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1話

 男は力士である。試合に勝とうと力を求めすぎgi(義)もjyou(情)も無くし暗黒面に落ちたのだ。

幸いそばにいた親方のおかげで暗黒面は払われた。男はこのことを激しく恥じた。

自分は力士の心一瞬でも忘れたと。また、親方はこのことを怒るでもなく「ただ根を詰め過ぎたのだ少し休め」と励ましの言葉をかけてくれた。男はそのことでより一層自分を情けなく思った。

暗黒面に落ちたことでまだまだ修行が足りないと痛感した。

鍛え直さねば。そう思うと、男は人気のない早朝の稽古場へと向かっていった。


 稽古場についた男は早速壁の柱に向い張り手を繰り出す。

一心不乱に張り手を繰り出す。裂帛の気合を込め、ただただ目の前の柱に集中し張り手。

しかし、集中しすぎていた。全力の張り手の1発1発が空間を歪ませ、ワームホールが生まれては張り手がそれを押しつぶしていく。

世界と異世界を隔てる壁に亀裂が入るがそれに気づかない。そう、ここはgyouji(行司)も居ない練習部屋。普段ならば瞬時に癒される亀裂も、今は張り手の1発でどんどん大きくなっていく。

男はそれに気づかない。鬼気迫る表情で一心不乱に柱に張り手を繰り出す。


 そしてついに世界を隔てる壁が割れ、力士は壁の向こう側の異世界へと吸い込まれる。

視界が光で真っ白になる。光が収まり周囲が見えるようになると力士はそこでようやく自分が集中のあまり生じたワームホールにのまれ、別の場所に飛ばされたことを知る。

土を固めただけだったはずの稽古場の茶色い床は生い茂る草で緑に変わり、稽古場の白い壁や太い木の柱はなく、周囲には背も低く幹も細い木々がまばらに生えている。生えている木々や空気の感じが明らかに日本のそれではない。己の知らない場所、恐らく外国であろうと力士はそう当りを付けた。

しかし力士は慌てない。稽古中の張り手によるワームホール発生、および転移など力士達にとっては日常茶飯事だからだ。慌てない理由はそれだけではない。今や相撲は世界中で大人気の武術だ。

どこの国でも子供の憧れの仕事トップ10に相撲が入る。

つまり辺りに居る現地の人を探し話しかければカクカクシカジカすら必要なく、この力士がほかの地域から転移してきたことを理解し、此処がどこの国の何という町の何丁目何番地かまで教えてくれるだろう。

そうすれば後はまた張り手でワームホールを開き帰還するもよし。

現地の相撲協会の行司に頼み元居た場所へ再転位してもらうもよしなのだ。


 力士はそう考え、人を探すため行動を開始する。目をつぶり全神経を耳に集中。

草木の風になびく音にまぎれ人の声のようなものが聞こえる。どうやら前人未到のジャングルというわけではないようだ。聞こえる声的にもここからそう離れているわけでもなさそうだ。

力士は安堵し、声の聞こえる方向へ歩いていく。しかし10mも歩かぬうちに聞こえてきた声が話し声の類でなく、人の、それも婦女子の悲鳴であることに力士は気付く。「いかん!」そう呟くと地を蹴り一息で地上20mの高さまで跳躍。そのまま空中で5秒間滞空。先程まで自分が進んでいた方角に獣道よりはまだましな程度の道を発見する。


 道の上では行く手を塞ぐ様に3人が並び、その前で1人が座り込んでいる。座り込んでいる1人は何かを抱え込んでいるようだ。なお、これらを目視できたのは単に力士の身体能力の賜物であろうと書いておく。一般人なら人がいることなど認識できない距離だ。それらを確認した力士は空中を力強く蹴り、加速。道を塞いでいる3人の目の前に向け空を駆ける。その光景はまるで夜空を駆ける流星が如く。


************************************************


 視点を変え、力士が異世界へ吸い込まれる前まで時間を遡る。

ここはイ=セカイ大陸で3番目に大きな都市、スコ=シトカイ都市。その都市の周囲にいくつかある、村の1つに住む猫獣人のタルフェはいつも以上に慌てていた。

昨年生まれたばかりの娘が突如体調を壊したのだ。普段ならば隣に住む治療術師の所へ頼みに行くのだが、不幸にも今日は留守だ。今日は村の男衆が総出で村の近くに巣食った岩猪の退治に向かったのだ。

 岩猪悪食だ。畑を荒らし、村の大事な収入である都市に卸す為の燃料用の薪木も食べ荒らしてしまう。しかも奴らは鋭い牙をもっている。タルフェの夫も岩猪退治の時、牙に貫かれ病にかかり命を落としたのだ。すぐに治療が受けられれば助かったであろうが、村からは距離があり治療が間に合わなかった。

 それ以降男衆が怪我をしないよう村唯一の治療術師もこれについて行った。なので今この村に治療術師は居ない。このことに困ったタルフェは村長に相談した。


「そ、そそ村長!わた私の子供が急に熱を!どうしましょう!?術師のババ様は岩猪退治に行っちゃてて!!子供が!熱で!」

「あー!分かった!そう怒鳴るな!落ち着け。…ちと困ったな。退治から帰ってくるのは早くても明後日だろう。薬草は試したのか?」

「試しました!飲んでくれたけど、呼吸は荒いままだし、熱も下がらないし……!」

「むうぅ。ならば、……いや、スコ=シトカイ都市からの巡回術師が来るのは来週か。だからといってこれから術師のババを追っても追いつけるかどうか。」

「あ、そっか!都市!村長!私都市まで行ってきます!行って治してもらってきます!!」

「行くってお前、都市行の荷馬車が次に来るのは来月だぞ?」

「だから!私が娘をおぶっていくんです!大丈夫です!今から行けば今日中には着きます!」

「いや、しかしお前、天性の方向音痴ではないか。迷子に……」

「大丈夫です!道から外れなければ迷子にならないって最近気づきました!!道を真っ直ぐ行けば着きますよね!?」

「……いやまぁ、まっすぐ行けば着くが、お前金はあるのか?都市は色々高いぞ?」

「……。……だいじょうぶです!全財産の銀貨2枚があります!」

「足りんわ!?その2倍はかかるぞ! はぁ、しょうがあるまい、足りん分は貸してやろう。お主の夫は村に貢献してきたからな。これくらいなら助けてやるわ。」

「うっわありがとうございます村長!じゃぁ今すぐ行ってきます!今すぐ行けば夕方までには着きますよね!?」

「あぁ、着く着く。行って来い。村を出て道を真っ直ぐだからな。道から外れるなよ。」

「はい!行ってきます!!」


こうして話は決まり、タルフェは娘を布にくるんでおぶり、全速力でスコ=シトカイ都市へ向かったのだ。

全3、4話予定です。

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