プロローグ
ブランツ王国にあるフィレーゼという街。そこにある大きな建物、この街の商業を担う商業ギルドの本部。その一室に街の有力者であろう人達が一堂に会していた。これから会議でも始まるのだろう、職人風の高齢男性、豪華な服で着飾ったご婦人、整った髭を生やした紳士風の男性等、様々な人が巨大な机を囲む様に座っている。
街の有力者達が静かに待っている中、商業ギルドのマスターが今回の議題について語る。
「皆知っていると思うが、この度、国から各街への支出が減らされる事が決定した。ここフィレーゼも前年比80%まで予算が減らされる事が決まっている。そこで皆には、その限られた予算でこの街の産業をどう守るのか議論してもらいたい」
商業ギルドのマスター、マダン・ガダラン。歳は60代半ばくらい、頭はすっきりとしたスキンヘッド、それと対照的にもっさりとした立派な髭を携えている。体は大きく、太り気味でもあるが筋肉質でもある。貫禄がありとても存在感のある人物だ。
マダンの言葉を聞いた参加者の一人、短髪の中年男性が机に身を乗り出して感情的に言葉を放つ。
「またですか!?この前に予算を減らしたばかりでしょう!これじゃあ俺達やっていけませんよ」
参加者の一人、職人風の高齢男性が呆れた様子でため息を漏らす。
「どうやらお偉いさんは、努力次第で予算はどうとでもなると思っている様だな」
参加者の一人、気弱そうな高齢男性がオロオロしながら言う。
「で…でも、文句を言っていても事態は良くならないでしょう?どうするんですか?これから…」
落ち着いた様子の高齢女性悩ましそうに言う。
「だよねぇ。予算が減らされる以上、どうにかしなきゃいけないよねぇ」
豪華な服を着た婦人が当然の権利の様に要求する。
「だったら服飾業への予算を優先すべきですわね。この街は服飾業で栄えた街なのですから」
その言葉に続き、紳士風の男性がじゃあ自分もといった風に口を開く。
「であれば、工芸品の生産にも予算を回して頂きたい。工芸品もフィレーゼの主要産業でしょう」
それに職人風の高齢男性が口を挟み、その流れに待ったをかける。
「待て待て、あんたらの商売は他の街へ売るためのもんだろ?予算が絞られるってんなら、うち等大工の様な街の人のために働いている所に流すのが筋ってもんだ。街に住む国民をほっぽいて他所向けの商売優先してどうすんだい」
気弱そうな高齢男性が職人風の高齢男性に続く。
「そうそう。食料だって自分達で作れなくなるのは困るでしょう」
そんな主張に、豪華な服を着た婦人がさらに待ったをかける。
「そういった仕事は他所に頼れば良いでしょう。他所で売れる商品を作って、それで稼いだお金で他所から買えば良いのです」
職人風の高齢男性がそこにさらに突っかかる。
「インフラを他所に頼ろうってのか!この街を自分達の事を自分達で出来ねぇ街にしようってのか?まともに自給も出来ねぇなんざ、そんなん足元見られて商売も成り立たなくなるに決まってんだろ!」
他所に売れる贅沢品か、自分達の生活を支えるインフラか、あーでもないこーでもないと予算の奪い合いの話が続く。予算が絞られる中、各々自分の所への予算を優先させる発言ばかり。議論の場は単なる口論の場へと変わってしまった。
そんな様子を見て、この会議を取り仕切る立場であるマダンは深いため息を吐いた。予算を削り続ける政府、そこで予算の奪い合いを始める有力者達、なんとも悩ましい。
そんな口論が飛び交う中、
「ハッハッハッハ!!」
高らかな笑い声が口論を止めた。
「何がおかしい!ユーグ・リーデン!」
笑い声の主はユーグ・リーデンという青年。歳は20代後半くらい、高身長でガタイの良い体、なびく程の長い髪、威圧的な鋭い目つき、何かを企んでいそうな雰囲気であり、まとっているその空気は邪悪さすら感じさせる。
その青年、ユーグは嘲笑う様な態度で話に入っていく。
「いや、実にバカバカしいと思いましてね。だってそうでしょう?ちょいと豪華な服や工芸品といったこじゃれた品々はフィレーゼをここまで発展させた重要な産業、それを失ってしまっては他所と十分な交易が出来なくなる。なのでそれは許容できない。かといってインフラを捨てるとなれば、生活を他所に依存する事になるから商売で足元を見られる様になる。故にこれもダメだ。だったらどっちかを捨てるなんて選択、最初っから無しでしょう」
小馬鹿にする様なユーグの態度。当然他の参加者のひんしゅくを買い、抗議の声が沸いて出る。
「それが出来るのならこんな会議はしていない!」
「ただ文句を言うだけなら誰でも出来るぞ?」
「ろくに案も出せないなら黙っていろ!」
とユーグにヘイトが向かう中、マダンは冷静にユーグへ問う。
「ユーグよ。そこまで言うのなら、何か策があるのであろうな?」
ユーグは当然と言わんばかりに自信の満ちた表情で答える。
「もちろん。今回の問題となっているのは国が支出を減らした事による通貨の不足。通貨が足りなくなるせいで商売そのものが滞ってしまうって問題だ。であれば、通貨不足という問題そのものを解決すればいい」
「通貨の不足を?いったいどうするつもりだ?」
参加者の一人が聞くと、ユーグは意気揚々と一枚の紙を取り出し、それを見せびらかす様にヒラヒラと揺らしながら言う。
「これを通貨の代わりとして使う」
ユーグの隣に座っている人がユーグが持っている紙を見て気付く。
「ユーグさん、それは小切手ですか?」
「あぁ」
ユーグは持っていた小切手を机の上に置いてスッと立ち上がると、演説の一幕の様に高らかに言い放つ。
「商業ギルドが硬貨との交換を保証する小切手。これを紙の通貨、兌換紙幣として流通させる!」
この日、金貨や銀貨や銅貨といった硬貨での取引が当たり前であったこの世界に紙幣という概念が生まれた。金属から紙へ、通貨の革命がここから始まったのだ。




