9月5日
お読みいただきありがとうございます。
登校してすぐの事。
「アカギさん」
「なんですか? イノウエさん」
俺は、意を決してブンコに話しかけた。
「ちょっと、今日、一緒に帰りませんか?」
「ほほ~う」
話しかける度胸は有ったが、断られるのは怖い。俺はまともにブンコの顔を見れなかったが、なんとか伝えた。
「……まあ、いいよ」
「んじゃ、放課後な」
このまま、会わずに済めばいいんだけど、隣の席なんだよなあ……。
よく考えたら放課後に誘えば良かったんだ……。
休み時間はトイレに立ち、昼休みは学食に避難した。
放課後、二人並んで土手沿いを歩く。夏休み前まではしょっちゅう一緒にこうやって並んで歩いてたのに、随分と久しぶりだな。
ただ、今までと違うのは俺が右手で押す自転車のさらに右側をブンコが歩いてるってことだな。俺とブンコの間にある自転車が、そのまま二人の溝みたいで、すごく悲しい。
隣を歩くブンコの表情は、少しうつむきがちで無表情だ。
何かしゃべらなきゃと思いながら、なかなか口が開けられない俺だったが、唐突にブンコの方から口を開いてきた。
「カバン重~い」
「そんなに物は入って無いだろ」
いつものブンコだ。
「逆にもうちょっと重くしろよ」
「なんでよ!」
「ちょっとは教科書持って帰れ」
「持って帰ってるモン! だから重いんだモン!」
「モン!じゃねえよ」
久しぶりに軽口が利けて、元の二人に戻れた様な気がした。
「重~いカバンを持たせてやるぞよ!」
「……貸せよ」
受け取ったいつものカバンは、いつも通りの重さだった。
「……ありがと」
元通りになった空気は長続きせず、また俺は黙ってしまった。
このままじゃ、ダメだよなあ。なんか、しゃべらないと。
「あのさ」
「うん」
「イメチェン」
「うん」
「なんで?」
「可愛くない?」
「……かわいい。 めちゃくちゃ」
「……」
どうにか勇気を振り絞って答えた。
けれど、それっきり二人の間に会話が途絶えてしまった。
トボトボと歩を進めてると、もう二人の分かれ道についてしまう。早く何か、言わないと。何を?
「公園寄ろうよ」
ブンコが不意に声をあげた。
土手の下にある公園で、夏休み前まで一緒に帰る時にたまに少し寄り道をした。ダイキとアカリと4人でジュースやお菓子を食べたり、2人きりで並んでブランコに座って喋った事も有る。
俺達は各々、公園に併設されてある自動販売機で飲み物を買ってベンチに腰をかけた。2つ並んだベンチに、一台ずつ別々だ。
「かわいいって言った」
「おー」
「そんだけ?」
「……」
勇気が出ない。
「かわいいって言ったでしょ」
「……おー」
「もうっ」
ブンコは何やらカバンを漁り、飴やらタブレットやらを取りだすと口に入れ始めた。
「ちょっとジュンタ! これ食べて!」
「お、おー?」
急に飴玉を手渡された俺は目を白黒させながら、言われるがままに口に入れた。飴を手渡したブンコは、ベンチに座らず俺の目の前に立ったままだ。
「カワイイって言った! それから?」
「なんで、イメチェンしたんだ?」
「違う! そうじゃないっ!」
俺にはどうすればいいのか分からない。
「アタシ!かわいい!」
「お前、かわいい」
「かわいいから?」
「かわいいをアピールしすぎじゃね?」
「今そういうのいらねえからっ!」
左脛を蹴られた。
「ちょっと! ジュンタっ! 立ってくれる?」
手を引かれ、勢いを付けて立たされた。
「かわいいアタシに言う事は?」
「前からブンコはかわいい」
赤かったブンコの顔が、さらに赤くなった。
「もう一個、飴食べて!」
「はいっ!」
勢いに押され、さらに飴玉を口に放り込まれた。
「アタシ、かわいい!」
「ブンコ、かわいい」
「ブンコって呼ばないで!」
「アカギさんは、かわいい」
「フミって呼べ!」
「フミはかわいい」
「かわいいアタシと?」
「かわいいフミと……」
先ほどまで勢い込んで喋っていたブンコが急に押し黙った。
そうか、分かった。
「付き合ってくれ」
「遅いっっっ!」
ブンコはジャンプして俺の首にしがみついた。
「このヘタレ!ヘタレ!へ~た~れ~!」
突然抱きつかれた俺だけど、小さくて軽いブンコをしっかり支える事が出来た。
「おいヘタレ。 飴食べたでしょ。 アタシも食べた」
「お、おう」
ブンコが真っ赤な顔で、俺の耳元に囁いてくる。
そっと優しく地面に下ろして見つめると、ブンコがそっと目を閉じた。
こいつって目も大きいけど、マツゲも長いな。耳まで赤いじゃねえか。俺、今、どんな顔してんだろ?ん?目を開けたな……
また左脛を蹴られた。
今回は結構痛いじゃねえか。割と本気で蹴りやがった。
痛みに顔をしかめると、もっと顔をしかめたブンコがドスの効いた声で囁く。
「おい、ヘタレ。 分かるだろうが?」
「は、はい」
「2度目は無いぞ」
「あ、はい」
もう一度、そっと目を閉じたブンコ。
わかります。わかってます。
そっと肩に触れると、ピクリと震えた。すげえ細くて柔らかくて、とにかく可愛いわ。
軽く、唇と唇をふれ合わせるように、キスをした。
なんだか薄荷の匂いがする。このために、飴やら何やらを必死で食べてたのか……
やべえ、とにかく可愛い。
「ブンコ、好きだ。 ずっと好きだった」
「遅いよね~。 ヘタレだよね~」
「悪かったよ。 ……付き合ってくれるか?」
「もっかいちゃんと言え」
「ブンコ、好きだ。 付き合ってくれ」
また脛を蹴られた。
「フミ、好きだ。 付き合って下さい」
「はい」
そう答えたフミは、もう一度俺の首元に飛びついてきた。
「イメチェン! ジュンタのためにしたんだから!」
「俺のため?」
「こういうの好きなんでしょ?」
こういうの?ギャルっぽい感じって事?よく分からんな。そんな事言ったんだろうか?ブンコに好みの女の子の話なんかした事あったっけ?
「まあ、その、めっちゃかわいいよ」
よくは分からんが、素直に可愛いと褒めておこう。そう思って口に出すと、今度はフミからかじりつくようにキスされた。
「プハっ! お、おまえ……」
「ヘヘヘ、チューしてやった。 味は、混じって分かんないね」
真っ赤な顔で、のたまいやがった。くっそかわいいな!おい!
「ねえねえ。 もう一回告白してよ?」
「はあ? いやだわ、恥ずかしい」
「お願い!」
手を合わせて懇願されてしまったら、今の俺はどうしても断りきれないな。
「あー、その……好きだ。 付き合って下さい」
「仕方ない。 よきにはからえ」
ドヤ顔でそう答えやがった。真っ赤な顔して、なんだコイツ。
俺の憮然とした顔を見てフミは再びドスの効いた声をあげた。
「キサマ。 キサマのヘタレ具合は忘れてやらんぞ」
「なんなんだよ?」
「そもそも、もっと早く告白してきてよ。 だいたい夏祭りでなんか有ると思ってたのに急に連絡取れなくなるし、イメチェンしたら、なんかビビってるし……」
「……悪かったよ」
「一日一回、フミ様かわいいと唱えれば許してやらんでもないぞ?」
「フミ様カワイイ、ヤッター」
「心を込めろ」
「フミ、かわいい」
「……ヘタレのくせに……」
最後のは合格だったのか、もう文句は言われなかった。
夏休みデビューした隣の席のフミは、中身は変わっていなかった。
つたない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
もうちょっとうまく文章を書けたらなと、常々思っております。精進せねば。