2-4「竜人王女と朝稽古」
「セヤアァッ!」
一閃。風すら置き去りにする一太刀が、アーデの大上段から繰り出される。
「ラアァっ! っく!」
刀を叩き付けて、ほんの僅かに軌道をそらす。ただの回避は間に合わず、木剣で受ければへし折れる。現にこの木剣「屈斜路湖」はこれで6代目だ。
「セイっ!」
足払い! 半身になっていた俺の左足へと滑るように迫る。視界の端に目が届いていなければ、すっころんでいただろう。
多少もつらせながら足を浮かせて躱した。しかし、今度はアーデの当身が迫る!
後ろに飛ぶしかっ!
「グァっ!」
それでも威力は殺しきれない。俺が下手なのもあるが、それ以上にアーデが上手い。どれだけ剣に力を込めても、流れるように次の体さばきが繰り出される。
突き飛ばされて崩れた体勢に、袈裟切りが飛んでくる。
一か八かっ!
刀を、添える!
「ハアアァァっ!」
円転を描いて、剣筋を無理やり跳ね上げる。巨岩を梃子で動かすかのような荷重に両腕が悲鳴を上げていた。
アーデには巻き上げも巻き落としも使っている。だからこそ、この瞬間に迷わされるはずだ! しかし――
「安直」
――バァキンっ!
「6代目が……」
南無三。木剣の折れた勢いそのまま地面に倒れた。
「ふふーん、私の勝ち」
自慢げに鼻を鳴らす、アーデ。木剣を俺に突き付けながらにやけている。毎回剣を叩き折った後のアーデはかなり機嫌がいい。
「アーデに変化はもう通用しないか」
変化というのは巻き上げ、巻落としのことだ。近所の道場でそう呼ばれていた。
「当然。これだけやられてれば、ね」
そう言いながらアーデは右手をこちらに差し出してくる。すぐに俺はその手をとって立ち上がった。
「大方、剣の握りを強くしたんだろ。感触が違った」
「そうだけど?」
「やめといた方がいい。技の柔軟性が落ちるし、変な癖がつく。そもそも剣を投げられることの対策で相手の剣を叩き折るって……。
俺に勝つってことはそんなに重要なことじゃないだろう」
基本的に達人になればなるほど剣の握りは軽くなる。なぜなら剣戟というものは腕力ではなく、刀の重さを活かして繰り出すものだからだ。だからこそ意表を突けば変化は上級者に通じやすい。
けど、投げられることが分かってるなら、その瞬間に力を抜けばいい。ムキになって力を籠めるからいなされて、その力で投げ飛ばされる。変化をやる側だけの力で剣を飛ばすことは少なくとも俺には不可能だ。
「私の精神衛生上非常に重要です」
「ほんとに負けず嫌いだな、アーデは」
「……リクは負けるのが好きなの?」
「うーん、戦わないことよりは」
「何それ」
まぁ、そういうのも無理はないか。
「にしてもアーデも意外と手癖が悪いな。困ると手が出る、脚が出る」
「リクは熱くなると口調が荒れる。それって地?」
「なにを、俺ほど心の奥から純真1000パーセントラブな奴はそういないぞ」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
アーデは地面においてあった黒板を手に取り、そして
「これで今回も勝ち越しっと」
三列目の十番目に〇を書き込んだ。これでこの十番勝負はアーデの6勝だ。自分の名前の上にぐりぐりとはなまるを書いている。勝ち越しまくっているのにも関わらず、それでも一勝が嬉しいらしい。
「4;6か3;7で安定してきたな」
「そろそろ実力の差ってものがリクにも分かって来たんじゃない?」
「あの方が強いなんてことは最初からわかってるよ」
「……素直過ぎてちょっとムカつく。もうちょっと悔しがって欲しい」
理不尽な。
「勝ち越せないまでも、ある程度勝ててればいいんだよ。実力差はわかってるし、10番勝負を10回やれば、その内1回ぐらいは勝ち越せる。要はそこまで絶望的な差はないってことだ。だからまぁ……」
「だから?」
「ストレートで負ければ多少は悔しいだろうな」
「じゃあ、もう1本」
そう言ってアーデは籠からこちらに新しい木剣(七代目「屈斜路」)を投げ飛ばしてくる。反射的に受け取って構えたものの、俺は脱力して
「いや、今日はもうやめとこう」
アーデにそう告げた。
「? どうして? いつもならあと2本はやるじゃない」
「左手首」
アーデの手を指差す。大剣の時と違って正眼ではなく左右非対称の構えだが、それでも不自然な硬さが残っている。手元が崩れていて明らかに左手をかばっている。
相手の弱点や負傷を見抜くのは得意でな。
「気づいてたんだ……」
「当たり前だろ。アーデは俺たちを庇いすぎなんだよ。もっと信頼してくれてもいいんじゃないか?」
「信頼するとかしないとかじゃない、それが私の役目だから」
「負担を分散した方がその役目を果たせる可能性が上がると思うんだが」
どの道アーデが崩れれば持たなかった。そうなってしまえば本末転倒だ。
「……訂正。それが私の生き方だから」
「なるほど。是非に及ばず、か」
「リクにもあるよね、そういうの」
「あるにはあるが、最終的な勝利より優先するものじゃない」
「だったらそれが、リクの生き方なんだよ」
「そうか……。そうかもな」
流儀や正道を外れたとしても、勝利を求める、か。
「でもリク、今日左ばっか狙ってきてなかった?」
「それが俺の生き方だからなぁ」
「気を遣われてるのか、いないのか……」
アーデはそう言って呆れていた。
「質問があるんだけど……」
「どうした?」
「なんで上半身裸なの?」
「いやー、朝稽古を思い出して着の身着のまま」
「着てないじゃない」
「ちょっと今日は朝からドタバタしててな」
「いつもよりギャラリーが多いのはそれが理由? 遠巻きに見てる城のメイドもなんか多いし、エゼルバルト様。珍しい、ネネ王女までいる。いつもは10時まで起きてこないのに」
「俺としてはあそこに転がってるでかいオッサンの方が気になるけどな」
「あぁ、あの人はいつもあんな感じだから、気にしなくても大丈夫」
ひでぇ。
「ふむ、見させてもらったぞ」
「エゼルバルト様、おはようございます。すぐに着替えてまいります」
「よい、稽古に押しかけたのはこちらの方だ」
「はっ!」
すぐに傅くアーデ。
「毎日、鍛錬に励んでおるのか?」
「流石に昨日は休んだけどな」
「当然です。本来なら今日も休養を取って頂きたいのですが、火傷の具合はいかがですか?」
「問題ないな、ちょっと全身ひりひりするけどその程度だ」
「うぅ~、ごめんなのだ」
申しわけなさそうにネネが言ってきた。
「気にすんな。あんなの掠り傷みたいなもんだから」
そういいつつ、ネネの頭をなでる。
「うが~」
「それより、リクもアーデも身体を流すのだろう? ならば、急いだほうがいい。今日は貴殿に来客があるのでな」
エゼルは左手の甲をこちらに見せつけながら俺へとそう語る。口の端に少し笑みを浮かべながら。
「俺に来客?」




