そんなところへお前がしょっちゅう行ってるなんてことが知れたら、俺の立場がないだろう! 村長の娘として、もっと村人の手本になるような行動をしろ!」



 親子の間に火花が散っているのが見える。



「今後一切、その山へ行くのは許さんからな。もし行ったら」


「勘当? いつも言ってるくせに結局しない脅しなんて怖くないんだか……」


「今度は本気だぞ!」



 ナツキは父の今までにない怒りの形相を見て、またしまった、と思った。どうやら言ってはならないことを言ってしまったらしい。



「それから、ショウキのことはもう諦めろ。六年だぞ。自分から出ていったんだ、帰ってくるわけはない。もう生きてもいないさ」


「それはお父さんが……」



 バタン。一方的に言い合いは終局に向かわされてしまった。部屋にはナツキだけが残される。



「それは、お父さんが悪いんじゃない!どうして一方的に言い伏せちゃうのよ。お父さんの馬鹿!」



 出ていく直前、父親はナツキを睨みつけていた。娘に向けるものとは思えない眼差しに、怯んだら負けだと精一杯反抗したのだが、後味の悪い空気を倍増させるだけだった。



「……そんなこと言わないでよ」














 ナツキは父親に毎度言われながらも、森へ行くことは止めなかった。行ってはいけない道理がナツキにはないからだ。


 いつものように、防寒のために膝丈の外套を羽織り、目を光らせている見張りに見つからないよう森に入る。外からは見えない抜け道がいつもナツキを助けてくれるのだ。森へ入ってから六年、一度も見つからないのだから相当なものだろう。



「どうして分かってくれないのかなぁ。ちょっとは娘の言うこと、ちゃんと聞いてくれてもいいのに」



 森を歩きながら不服を漏らす。六年間もその姫たちのことで口論しているが、親も子も自分の主張を譲らない。



「ちゃんと話したことないくせに」



 初めて姫たちに会ったのは十歳の時。ショウキというナツキと同い年の友達を山へ捜しに行った時、魔物に襲われたところを助けてもらった。ハルキもナツキを追って山に入っていたので会っている。しかし魔物を追い払う不思議な力を持つ姫たちを、ハルキは受け入れられなかった。



「年取んないからってさぁ……もしかして妬み? 女の人みたいな悩み言ってたっけねー」



 加えて姫たちは年を取らず、少女の姿のまま山に住み続けている。得体の知れないことこの上ないのは、村人から見れば頷ける要素だった。


 しかし、それは誤解なのだ。確かに人ではないが、危害を加えることなど絶対にない。それは会っているナツキが一番よく分かっている。


 それを何回言い続けても聞いてもらえない。受容してくれる姿勢さえない。



「頑固オヤジ。勘当でもなんでもすればいいのよ。私は絶対に屈しないからね!」



 大声で叫ぶと小さな山彦が聞こえてきた。それに耳を澄ませていると、山彦とは違う声も聞こえた。鳴き声とでも言えようか。


 ナツキは途端に青ざめた。よく聞くこの鳴き声は、危険度ナンバーワンを示す警告みたいなものだ。


 案の定、その危険がナツキに襲いかかった。

 魔物だ。



「きゃあぁぁ!」


「ナツキ!」



 刹那に魔物の悲痛な鳴き声。ナツキと魔物の間に何かが介入した。



「大丈夫かっ」


「姫!」



 介入したのは幼さの残る麗しい顔を持つ女の子だった。魔物との戦いの場にはふさわしくない、場違いに等しい淑やかさも持っている。着ている清楚な着物も淑やかさを増す要因で、こちらもまた戦いの場にはふさわしくない。

 そしてその背中を隠す長い薄青緑色の美しい髪は、森に似た神秘的な雰囲気を持っていて、風に誘われサラサラと銀糸のように流れている。

 誰もが見惚れるその様はまさにお姫様だった。


 しかしお姫様はナツキの発した言葉に微笑むどころか、ぶすっとして思いっきり嫌そうな顔をした。



「そう呼ぶのやめろって言ってんだろ?」


「だってやっぱりパッと見、お姫様なんだもん。しょうがないでしょ」


「慣れろよ!ってか慣らせろ!」



 口調と表情と動作からして、お姫様度がかなり台無しであるのは言うまでもない。


 魔物は怯まされても諦めなかったらしく、言い合っている二人めがけてまた飛びかかってきた。



「ちっ」



 姫は右手に持った仮面――般若の面を顔に重ねた。

 これから何が起こるか知っているナツキは、とりあえず目を瞑る。

 空気が凍てついたのは肌で感じられた。


 始まった。これが姫の魔物撃退法。


 魔物は一瞬で硬直した。姫の装備した面から目が離れず、それと同時に大きな恐怖が襲ってくる。魔物の体よりも小さいこの少女が大きく見え、いや、背後から鬼が恐怖を運んでくるような威圧感が風とともに押し寄せて。

 魔物は耐えられなくなって逃げ出した。負け犬の弱々しい鳴き声を残して。



「終わったぞナツキ」



 それは凍てついた空気がなくなったので分かった。



「お見事でした」


「他に言うことは?」


「ありがとうございました、姫」


「姫じゃねぇって言ってんだろ!」


「えっとハン姫」



 ハンが面をまた顔に持ってきた。



「ご、ごめん、ごめんなさい、冗談ですハン」


「よし」



 たまに本気で恐怖の瞬間を垣間見る。ハンの冗談だと分かってはいるが、怖い。



「んで? 他に言うことは?」


「?」



 ナツキは首を傾げる。どうやら質問の答えが合っていなかったらしい。

 ハンは呆れがちに半眼になった。



「山に入る時、なんで俺たち呼ばなかった?」


「あー。えっと、考え事してたら忘れちゃって……」



 硬いものがナツキの脳天を直撃。



「いったぁ! 何するのよぉ」



 半泣きになりながら、面で殴ったハンを非難する。



「死にたいのか? ここ二、三日魔物が増えてんだ。しっかりしろよ」


「……はい」



 これでは父に危険だと言われるのも無理はない。もっとも、ハルキは姫が直接危害を加えるかもしれないと思っているが。



「今日は素直だな」



 それだけ言うとハンはスタスタ歩き始めた。



「あ、待ってよハン」



 







 しばらく歩くといつも姫たちと遊ぶ場所に着いた。天然でできたにしては疑いの残る石のアーチがいくつか並んでいる。



「あれ? マリ姫は?」



 ナツキがハルキに“姫たち”と複数形で言ったように、姫にはハンの他にマリという名の少女がいる。



「捜しに行ってる」



 そっか、と納得のナツキ。ナツキは姫たちが何を捜しているのか知っていた。



「さて、で? 何があったんだ?」



 突然の問いに、ナツキは目を瞬いた。



「何って?」


「さっき素直だっただろ? なんかあったってこと丸分かり」



 ハンの顔には意地悪そうな表情が浮かんでいる。

 少しの間を置いて、からかわれたのだと気づいたナツキは、頬を膨らませた。



「あ、私だって素直な時くらいありますよーだ。人を天邪鬼みたいに言わないでください」


「はいはい、で? 何があったんだ?」



 どうやらハンにはお見通しらしい。分かってくれるのは嬉しいことだが。



「うん、今日ね、また怒られちゃった」


「そんなんいつものことじゃん」


「はっきり言われるとムカツキますが。今日はショウキのこと言われちゃった」


「ショウキ……」



 ハンはその名前を聞いて少し考えるように視線を落とした。ハンはナツキの口から聞いただけで直接会ったことはないから、姿を想像しようとしたのだ。



「ほら、前に話したでしょ? 六年前まで山に住んでた親子の話」


「ああ。お前の親父が疎外したっていう、俺たちが会うはずだった子供だな。リュウキがショウキのために創ったのが俺たちで」


「会えるはずだった日に、ショウキがいなくなった……」



 ハンは山に住んでいたショウキの父、リュウキが息子のために創った般若の面の化身だった。丁度ショウキが姿を消した日に目を覚まして山から現れたので、目的の人には会えずじまいで今に至っている。



「お父さん、そのショウキのことをもう諦めろって言うのよ。自分から出ていったんだから帰ってこないって言うの。酷いでしょ?」



 ハンは何も言わない。ナツキの父親が言うことも一理あるからだ。しかしすべてを肯定する気はハンにもなかった。その証拠に、今も“捜している”。


 座り込んでいるナツキの肩に、ハンは艶やかな白く幼い手を置いた。



「捜そうな」



 ハンの淡い苦笑の中に真剣さを垣間見たナツキは、慰めるようにそう言って励ましてくれるハンへ、決意表明とばかりに強く首を縦に振る。


 その時、少し遠くの方で悲鳴が聞こえた。



  

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