悔恨その9
その後王都のライモンドに報告し、インフィオラーレに向かった騎士テオ。
そして今、インフィオラーレ領主ブライアン、その夫人アナスタシア、テオより先じて里に一時帰還していたオーウェン、その妹エレオノーラ、エレオノーラ付きの侍女見習でクロエの“姉”であるミラベルを前にして座っていた。
「……私からの報告は以上となります」
テオはクロエの一件について詳細を告げ終えた。
アナスタシアはブライアンの肩に顔を埋め、体を震わせている。
オーウェンは泣きじゃくるエレオノーラを抱き締め、自身も肩を震わせている。
後ろに控えていたミラベルは顔面蒼白となり、ただテオを呆然と見つめていた。
「……遠路すまなかったな。全て了解した。
君は娘の素性を知る数少ない人間だ。此度の事に関しても君に多大な負担をかけていることは承知している。すまぬ。
……私は生まれて直ぐのあの子しか知らぬ。だが妻や子供達はフェリークに無理を言って、何度もあの子の居る森を訪ねていた。それが奴等の確信を招いたのだろうな。
家族全てを守るため、あの子を手離すと決めたあの日、その決断がどれ程の苦しみを我等に与えることになるのか位、理解していた。いや、理解していたつもりだったのだ。
だが私はそうでも、家族はそうはいかなかった。それを不憫に思い、あちらに行くことを強く止められず、いつしかそれが当たり前となっていたのだ。
そしてその甘えの代償が、全てあの子に向かってしまった。
あの子を守ると言って家族から無理矢理離す仕打ちをし、そのくせ覚悟が足らずにあの子の安全を脅かす事を続け、その報いを何の罪もないあの子に背負わせ、あろうことか慈しんでくれた優しい家族から離れると云う決断を強いてしまった。
私のした事は余りにも罪深い、あの子に何度酷い仕打ちを……」
ブライアンは振り絞るような声で悔恨を口にした。
初めて聞く夫の苦悩に、アナスタシアがその言葉を否定する。
「貴方だけの罪ではありません。いいえ、元はと言えば私が悪いのです。私があの子を手離した後にあんな気鬱に陥らなければ、こんなことにはならなかったのですわ。
なのにどうしていつもあの子ばかりがこの様な目に……代わってやりたい……!」
テオは領主夫妻の悲嘆を目にして、伝えなければならないクロエの言葉を思い出した。
「ブライアン様、お伝えしなければならない大事なことを忘れていました。
貴殿方に対するクロエ様からの伝言です。
突然の別れでごめんね、と。酷い親不孝をしてすまない、と。外の、つまりインフィオラーレですが……外の家族も大好きだよ、と。
そう、ガルシア殿とコリン殿にお伝えになられてから姿を隠されたとの事でした」
テオの言葉を聞いたエレオノーラは更に声を上げて泣く。
「わ、私が、私が森に行ってばかりいたから!だからクロエが見つかってしまったんです、全部私のせいですっ!
なのにごめんねなんて……貴女が謝ることなんて何にもないのに、謝らなければならないのは私なのにっ!
クロエ、愚かな姉でごめんなさい……!」
オーウェンは歯軋りしながら、嘆くエレオノーラの背を撫で擦る。
ミラベルはテオの言葉を聞いて口許を抑え、声も無く涙を流す。
テオはそんなミラベルを痛々しそうに見つめ、腰を上げる。
立ち竦むミラベルに近寄ると
「……ミラベル殿、大丈夫ですか?」
と肩に手を置いて気遣う。
ミラベルはグッと唇を引き結ぶとコクンと頷き
「……クロエが一番辛い筈ですもの、私は大丈夫です。
テオ様、あの子のために奔走下さってありがとうございます。
そして家族の看病まで……本当にありがとうございました」
と深々と腰を折って礼をのべる。
ブライアンがミラベルに申し訳無さそうに話す。
「ミラベル、君の家族にも本当に何と詫びれば良いのか。
あの子を本当に慈しんで育ててくれて、此度は君の弟に怪我をさせてしまった。重ね重ね申し訳無い」
ミラベルはブライアンの詫びの言葉にフルフルと頭を小さく振り
「旦那様、不遜ですが私もあの子を家族と考えております。
ですから貴方様に詫びて頂く事は何一つございません。
家族は互いに慈しみ合うものですわ。そして妹を守るためにコリンは必死に戦った、ただそれだけの事です。コリンの怪我も守るために負ったものですもの。……守りきれなかったのは悔しゅうございますが。
ですから、どうかお気になさいませぬよう」
と顎をあげ、声を震わせながらもブライアンに物申した。
テオはミラベルの強さを改めて感じ、小さく微笑む。
ブライアンも幾分無礼にも聞こえるミラベルの言葉に
「そうか……そうであったな。君はクロエにとって私以上に家族であったな……」
と自嘲気に呟く。
ミラベルはそんなブライアンに
「旦那様、クロエは旦那様の事をとても気に掛けておりました。
お忘れですか、ミサンガやお守の事?
あの子はお会いしたことのない貴方様の事が、何故かとても慕わしいといつも申しておりました。だからお会いしていた奥様やオーウェン様、エレオノーラ様と同じ位、貴方様にも何かして差し上げたいと手作りの物を用意していました。
そんな旦那様が私以下とか有り得ません。あの子は等しく旦那様達やうちの家族を愛してくれています。
……クロエはそういう子ですもの」
と諭す。
ブライアンはミラベルの言葉に顔を歪め
「……ありがとう」
と涙を堪える。
暫くした後、漸く落ち着いたブライアンが
「テオ、疲れているだろうに報告ご苦労だった。今夜はもう休んでくれ。後の話は又明日しよう。
ミラベル、彼を部屋に案内してくれるか」
と指示をした。
ミラベルがブライアンに頭を下げ
「わかりました旦那様。ではテオ様、お部屋に案内致しますのでこちらへ……」
と案内しようとする。
既に報告の前にブライアンによって張られていた結界は解かれ、ブライアンの私室から出られるようになっていた。
「ああミラベル、君も案内が終わったら、今日はそのまま下がって良い。後の事は他の者に頼むから。……疲れたであろう」
ブライアンの気遣いにミラベルが困ったような表情を浮かべて
「いえ、私は大丈夫ですわ。それよりエレオノーラ様のお世話を……」
と言い掛けると、当のエレオノーラが
「お父様の言う通りにして下さいな、ミラベル。どうか休んで、ね?」
と涙に濡れた顔を上げてミラベルを労った。
ミラベルは漸く頷いて
「エレオノーラ様……わかりましたわ。ではお言葉に甘えます。皆様お休みなさいませ、お先に下がらせていただきます」
と挨拶をして、テオと共に下がっていった。
テオに宛がわれた部屋に着くと、中に彼を案内する。
「何か不足がございましたら遠慮無く鈴を鳴らしてくださいね。他の者が参りますから。
テオ様、本当にお疲れ様でした。クロエのためにずっと動いて下さっていたのでしょう?何とお礼を申し上げれば良いか……ありがとうございます」
戸口で再び深々と頭を下げて礼を言うミラベルに、テオはにっこり笑って答える。
「……私にとって、あの森の家の皆さんはかけがえの無い方ばかりなんですよ。云わば私の宝物です。
だから皆さんに何かあれば、私は何を於いてもこの身を賭して動きます。そんなのは当たり前の事ですから。どうか気を遣わないで下さい、却って寂しくなります。
……私の事はともかくミラベル殿、本当に大丈夫なのですか?
貴女が強いことは重々承知していますが、今回の事は……ミラベル殿?!」
テオがミラベルを気遣うと、その途端顔を歪めた彼女は戸口に膝をついて崩れ落ちた。
驚いたテオが慌てて走りより、ミラベルの側に屈み込む。
「クロエ……どんなに辛かったことか!側にいてやりたかった、何であの子ばかりこんな目に合わなきゃならないのっ!
あたしはあの子の本当の家族と呑気に過ごしていたと言うのに、あの子はあたしを守るために皆から離れたなんて皮肉過ぎるじゃない……!
そいつ等も、あたしを狙うなら狙えば良いのよ!あの子を脅す為の道具に使われて、こんな悔しい事って無い……姉なのに!
そのハーシュって奴をこの手で殺してやりたい……!可哀想にクロエ、クロエ……」
そう嘆きながら、彼女は床に踞って声を殺して泣きじゃくる。
テオは泣きじゃくるミラベルを起こすと、そっと抱き締めた。
「優しい貴女があの男に手を下す事は無い!それは我々が引き受ける。
さぞ辛かったでしょうに、取り乱す事無くよく耐えられた。流石はあのお二人のお嬢さん、私が尊敬するミラベル殿ですよ。偉かったですね。
どうか貴女のその気高さをあんな男のせいで曇らせないで下さい。
優しい貴女の悔しさと悲しみは私が代わって引き受けて、あの非道な男達に思い知らせてやりますから!
貴女はただ、クロエちゃんと先生の無事を祈っていてあげてください。
あの方はいつかきっと戻ってきてくれます。それを信じて待ちましょう。……コレット殿もそう仰っておられましたよ」
テオが優しくミラベルの背を叩きながら静かに言い聞かせる。
「テオさま……、悔しい、悔しい……何も出来ない自分が嫌!何であたしは女でこんなに足手まといなの……だから脅しの種に使われてしまう!
妹を苦しめる存在になってしまって、あたし女である自分が許せない……!男に生まれていたら、あの子をもっと守ってやれてたかもしれないのに。クロエ…ごめんなさい!」
ミラベルが苦し気に自分が女であることを呪うと、テオが幾分きつい口調で彼女を諭す。
「駄目ですよミラベル殿。何故貴女が弱いなどと仰るんです!
貴女は強い人だ。賢くて優しくて気高くて、いつも家族の事を思いやっておられた。
森の事など何も知らなかった私をいつも丁寧に案内してくれ、一つ一つ優しく説明してくださった貴女を、私は本当に尊敬しているんです。
何も力だけが強さの証じゃない。貴女は皆の心を支える優しさや包容力と言う強さを持っているのです。
そして自分が女性であることを誇って下さい。貴女は全てに置いて、その辺の男達より余程強い女性なのですから。
でも貴女を狙えば良い等と、そんな事は二度と仰らないで下さい、周りの方皆が悲しみます。……私も含めて」
テオが必死にミラベルを慰める。
ミラベルは泣いてグシャグシャの顔を上げて
「優しさや包容力って……あたし、そんなに優しくないですよ?優しいのはクロエで、あたし自身は結構我が儘だし言葉もキツいし。コリンといつも喧嘩してたの、ご存じでしょ?
……テオ様ったら、ちょっと誉めすぎです」
と困ったように言う。
ミラベルが少し落ち着いたのを見て、安堵したテオはいたずらっぽく笑う。
「誉めすぎじゃありませんよ。本当の事です。
確かにコリン殿とはよく喧嘩されてましたけど、私から見たらとても微笑ましい姉弟でしたから。クロエちゃんもいつもお二人を楽しそうに見ていましたからね。
……実は私は一人っ子でしてね、叶うならミラベル殿のような姉が欲しかったです。
ミラベル殿は私の理想とする姉ですよ」
テオの言葉に少し頬を赤らめて、ミラベルは呟く。
「そ、そんな……理想の姉だなんて……子供をからかわないで下さい。
あの、すみません、取り乱して……もう大丈夫です。
お疲れなのにご迷惑を掛けてしまって、本当にすみませんでした。
テオ様のおっしゃる通り、あたしもクロエを信じて待ちます。
では失礼しますね、お休みなさいませ……それと、あの、ありがとう……テオ様が来てくださって良かったです」
ミラベルはテオに支えて貰いながら立ち、離れると又深々とお辞儀してお礼を言った。
テオは優しく頷きながら、彼女の頭をそっと撫でる。
「そう仰って貰えるとこの任務に付いた甲斐が有ります。
さぁ、ミラベル殿も早くお休みください。案内ありがとうございました」
ミラベルは笑って頷いてから、テオの部屋の扉を閉めて出ていった。
彼女が去った後、テオは顔を歪めて吐き捨てる。
「ハーシュ……この怒り、必ず貴様へぶつけてやる!俺の宝物であるあの人達を悲しませた罪は重い、待ってろ……下衆が!」
怒りを沈めるため、暫く部屋に備え付けられた風呂で水を被った後、テオは漸く疲れた体を横たえたのだった。




