第四十三話「勘違いの解消」
セラは使用人としてイグマリート家にやって来た。
だが、なにぶん急な雇用となったため使用人服などはまだ手配できていない。
昨日採寸を終えたところなので、仕上がるまでしばらくかかる。
その間、セラは一応「客人」として迎え入れられている。
――というのは建前の話。
父は、まだあの家がセラを利用して何か攻勢を仕掛けてくるのでは、と疑いを持っている。
セラ本人は報されないまま、わざと勘当する流れに持って行って利用している……なんてことを考えているのだ。
私としては、その可能性は低いと思う。
ウェルギリウスはセラがあそこまで反発するとは思っていなかっただろうし。
本当に機嫌を損ねて、あの場で唐突に切り捨てたように見えた。
ただ、貴族の――特に公爵家の面の皮の厚さは父の方がよく知っている。
父がそう言うのなら、対策をしておくに越したことはないだろう。
その一環が、客人として迎え入れることだ。
「娘がイグマリート家の奴らに誘拐された!」なんて言いがかりをつけて来られても「いやいや、うちは保護していただけですよ」と言い訳が立つ格好にしている。
このことはセラ本人は知らない。
知れば彼女はまた自分を責めるだろうし、最悪出て行ってしまうかもしれない。
あの家が完全に「セラを見捨てた」と確定するまで、しばらく彼女の立場は客人のままだ。
「……」
セラが扉を閉める。
私たちが入ったときもそうだったが、長らく使われていなかった扉は立て付けがやや怪しく、蝶番がギギィ……とさび付いた音を出した。
「……」
セラは何を言うでもなく、ゆっくりと視線を彷徨わせている。
彼女に合う服が無いので、急遽お姉様のものを借りて――羨ましい!――いるためか、やや手足の丈が合っていない。
ぱっと見ではお姉様と同じくらいに見えたが、身長はセラの方が高いようだ。
「……」
何か言いたそうにしつつ、会話のきっかけが掴めず口をぱくぱくさせている。
そういえば、セラは私のことを嫌ってるんだったか。
嫌いな相手のところに来て何をしようとしているのだろう。
……こちらから話しかけた方がいいだろうか。
「何かご用ですか? 掃除がまだ終わってないのですが」
「……レイラ妹。いえ、ソフィーナ」
初めてセラに名前を呼ばれたことに驚いていると、彼女は続けて膝を床に置き、両手をついて頭を下げた。
「ごめんなさいッッッ!」
「…………へ?」
▼
「どうしたんですかいきなり」
あまりに急すぎる謝罪に、私もノーラも思わず硬直してしまった。
「セラ様っ! そこ、まだ掃除終わってないですよ!」
「様付けはやめてください。先輩」
「……先輩」
にへ、とノーラの顔が崩れる。
それも一瞬のことで、すぐにハッと表情を引き締める。
「まだセラ様の立場は貴族ですよ! 頭を上げてください……!」
「いいえ。ソフィーナから許しを貰うまで、この頭を上げるつもりは無いわ」
「……とりあえず、事情を教えてもらえませんか。どうして謝られているのかさっぱり分かりません」
今回のイベント、私はほとんど傍観していただけで、セラとも積極的に関わってはいなかった。
だから彼女からの好感度も「嫌い」のままになっているはずだが……。
私の知らないところで何かあったのだろうか。
「ここ数日、私はレイラと……」
「セラさん。頭上げてもらえますか」
「いいえ。あなたから許しを――」
「声がくぐもって聞こえにくいんです。普通の姿勢で話してもらえませんか」
「……」
セラは少し迷うような素振りを見せた後、ゆっくりと顔を上げた。
本当に床まで頭を下げていたようで、額と鼻に黒い汚れが付いている。
「ノーラ」
呼びかけると、ノーラはそれだけで何をして欲しいか察してくれた。
ハンカチを取り出し、セラに手渡す。
「はいセラ様。これでお顔を拭いてください」
「……悪いわね」
ハンカチで顔の汚れを拭い取ったあと、セラは改めて私に向き直った。
「私、あなたのことを勘違いしていたの」
「勘違い、ですか」
たぶんアレのことだろうなと予想しつつ、首を傾げてみせる。
「レイラのことを嫌っていて、陥れる隙を虎視眈々と狙う性悪な妹だって、ずっと勘違いしていたの」
やっぱりそうか。
セラが私のことをどう思っているかは既にノーラから聞いているが、今の私が知る由もない情報だ。
なので、知っていることは表に出さず、大仰に驚いてみせる。
「ええ!? どうしてですか」
前のめりになって聞き返すと、セラは申し訳なさそうに視線を落とした。
「理由はいろいろあって……貴族は姉妹仲が悪いってよく言うじゃない? 実際、私もリネアと仲が良くなかったし、あなたもレイラを嫌っているのかなって……」
「私とお姉様が仲良くしてる場面、見てましたよね?」
フィンランディ家とはループ前にパーティで会っている。
その頃は自己嫌悪にも陥っていなかったので、ただ純粋にお姉様を慕っていた。
「レイラを慕っているフリをして油断を誘っているのかなと思って見ていたわ」
「四歳でそんなこと考える訳ないじゃないですか」
「けど、五歳でレイラから婚約者の座を取ったわよね?」
「うっ」
予想していない方向から殴られたように、私はうめいた。
「その報せを聞いて『ああ、やっぱりソフィーナはレイラの立場を狙っていたんだわ』って確信を持ったの」
「……」
「それにあなた、本心を見せない感じがしてて。いつもヘラヘラと薄ら笑いを浮かべて何を考えているか分からなくて、何か企んでますって気が常にしていたの」
確かに。
内情を知らない人間が見れば、どこからどう見ても姉の立場を奪う妹そのものだ。
ヘラヘラして……とか、何か企んで……の部分に関しては「はいそうです」と言うしかない。
ずっと、セラは私に対しての当たりが強いと思っていた。
実際、強くなっていたのだ。
Aルートで彼女と接していたら、あんなにも毛嫌いされていなかっただろう。
なぜなら、オズワルドを奪っていないから。
当時の私はセラにしてみれば「影の薄い妹」程度の認識だったはず。
セラに嫌われる原因を作っていたのは、他ならぬ私だったらしい。
「…………あれは仕方なかったんです。私の理想を体現した理想の殿方が目の前に現れたので」
「入学式では殿下のことをそういう風に見ているようには見えなかったけれど……」
オズワルドに対する嫌気は表に出さないように努めていた。
そのはずだったが、野生の勘か何かで感じ取られていたらしい。
「ほ、他の理由は何かあるんですか?」
慌てて話題を逸らすと、セラはさして気にした風もなく話を再開した。
「……本」
「本?」
「ううん、なんでもないわ」
他の理由についてセラは口を噤んだが、何を思ったのかは予想できる。
お姉様や自分を『聖なる乙女と純白の騎士』の登場人物に重ねていたように、私のことも重ねていたんだろう。
しかし、それを口に出すと恥ずかしい。
いい年して「空想と現実を混同しているなんて」と笑われるのでは――と思っているのかもしれない。
そんな風に思ったりしないが、あえて突っ込むことではないだろう。
「実は、入学式の時もあなたを疑っていたの」
「そうなんですか?」
「私をイグマリート家に入れて、今度はどんな悪巧みをするつもりだろうって。そんな悪い妄想に囚われていた私を、レイラが諭してくれたの」
「お姉様が?」
セラの思い込みを壊したきっかけを作ったのはお姉様らしい。
「ソフィーナに気を付けたほうが……って言ったの。そしたら」
――私の妹に対してそんなこと言わないで。怒るわよ
「――って言われて、ハッと目が覚めたの。レイラがここまで信用しているということは、私が勘違いしていただけなんだって」
そう言ったときのお姉様はどんな顔をしていたのだろう。
なんとなく、初めてお姉様に怒られた馬車小屋のことを思い出した。
お姉様は私を馬鹿にしたり、疑う人には本気で怒る。
それがたとえ、本人であっても。
「そのことを謝りたくて」
再度膝を折り、セラが土下座の姿勢を取ろうとする。
それよりも早く、私は答えた。
「許します」
「……いいの?」
「はい。私がセラさんだったら、同じ勘違いをしていたと思いますから」
にぱ、と笑みを浮かべ、握手の手を差し出す。
「お姉様のためを思ってしてくれたことでしたら、私は嬉しいですよ」
「ソフィーナ……ありがとう」
セラは両手で包むように私の手を握り返した。
「お姉様のお友達になってくれて、ありがとうございます」
「……! ソフィーナ、あなた本当にいい妹ね!」
「ぷぎゅ」
感極まったのか、セラが強めにハグをしてくる。
押し潰されたカエルのような声が出てしまう。
「レイラの一番の友達だって胸を張って言えるよう、これから頑張るわ! 見守っていてね!」
「ふぁい」
何はともあれ、私への勘違いも解消されたようで良かった。
残る懸念はフィンランディ家がどう動くかだけだ。




