悔恨その10
翌日。
朝食を済ませた後、テオはブライアンとオーウェンの3人で話し合った。
「実はオーウェンの前に馬鹿な輩がノコノコ現れてくれてな。
恐らく其奴等があの教団に資金提供している後ろ楯の貴族だ。
君はこれよりあの子の捜索と伝令で動いてもらうことになるが、其奴等の動向にも注意してくれ。
もし何か掴めば即報告を頼む」
ブライアンの言葉にテオが頷く。
オーウェンがその貴族について話す。
「貴方もご存じの大物です。領地順位4位のガザーク、その領主の嫡男が僕の様子を窺いながら言ってきたのです。
「君の大事な家族は、今どうしているのかな?」と。
普段僕に近寄ったり声を掛けたりしてこないあの優男が、この時機にそんな話をしてくるなんて……間違いなく奴はクロエの事を知っていて聞いてきたんです!
僕が首をかしげて
「家族ですか?父も含めて皆、今は領地に居りますが……何故ですか?」
と聞くと、彼は口の端を上げて
「……流石、冷静だ。君には心から同情するよ、大領地の嫡男だと大変だね」
と言って離れていったのです。
前から僕に対する当たりはキツかったが、そんなのはいつもの事だしあまり気にしていなかったんです。
ですが、これは違う。間違いなく奴等がクロエを……!」
オーウェンが拳を握りしめて目をギラつかせる。
ブライアンはオーウェンの肩を叩き、テオを見つめ話す。
「此方も既にガザークに手の者をやった。王都の義兄上、フェリークの義父上にも連絡済みだ。
騎士団に関しては何処で奴等の手の者が絡んでいるか解らないので、極力そんな素振りは見せずに調べを進める。
気を付けたまえ、君の事も恐らく把握されている。
動く際は細心の注意を、良いね?」
テオは深く頷いて了承した。
そしてその後、旅立つ支度をし日が沈んでから、来たときと同じように執事頭に案内されて屋敷を退出する。
執事頭と共に侍女見習いのミラベルも彼を見送る。
「どうか道中お気をつけて。余り無理をなさいませぬように」
「ありがとうございます。執事殿もミラベル殿もお元気で。……それでは」
テオは執事頭に軽く会釈し、ミラベルに笑い掛けると踵を返して夜の闇に消えていった。
テオを見送った後、ミラベルはエレオノーラの私室へと向かった。
ノックをし部屋に入ると、エレオノーラが森の家で作った縫いぐるみを両手で握り締め、ベッドに腰掛けていた。
縫いぐるみを見つめ、何度も何度もそれを撫で擦っている彼女に、ミラベルが近付いて
「……懐かしいですわね、エレオノーラ様」
と声を掛けた。
エレオノーラは小さく頷くと
「ええ……貴女と私と私達の妹と。3人で笑いながら作った時の事は今でも鮮明に思い出せますわ。
楽しかった……何もかも。貴女が私を友だと言ってくれて、クロエが私をお姉ちゃんと呼んでくれて。
あの森でいつまでも笑っていたかった……3人で。
でももう……あの子はあそこに居ないのですね」
と感情を交えずに静かに呟く。
「エレオノーラ様……」
「……ねぇ、ミラベル。私はあの子の姉ですのに、今日まであの子に何一つ姉らしいことをしていませんのよ。
ただあの子を求めて、甘えて……酷い姉ですわ、本当に。
だから身限られてしまったのかもしれませんわね、あの子に」
「エレオノーラ様!」
「……ですから私、あの子のために出来ることが何か無いか、遅まきながら考えました。非力な私が優しい妹のために出来ること。
……それが漸く見つかりました。
だけどその為にはお父様とお母様、そしてお兄さまに協力を仰がねばなりません。勿論貴女にもね、ミラベル。私を助けて下さる?」
エレオノーラはそう言うとミラベルを見つめた。
ミラベルはいつもとは違う友の強い眼差しに
「エレオちゃん……一体貴女は何を……」
と2人きりの時にだけ使う呼び名を口にする。
エレオノーラはにっこりと母譲りの美しい顔で笑うと
「あの子を追い詰めた者達は私と同じ貴族と云う疎ましい輩……。
何としてもそれから逃れさせるために私達の親は貴女達にあの子を託した筈なのに、姉の私が其奴等に漬け込む隙を与えてしまい、この様なことになったのです。
ですが貴族同士では中々其奴等に手を下せないのは周知の事実。
幾ら騎士団が動こうが、所詮良くて爵位降格、悪ければ罰金、いえ謹慎程度で済んでしまうのです。
……そんなの許せない、私達を悲しみのどん底に突き落としておいて、逃げ仰せようなんて絶対許さない!
だから私、貴族らしく其奴等を追い詰めるための駒になることにしました。
例え時間が掛かろうが、其奴等を逃がしはしません。
妹に手を出す不逞な輩はどんな手を使っても葬りさってやる……!
その為の布石は私が作る、何をしてでも」
と話しながら縫いぐるみを優しく抱き寄せる。
「……今の王太子は20歳になられたばかり。未だ婚約者は居られません。
私、王族を味方に付けます。王太子妃の立場を手に入れます!
もうすぐ私も社交界にデビュー致しますから、お父様を通じて王太子側に婚約の打診をしていただきます。
彼等とて私共を味方に率いれたい筈、こういう時筆頭領地は便利ですわね。
打算故の婚姻なのですから、王太子には私が追々説明をして、側妃扱い、若しくは婚姻解消も視野に入れて頂いて御協力をお願いするつもりです。
私が使えるのはお母様譲りのこの容姿と筆頭領地令嬢の地位だけですもの。
それを最大限に活かして、あの子を苛む貴族を必ず姉の私がこの手で……!」
とエレオノーラは自身の小さな白い手を見つめる。
「駄目……駄目だよエレオちゃん!そんなの絶対駄目!」
ミラベルはエレオノーラの目の前に膝をつき、彼女の紅い目を覗き込む。
自身の兄の真紅の瞳と同じ様でいて、ほんの少し色が薄いエレオノーラの瞳。
「クロエが悲しむよ、エレオちゃんがそんな……まるで身売りじゃない!駄目!絶対そんなこと止めて!」
エレオノーラはミラベルの手をとると静かに話す。
「いいえミラベル。ここはクロエの前の世界とは違います。貴族の娘なんてものは、いずれ必ず家のための結婚を強いられるものですわ。
女は駒でしかないのです、家の為の、ね。
だからどうせ同じ道を歩むのならば、その相手は私自身で決めます。
私達より地位が高い領地は存在しなせん。2位はお母様の実家ですし。ならば後は王族さえ味方につければ4位のガザークごとき、潰すことは出来る筈なのです。
3位は元々穏やかな方がご領主で、この様な謀り事には不向きです。
4位か5位、恐らくその辺りが動いているとは薄々思っていました。
ミラベル、どうかわかって下さいませ。貴女が私の立場でも恐らく同じ選択をするでしょう?
このままではいずれ妹が戻ってきても、又同じことになってしまいます。
ならばこちらもあの子が身を潜めている今のうちに、其奴等を叩くための手を打たなければ。
姉のこの私が妹の過ごしやすい様にしてやらなければならないのです。
……もう決めたのです。
ミラベル、私の輿入れが決まったら貴女をお祖父様の元に戻れるように致します。
だからせめてそれまでは、私と共に居てくださいませ」
エレオノーラの言葉を聞きながらミラベルは目を瞑り、思案していた。
「ね、ミラベルの怒りは尤もですけれど、私の決意は……」
「エレオちゃん、王宮の侍女ってやっぱり貴族でないと駄目なの?」
「え?」
「だから、エレオちゃん付きで王宮に出仕するなら、側仕えの侍女も貴族でないと駄目なのかな?」
「ミラベル、貴女……いえ、そこまで貴女を捲き込むのは幾らなんでも」
「あーもう!聞いてるのはこっち!どうなのエレオちゃん?貴族でないと駄目なの?庶民でも出仕出来るの?!」
「うっ……で、出来ますわ。但し、しかるべき貴族の屋敷で侍女経験が有って、他の貴族1名以上からも推薦状を提出出来たなら……の話ですけど」
「へぇ!……でも凄いよ、エレオちゃん!突発のあたしの質問にすぐ答えられるなんて。あ、もしかしてその条件って貴族なら周知の事実だったりするの?」
ミラベルが身を乗り出して質問すると、エレオノーラが頬を赤くして縫いぐるみをきつく抱き締める。
「どうしたの?何で恥ずかしがってるの?」
「……実は朝から、必死で調べていたんですわ。昨日の夜報告を聞いた後、王太子妃に名乗りをあげようと考え付いた時、出来るならミラベルも一緒に王宮に付いてきて欲しいって……あ、あの貴女に何の相談も無く勝手に考えていたことは、幾重にもお詫び致します!
ですが勝手だとは思いつつ、どうしてもミラベルに側に居て欲しかったから……ご、ごめんなさい」
エレオノーラはそう言うと縫いぐるみに顔を埋めてしまった。
ミラベルはポカンとして、暫く恥ずかしがるエレオノーラを凝視していた。
エレオノーラはミラベルの返事がないのに焦りだし、縫いぐるみから顔を上げると
「ミラベル……あの、怒ってますわよね?どうしましょう……私、貴女を怒らせてしまったのですね。
いえ、あの、貴女が望むなら、お祖父様の元に戻って頂くようにしますから。
ですが、私がミラベルと離れるのが耐えられないのです……ど、どう話せば良いのかしら、上手く言えません……」
とアワアワしながら自身の気持ちを正直に伝えようとする。
ミラベルは肩から力を抜くと、顔を俯かせ大きな溜め息をハーーッ!とこれ見よがしに吐いた。
その溜め息を聞いて、エレオノーラがビクンと飛び上がる。
「あ、あの……ミラベル……」
「もう、水臭いんだから!エレオちゃん、貴女はあたしのご主人様なのよ?
あたしに付いてきて欲しいのなら胸を張って堂々と
「ミラベル、私と共に王宮へ来なさい、これは命令です!」
って言えば良いのよ。
ほら、言ってみて?」
ミラベルがエレオノーラにグッと顔を近付けて、促す。
エレオノーラは戸惑いの表情を浮かべ
「え、でもそんな、命令なんて……私、ミラベルに言えません」
と弱々しく反論を口にすると
「もう!王太子妃になるんでしょ!これ位あたしに命令出来なくてどうするの?
はい、頑張って言う!」
とミラベルが侍女にあるまじき態度で命令しろと迫る。
言えない、言え!を何度か言い合った後、業を煮やしたミラベルが
「強情なお嬢様ね……そんなにあたしと離れたいんだ?
わかったわよ、フェリークに戻れば良いんでしょ!
……何よ、そこまで嫌がらなくったって良いじゃない……エレオちゃんの馬鹿」
とヘソを曲げてしまった。
既に涙目だったエレオノーラは、ミラベルが頬を膨らませて背中を向けたことで真っ青になった。
「イヤ!戻っちゃ駄目です!お願いミラベル、一緒に来て!一緒に王宮に行ってちょうだい!」
エレオノーラが縫いぐるみを置いてミラベルにすがりながら叫ぶと、侍女の筈のミラベルがニヤリと笑って振り向いた。
「しょーがないなぁ。じゃあ一緒に王宮に付いて行ってあげる!ホント、ここまでしないと言ってくれないんだもの。あたしのお嬢様は手が掛かるわね~」
フフと笑ってエレオノーラに抱き着く。
エレオノーラもミラベルにしがみつき
「クロエに申し訳無いですわ……私ばかり守られてしまって。今も私の我が儘でミラベルを繋ぎ止めてしまいましたし……」
と呟く。
するとミラベルはエレオノーラの言葉に反論する。
「あら、クロエなら絶対にエレオちゃんに付いてけって言うわよ?
エレオお姉ちゃんが心配だ、ミラベルお姉ちゃん、エレオお姉ちゃんを助けてあげてって。
だから妹の為にも素直になろうね、エレオちゃん?」
エレオノーラはミラベルの言葉に漸く笑顔を見せる。
「さあ、忙しくなるわよ~!先ずは明日、旦那様と奥様にお願いしないとね?
勿論あたしのこともしっかりと!
ね、エレオちゃん、あたしはこれからもずっとエレオちゃんを側で支えるからね」
「はい!ミラベル、よろしくお願いします!凄く嬉しい……ありがとうミラベル!」
「2人でクロエの為に、王族を味方にしようね」
「ええ!」
未だ王太子妃になれるかどうか全くわからない上にとんでもない野望を抱いた2人は、自分達の妹の為に何としてもこの計画を成し遂げるんだと固く誓い合ったのだった。




