1-22「コスプレ王女と主従契約」
「アーデっ! 契約だ!」
喜び勇んで俺はそういった。
「このクラスの契約ならクラウディア様じゃないと……お願いできますか?」
「ええ、もちろんです」
「そうなのか。というか今更だが、俺が契約してもいいのか? クラウが直接した方が」
今回の戦い、貢献度でいえばクラウがダントツだろう。俺はあくまでいいところ持っていっただけだし、神獣の主としてもっとも相応しい才覚と地位を持つのは彼女だ。
「神獣が認めたのは勇者様の方です、私がここで名乗り出ても納得しないんじゃありませんか?」
「小娘が、わかっておるではないか」
「ちょっと、リクに従うっていうんなら、クラウディア様への乱暴な言葉遣いは許さないから」
「フンっ!」
これからお互い仲間になるのだから、少しは仲良くしてほしい。
とはいえアーデのいうことももっともだな、クラウの寛大さには助けられている。
「俺からも頼む、従者が一国の王女に無礼を働いてたら俺の立場がない」
「あらあら、私は勇者様とは対等の関係だと思っておりますが?」
「そう思ってくれているは嬉しい。だがだからこそだろう」
「ぐぬ、我が主がそういうのなら致し方あるまい……」
どこか不服そうに了承したが、アーデはいまだ神獣を睨みつけている。もしかしなくても俺は悩みの種を増やしてしまったようだ、まぁ是非もないが。
「刻印魔術・従属、これを」
クラウの掲げた手に、大小二つの赤い魔法陣が浮かび上がる。その両方の魔法陣を俺へと預けてくる。
俺はクラウの手を取るように魔法陣を受け取った。受け渡しの際に形が一瞬大きく歪んでしまう――
「うおっと」
「大丈夫ですか?」
だが、なんとかマナを張り巡らせて制御する。
「これ維持が結構ムズイな」
「……器用、ですね。あそこから持ち直すなんて」
クラウが訝し気に俺の手にある大型の魔法陣を見つめている。なんとか形を保たせているが、正直残りのマナが厳しい。
そういえば借り物とはいえ、魔法陣を伴う魔術を使うのは初めてだな。
「勇者様は確か大魔法が使えないんですよね?」
「あぁ、大魔法はおろか放出系もほとんど使えないぞ。マナ許容量からいっても一発打てればいいほうだろうな」
「そうですか……」
「それがどうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません」
クラウは何か引っかかりを覚えているようだ。できれば詳しく聞きたいところだが、今は待ち人がいるしな。
「で、これからどうすればいいんだ?」
「勇者様はそのままでよろしいのですが……」
クラウはそういいつつうずくまっていた神獣の方に目を向ける。不安げな表情、なんとなくその沈黙の意味に察しがついた。
アーデの大剣を握りしめる手にギシリと力が入る。その音がしっかりと俺の耳にも聞こえた。
「ぬっ? どうしたのだ?」
「クラウ、大丈夫だ」
「そう、でしょうか?」
「俺はそう思う」
「……わかりました、混成魔法・液状化」
そういってクラウは硬化した大地を液体に変え、神獣の拘束を解く。
「ふむ、やっと動けるな」
神獣はまず右足を引き抜き、それを支えにして左足を引き抜いた。両足からグレーの液体が滴って灯りに怪しく反射している。
「勇者様と手を合わせてください、勝手な行動はくれぐれも……」
クラウの威圧が大空洞に敷き詰められる。それは視界を覆う程の大きさをもつ、神獣のそれと比較しても引けを取らない。
もっとも怖気づくような相手ではないだろうが。
「うむ、わかった」
俺は神獣の方へと手を掲げ、そして向き直った。神獣も右前脚を振り上げて俺に近づけ――
眼前で急加速する!!
「貴様ぁっ!」
――ピタァッ!
神獣の巨脚は俺の鼻先で停止した。疾風が俺の顔面に叩き付けられ、髪を激しくなびかせる。
(こえぇぇーーー! くるかもなとは思ってたけど、思ってたけどっ!)
「ほう、微動だにせんとは」
「ここにきて俺をつぶすような真似、するはずがないだろ」
言うが易し語るが難し、とは言うが。予想できた半分、反応できなかった半分ってとこだ。内心ビビりまくってたし、それにこいつは自分にもプライドがあると語ったばかりだ。
高を括れてよかった。
「それより後ろで殺気だってる二人をなんとかしてくれ」
後ろを振り返らなくてもわかる、というかもうなんかゴゴゴゴゴゴって聞こえてきそうだし。
「ゴゴゴゴゴゴ」
「フェオ、効果音はいらない」
何やってんだ神様見習い、通訳にされて喋れないからって必死かよ。
「これ以上私たちに舐めた態度をとるようなら、即刻その首を叩き落す」
「勝手な真似は慎むように、そう警告したはずですが?」
基本いつも怒ってるアーデどころか、クラウすらも流石にこの行動には業を煮やしたらしい。
だが俺はその二人を片手で制する。ぶっちゃけ神獣に悪態つくよりも恐いんですけど、なるほどこれがジレンマか。
「いい、この程度の度量は示さないとな」
「ですが……」
珍しくクラウが食い下がる。
「大器だな」
「当たり前だろ。お前の主になる男だぞ? 見てくれはどうにもならないが、器ぐらいは張り合わないとな」
俺はそう言いながら右手で神獣の前足に触れる。俺の身の丈よりも遥かに大きい肉球、流石に柔らかさは期待できなさそうだ。
ちょっと残念。
「クラウ、契約だ」
「……勇者様がそういうのなら、私が口をはさむことではありませんね。
わかりました、まずは互いに魔法陣へと手をあててください。そして勇者様は『執行』、その次に『履行』と唱えて頂ければ、それで契約は完了いたします」
「わかった 刻印魔術『執行』!」
俺のその言葉と共に腕に纏っていた魔法陣が神獣の脚の太さほどに転換される。グルグルと回る何重にもなった幾何学模様の紅い魔法陣。マナの消費がほとんどないのが不思議なぐらいだ。
魔法陣越しの神獣の脚が微かに暖かい。
「なぁ神獣、お前、名前はなんていう?」
今更ながらそんなことを聞いてみたくなった。
「ハッ名など、とうに忘れた! せっかくだ、我が主から賜るとしよう!」
「そいつはいいな、なら……」
俺はどこからとろうか考えていると、不意に神様見習いが目に入った。そういえばあいつ名前は俺が勝手につけたんだっけな。なら――
「カプチーノ……いや、チーノ。チーノにしよう」
「チーノ? 簡素だな」
「確かにそうだな、この際だ。俺の名前、というか苗字をくれてやる。それならいいだろ?
お前の名前はチーノ、
『チーノ・トーカ・イリン』だ!」
「ちょっと、リク! 自分の名を家臣につけるなんて」
「普通他人の名前はつけないだろう」
「そこじゃないんだけど……」
またもやアーデに呆れられてしまった。
「まぁ、これはアレだ。家族のように大事にするってことだ、うん、そうしよう!」
「フハハっ! 家族のように、か。そいつはいい! 認めてやろう。その気骨、我が主とするに不足ない、ならば!
しばしこの身、貴殿へと預ける! リク・トーカ・イリン、この意、この力。我が主の為にその全てを振るうと、今ここに! 誓いを立てよう!」
「あぁ! 刻印魔術『履行』!」
大空洞一杯に魔法陣が紅い光をまき散らしながら拡散する。辺りに飛んでいる泥水すらもそれが乱反射して宝石のように光り輝く。
「すごい綺麗」
「刻印魔術の紋様は対象の大きさに比例するといいますが、これほどのものは私も見たことがありません」
どこか恍惚としながら二人が宙を見上げていた。かくいう俺もそれらに見入っている。
視界を埋め尽くすほど展開する幾重の魔法陣が、俺たちに新らしく芽生えた関係を祝福している。なんて考えたくなるほどに美しい。
光の環が大空洞の壁に触れた瞬間、魔法陣が急速に俺たちの腕へと刻み付けられていく!
それが収まると俺の右手の甲には、どこか大いなる獣を思わせる紋様が刻まれ、チーノの左前足にも古めかしい刻印が何重にも渡って確かに刻まれていた。
確かな歓喜が、俺の背中を駆け抜ける。
そして俺達は視線を交わし、微かに笑いあったんだ。
この話は前の話と統合する予定……予定です。




