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最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います  作者: 八緒あいら(nns)
第六章 入学編

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第二十七話「兄と妹」

「……今日は風が強くて声が聞こえにくいな」


 セヴェリウスはわざとらしく空を見上げた。

 そよ風がさわさわと裏手の木々を揺らしているだけで、声が聞こえにくいなんてことは決してない。


 それをやり直しの区切りにして、セヴェリウスはもう一度繰り返した。


「さあセラ。その使用人を殺せ」

「できませんッ」


 同じ言葉に対して同じ返答をするセラ。


「なぜできない。そいつは密偵だぞ」

「確かに腑に落ちない点はあります。ですが、密偵だと決まったわけでもありません」

「なら、そいつを私に寄越せ。半日で洗いざらい吐かせてやる」


 セヴェリウスが私に手を伸ばそうとする。

 彼の視線から守るように、セラが私を抱きしめた。


「何のつもりだ」

「ノーラは私の専属です。私がやります」

「お前では情に(ほだ)されて判断を誤る可能性がある。中立な立場で話を聞く人間が必要だと思わないか? それを私に任せてくれ、と言っているんだ。さあ」

「ですからッ」


 反論を重ねようとしたセラが、びくりと震える。

 セヴェリウスの表情が、能面みたいに変化していた。


「妹の分際で兄に逆らうと?」

「あ……」


 セラの体が小刻みに震えはじめる。

 実の兄であるはずのセヴェリウスに、はっきりと恐怖の感情を抱いている。


「さっさとそのメイドを寄越せ」

「!」


 それでもセラは従わなかった。

 祈るように目を閉じ、震えながら声を絞り出す。


「止めて下さいお兄様……。もう、私の大切な人を奪わないで……」

「――少々、怖い物言いになってしまったね。すまない」


 手で顔を覆った次の瞬間から、セヴェリウスはまた優しい笑顔に戻っていた。

 まるで、取れてしまった「笑顔」の仮面を付け直したみたいに。


「セラ。ここは私に任せてくれないか? 心配なんだ。兄として」


 手で、くいっ、と私を渡すようなジェスチャーをする。

 口調と表情は優しいものに戻ったけれど、私を連れ去ろうとする意思は揺らいでいない。


「その言葉を信じた結果、マルタは殺されてしまった」

「マルタ……? 誰だそれは」


 セヴェリウスが首を傾げると、セラは怒りと悔しさを滲ませ、歯の隙間からうめくように続けた。


「使用人たちの名前も覚えてないのですね……。私の乳母係だった人です」

「――ああ、あいつか」


 つまらなさそうに、彼は吐き捨てた。


「お前に良くない教育を施していた人間など、殺されて当然だろう」

「……ッ!!」


 ギリ……と、セラの口から奥歯を噛み締める音が聞こえた。


「あの人は、マルタは、人として本当に大切なことがなんなのかを教えてくれた人です。それを……!」

「その目。まだあの女の洗脳が解けていなかったんだな」

「洗脳されているのはお兄様の方です」


 セヴェリウスは息を吐き、残念そうに頭を振った。


「我々はフィンランディ家一族だ。魔法を極め、より高次の人間を目指す探求者。『当たり前』に染まっていては上は目指せん」

「魔法を使えない人間を差別することと、魔法を極めることは別です。お兄様もお父様もお母様も……みんな、魔法使いという優越感に浸っていたいだけではありませんか」

「……」


 どうやら、過去に乳母の人が原因でいろいろな騒動があったみたい。

 その詳細を知ることはできないけど……これだけははっきりと分かる。


 セラはこの家の思想に染まっていない。

 おそらく思想に染まる前に、乳母の人から「普通の教育」をしてもらっていたんだろう。

 だから試練も拒否した。


 人を殺さないことがセラにとっての「普通」だから。


「冗談のつもりだったんだが……まさか本当に、フィンランディ家としての自覚が足りていないとは。兄として悲しいよ。セラ」


 顔を覆い、大仰に嘆き悲しむセヴェリウス。

 けれどちっとも声が揺れていない。

 まるでお芝居を演じているみたいで、白々しさすら感じる。


「母上もさぞや悲しむだろうな」

「……ッ」

「お前は女だ。試練すら乗り越えられない臆病者でも、学園に入り、良い魔法使いを婿に迎えればと、密かに期待を寄せられていたというのに。そのような腐った思想に汚染されていては、その役目すら果たせそうにないな?」


 セラの体の震えがどんどんと強くなる。

 期待に応えられない罪悪感と、嫌われる恐怖。それらが一体になり、肌を通して私に伝わってくる。


 いつかのレイラと同じように、セラも家族のことが――特に、お母さんが――好きなんだろう。

 公爵家で、家族の期待に応えなければならないという重圧を日々受けている。


 『聖なる乙女と純白の騎士』の、サナとセリーヌにシンパシーを感じた理由がよく分かる。


「……駄目なのですか」

「なに?」

「魔法を使えない人間と仲良くなっては、駄目なのですか。優しくしては駄目なのですか」


 ぎゅ……と。

 セラが私を抱きしめる力を強めた。

 守るためのようでもあり、(すが)るようでもある。


「私たちも彼らと同じ、人間なのに」

「同じではない」


 まるで氷の刃を突き立てたのかと思うくらいに鋭い言葉の刃が、セラの意見をばっさりと斬り捨てた。


「我々は精霊に選ばれし者だ。そいつらは選ばれなかった。お前は猿と人間を同列に扱うのか?」

「お兄、様……」


 セラの言葉は、セヴェリウスにまるで届いていない。

 何を言ったとしても、彼らには響かない。


 セラのおかげでようやく体の冷えが収まってきた。

 動ける。


「……」


 私は立ち上がり、二人の間に立った。

 通せんぼするように、両手を広げる。


「お前、何のつもりだ?」

「これ以上セラ様を傷つけるのは止めて下さい」


 セヴェリウスが氷の魔法使いで良かった。

 怖すぎて足も手もぶるぶる震えまくってるけど、ぜんぶ寒さのせいにできるから。


「これは教育だ。私がセラを傷つけるような魔法を使ったか?」

「それ以上に酷いことをしています。実際にセラ様はこんなにも深く傷ついておられるじゃありませんか。クレフェルト王国四大公爵のひとつ、より高次の人間を目指されているはずのフィンランディ家長男セヴェリウス様ともあろうお方が、そんなことも分からないんですか?」

「……何だと?」


 私のことを虫か何かみたい目で見ていたセヴェリウスが、はっきりと表情を歪ませた。

 怖い。怖い怖い!

 けど、言わないと気が済まない!


「セヴェリウス様がしていることは教育ではなく暴力です。これ以上セラ様を傷つけることは私が許しません」

「……ノーラ」

「――お前、不快だな」


 セヴェリウスが呪文を唱えると、私の足先から氷に覆われていく。

 食らった瞬間に理解した。




 これ、死ぬやつだ。




「あ、あ……! やめてお兄様! お願い!」


 セラが魔法で氷を溶かそうとするけど、体を覆うスピードの方が早い。


「全部私が悪かった! 再教育も受ける! もう逆らったりしない! だからお願い、ノーラは……!」

「セラ」


 泣きじゃくるセラの涙を、まだ動く手ですっと拭う。

 こんな表情にさせるつもりじゃなかったけど、結果的に私のせいでこうなっちゃった。

 ソフィーナの時もそうだ。

 ヒロインの体を借りているのに、主人公みたいにかっこよく誰かを助けることができない。


 それが悔しくて、もどかしい。


「ごめんね」


 下半身が氷に覆われた。

 この時点で、残る上半身も冷気が伝わってほとんど動かせない。

 それでも力を振り絞って、精一杯の笑顔を浮かべる。


 視界がジリジリとしたノイズに覆われていく。

 セヴェリウスが匂い袋を破ってから、ちょうど()()


「待ってて。次はぜったい、助けるから――」


 死ぬ前にループが発動したのか。

 それとも死んでからループが発動したのか。


 最後の記憶が曖昧で覚えてないけど、間に合ったということにしよう。



 ▼ ▼ ▼


 私は持ち帰った情報をソフィーナと共有した。


「なるほど。セヴェリウスに床に転がされて、さらに全身を凍り付けに……ね」


 あらかた聞き終わったソフィーナが、すっと立ち上がった。


「ちょっとフィンランディ家に行ってくる」

「待って待って!」

「大丈夫大丈夫。セヴェリウスと軽く()()するだけだから」


 顔はにこにこしてるけど、血管が浮き出まくってて鬼○の刃のキャラが怒ったときみたいになってる!


「ソフィーナ顔怖い! 落ち着いて!? ほら深呼吸しよ? すー、はー」

「……すーーーーー、はーーーーー」


 呼吸をしたタイミングでソフィーナを座らせ、お茶を入れ直してお菓子を補充する。

 それらを口に運んで、どうにかなだめる。


「……ありがと。冷静になったよ」

「よかった」


 止めなかったらどうなってたんだろ……。

 考えただけで怖い。


「私は大丈夫だから。それよりセラのことだよ」

「フィンランディ家の思想に染まっていないってのは意外すぎたな」


 セラは誰に対しても無関心で、やむなく接した相手にも冷たい態度を取っていた。

 あれは本人の不器用さもあるけれど……家族に思想の違いがバレないよう、あえて突き放していたんじゃないかな。

 考え方は違うけれど、それでも家族のためになりたいっていう気持ちもあったみたいだし。


 セラのことを深く知れた今、これまでの態度の裏であの子が何を考えていたのかが、よりはっきりと想像できる。


「公爵家としての重圧に応えようとしていた……か。確かに以前までのお姉様と境遇が似ているな」

「そう。だから今まで関わろうとしなかったんだよ」


 直接関わってしまうと、友達になりたい欲が出てくる。

 そうなったら自分だけでなくレイラにも迷惑がかかる。

 だから心の中の繋がりだけに留めていたんだと思う。


 繋がりどころか、レイラを頑張る拠り所にしていたのかもしれない。

 あの子が頑張っているから私も頑張ろう! みたいな。


「今のルートでお姉様に関わった原因は」

「シナリオが変わって、()()()()()を得なくなったから」


 今のルートでは、レイラは魔法を専攻することになっている。

 セラも当然、魔法専攻だ。

 同じ学科なんだから、物理的な距離も近くなる。

 今までのような「関わらない」が難しくなってしまった。 


 よりシンパシーを感じたセラは、もしかしたら入学式で我慢できなくなって、密かに「友達になりましょう」と言おうとしていたのかもしれない。


「けど、それは打ち砕かれた」

「家族仲の良い場面を見たから」


 家族に冷遇されているとばかり思っていたレイラが、お父さんとお母さんと仲良くしているシーンを見てしまった。


 同じ境遇と思って心の拠り所にしていたレイラが、実は自分の思い込みだった。

 セラの境遇や心境を考えると……そのまま受け止めることは難しい。

 自分の心を守るために「裏切られた」と思うようになっちゃったんだろう。


 表向きはツンケンしていたけど、それは自分を強く見せるための張りぼて。

 一歩踏み込めば、セラはとても傷つきやすい女の子だから。


「……お姉様にあんなことをしたんだから、タダでは済まさないと思ってたんだが」


 はぁ、とソフィーナは両手で顔を覆った。


「それを聞かされると、何とかしてやりたくなるな」


 その言葉には、レイラのためとは別の意図が含まれているように感じた。

 ソフィーナもループ前は家族に冷遇されていたから、セラの境遇を聞いて何か思うところがあるのかな。


「となると……私のことを嫌ってたのも演技ってことか」

「ソフィーナに関しては……たぶん、本当だと思うよ。レイラと仲悪いって勘違いしてるっぽいし」


 『聖なる乙女と純白の騎士』において、サナの妹クラウディアはざまぁされる側のキャラだった。

 たぶん、セラはソフィーナのことをそういう風に見ている。


「……」

「落ち込まないで!? 誤解を解けばいいだけだから! ね?」

「別に落ち込んでない。誰に嫌われようが気にしてない」


 と言いつつも軽く凹んでいるソフィーナを慰める。


「……まあ何にせよ、攻略法は見えたな」

「うんっ」


 イベントの敵として立ちはだかるセラを無力化する方法。それは――。


「セラとレイラを友達にする」

「セラとお姉様が友達になる」


 私とソフィーナは同じ結論に辿り着いた。

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― 新着の感想 ―
いつも更新ありがとうございます。 なるほど乳母さんの教えだったんですね。 マルタさん…丸太さん…名前が… 「そうだ!魔法が無ければ筋肉鍛えればいいじゃない。お父さんに鍛えてもらおっと」 かくして筋肉…
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