第四十八話『王都決戦! 黒い炎を破れ!(その3)』
「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
インモーハミダスは叫び声を上げながら、地中からの噴水によって空中へ押し上げられた。
右手に握っていた黒い炎の魔力剣が水しぶきの中で形を失くしてゆく。
「王都の土は、どうやら俺の味方みたいだな!」
暗がりの中で、むき出しになったチンタローの下半身のみが微かに光を放っていた。
尻を露出させたまま、ゆっくりと身体を起こすチンタローの背中をシリーゲムッシルは無言で見つめていた。そして、あることを思い出していた。
それは、数時間前の閣議における保健衛生大臣の報告――王都の下水で僅かに水質改善が見られるという報告だった。
人は誰でも食べて飲み、排泄する。それはチンタローとて同じことである。
チンタローが王宮付近のトイレで小便をすれば、下水道にはチンタローの尿――聖なる力を持った尿が流れる。
シリーゲムッシルが目の前の光景を前に考えられるものはそれだけだった。
一方、インモーハミダスは閣議の途中でベンピァック要塞からの報告を受けて国防省へ戻った為、保健衛生大臣の報告を聞いていなかった。
ややあって、遠くで何かが落ちる音が轟いた。
インモーハミダスの巨体が地面に落下するのと同時に、モミーナとネイピアを抱え上げていた岩石巨人たちが力を失い、膝からくずおれた。
ようやく地面に降り立ったモミーナとネイピアは一瞬だけ顔を見合わせると、モミーナはチンタローのもとへ、ネイピアはウォシュレのもとへ走った。
やがて、王宮前で横隊を作っていた巨人の本隊も全て前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
「や……やった……いっっ!?」
激痛に覆われた身体に触れるものがあった。
右からは優しく、左からは乱暴に。
「はっはっはっ! チンタロー、大丈夫か? ところでお前、前から思ってたけどいい尻してるな!」
「無駄話すんな! まだ戦いは終わってないんだゾ!」
両側から肩を持ち上げられ、火花が散る目で前方を見据える。
駆けつけたモミーナがその傍らに立ち、双刀を構える。
土煙の中から、ゆっくりとインモーハミダスが立ち上がった。
インモーハミダスはチンタローの視線を受け止めた後、左右に視線を送って僅かに眉をひそめた。
その口が動いて何事か呟くのが見えたが、三十メートノレ先ではその言葉までは聞き取れなかった。
左肩を支えるミャーコの耳がぴくり、と動いた。
チンタローの耳には聞こえなかったインモーハミダスの声もミャーコの鋭敏な耳には聞こえたようだった。
モミーナの長い耳もインモーハミダスの言葉を聞き取れたらしく、僅かに身体を震わせた。
ミャーコは一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めてチンタローに目配せした。
チンタローは小さく頷くと、息を大きく吸って、叫んだ。
「インモーハミダスさん! これが最後の警告だ! もう降参してくれ!」
肋骨も肺も激痛を放っていたが、せき込むのをこらえてインモーハミダスの瞳をじっと見つめる。
「殿下……! 侍従騎士ネイピアが参りました。もうご心配はいりません」
「うぅ……ネイ……ピア……?」
意識が朦朧とするウォシュレにそっと駆け寄り助け起こしたネイピアはしばしチンタローの背中を見つめた後、インモーハミダスへと視線を移した。
辺りに静寂が訪れる中、インモーハミダスが不意に口元を歪ませた。
「何を言うかと思えば……戦いを知らぬ小僧が。私に勝ったつもりでいるのか」
「インモーハミダス卿! もう、ここまでにしてくれ!」
チンタローの背後から突然、シリーゲムッシルが叫んだ。
「君が私をどう思っていようと、私にとって君は――」
「黙れ!!」
シリーゲムッシルの言葉を遮り、インモーハミダスが左手をかざした。
「やめろ!! インモーハミダスさん!!」
チンタローがマッスロンとミャーコを振り切ってインモーハミダスの前に立ち塞がった。
インモーハミダスがシリーゲムッシル目がけて繰り出した闇の嵐が、股間を丸出しにしたチンタローを直撃した。
「うぁぁぁぁぁ!!」
「なっ……!? 莫迦なことを!!」
インモーハミダスはチンタローの蛮勇に驚きながらも、攻撃をやめようとはしなかった。
黒い魔力の奔流を受けたチンタローの身体は徐々に後ずさりを始めた。チンコをインモーハミダスへ向けようと股間へ手を伸ばそうとするが、全身の激痛と魔力の勢いでそれすらできない。
チンタローが受け止めきれなかった魔力が四散し、あちこちで黒煙が上がる。
たまりかねたようにインモーハミダスが歯噛みした。
「チンタロー……! お前たちはアナルニア人ではない。ネイピア様を守ってくれた恩もある。抵抗をやめるならば見逃してやる」
「な、なんだって……? まだ、自分が有利だと思っているのか……!?」
チンタローは必死に虚勢を張ったが、インモーハミダスは苛立たしげに眉根を寄せた。
「周りを見るがいい。岩石巨人を無力化したところで、お前たちに勝ち目はない!」
チンタローはそっと周囲を窺った。
先ほどまで自らの肩を支えていたマッスロンとミャーコは膝をつき、意識を保つだけで精一杯の様子だった。
モミーナは辛うじて両足で立って刀を構えてはいたが、顔色は真っ青で刀の切先は震えていた。
ネイピアの様子まで確認する余裕はなかった。後ろを振り返れば、倒れてしまいそうだった。
強大な闇の魔力の中でどれほど戦い続けられるかは元より分からなかったが、闇の嵐の影響で遂に限界が訪れたのだ。
「チンタロー。恩人と思えばこその頼みだ。お前こそ降伏することだ。我が命に賭けて、仲間たちの安全は――」
「断る!」
言葉の途中で拒否されたインモーハミダスが再び歯噛みした。それと同時に闇の嵐が勢いを増した。
「ええ加減にせえや、こん小僧が!! ただの通りすがりが! 何故こうもワシの邪魔ばする!? こん国の為に命ば賭ける理由が、通りすがりの貴様にあるか!!」
「あるさ! あんたの言う通り、俺はただの通りすがりだからな!」
「何やと!?」
「俺には、あんたみたいに大切な過去なんかない! あるのは今だけだ!」
「今だけ、やと……何ば言いよるとか」
闇の嵐の勢いが一瞬だけ衰えた。その隙に両手をチンコに添え、インモーハミダスへと向ける。
「俺は頼まれたんだ! 王女殿下に、この国を守ってくれって! あんたに、ネイピアさんを守ってくれって! ヴリーリァに、この国を守ってくれって! 俺は何故ここにいるのかも分からない、ここにいていいのかすら分からない! だったら、自分に役目を与えてくれた人の為に、自分を必要としてくれた人の為に! 自分を信じてくれる仲間の為に! やれるだけのことをやるまでだ!」
チンタローのチンコが輝きを増した。
「俺は今、この瞬間の為に戦ってるんだ!」
「せからしか! その口、塞いでくれる!」
インモーハミダスは左手から闇の嵐を繰り出しながら、右手を天にかざした。
「うっぐ……にゃぁぁぁっ……!」
「大丈夫か、ビャアコ!?」
頭を押さえるミャーコの肩をマッスロンが支える。
「魔力が……ものすごい量の魔力が集まってるんだゾ……!」
「なんだって!?」
ミャーコが顔を上げた。インモーハミダスの頭上へ急速に黒い雲が集まっていた。
「アナルニア中の要塞から、魔力を集めてるんだゾ……! チンタロー! 気をつけろ!!」
「おう!!」
チンタローは威勢よく返事をしたが、それも虚勢だった。インモーハミダスが操る魔力の量に比べて、自身の聖なる力は全く足りないことは分かっていた。
集まった黒雲から降り注いだ靄がインモーハミダスの右手に吸い込まれ、左手から放たれる闇の嵐が勢いを増してゆく。
辺りに暴風が吹き荒れ、チンタローとインモーハミダスを除く全員が地面にしがみついた。
どこからか飛んできた近衛兵の盾がチンタローの傍らの地面に突き刺さった。
チンタローは静かに呼吸を整えると左足を半歩前に進め、右足を半歩後ろに引いた。
「俺のチンコ……輝けるチンコよ! 嵐の中でも輝け! 輝きチンコ撃ち!」
叫びと共に、インモーハミダスへ向けたチンコから闇を切り裂く強い光が迸った。
「ぬぅぅっ!?」
黄金の光の奔流が闇の嵐を押し返し始める。
インモーハミダスの険しい顔に困惑の色が加わった。
「フッ……チンコしか武器を持たぬお前に、この私が倒せるとでも思っているのか?」
「ハッ! あんまり自信はないね! それでも……やらないわけにはいかない! やってみなくちゃわからないだろ!」
「……もはやお前と話すことはない。アナルニアに溢れる全ての魔力をぶつけてくれる!!」
インモーハミダスの叫びと共に、闇の嵐が更に勢いを増した。チンコからの光線でこれを防ぐチンタローの身体がじりじりと後ずさる。
それでも闘志を失わないチンタローのまっすぐな眼差しを受けたインモーハミダスの瞳が僅かに揺れた。
チンタローは全身の激痛に耐えて呼吸を整え、インモーハミダスの瞳を静かに見据えた。
不意に、どこからか草木の匂いを感じた。
インモーハミダスの瞳の中に、一人の少年の姿が見えた。
年齢は十歳前後か、黒い髪のかわいらしい少年だった。
次第に少年の周囲の情景が浮かび上がってくる。少年の祖父母であろうか、二人の老人が屋外のテーブルに食器を並べているのが見えた。
皆、笑顔だった。
少年は食器を並べるのを手伝っていたが、やがて何かに気づくと嬉しそうに走り出した。少年の向かう先に、白い礼服を纏った長身の紳士がいた。
黒い髪に切れ長の青い瞳の、壮齢の美丈夫だった。
その男の顔に、どこか見覚えがあった。
戦いの最中であることも忘れて、その光景から目が離せなくなった。
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「辺境伯様! 辺境伯様やろ!」
少年が溌溂とした声で目の前の紳士に呼びかけた。
テーブルの前にいた老人たちが慌てて少年のもとに駆け寄った。
「こら、ソラン! なんちゅう失礼なこつするったい! 申し訳ありません、閣下! 孫が大変な失礼を……!」
「まったくやわ! ほら、ソラン! 閣下に謝りなっせ!」
ソランと呼ばれた少年の頭を押さえながら、二人の老人――祖父母が慌てて頭を下げる。
「あっ……ご、ごめんなさい……」
「はははは、気にしなすな。元気でよか子や……さて」
紳士が居住まいを正し、一本の筒を取り出した。
「こん青空と大地で作られたもんば表彰するとやけん、こぎゃんして青空ん下で渡すべきやろう」
少年――ソランと祖父母が居住まいを正すのを待って、紳士が筒の中から一枚の書状を取り出し両手で広げた。
そして大きく深呼吸をして、口を開く。
「最高金賞……! 第三十回王都ワインコンクールにおいて、インモーハミダス農園のワインはその優れた品質で最も優秀な成績を収め、多くの来場者を楽しませた。よってここにアナルニア王国第二百二十三代国王クミトリー九世の名において最高金賞を授与し、その名誉を讃えるものである。国王陛下の名代として、クソシタール辺境伯――ヨータス=レーストゥルムが本賞状を授与す……おっと」
紳士――ヨータスが音読をやめた。
不思議に思ったソランの肩に温かい雫が落ちた。
ソランの傍らで祖父母が涙を流していた。
「はははは、そぎゃん泣きよったら涙で賞状が濡れてしまうな」
「も……申し訳ありません……こぎゃん栄誉に預かるるとは……夢のようで……!」
「そうか。おい、後でお前が賞状ば渡してやれ」
「うん!」
ヨータスがしゃがんで賞状を差し出すと、ソランは両手で恭しく受け取った。
「お前のじい様ばあ様は、アナルニア一のじい様ばあ様や。大切にせえや」
「うん!」
ソランが嬉しそうに賞状を眺めていると、ヨータスがその頭を優しく撫でた。
「きれいか空、豊かな大地、うまかワイン、勤勉な領民。ほんなこつワシは幸せ者や」
ヨータスは優しく微笑むと、ソランを抱き上げ肩に乗せた。
「閣下! そんなことまで……ソラン、早う降りれ!」
「はははは、よかよか」
ソランの祖父に笑って言うと、ヨータスは肩の上のソランを見上げた。
「どうや。よか眺めやろ?」
「うん!」
ヨータスとソランの目は緑の広がるブドウ畑と木々の茂る山々へと向けられていた。
「クソシタールは、ほんなこつ綺麗かところや。お前もそう思うやろ?」
「うん、辺境伯様。僕もここが好いとるばい」
「そうか。ワシの宝はこの自然と、お前たちや。こぎゃんして青空の下で笑顔で語り合える時が一番、幸せや」
ヨータスは屈託ない笑顔で言った。
「宝……? 辺境伯様はお城にたくさんの宝物ば持っとるって聞いたばい。それよりも?」
「当たり前やないか!」
ヨータスが人差し指でソランの額をちょん、と突いた。
「金銀に宝石、絵画に彫刻。どれも素晴らしいが……お前たちと、この自然と、綺麗か女たち……ゲフン!」
「辺境伯様?」
「ゲフン、ゲフン! あぁ! なんでもない! とにかくワシはお前たちと、この自然が大事やっちゅうことや。やけん……」
ヨータスはソランの目を見て、ソランの祖父母の目を見て、にっこりと微笑んだ。
「この自然も、お前たちのことも……必ず守ってやる。何があっても、な」
ヨータスの笑顔は見ているだけで心が温かくなるような、優しい笑顔だった。
この笑顔をずっと見ていたい――。そう思った。
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「!?」
インモーハミダスが異変に気付いた。
チンタローの目から涙が溢れていた。涙の溢れる目で、こちらを見つめていた。
「やめろ……私を見るな。見るな……ワシを見るな!」
インモーハミダスが叫んだ瞬間、上空から降り注ぐ黒い靄――闇の魔力が途絶えた。
「なっ……くっ!」
上空の黒雲とインモーハミダスをつなぐ糸は途切れたが、それでもインモーハミダス自身の身体には魔力が残っている。
右手からも闇の嵐を放とうとチンタローにかざした、その時――。
「うっ……!?」
インモーハミダスの右手から凄まじい勢いで黒い靄が立ち昇り、黒雲へと吸い込まれていった。左手から放つ闇の嵐は勢いが弱まり、徐々にチンタローのシャイニング・チンコ・ブラストに押されてゆく。
「ば……莫迦な……! 何が起きて……」
「言っただろう! やってみなくちゃ分からないって!」
チンタローは横目で一瞬だけ、ミャーコの様子を窺った。
ミャーコはチンタローの意図を察し、首を横に振った。
「これ……お前のエナジー・ちゅーちゅードレインじゃないのか?」
「見ての通りミャーコは踊れないし、闇の魔力はマズくて吸い取れないんだゾー」
「じゃあ一体……」
「チンタロー! 助けに参ったぞ! フフッヒ」
あの特徴的な声が、周囲に響き渡った。




