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あるいは非日常だったあの瞬間

独自解釈による原作崩壊の始まり。

卒業式が過ぎ。


春休みが過ぎ。


俺は三年になった。


そうなれば以前三年生はもういないわけで、佐祐理さんと舞は当然学校にはいない。


思えば長く付き合ってきたような二人でも、俺が転校してきたのは一月。まだ三ヶ月しか経っていない。まあ舞とはブランクがあるとはいえ十年の付き合いではあるわけだが。


まだ、三ヶ月しか経っていない。


だが、たとえ短くても同じ時間を共有した者との別れはやっぱり寂しい。舞とはやっと再会したのにまた離れ離れだし、佐祐理さんとももっと一緒に過ごしたかった。


だけどこれは今生の別れってわけでもないし、佐祐理さんが卒業式の後に言った「またいつでも会いに行きますね」との言葉通り、会えると思えばいつでも会える。


生きている限りは。



「……」



そんなことを考えながら俺は、新しく自分の教室となった場所に座っていた。


特に何をするわけもなく、ただ窓の外を眺めながら。


俺は今までの経験上、出席番号一番でなかったことはない。今年もその例に漏れず、めでたく席替えをするまでは教室の窓際一番前をキープと言うわけだ。


この学校にクラス替えはなく、新しく三年になったとっても教室以外は何も変わらない。担任まで一緒なのはさすがにやりすぎだと思うのだが。


教室には今誰もいない。ホームルームが終わってもう随分経つので、クラスの奴らは皆帰ったらしい。まだ学校のどこかに、あるいは部活動に行っている奴らもいるかもしれないが、今教室には俺しかいない。


窓の外には見覚えのない生徒で溢れている。まだそんなに学校の生徒を覚えているわけではないが、あそこにいるのはほとんどが新入生だろう。


これからの三年間に期待と不安を抱き、未知数の明日に向けて歩き出す。そんな彼らを歓迎するかのように、辺りには桜が舞っていた。


新入生。


舞い散る桜。


幾分強くなったと感じる日差し。


暖かい気候。


季節は流れ、いつしか春が来ていた。


そういえば、春が好きだったあいつは今どうしているのだろうか。


と、思ったその時。



「相沢さん」



誰もいない教室に、俺以外の声が響いた。


俺を呼ぶ声。


聞いたことのある声。



「少し宜しいでしょうか」



相変わらずの馬鹿丁寧な口調で、天野美汐がやってきた。









あるいは非日常だったあの瞬間









天野とは昔からの付き合いではなく、この学校に転校して来てから知り合った知人だ。


身元不明の記憶喪失者であった真琴の手がかりを握っていた唯一の存在で、真琴がいなくなることも予期していた。


天野とは真琴のことに関して以外はほとんど言葉を交わしてはいない。


と、なれば必然的に何の用かはわかる。



「真琴のことか」


「はい。そのことも踏まえて、まずはお礼を」



教室にやってきた天野を俺は招き、適当な席に座らせながら首をかしげる。


俺は天野に何か礼をされるようなことをした覚えはない。


だが、真琴のことと関係しているとなればある程度想像はつく。



「ホワイトデーのお返し、改めてお礼を申し上げます」


「いいって。というよりあんなことが書かれたものを貰ったら、返すついでにまた話す口実でも作っておかないと気になるだろ」



あんなこと。


そう、天野からバレンタインデーに貰った包装の中には、チョコレートの他にこう書かれた手紙が入っていた。


『真琴の分です。あの子が無事今日という日を迎えていたのなら、必ず貴方に送っていたでしょう』と。


その中でも無事、という言葉が引っかかった。


これには以前天野から聞かされたことを思い出さざるを得ない。


真琴が七年前に俺が世話をしていた狐で、俺が帰ったことを捨てられたと思い恨みを持って化けたということ。


しかしそれも長くは持たず、人間に化けた反動でどんどん衰弱して行き、時期に消えてしまうということを。


そんなのファンタジーだ。だが事実、真琴はその通り熱を出して寝込み、そのままどこかへ行ってしまった。秋子さんや名雪と一緒に何日も探したが、結局見つからなかった。


確かに天野の言うとおりならば辻褄は合う。俺に恨みを持っていたことも、あいつの名前が俺が以前狐に教えた「沢渡真琴」だったということも、熱を出して満足に立つことさえできないはずの真琴が突然どこにもいなくなってしまったことにも。


だけど。



「なるほど。そして、答えがあの手紙というわけですか」


「ああ。何度でも言おう、真琴はれっきとした人間だ。あれは天野のバレンタインデーとして受け取った。自分からいなくなった奴のバレンタインデーまで考える必要はない」



ホワイトデーのお返しと一緒に、そう書いた手紙を付け加えておいた。


狐が人間に化ける? そんなことは御伽話の中だけで充分だ。


現実にそんな奇跡が起こってたまるものか。



「ですが貴方もわかっているはずでしょう? 私の言うことは真実で、それ以外に辻褄の合う説明がつかないことぐらい」


「それを言うなら真琴イコール狐説も説明がつかない。むしろそれよりはよっぽど『思い違いの真琴が記憶を思い出したかなんかで高熱も押して家に帰った』とかの方が説明はつくぞ」



そう。そんな奇跡こそ説明がつかない。


だって、実際に奇跡が起こらなかった少女がこう言ったんだから。



「奇跡は、起こらないから奇跡って言うんだ。だから、信じない」



これが俺の答え。


さすがに目の前で化けられたりしたらさすがに信じるしかないが、残念ながら天野の言うことを実際に見たわけではないし、想像するしかない限りは俺は言い続ける。


奇跡なんてない。常識のワクから外れる事象なんて起こらない。


それが、今俺達が生きている世界なのだから。



「それは、真琴を蔑ろにしているのではないでしょうか?」


「そうも思わない。狐は狐で、真琴は真琴だ。俺はそうとしか思わないし、そう思ってこれからもずっと思い続けてやろうと思う。

 天野のほうこそ、それは狐と真琴の両方を蔑ろにしていることにならないか?」


「……」



無言で、天野は目を伏せる。これ以上の話し合いは無駄だと考えたのだろう。


狐と真琴をイコールとして考える天野と、別の生き物として考える俺。


このまま話してもいつまでも平行線を辿り、譲歩という名の屈折をしない限りその線は交わることはない。


俺と天野は互いに狐と真琴を思い、しかし違う直線を描いてしまった。


スタート地点は一緒なのに、いつまでも交わらない線。


それはどこか、悲しい。



「話は終わりだな。帰るか」


「そう……ですね」


「送ろうか?」


「結構です」



ちらりと教室の外を見ながら天野が立ち上がり、俺もつられて立ち上がる。



「結局、時間の無駄だったな」


「私はそうは思いません。これはこれで相沢さんのあの子への気持ちが聞けたのですから」


「手紙にも書いただろ」


「口で直接聞かなければわからないことだってあります。手紙や雰囲気だけじゃ、伝わるものも伝わりませんよ?」



棘を含んだ言い方。実際それは俺にとっては棘に等しい言葉だった。


痛いところをつく。天野はいつの間にあのことを知ったのだろうか?



「では」



爆弾を残し、天野は去っていく。


追いかけたいところだが、送ることを却下された以上は別行動するべきだと悟り、少し間を置くことにした。


すると、また教室に人が入ってくる。


何か忘れ物か、と言いかけたところでその人物が天野でないことに気づいた。



「やほっ」


「何だ香里か」


「何だとは失礼ね。一緒に帰りましょ」


「……まあいいが」



誘いに応じて、香里と共に教室を出る。


いい時間だしな。すぐ別れるとはいえ、一人で帰るよりはいいだろう。



「香里はこんな時間まで何やってたんだ?」


「貴方をずっと、待っていたの!」


「嘘つけ。ホームルームが終わったらさっさと出て行きやがって」


「あら、待っていたのは本当よ。ずっとではないけど。部活よ部活」


「その部活こそ何をやっているのか聞いてないんだが」


「あら、もう一度同じ言葉を口にさせる気?」


「……もういいです」



廊下を歩きながら、日常的な会話を交わす。さっきまでの非日常な話とはえらい違いだ。



「貴方こそこんな時間まで何やってたの? まさかずっと天野さんと教室にいたとか」


「待て、天野とは少し話していただけだ。ずっと教室で窓の外眺めながらぼんやりしてただけ」


「……まあいいけど。どんな話してたの?」



少し考えて、考えるまでもない結論に達する。



「道を歩いていると、捨て猫がいたとする」


「へぇ?」


「その猫が次の日いなくなっていたらどう思う?」


「誰かに拾われたか、自分でどこか歩いていったんじゃない?」


「そういう考えもあれば、もしかしたらその猫は突然何かの奇跡で消え去ってしまったかもしれない」


「……そんなこと天野さんと話してたの?」


「ああ」


「ふーん」



あ、この顔は信じてないな。概ね間違ったことは言っていないのに。



「それより香里、天野とは知り合いなのか?」


「そうでもないけど。バレンタインデーの時に貴方天野さんからチョコ貰ってたでしょ? その時クラスの子にあれ誰って聞いて教えてもらっただけ。天野さんは私のこと知らないと思うわ」


「俺が誰からチョコ貰ったのか気になったのか?」


「馬鹿ね、貴方みたいな変人早く見限るように言ってあげるためよ」



うわ、ひでぇ。



「でも天野にその気はないみたいだぞ。義理だって言ってたし」



正確には橋渡しだが。



「まあそうでしょうね。けどあの子、案外貴方のことわかってるじゃない」


「ん、なんでだ?」


「貴方が名雪の返事を保留してるの知ってたみたいだし?」


「……ほんとはやっぱりずっと待ってたとか?」


「教室に戻ってきた時にちょうど聞こえただけよ」



タイミングばっちし。


むしろ最悪。



「結論を先延ばしにしていては待ってる側は苦しいだけよ。貴方も男なんだからちゃっちゃと決めちゃいなさい」


「……そうだよな。今夜にでも、言うか」


「それがいいわよ」



話しているうちに玄関口までたどり着く。


靴を履き替え、外に出た。


風が冷たい。日差しは確かに温かいが、まだまだ冬の名残は残っている。


春が来て、ずっと春だったらいいのに、か。


真琴にまた会ったら、そんなにいいもんでもねーぞと言ってやりたい。


なあに、その内また会えるさ。


生きている限りは、また会えるチャンスだってある。


俺は真琴が消えたなんて信じない。あいつは自分の意思で家を出て行った。そう信じる。


そうじゃないと、まだどこかで生きているかもしれない真琴が可哀想じゃないか。



「……? どうしたの相沢君。急に立ち止まっちゃって」


「あ、ああ悪い」



どうやら思考にふけってしまっていたようだ。


また歩き出し、校門まで来てまた立ち止まる。香里とは家が反対なのでここでお別れだ。



「じゃあね相沢君。また明日」


「ああ。また明日」



また明日。明日会うことを前提とした言葉。


病気や事故でも起こらない限り、俺達はまた明日会うだろう。


同じ時間を共有しているから。



家に帰り、真琴の部屋を開けてみる。名雪はまだ帰ってきてないみたいだった。


漫画は整頓され、散らばっていたお菓子は秋子さんが片付けてくれた。


ベッドのシーツは定期的に換えてあるらしく、真琴のお気に入りだった寝間着が綺麗に畳まれてその上に乗っている。


これでいい。これならいつ真琴が帰ってきてもすぐこの部屋を使える。


狐として帰ってくるなら、部屋なんていらない。


だけど真琴は人間なんだ。


生きているか死んでいるかもわからない。だけど、突然消えたのならばまた帰ってくると信じて。


待つ。


それが、天野に対する答えでもある。


どちらが正しいのかはわからない。どちらも正しくないのかもしれない。


だけど。


消えたなんて無責任なことを言わず、ただ生きて帰ってくることを待ち望んだっていいじゃないか。


だから真琴。



帰ってきてくれ。



帰ってきて、俺に奇跡なんてあるはずないって、言ってくれ。



じゃないと、栞は……



「祐一、どうしたの? ……わ、凄い顔」



いつのまに帰ってきたのか、名雪が制服姿で部屋の前にいた。


そんなに俺は酷い顔をしているのか。



「ちょっと、嫌なことを思い出しちまってな……もう大丈夫だ」


「そう? 無理しないで今日は早めに寝たら……」


「それより名雪。言わなきゃならないことがある」



今日返事をすると決めた。


俺がどんな状況であろうと、名雪にとっては関係ない。ただ待つのみ。


そんなことではだめなんだ。待たせるのは悪い。期待を持たせたままなのも……もっと悪い。


俺は気を取り直し、できるだけ傷つけない言葉を選ぼうとするが、結局率直に言うことにした。



「悪い名雪。俺はお前のことをいとことして、家族としてしか見れない」



泣くかもしれない。もう口を利いてもらえないかもしれない。だけど仕方がない。これが俺の答えなんだから。


俺は、自分の気持ちに嘘はつけない。



「うん、わかってたよ」



しかし名雪は予想に反して笑顔でそう言う。


本当は苦しいのかもしれないが、それでも表情を崩さず言葉を続ける。



「返事、聞けてよかった。聞かないと前に進めないもんね」


「名雪……すまない」


「謝らないで祐一。それに私はまだ諦めない。だって私は、祐一のことが好きなんだからね」



臆面もなく言う。笑顔のままで。


そこにはまぎれもない名雪の『強さ』があった。



「じゃあ、私は着替えてくるね。祐一も着替えた方がいいよ。すぐにご飯だろうから」


「ああ」



名雪はそういい残し、部屋のドアを閉める。


ドアの向こうで名雪がどんな表情をしているのかはわからない。


だけど、たとえ向こうで泣いていても俺は慰めるべきではないと思う。


名雪は言った。前に進むと。


そう言った以上は名雪は自分で立ち直り、また俺に挑戦してくるつもりだろう。


なら、それを俺が手助けしてやる必要もない。


自分で立ち直り、自分で進むしかないんだ。



「まいったな……俺が慰めて貰う立場になるとは」



思わず口に出してしまった。


名雪にはそういった他意はないだろうが、俺にはその言葉にハッとした。



いい加減、断ち切ろう。



香里は言った。


決別。


過去にとらわれることなく、ただ真っ直ぐに栞の死を受け止めるという意味での。



名雪は言った。


前に進む。


過去にとらわれることなく、ただ真っ直ぐに自分の思いをぶつけるという意味での。



どちらも同じことだ。


過去と決別し、それを受け止めて前に進む。


俺の周りの二人がそう言ったんだ。


ならば、今度は俺の番なんだ。



進もう。


前に、進もう。


俺は真琴を待つ理由を間違えていた。ただ、奇跡なんて起きないと言って欲しかっただけなんだ。


けれど、それは違う。そんな気持ちで待っていては真琴に失礼だ。栞にも失礼だ。


奇跡は起こらない。起こらないから栞は死んだし、真琴はまた帰ってくる。それでいいじゃないか。


ただ家族として、家出女を待つ。それだけだ。



もしかしたら、俺は心のどこかで栞が生き返ることを望んでいたのかもしれない。


そんな奇跡が起きると思いつつ、否定するために奇跡なんて起きないと繰り返していただけなのかもしれない。


なんて滑稽。起きないと言っている奴が一番起きて欲しかったくせに。


香里に説教して、自己満足だと貶めて、その自分が前を向いていないじゃないか。


だけどそんな俺とはもうおさらばだ。


生きている限りはまた会える。だから真琴にはまた会える。栞とは会えない。それが現実。それでいい。



「……よし!」



俺は立ち上がり、真琴の部屋を後にする。


そして自分の部屋に行き、制服から私服に着替え、前も言った言葉を改めて口にした。



「さようなら、栞」



次に真琴に会ったら、文句の前にまず言ってやろう。


おかえり、真琴、と。



口元は、もうすっきりしていた。

来年中に完結……できればいいなあ。

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