第12話 小早川秀秋視点
関ヶ原の戦が終わり、
人々はわしを“天下を決した裏切り者”と呼ぶ。
だが、わしはそんな大層な悪者ではない。
ただ、流れに身を任せて生きてきただけの結果にすぎぬ。
幼い頃から、わしは“関白殿下の甥”として祭り上げられた。
殿下の膝の上で笑えば、
大人たちは「さすがは殿下の甥御」と褒めそやし、
少しでも失敗すれば、
「豊臣の名を汚すな」と叱られた。
わしは、ただの童であったのに。
殿下の周りには、
笑顔の裏で刃を隠すような大人たちが集まっていた。
治部殿も、内府殿も、
皆、わしを“駒”として見ていた。
わしは、そんな世界が怖かった。
だから、わしは人を傷つけたくなかった。
誰の味方にも、誰の敵にもなりたくなかった。
ただ、静かに、穏やかに生きたかった。
だが、わしは“運が良かった”。
殿下の甥として生まれ、
毛利の一門に迎えられ、
小早川家の当主となった。
わしは努力したわけではない。
ただ、運が良かっただけだ。
だからこそ、
わしは時勢に逆らうことができなかった。
逆らえば、
誰かが傷つく。
誰かが恨む。
誰かが泣く。
わしは、それが怖かった。
だから、流れに任せた。
治部殿がわしを排除しようとすれば、
「そういう時勢なのだ」と受け入れた。
内府殿がわしを取り込もうとすれば、
「そういう流れなのだ」と頷いた。
毛利が揺れれば、
「いずれ落ち着くだろう」と静かに見守った。
わしは、
自分の意思で動いたことなど、
ほとんどなかったのかもしれぬ。
関ヶ原の松尾山でも、
わしはただ、
“流れが決まるのを待っていた”。
動けば誰かが死ぬ。
動かなければ誰かが死ぬ。
どちらを選んでも、
わしは人を傷つける。
その事実が、
わしには耐えられなかった。
だが、
流れはわしを押し出した。
黒田の密使、
稲葉と平岡の焦り、
内府の視線、
治部の不信、
毛利の揺らぎ――
すべてが、
わしを“動かざるを得ぬ場所”へ追い込んだ。
そして、わしは動いた。
その結果、
大谷殿は散り、
西軍は崩れ、
毛利家は減封され、
小早川家は大大名となった。
わしは褒められ、
加増され、
“天下を決した者”と呼ばれた。
だが――
わしは、そんなものを望んだことは一度もない。
わしは、ただ自由でいたかった。
ただ、人を傷つけたくなかった。
だが、
わしの選んだ“流れに任せる生き方”は、
多くの者を振り回し、
多くの者を傷つけた。
わしは、
わし自身の生き方すら、
悩ましく思う。
良かったのか、悪かったのか。
正しかったのか、誤っていたのか。
強かったのか、弱かったのか。
その答えは、
わしにはわからぬ。
ただひとつだけ言えるのは――
わしは、
わしなりに必死に生きたのだ。
それが、
この乱世に生まれた若者としての、
精一杯であった。
ほんに、人の生というのは、悩ましい。




