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0番街で会いましょう  作者: 川住河住
第3章

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第32話 仕事だから仕方ない

 ステージで披露されていた音楽とダンスが終わり、着ぐるみと女がテントへ戻っていく。

 ようやく終わったか。

 しわだらけのスーツの内ポケットからタバコを取ろうとする。

 だが見つからない。

 駅に着いて最後の一本を吸ったことを思い出して舌打ちする。


『みなさんお待たせしました。【あおぞら朗読劇 0番線商店街】を始めたいと思います。

 本日の演目は【モミジロウくん、0番街へ行く】です。

 秋葉市のゆるキャラ、もみじの妖精モミジロウくんが0番街に遊びに来てくれました』


 ようやく本日のメインイベントが始まる。

 子どもたちは期待に胸をふくらませ、大人たちも心が浮き立つ。

 これから登場する声優・天ヶ沢玲を近くで見ようと前に出て行こうとする。


 沼田は、その場に留まる。

 玲の容姿は見慣れているし興味もない。

 同い年くらいの女優やアイドル、モデルならもっと綺麗な奴がたくさんいる。

 オタクたちは美少女声優ともてはやすが、業界では大したことがない。せいぜい田舎の女子高生の中では、かわいい程度だろう。


 玲の魅力は声だ。

 しかし古いスピーカーのせいでその声は、本来の魅力を半減させている。

 こんな田舎町では、まともな機材が用意できないことはわかっている。

 しかし沼田は、タバコが吸えないことや宣伝工作がバレたこともあったので余計にイライラさせられる。


「なんでもいいからさっさと始めろ。玲を出せ。あいつの声を聴かせろ」


 足を踏みならしながら苛立いらだちを吐き捨てる。

 その想いが風に乗って通じたのか、モミジロウくんが再びステージに登場する。


『まっかな体は夕焼けいっぱい浴びたから! 

 まっかな心はみんなに応援されたから!

 雨風だってへっちゃらさ! 

 今日も明日も元気モミモミ! モミジロウ!』


 相変わらずスピーカーから流れる雑音混じりの玲の声。

 ひどく耳障りだ。

 だがそれもすぐに終わる。

 このすぐ後に玲も登場してくるだろう。

 なぜならあいつは、まじめで責任感が強くて仕事に手を抜かない声優だから。


『みんなー! こんにちはー! 

 秋葉山から風に乗ってきたよー!

 みんなに会えたのがうれしくてダンスまで見せちゃった!

 今日は、ボクの恋人のモミコちゃんに呼ばれてここまで来たんだ!

 だけど、モミコちゃんはどこにいるんだろう? 

 かくれんぼしてるのかな?』

 

 予想に反して朗読劇が始まった。

 なんの問題もなく予定通りに進んでいく。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 沼田が天ヶ沢玲を初めて見たのは、オーディション会場だった。

 事務所の社長が都会に出て来られない地方の若者たちのためにチャンスをあげたいと毎年開催しているものだ。


 だが実際は夢見る応募者たちからオーディション参加費を巻きあげることが目的である。応募者数百人のうち、合格させるのは一人か二人。年によっては全員不合格ということもある。


 汚いやり方だとは思うが、悪いことだとは思わない。法律には違反していないし、この業界に限らずどこもやっていることだろう。利益を出さなければ会社はつぶれるだけ。生きるためには金が必要だから。


「天ヶ沢玲です。小学6年生で地元の劇団で役者をやっています。よろしくお願いします」


 その年の最年少応募者だった。

 しかし小学生の応募者は珍しくないし、劇団で子役をやっているという声優志望もよくいる。本人にはやる気がないのに親が勝手に応募することも多い。

 ただし玲は、本気で声優になりたいから自分で応募したと熱弁していた。


 結局、その年は玲だけが合格した。

 若くて見た目もそこそこいいから上手く育てれば売れるだろう、というのが理由だった。社長の決定は絶対なので、沼田は文句も言わずに従う。


 沼田は、子役上がりの声優が嫌いだった。

 自分は声優ではなく役者だと豪語する自尊心の高さ、声優の仕事を下に見る傲慢ごうまんな態度が鼻につくからだ。また、自身が役者としても声優としても目立った成果を出せなかった過去もあるため、わずかなひがみも含まれている。


「おはようございます! 天ヶ沢玲です! よろしくお願いします!」


 沼田の偏見をよそに玲は礼儀正しかった。

 まじめで熱心に仕事をこなす姿勢は、どんな現場でも好感を持たれた。この業界では、えらい人間に嫌われると仕事をもらえないことが多い。だが玲は、年相応の明るさを発しながらも大人びた態度で周りの人の心をつかんでいった。


「玲! アニメのメインヒロインの役がもらえたぞ! やったな!」


 いつしか沼田も心をほぐされたのか、名前で呼ぶようになっていた。担当している声優の中では、玲が一番の稼ぎ頭だ。あの時の社長の判断は、どうやら間違っていなかったらしい。


「ありがとうございます。いつも沼田さんが仕事を取ってきてくれるおかげです」


 事務所に所属してからすでに一年以上経っても、玲は感謝の気持ちを忘れない。

 最初はまじめで謙虚な性格でも人気が出て売れていくうちに、自尊心が高くなり、傲慢になっていく声優を何人も見てきた。そんな奴らの末路はいつも決まっている。けれど玲には、そんな心配がまったくなかった。


「お前の芝居の上手さが評価されたんだよ……」


 沼田はうつむきながら嘘をつく。

 どうしても相手の目を見ることができなかった。


 このアニメの製作委員会には、所属声優数人分の履歴書とボイスサンプルを提出した。だが彼らはボイスサンプルを聴かず、履歴書の年齢と顔写真だけを見て決定した。


 この業界ではよくあることだ。

 特にアニメは、若くて顔のいい人が選ばれやすい。

 音楽ライブや握手会などのイベント出演もあるから仕方ない。

 そう、これも仕事だから仕方ない。


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