不穏な混ぜモノ騒動(7)
どうしてこうなった。
その言葉を、脳裏で何度もリピートする。でも現実は世知辛く、変わらない。
「オクトさん、現実逃避をしても、変わらないよ」
そーですね。
カミュのまっとうなツッコミに、私は遠い目をした。でも現実逃避したいんだもの。目を背けてしまいたいのだもの。
「まったく。貴方ならホンニ帝国まで、もう転移魔法でも来れるでしょうから、次に来る時は必ず馬も連れて来て下さいよ。貴方を乗せた馬が、貴方を恋しがり真面目に仕事をしなくなったと聞いていますから」
いや、もうできるならお家に引きこもって、じっくりと落ち込みたいのでどこにも行きたくないです。そんな事を思うが、カザルズ相手に口で勝てる気がしないので、私は空笑いで誤魔化した。
しばらくは、わざと音信不通になっておこう。ホンニ帝国は遠いし、多分できるはず。
「エリザベス、ジョニー、行きたいよな。ごめんな、連れて行ってやれなくてっ!!」
背後で私との別れを惜しんでいるらしい馬の近くで、馬の飼育員らしき人が男泣きしている。やめて。私の方が泣きたい。
「それにしても動物に好かれやすいと聞いていましたが、まるで伝説のフェロモンの指輪でも持っているみたいですね」
「いや。フェロモンの指輪って何。……かといってソロモンの指輪もそんな便利道具じゃないから」
ソロモンの指輪といえば、動物と話ができる指輪の名前だったはず。動物に好かれる道具じゃない。
もしもソロモンの指輪なんてあったら、私はじゃれつかれたら体格的に命の危険なのだと、じっくり馬に教えている。
「ひひーん」
「ひひひーんっ!」
「ひひーん。ぶるるっ」
「『ふっ、俺は連れて行ってもらえるんだぜ。残念だったな、お2人さん』『くっ、自慢するな、この野良馬め!我らだって、王宮での務めさえなければ』『やめなさい。ノラを貶めても私たちは連れて行ってもらえないんだから。私たちは捨てられたのよ。ううう――』」
「勝手に、心が痛むようなアテレコしないで下さい」
「もちろん心を十分に痛めてもらいたいと思ってやっていますよ。突然帰ると言い出した貴方が悪いと思いませんか?色々やってもらいたいことがあったのに」
思いません。大体、やってもらいたいことって何――いや、聞かない。聞いたら、絶対変なフラグが立つ。
そもそも馬の短い鳴き声の中に、それだけの情報が入っていたらすごいから。カザルズにツッコミどころ満載なアテレコされて、私はガックシと肩を落とす。
混ぜモノ騒動を無事解決した私は、そろそろアールベロ国に帰ることになった。なんでも、カミュは部下を使い、アールベロ国で【第一王子が中々結婚しないのが原因で第二王子が賢者と駆け落ちをしたのではないか】という噂を流したのだ。
元々流れていた噂に追加した形だったので、その噂が王都で広まるのは早かった。さらにそこに【第一王子が、嫁を探している】という噂を追加したらしい。カミュの予定では、帰る頃には程よく第二王子の噂は薄れ、第一王子が自分の噂で首を絞められてんてこ舞いとなっているそうだ。……変な噂を流した第一王子が悪いのだけど、若干同情する。
そしてカミュとは噂が落ち着いたら一緒に帰国する約束をしているので、この度帰ることにしたのだ。
ただ帰ることになってから、行きとは別の仲間が増えた。
その1人というか1頭が、ディノの家に行く途中で現れた馬である。必死に追い払ったが、ひたすら私についてこようとして……最終的に折れた形だ。
もしかしたら、馬同士の会話の中で、『はちみつ色の髪が美味しそうだよな』とか話しているのかもしれないというのに、連れて行かねばならないとは。ある意味ここにソロモンの指輪がなくて良かった。『ちょっとぐらい齧っても大丈夫だろ』とか話していたら、泣く。マジで泣く。あのでかさで齧られるのは恐怖だ。
「でも歩くだけで駿馬を手に入れるとか、普通はないよね。本当にそういうことを言っているのかも」
「違うと思う。あの馬にとって私は人参。確実に魔素目当てだから」
この世界の生き物は魔素がないと生きられない。その為魔素を生み出す混ぜモノや、魔力が有り余って体外に放出しているタイプのヒトは、動物がそれ目当てに近寄ってくる。私の場合はどちらにも当てはまるから、極端に動物が近寄ってくるのだろう。
魔の森でも、簡単に手乗り野鳥とかできたし。……突っつかれて痛いから、早々やらないけど。
「本当に、それだけかな?ほらオクトさんってば、性懲りもなく、また居候増やしたし」
「……あれは、私の所為じゃない」
「先生!聞いてくれよっ!」
噂をすれば影。タイミングよく、帰国する仲間として増えた少年が声をかけてきた。
「ディノ。何度も言っているが、私は先生じゃない」
「先生、諦め悪いなぁ。いいじゃん、減るもんじゃないし」
「減る。確実に、私の精神力が目減りする」
自分が先生なんて呼ばれるほど、崇高な人間じゃないことは、十分承知している。それなのに、先生と呼ばれなければならないなんて、胃がキリキリしてしまう。
「何でだよ。そこの兄ちゃんだって、先生って呼んでたじゃん」
「あれは演技だと教えた。ディノはウイング魔法学校にこれから通うだけで、別に私は先生ではない」
ディノが混ぜモノではないと分かったのだから、町にディノを残しても問題はなかった。もちろん、今までの事もあるわけで、中々いい関係には戻れないだろうが、あの町にはルイがいるのだ。時間はかかるかもしれないが、領主の娘と領主が間に入れば、何とか落ち着くと思う。
しかしあろうことか領主は、密目族の育て方が分からないといい、さらには魔力の強い子供ならば適切な場所で勉強に励むべきだと私に押し付けてきたのだ。……ああいうのを、恩を仇で返すとか言わないだろうか。
しかもディノまで、勉強したいと言い出し……まあ、いつも通りだ。私が流されて、現状に至る。
「俺は先生の下で学べればいいんだけどな。別に学校とか興味ないし」
「興味あるないの問題じゃない。学校なら、バランスよく学べるという話」
確かに、1対1で魔法について学ぶというのはしっかりと身に付くし、悪い勉強方法ではない。しかしあの学校に通っていれば、様々に秀でた先生に勉強を教えて貰え、自分がどの方面に向いているかも分かるはずだ。
さらに言えば、私のようなまだまだな中途半端な者に教わったら、ディノが二流の魔術師で終わってしまう可能性もある。
「ぶーぶー。絶対めんどくさいと思っているだけだろ。先生がものぐさな賢者って呼ばれているって知ってるんだからな」
「……とにかく。すぐに受験は無理だという事も理解はしている。しばらくは居候をしてもいいから、呼び方は改めろ」
そうでないと――。
「ああっ!オクトは、ボクのししょーなのっ!!」
どーんっ!
そんな効果音が聞こえてきそうな勢いでアユムが私に飛びついてきて倒れそうになる。身長こそまだ私が勝っているものの、アユムは毎日すくすく育っていて、下手すると力負けしてしまいそうだ。
「ねー、ししょーっ!」
「……いや。私は師匠じゃないからね」
だからお願い。否定するたびに、うるんだ目で見ないで。心がぽっきり折れそうです。
今回町に行くにあたり、アユムが不穏にならないように、魔法で空間を繋ぎ顔を見て話せるようにした。いわば、テレビ電話みたいなものだ。作戦は順調で、確かに途中までは上手くいっていた。
しかし最後についたオチというか、ディノという少年の出現により、奇妙な化学反応が起こってしまったのだ。
「そうだ。先生、アユムが酷くてさ。ボクのボクの煩いんだよ。先生はアユムのものじゃねーよな」
「ちがうの!ししょーは、ボクの!ディノより先にいろいろ教えてもらっていたもん。だからね、ボクがあにでしなのっ!」
「俺より小さいんだから、弟弟子に決まってるだろ」
「ちがうー!」
「違わないって」
……ぶっちゃけていえば、二人とも違うからね。
私は、アユムを弟子にしたつもりも、ディノを弟子にしたつもりもない。ディノはアユムがムキになるのを楽しんでいるみたいだが、お願いだからこれ以上アユムに変な影響を与えないで欲しい。
実はディノを連れて帰ることになり、そこで初めてアユムと対面させたのだが、アユムは自分の居場所がなくなるかもと恐怖を覚えてしまったようだ。そしてディノが私の自称弟子を名乗ったせいで、アユムまで私を師匠と呼び始めたのである。……アユムの事は家族と思っていたので、突然の変化に私の心はヤサグレそうだ。
「あのね、2人とも――」
「アユムもディノも間違ってるな。オクトは俺のだから」
背中から今度はアスタが抱き付いてきて、私は頭痛がした。
おい。アスタは関係ないだろ。
大人げない大人の登場に、涙が出そうだ。
「……アスタ。お願いだから、子供に張り合うな」
これ以上ややこしくしないで。マジで。
「ちゃんとこういう事は、小さい時から教えておかないと。ディノが変な勘違いをして思春期を迎えたら困るだろ?」
「あり得ないから」
私は、ないないと首を横に振った。そもそも変な勘違いってなんだ。
私に変な執着をしてしまったのはたぶんアスタとエストだけである。とても希少価値に近い状況が、今後起きるとは思えない。私のモテ期はたぶんエストと過ごした学生時代で終了している。
「オクトは、甘い。男はオオカミだと思いなさい」
「……オオカミだって、餌を選ぶ権利はあるから」
あえて不味そうなうえに、際どそうなものは選ばないだろう。私なら仏頂面で性格が悪く、混ぜモノなんていう厄介な出身で、さらにめんどくさい保護者がいる女は絶対選ばない。
うんうん。
アスタは心配性すぎなのだ。
「お、俺は別にアスタ兄ちゃんの邪魔はしないから!むしろ応援するから」
「ディノ……」
アスタに何を言われた。
慌てたように言い募るディノを見て、さらに頭痛がする。……うん。帰ったら、仕事と言って、しばらく引きこもろう。狭い我が家。誰も来ない、深い森。なんて素敵な楽園だろう。
「オクトさんが歩くと、どんどん仲間が増えるね。まるで伝説のハーレムの笛吹みたいだ」
「……いや、そんな笛ないから」
ハーレムじゃなくて、ハーメルンだから。そんな笛があったら、怖いから。
私はカミュの言葉に深くため息をついた。……同居人が増えたけど、家に全員入る事ができるだろうかと、現実逃避をしながら。
こうして私はアールベロ国に無事帰国することになったのだが、我が家がヘキサ兄の手で勝手に落ち着けそうもない豪邸になってしまっている事を知るのはまた別の話である。