1-31「コスプレ王女と祭りの香り」
「でっけぇーーっ!」
俺はたまらず大噴水へ駆け出していた。
「ふふっ、スカイさん、子供みたいですね」
俺たちは町の西南にある居住区を突っ切って、第一階層の北側全域にある商業区に来ていた。ここは大通りから離れた西側の大広場だ。辺りには祭り特有の焼き物の匂いや立ち並ぶ出店、即席のステージや旅芸人が芸を披露している。
その中央にある直径30mの大噴水。いつも王城からはっきりと見えていた。かねてからここは一度来てみたいと思っていたんだ。
でかい、凄い、涼しい!
そして何より湧き出し方の多彩さだ。多数の噴出孔が織りなす水の協奏曲は何時間でも見ていたくなる。二人で来ている以上そんな真似はしないけど。
「男はみんなどっかこっか子供なんだよ。カタリナ」
そういって俺はカタリナの方を振り返る。もちろんこれは俺が暗転した間に、別の女性を侍らせている超ド級のナンパ男だからじゃない。クラウの偽名だ。
この人込みで金髪赤眼の彼女をクラウと呼ぶのは間抜けすぎるからな。
ちなみにカタリナというのは初代国王の妃、カタリナ・ケント・サンブリア。つまり、クラウやエゼルの祖母の名からとったらしい。それも大丈夫か? とは思ったが、この王都に住む女性の10人に一人はカタリナという名前だそうだ。
サンブリア国民はミーハーがすぎる。
スカイ? 三秒で考えた。ちなみにフルネームはヒカキン・スカイ・ワーカーだ。
今は反省している。
「それに昨日も言ったが、俺たちはまだまだ子供の範疇だろう?」
「……この世界で18才の男児といえばとっくに結婚する年頃ですよ?」
「えっそうなの?」
いや、言われてみればどっかの酒好きのせいで成人年齢が12になっているんだった。元から15には成人なんだから、この年で結婚してもおかしくないか。
「えぇ、王侯貴族は色々な事情が絡んでくるので一概には言えませんが。フェローさん、現テルディッチ女王はまだ結婚できていませんし」
テルディッチ女王、ここで例にあげるということはフリスの姉さんか。いや、おそらく美女なんだろう。なんだろうけど……。あいつの姉の婚期が遅れてる。
なるほど。
「……へぇ、そうなのか。まぁその話はおいおい聞くとして」
離れていたクラウ……カタリナの手を握り直し。
「今日は祭りを楽しもう!」
その手を引いて屋台へと駆けだしていた。
▽
その遥か上空。太陽に紛れて空を飛ぶ白い妖精。
「こちらヴィーナス1、マルタイが大広場に到着。転生勇者がはしゃいでいます。オーバー」
「こちらアーデルハイト、現着した。南東の民家の屋根から観測を続ける。オーバー」
「こちらヴィーナス1、アーデさん、ちょっとお金貸してくれませんか? お好み焼きが食べたいんですよ。オーバー」
「こちらアーデルハイト、フェオちゃん、そういいつつすでに並んでるよね? オーバー」
「創造魔術!」
「思い切りの良さは尊敬してる」
「アーデさんも食べますか? お好み焼き」
「……食べる。豚玉」
赤いレンガの屋根で寝そべっている女騎士。そんな彼女に
「持ってハグ……きました……ング、よー」
神様見習いがふわりとお好み焼きを持ってくる。厚紙のような使い捨て皿に盛られていた。そして彼女の口にも身の丈よりも大きいそれが咥えられていた。
「フェオちゃんって意外と腕力あるよね」
「ハグ、ハグ……ゴクン。それではアーデルハイト団長、私は引き続き観察を続けます!」
すぐに食べ尽くした神様見習いはそのまま数十m以上の高さまで急上昇していった。
(これ、私いらないなぁー)
△
お好み焼き、焼きそば、ワイン、お好み焼き、ワイン、たこ焼き、かき氷、お好み焼き、お好み焼き、お好み焼き。
「おい、ちょっと待て」
「どうなさいましたか、突然」
初代国王め、やってくれたな。そもそもおかしいとは思ってたんだ。
なぜ、この近代ヨーロッパ風の気候で粉物やソースの匂いがするのか。全く、香辛料をこれだけ普及させるなんてどうやったんだよ。
「……サンブリアは牡蠣や胡椒が取れるのか?」
「えぇ、牡蠣は特に」
「なるほど」
ウスターソースの原料は奇跡的にあったわけか。
「食欲をそそる匂いですよね。この匂いを嗅ぐと祭りに来たという気分になりますわ」
「俺もだよ……」
まさかこんなところで感覚を共有できるとは。
「せっかくここに来たのですし、お好み焼きをいただきましょうか」
「確かに、祭りといえばお好み焼きだもんな」
そういって俺たちはお好み焼きの屋台に並んだ。
「カタリナはお好み焼き好きか?」
「えぇ、こういうと作っている方に失礼かもしれませんが、程よい安っぽさが特に」
「わかる気がする。王城の料理は確かにおいしいんだけど、俺にはちょっと高尚すぎてさ。細かい作法もまだまだ身についてないし」
「スカイさんはまだこちらにきたばかりなんですから、仕方がありませんよ。むしろ市井の出にしてはかなり教養が身についている方だと思います。よいご両親を持ちましたね」
こっちの世界にも学園は存在する、らしい。というのも周りでそこに通っているのが誰一人としていないからだ。王城にはもともとガヴァネスが常駐しているし、屋敷のメイドもほとんどが中流階級の子女で構成されているそうで、十分な教養がすでに身についているとのことだ。
「俺のいたとこは教育水準が高かったからな。っと俺たちの番だ」
「お姉さん、お好み焼き二つ」
「はいはーい、二つね」
赤毛の快活そうな店員が応対してくれた。流石に美しさではクラウに劣るものの、弾けるような元気とバストが魅力的だ。
なんか隣から殺気がする。
「さ、祭日だってのに精が出るな」
気にしない、気にしない。
「ほんとよ、商人の日だってのになんで働かなくちゃならないのかしら」
「そこはまぁ、稼ぎ時だと割り切ってくれ」
「私の店は東区の奥だから、わりとトントンなのよねぇ」
「東区の飲食店……パラディンストリートの方ですか?」
パラディンストリート。確か東側をぶち抜く大通りの一つだったはず。兵舎を通ってそのまま王城に繋がっているから、パレードでもよく通ったのを覚えている。
「そうそう、もしかして常連さん? あなたみたいな綺麗な人、一度見たら忘れないと思うけど」
「いえいえ、そんな。アー……友達がいつもその辺りで食事をしている、と言っていたので」
アーデルハイトのことか。
スタンド使いはスタンド使いといずれ惹かれ合う。そんな名言が俺の脳裏にはよぎった。またなんか殺気がするなぁ。
「へぇ、そうなんだ。そういえば、あなたどこかで見覚えがあるような」
「わ、私は行ったことがないので人違いだと思います」
「うーん、どこで見たんだろう……。そういえば、あんたの切れ長つり目の目つきの悪さもどっかで見覚えが」
それは是非とも放って置いてほしい。
けどやばいな、俺は顔までは覚えられないと高を括っていたがやはりまずいか?
「気のせいだ、俺は田舎から出てきたばかりだからな。それでいくらだ?」
それでも彼女を庇うように前に出る。最悪、最近来た転生勇者は町娘へすぐに手を出すナンパ野郎で通す。さっさと会計を済ませて帰ろう。
「一つで大銅貨2枚、だから大銅貨4枚ね。あぁ、私は店もやってるし、サンブリア紙幣でもいいよ」
ここイレニム大陸での貨幣制度はよくある金銀銅貨制だ。銅貨1枚がざっくりいうと10円ぐらい。そして順に大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、上金貨が存在し10倍づつ価値が上がる。
そして、銀貨以上にはそれらと等価である紙幣がある。これは金銭というより、一種の小切手に近い。なぜなら発行した本人か、商工業の責任者しか換金することができないからだ。しかも、名前からもわかるようにサンブリア紙幣は王都とその主要都市でしか使用することができない。
「これ? か」
皮財布から銀色の模様が目立つお札を一枚取り出した。
「それは大銀紙幣です、銀紙幣はこちらです」
「あんたたちお金持ちねぇ。そんなに大銀紙幣を持ってるなんて。わっ金紙幣もある。領主の息子夫婦かなんか?
それにしては一般市民みたいだし、わかった。お忍びで祭りに来てるんでしょ?」
まごついていた俺達を見かねてか、店員が手元を覗き込んできた。
早速ばれてしまうとは。世間話も考え物だな。
「詮索ってのはしない方が長生きできる」
「おーこわ。それじゃあ、はいお好み焼きとお釣りの大銅貨4枚」
「2枚足りないぞ……」
「冗談、冗談。その代わり、今度私の店にも来てね! 東区の『ビべリウス』ってお店だから」
「あぁ、考えておくよ」
「気のない返事ねぇ。あっ豚玉二つですか、少々お待ちください!」
俺たちの後ろに少し列ができてしまっていた。早速彼女もその対応に移る。今のうちに何処かへ行ってしまおう。
「サンブリアの商人は逞しいな」
「えぇ頼もしい限りです。
……それにしてもスカイさんって結構女性の扱いが上手ですよね、前々から思っていましたけど。本当にデートは初めてなんですか?」
「……妬いてるのか?」
ほんの一週間に妾も後妻も構わない、なんて言っていたんだ。むしろ、気に入ったのなら召し抱えても構いませんよ。ぐらい言ってくるのかと思っていたが。
「そういうわけではありませんけど、女心がわかっていませんね」
「意外とかわいいとこがあるんだな」
「ムッ、なんですか、その言いぐさは?
もう知りません。お好み焼き、一人で食べちゃいますから!」
お好み焼きをクラウが俺からかっさらう。
「ちょっと待ってくれって、クラ……カタリナーっ!」
「ふふ、待ちません。待ちませんよー!」
大広場の中をクラウ、もといカタリナが駆けていく。そういえば彼女の走っているところを見たのはこれが初めてだ。と、そんな感慨に浸りながら、俺は彼女の方へと駆けだしていった。




