表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やりたい事をやる為に A.S集  作者: 千月 景葉
8/14

悔恨その4

「行方……不明……?」


 掠れた声でオーウェンが呟く。


 表情を無くし顔色を無くした“兄”2人を固い表情で見つめながら、ライモンドは話を続ける。


「……2人が居なくなる前にどうやらクロエが力を使ったらしい。どのような力か迄は詳細が未だ解っておらぬ。

 だが報告によれば、奴等がクロエに何らかの脅迫をしたのは間違いない。追い詰められた上での力の解放……と見るべきであろう。

 あの利口な娘がそこまで追い詰められたのだ。どれ程酷い脅迫を受けたかは察するに余りある。

 クロエは森から出る際、先生とリュシアンによるあの娘専用の法具を使用していた為、髪はコリンやガルシアと同じ金髪に擬態していたとの事。なのに奴等は躊躇なくそのクロエを認識した。

 ……つまりはクロエがどのように姿を変えようとも、奴等の目を欺くことは出来なかったということだ。

 クロエがあの森から出たら直ぐに確保するつもりで、奴等はロイドの店に潜伏していたのだ。周到に準備をしていたのは明白。

 ロイドの娘は奉公に出た先でその教団の手の者に絡み取られた。だが奉公先は吟味した上で我らが選定した子爵の屋敷だ。そして、その男の身元も調査していた筈。なのに把握できなかった。……これは完全に我等が後手に回っていたと云うことだ。

 一体どの時点で奴等は動いていたのか……」


 オーウェンがガタッと腰を上げた。


 顔面は蒼白で肩をブルブル震わせながら、部屋から出ようとする。


 慌ててマティアスが立ち上り、オーウェンの肩を掴み引き留める。


「待てっ!どこへ行く気だオーウェン!」


「離せっ!直ぐに森に向かう!クロエを捜さなければ……!」


「駄目だっ!お前は森に行ってはならん!このまま王都で報告を待て!」


 マティアスの言葉を聞いたオーウェンは、彼に殺気を帯びた目を向け吼える。


「何故だっ!クロエは俺の妹だっ!妹を捜しに行くのは当然だろう!離せ!離さんと例えアンタでも容赦しないっ!」


 怒りと焦りの余り我を無くしたオーウェンが、止めるマティアスに対し自身の魔力を解放しかける。


 それを見たリュシアンが腰を上げ、オーウェンの背後から手を回し彼の瞳を掌で塞ぐ。


「……深く息をしろ。魔力が荒れ狂っている。お前は騎士だろう、自分の力を制御出来なくてどうする」


「グッ……!は、離せ……クロエが、クロエが待って……」


 マティアスは大きく溜め息を吐くと、オーウェンの正面に回り片手を彼の胸に当て、一瞬自身の手に気合いを入れる。


「むんっ!」


 マティアスのその動きの後、オーウェンの体から不穏な気配が消えた。と、同時に彼の体の強張りが解け、力を失ったオーウェンはガクリと膝を折りかける。


「……おおっと、危ない危ない」


 背後に居たリュシアンがオーウェンの体を支える。


「気持ちは解るがオーウェン、お前が黒き森に向かうことは許されない。特に今は駄目だ」


 リュシアンに支えられてソファーに倒れ込んだオーウェンは、受け止めたライリーに掴まりながら、否定の言葉を口にしたライモンドに噛み付く。


「伯父上!な、何故です、何故僕が森に行ってはならないのですか!」


「……クロエはインフィオラーレとは全く関係のない娘だ。フェリークの神域の森の守り人であるガルシアの娘、そうであろう?

 他領のそれも庶民の娘を、大領地の嫡男であるお前が捜しに行く道理が無いのだ。

 此度の事件について、インフィオラーレが関与してはならぬ。

 ……でなければ、クロエの覚悟が無駄になるのだぞ」


「クロエの、覚悟?」


 オーウェンがライモンドに聞き返す。


「未だ詳細は掴めておらぬが、多分クロエの失踪はあの娘自身の決断によるもの、覚悟の出奔だ。

 奴等の脅しはきっとあの娘が一番弱い部分を的確に突いてきた筈。

 察するにそれは大事な者達への危害を示唆されたのだろう。

 あの娘が奴等の元に行かなければ、森の家族もインフィオラーレの家族も殺すと言われたか、それに近い文言で脅されたとみるのが妥当なところか。

 報告では奴等、ガルシアとは親子ではない、インフィオラーレの親からお前は見捨てられたのだとクロエに言い放ったとのことだ。

 ……さぞかし辛かったであろうにあの娘は気丈にも、そんなことはどうでもいい、どちらの家族も大事な家族だと卑劣な輩に言い返したらしい。

 そんな思慮深いクロエが姿を消そうと覚悟せねばならなかったのだ。

 ……オーウェンよ、お前の怒りは尤もであるが、今はその怒りを呑み込め。例え身を焼かれるほどの憤激であろうとな。

 お前が動けばクロエが守ろうとしたものが守れなくなる。

 あれが守ろうとしたのはお前であり、ライリーであり、我等であるのだ。……不甲斐なくも守るべき宝に我等は守られたのだ、オーウェン」


 ライモンドの言葉にオーウェンはワナワナと震える。


「俺達を、あの子の脅しに使った……?捨てられた、って……そんな、そんな事を奴等はあの子に言ったのかっ?!……そんな、何て事を……酷過ぎる……クロエッ!」


 オーウェンは頭を抱え込んで髪を掻き毟りながら慟哭する。


 ここで初めてライリーが口を開く。


「……ではクロエは自分の身の上を全て知ってしまったのですね。その手先のせいで……!」


 ライリーの深紅の瞳が暗く底光りしながらライモンドを貫く。


 ライモンドは無言で頷く。


 ライリーは一瞬目を閉じた後普段の瞳に戻り、ライモンドに問う。


「僕がこれからすべき事を仰ってください。“妹”の覚悟は解りました。であれば兄として僕が、妹の為にどう動けば良いのか……既にライモンド様は算段されておられますよね?

 どうかお命じ下さい。やれることは全てやります!」


 ライリーの言葉を聞き、ライモンドは大きく頷く。


「悲しんでいる暇はない。後手に回ったのであればそれを巻き返す為、必ず奴等の裏を掻かねばなるまい。でなければ今度こそクロエを本当に奪われてしまう。

 先ずは捕らえた手先から取れるだけの情報を取り尽くす。……手段は選ばぬ。使えるものは全て使い、あの娘とコリンが受けた苦痛を其奴に何倍にもして返し、洗いざらい吐かせる。

 後は現場をお前達の目で確認して来てくれ。現場の惨状から店から物からすべて、だ。見落とすな、どんな些細なことでも拾い集めろ。全てが手掛かりだ。

 此方(おうと)側も同時に動く。教団も監視するが、あのジーナとか言う娘の足取りをもう一度徹底的に洗い直す。手先の身元も全て丹念に洗う。

 ……必ずどこかに見落としがある筈だ。我等が後手に回った理由、それを突き止める。

 そして、背後の確定をする。あの娘を手に入れたいのはなにも教団だけではない。恐らく我等もよく知る貴族が黒幕の筈だ。

 地位を手に入れるべくあの娘の力を、あの娘の血を欲している者達……!薄汚い奴等(じぶん)の血族とあの娘を番わせ、子を儲けようとする下衆共(きぞくども)が背後にいる。

 クロエは類い稀な娘だ。例え黒髪でなくとも、あれは思慮深くこの上なく愛情深い聖女とも云うべき娘だ。

 みすみす奴等の手に堕ちるような愚かな娘ではない。

 言い換えれば我等とてあれの行方を掴むのは容易なことではないだろう。

 ……2人の捜索は明日にでも規模を縮小させる。そして、専従の者を設ける。捜索は細く長く計画立てて行う。これ以上の情報漏洩は防がねばならぬし、信頼出来る者にしかこの任務はさせられぬ。

 一人か二人……いや、一人だな。あれしか適任者は居らぬ。

 見付けられる可能性は非常に低いが、それでも規模はそうせねばなるまいよ。

 マティアス、リュシアン、ライリー。お前達はこれよりフェリークに戻れ。我が父と会い、その後森に向かうのだ。

 全てを丹念且つ迅速に把握した後、何としても下衆の口を割れ。……マティアス、リュシアン、それはお前達に任せたぞ」


「おう!」


「了解」


「わかりました!」


 3人が了承の声を上げる中、苦悶の表情で伯父を見つめるオーウェンに、ライモンドは声を和らげる。


「オーウェン……お前の苦しみと憤りは解る。だがここは堪えてくれ。

 ここで手を打ち間違えれば、アナスタシアやエレオノーラ、ミラベルにも危険が及ぶ。

 戦う術を持つ者ばかりが矢面に立つ訳ではないのだ。アレ等は下衆共が真っ先に狙いを定める的となってしまう。

 クロエを奪えなければ、その血族の女を奪う……当たり前の構図だ。

 クロエを脅すには一番弱い部分を狙う……つまりは同性の家族や友を辱しめるか痛め付ける事が効率的だ。

 お前が今一番せねばならないのは、更なる悲劇を食い止めること、つまりクロエが一番守ろうとした同性の家族を守ることだ。

 ではどうするかだがな、何も知らぬ(てい)を装え、オーウェン。

 此方の騒ぎ等全く知らぬ存ぜぬを貫き通せ。クロエは我等とは全く関係がない娘だと、インフィオラーレは関知しておらぬとばかりに普段通り過ごすのだ。(こう)でも()でもな。

 ……そうしておればその内に釣れる獲物も出てくる」


 ライモンドはシニカルな笑みを口の端に浮かべてオーウェンに話す。


「釣れる獲物?」


「どんな集まりにも愚か者はいる。特に貴族は我慢が出来ぬゆえ、尻尾を出しやすい。

 お前が此度の事件に動ぜぬ態度を取っていれば、必ず揺さぶりを掛けてくる輩が出てくる。

 その馬鹿を釣り上げろ、だが決して悟られぬように。

 ……お前には黒幕を釣る餌になってもらうぞ、オーウェン。これはお前しか出来ない役回りだからな」


 ライモンドの言葉を聞いたオーウェンは

「黒幕の……炙り出し。僕が餌になれば、其奴等が……出てくる!」

 と拳を震わせて歯を喰い縛る。


「あくまで普段通りに過ごせ、良いな?……そうだな、食事などに招かれたら断るな。普段より少し社交的になっても良い。

 そして聞き役に回れ。穏やかに、にこやかに……牙は隠せ、無邪気を装え。

 ブライアンやマティアスに不満がある風を匂わせるのも手だな。

 とにかく出過ぎず、世慣れない真面目な嫡男だと思わせるんだ。

 だが、奴等がお前を取り込もうとしたら、そこまでで深追いはするな。お前は真面目なのだからな、父に許しを得ていない会合などには行けませんとでも言って逃げろ。

 ……今は相手の把握だけで良い、解ったな?」


 ライモンドの言葉に深いビリジアンの瞳を涙で濡らし、唇を噛み締めながら頷くオーウェン。


「餌でもなんでもなってやる。クロエを追い詰めた奴等は、俺が必ず引きずり出す。

 ……マティアス、リュシアン、ライリー、俺は森へ行けない。向こうの事は君達に託すしか無い。頼んだぞ、必ず口を割らせてくれ……!

 そしてコリンに心からの謝罪を。妹のためにすまないと……。

 そしてクロエの行方の手掛かりを少しでも……頼む……!」


 (ライリー)の手を握り深く項垂れ慟哭するオーウェンに、彼は肩を抱き締め語り掛ける。


「あぁ。必ず手掛かりを掴む。

 後コリンは君からの謝罪なんて望んでない。アイツもクロエの兄なんだ。寧ろアイツこそ君に会わせる顔がないと自分を責めている筈だ。

 だからコリンの事は気にするな。アイツの怪我の事は又報告する。

 きっとアイツなら大丈夫だ。父さん譲りで体が強靭だからな。

 だからオーウェン、君こそ無理をするな。先ずは自分を守れよ。

 クロエの一番悲しむことは大事な者達が傷付くことなんだからな?

 約束してくれよ」


 ライリーの言葉にオーウェンは小さく頷く。


 その様子を見守っていたマティアスがリュシアンとライリーに声を掛ける。


「行くぞ。グズグズするな。フェリークから黒き森へ急ぐぞ!」


 その声にリュシアンとライリーが立ち上がる。


 ライモンドが3人に指示をする。


「フェリークまでは馬車で行け。少しでも体を休めて体力を温存しろ。

 向こうには連絡して馬を用意させておく。黒き森には馬で迎え。さぁ行け!」


 3人は頷いてライモンドの部屋から飛び出していった。


 ライモンドはその背中を目で追い、ソファーで拳を震わせて堪える甥の肩を叩く。


「……さあ、我等も動こう。涙はここで終わりだ。この先は決して動じるなよ、オーウェン。この部屋を出たら戦いが始まると思え」


「……はい!」


 オーウェンはグイッと片手で目元を拭うと立ち上がる。


 そして顔を上げ、背筋を伸ばしライモンドと共に部屋を出ていった。


(俺に出来ることは少ない……だが出来ることは全てやってやる。

 クロエ……どうか無事で。家族は俺が守るからな)






 オーウェンはそう心の中で祈りながら、これからの自分の役目を果たすべく前方を鋭く見据え、やがてライモンドの屋敷を一人後にしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ