1-30「コスプレ王女とデートと二人」
「いーい、天気だ」
革靴をトントンと慣らし、日光を体に受けて伸びをする。カラッと乾いた風が吹きつけていて、マントを軽く羽織っていても蒸し暑さは感じない。
高台にある王城の正門前からその眼下にある街並みを眺める。
サンブリア連合王国、サンブリア王国領、王都サンブリア。サンブリア王国領の人口は約320万人、その約3分の1、100万人がこの王都サンブリアとその周辺に住んでいる。
100万人の都市がこの世界にあるなんてな。歴史や社会にはあんまり詳しくないから、それがどこまで凄いことかよくはわからないけど。
大体広さは修学旅行の時に見た山手線の内側と同じぐらいか、形も楕円で似てるし。でも街並みはやっぱりこっちの方が圧倒的に綺麗だ。街路樹の緑、屋根の赤、石畳のグレー。王城の周りにはないものの、城下の大通りには祭りの喧騒も見える。
「お待たせしました」
「いや、今来たところだ」
一度言ってみたかったんだよ、この定型句。
駆け寄ってきたクラウの姿をあらためて眺めた。赤を基調としたドレスのような衣装、煌びやかなその金髪を頭巾で大きく一つに束ねている。それにより端正な顔だちが際立ち、紅蓮の瞳と同じ色で照り輝く紅瑪瑙。
髪形や服装が大きく変わっているため、クラウだとは思わないかもしれないが、相変わらず神々しさを感じるほどの美しさだ。
「どうしたんですか? 勇者様?」
「……似合ってるよ。その服」
「ふふっ、ありがとうございます。ですが町娘の恰好が似合っている、といわれるのは王女としては複雑ですね」
「あっあー、そうか、スマン」
反射的に謝ってしまう。
「ふふふっ冗談ですわ、勇者様」
「からかうのはやめてくれ、生憎こういうのは慣れてないんだ」
「そうなのですか」
「あぁ、前の世界ではそういうのに縁がなくてな」
「意外ですね、勇者様ほどの気骨の持ち主はそうはいないでしょうに」
「……俺の過去なんてどうでもいいだろう。それよりクラウはどうなんだ? サンブリアの王女なんだ、貴族の坊ちゃんと交流を深めることが仕事みたいなものだろう」
「そのことを否定はしませんが、殿方が二人きりで私に会うのエル君やアーデが許すと思いますか?」
ちなみにアーデは連れてきた場合確実にバレるので置いてきた。やけに素直に承諾してくれたのは少し気になったが、まぁ偶にはそんなこともあるのだろう。
「絶大な説得力だ。あの双璧を乗り越えられる奴はそういないだろうな。でもなるほど、それなりの信用はしてもらえてるってことか」
「そういうことです。どちらにせよ、デートの前にする話ではありませんね」
その言葉に、いや、単語に一瞬頭が真っ白になる。
「……デートでいいのか?」
何気なく、町の喧騒を見に行きたいと思っただけだったが、そうか。そうだよな。
「私は勇者様の花嫁候補です。そのような関係にある男女が連れ立って出かける。それがデートではなくて何だというのですか」
「あー、やばい緊張してきた」
「ふふっ昨日とは別人のような小心ぶりです。チーノさんに切り込んでいった勇気はどこにいってしまったのですか?」
手を口に当てて上品に微笑むクラウ。そういう敵に立ち向かう勇気と人とかかわる勇気ってのは別物だ。俺は普段、敵に立ち向かう時は半ばやけになってるが、人とかかわるときはそうもいかない。要は、
「俺にとって初デートってのはそんぐらいのことなんだよ。
行こう。このままじゃあ、喋っているだけで祭りが終わっちまう」
そう言って俺はクラウの方に手のひらを向けて突き出す。さっきはクラウの方に少し恥じを掻かせてしまったから。男の意地としてこのくらいの真似はしなくては。
しなくては、しなくては……。
「……どうかいたしましたか?」
伸ばされた俺の手を不思議そうに眺めて呟く、なるほど。あの時のフリスはこんな気持ちだったのか。あとで謝っておこう。
「……からかわないでくれクラウ、これでもなけなしの勇気を振り絞ってるんだ」
「仕方、ないですね。勇者様は」
そういって俺の手に柔らかなクラウの手のひらが乗せられる。それを俺はゆっくりと確かに握りしめた。
「……行くか」
「……えぇ」
思わず、天を仰いでそういった。強く照り付ける直射日光がチリチリと頬を焼く、それは隣で手をつないでいる彼女もきっと。
▽
王城正門前に数多くそびえ立つ石柱の一つ、その陰には艶やかな黒髪をした少女が一人。彼女の目線の先には金髪の少女と黒髪の少年。
「こちらヴァルキリー1、マルタイは正門から西階段に向かう模様。オーバー」
そして、その上空。
神様見習いは前方を進む二人の男女の、丁度真上を飛んでいる。その片手は耳に当てられていた。
「こちらヴィーナス1、マルタイは西階段を降り、そのまま居住区へと向かう模様、オーバー」
「こちらヴァルキリー1、見失った。最適な観測点の選定を要求する。オーバー」
「……こちらヴィーナス1、今から2秒後、次の曲がり角の左隅まで移動してください。オーバー」
黒髪の女騎士は少し静止したのち、素早い動きと側転によって華麗に向かい側の角まで移動する。
「こちらヴァルキリー1、マルタイが見えない。オーバー」
「こちらヴィーナス1、私には見えているんですよ。オーバー」
「こちらヴァルキリー1、マルタイが見えない。オーバー」
「……こちらヴィーナス1、アーデさん要りますかね、これ? 私が逐一報告するので、アーデさんはバレないようについてきてもらえれば……」
黒髪の女騎士は物陰で沈黙している。
「……オーバー」
「こちらヴァルキリー1、私の名前はアーデルハイトじゃなくて、ヴァルキリー1。盗聴されてたらどうするの? オーバー」
「こちらヴィーナス1、今、アーデさん自分で名前言いましたよ。オーバー」
「……こちら、アーデルハイト……」
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読み切りを書きました。ご一読していただければ幸いです。




