第二十八話「心の負担」
<ソフィーナ視点>
「方針が決まったね。あとはどうするか、だけど……お茶会に招待するとかはどうかな」
「相手がフィンランディ家じゃなかったら理想的な方法だな」
繰り返しになるが、イグマリート家とフィンランディ家は仲が悪い。
お姉様は私が説得すれば理解を示してくれるかもしれない。
だが両親は別だ。
セラを家に招いたりなんてしたら、せっかく良くなった家族仲がまた崩壊する危険性すらある。
「そっか。そこも考えないとだね」
「セラの心境を改めて話してもらうことも必要だな」
私たちはセラの気持ちを知っているが、他の人たちは――本人も含めて――そうではない。
だから改めて気持ちを吐露してもらわなければならない。
「セラが素直に自分の気持ちを喋ってくれるとも思えないなぁ……」
潜入中のセラの様子を思い浮かべているのか、ノーラがうぬぬ……と唸りながらこめかみを押さえる。
話を聞く限り、セラは相当に話し下手で、自己表現が苦手らしい。
公爵家ともなると話相手は目上か下ばかりで、対等な相手はそう見つけられるものではない。
そんな環境に居るのだから、当然と言えば当然か。
私も対話能力は高くないので、なんとなくセラの気持ちが分かった。
ループして日が浅い頃は、なんでもない相手と喋ることにも苦労していた。
十分間雑談して相手を足止めする、なんてイベントで詰みかけたことを思い出す。
「方法が分かって簡単だと思ったけど……実はけっこう難しい……?」
お姉様とセラが友達になる。
言葉にすると簡単だが、その道のりは決して単純ではない。
当人同士だけの問題では済まないからだ。
家の関係を考えなければいけないし、仮に――本当に仮に、お姉様とセラがきっかけでフィンランディ家と和解する、なんてことが起きてしまったら。
均衡を保っていた公爵家の力関係が崩れることになる。
そうなったら今度は他の公爵家が黙っていないだろう。
「そもそもレイラはセラのこと、どう思ってるんだろうね」
「……あまりいい印象はないと思う」
「あの二人って会ってるの?」
「ああ」
公爵家の子供は五歳になると、国王陛下にお目通りするイベントがある。
同い年の場合、そこが同時に初顔合わせの場となる。
「けど、明確に嫌ってるってこともないはずだ」
いい印象がない、というのはあくまで「セラがフィンランディ家の人間だから」というのが理由のはず。
セラ本人については私と同様、影の薄い存在くらいに捉えていたと思う。
「まずはそこをはっきりさせるところからだね。レイラに聞いてみよっか」
「その前にやることがある」
「……? 何かあったっけ?」
椅子から立ち上がるノーラに、私は、ぴっ、と指を立てた。
「休息だ」
「休息……? どうして?」
眉をひそめるノーラ。
ループを共有しているとはいえ、あまり酷いものは経験していないから当然と言えば当然の疑問か。
「ループで体の状態はリセットされるけど、心はそうじゃないだろ」
ノーラの主観でここ最近の出来事を振り返れば分かる。
フィンランディ家という高ストレス下で、繋げると一ヶ月以上も労働していた。
極めつけに、最後は殺されかけたときている。
これで心に負担が生じていない訳がない。
今は平気でも、徐々にそれが身体の不調へと変わるだろう。
「心配してくれてありがと。でも私は元気だよ」
袖をまくり、ふにゃふにゃの腕で力こぶを作る真似をするノーラ。
私はきっぱりとNOを突きつけた。
「ダメだ。今日一日……いや三日間、労働禁止。絶対安静。これは主人としての命令だからな」
「そんなぁ……」
「焦るな。時間はあるし、お姉様への聞き取りは私でもできる。適材適所、だろ?」
「……ううーん。分かったよ」
若干納得がいっていないようだったが、頷いてくれた。
頑固な時はテコでも動かないが、基本は素直に従ってくれる。
私を信頼してくれている――と思うことにしよう。
「じゃあお言葉に甘えて、お休みさせてもらうね」
「ノーラ」
「なに?」
ふいー、と伸びをしてから扉へと向かう背中に声をかける。
「眠れなかったら私の部屋に来て良いからな。しばらく鍵は開けておく」
「……なにそれ。子供じゃないんだから、一人で寝れるよ~」
ぷふ、と笑ってから、ノーラは手をひらひらさせて部屋を出た。
▼
ノーラからもたらされた情報は、私にとって驚くものだった。
まさかセラがフィンランディ家の思想と反する考えを持っていたとは。
他の公爵家はずっと一枚岩とばかり思っていたので、予想さえできなかった。
Aルートでは、私が学園を卒業した後に国内の体制を大幅に改革していた。
具体的に言うと、他の公爵家の爵位剥奪。
実質的な家潰しだ。
その頃にはセラはいない――彼女は卒業後、行方を眩ませる――ので、直接的な関わりは本当になかった。
復讐を警戒していた時期もあったが、結局彼女が行動を起こしたことは一度もない。
だから本当に邪魔にならない存在として、ほとんど認識もしていなかった。
――もし、私がAルートでも「相談」していたら。
「お姉様の力になってくれ」と頼んでいたら。
彼女は力を貸してくれただろうか。
セラの協力がAルートで得られていれば。
どうしようもないほど行き詰まりを感じていた中にも打開策があったかもしれない。
……また、私は道を間違えていたのかもしれない。
出来ないくせに自分で全部やろうとして。
一人で全部抱え込んで。
「……過ぎたことを考えるのはよせ」
自分の頬を叩き、負の方向に脱線しそうな思考を仕切り直す。
全部「たられば」の話だ。
セラは私のことを嫌っているようだし、相談しても聞く耳を持ってもらえなかっただろう。
そう思うことにする。
今考えるべきは、目の前のBルートを、そして入学イベントをどう乗り越えるかだ。
方法はノーラが見つけてくれた。
お姉様とセラを友達にすればいい。
「――まずは聞き取りからだな」
セラがお姉様をどう思っているかは分かった。
次はお姉様がセラをどう思っているかを確かめよう。
まずは一歩ずつ。
諸々の問題はその後に考えよう。
▼
さっそく私はお姉様をこっそりとお茶に誘った。
こっそり、というのは母に気付かれないように、という意味だ。
以前はどこでお誘いの言葉をかけても母が参加することはなかったが、今は「じゃあ私も混ぜてもらおうかしら」なんて言うようになった。
そのため、聞かれたくない話をする時は少しだけ注意が必要になってしまった。
家族仲が良いことの、数少ない弊害だ。
……害と言うよりは贅沢な悩み、だろうな。
お姉様だけを誘い、テラス席で他愛のない雑談に興じる。
「お姉様が学園に入学したら、もっと忙しくなるんですよね」
「まだ入ってないからなんとも言えないけれど……たぶんそうなるわね」
「こうして気軽にお茶にお誘いできるのも、あと少しなんですね……」
「大丈夫よ。忙しくても時間はちゃんと作るから」
机に突っ伏す私の頭を、優しく撫でてくれるお姉様。
不思議なもので、お姉様にこうして触れられるだけで減っていた色々なものが回復していく気がする。
お姉様は私専用の癒しの力の使い手だ。
「私もソフィーナとのお茶会が楽しみなんだもの」
「ありがとうございますお姉様。――そういえば、専攻学科は魔法を選ぶんでしたよね」
ほどよく話をしたところで、さりげなく本題に入る。
「ええ、そのつもりよ。ずっと我慢していた分、思いっきり学ぶわ!」
頬を紅潮させるお姉様。
オー爺により、お姉様は三年ほど魔法の使用を禁止されていた。
魔法の才能に対して身体の成長が追いついていなかったために取られた措置だが……本人にとってはかなりの辛い三年間だったようだ。
「魔法と言えば、セラさんと同じクラスになりますよね」
「――そうね。同じになるでしょうね」
「私が心配するようなことではありませんが、大丈夫でしょうか」
友達になってください! と言いたいところだが、なってしまったらそれはそれで家の騒動が起きてしまう。
かなり言い方が難しかったので、色々な意味を込めて「大丈夫か」と問うた。
「大丈夫よ。セラもところ構わず喧嘩を吹っかけてくるような性格じゃないだろうし。お互い分別のある無難な距離を保てると思うわ」
緊張関係ではあるが、共生はできる。
お姉様の所感はそんなところだった。
「逆に、お友達になりましょうって言われたらどうします?」
「ええ? ……想像できないんだけど」
「例えばの話ですよ」
お姉様はティーカップを口に運ぶ手を止めた。
テラスには心地よい風が吹き込み、お姉様の長くて綺麗な髪をふわふわと揺らしている。
神の世界には「スマホ」とかいう道具があるとノーラは言っていた。
千変万化する機能の中に「カメラ」というものがある。
現実世界を切り取って絵画より鮮明に保存できる機能らしいが、もしそれが手元にあったなら、この一瞬を切り取ってしまいたいくらいに綺麗な光景だった。
「……そうね」
しばらく思案していたお姉様が、お茶で喉を潤してから口を開いた。
「友達になるのは難しいと思うわ」
「どうしてそう思うんですか?」
「だってフィンランディ家よ? 裏があると思っちゃうじゃない。私から何か情報が漏れてお父様やお母様に迷惑をかけたくないし」
「もし裏が無かったらどうでしょう」
「セラに悪意がなかったとしても、あの家はそれを利用しようとすると思う」
的を射た感想だった。
私も、ノーラの情報が無いままセラが「お友達になりましょう」なんて言う場面を見たら絶対にそう思っていただろう。
「……ですよねー」
「やけにセラのことを気にしてるわね。何かあったの?」
「いえいえ。お姉様と同い年ですし、フィンランディ家だから気になっちゃって」
やはりセラとお姉様が友情を結ぶのは、相当に難しいと改めて感じた。
▼
「さて、どうしたものか……」
夜。
寝る時間はとっくに過ぎていたが、私はベッドの中でずっと思案し続けていた。
「露店にお姉様も連れて行ってセラと会わせるか? いや、あんな場所じゃ本心を話すなんて無理だよな……」
ゴールという山は見えているのに、そこに至る道が森に覆われているような感覚。
こういう時の攻略法は――
「ひとまず今回はお姉様を説得してみるか。その次はセラを同じように説得して、次は二人とも説得。その次は……」
結局、ループ能力を使った手探りの力技しかなかった。
詰めチェスの正解を総当たりで探していた頃となんら変わりない。
物語の主人公なら天才的なひらめきであっさりと解決するだろうが、私はこういう手段しか取れない。
「私も、ノーラみたいだったらな」
ノーラはたった三回でセラの信頼を得て、探していた答えに辿り着いた。
あいつは自分のことをすごいと思っていないみたいだが――とんでもない。
私が同じ条件で潜入していたら、三十回はかかっていただろう。
やはりノーラは主人公なんだな、と改めて感じた。
そんなことを考えていると。
扉の方から音がした。
控えめすぎて軋みかと思ってしまうくらいにか細いノックの音だ。
扉の向こうに誰がいるのか、予想はついていた。
「――開いてるよ。入れよ」




