縁切り神社の呪い巫女
卯山神社は地元じゃそこそこ有名な縁結び神社である。
曰く、
「やば。あそこマジ心霊スポット」
「サークル仲間で肝試しに行った直後、先輩の五股が発覚してサークル潰れた」
「彼氏彼女がいる人は近寄っちゃダメ、絶対」
「お参りすると一生結婚できなくなるらしい」
などなど。
卯山神社は縁結び神社である。
しかし人々はこう言う。
卯山神社は最凶の縁切り神社である、と。
高継紅音は大阪府枚方市にある卯山神社で代々神職を担う高継家の一人娘であり、巫女だ。
長く瑞々しい黒髪。百合の花も恥じ入る白皙の頬。くっきりとした二重まぶたの下にある、印象深い大きな瞳。すれ違う者は振り返らずにはいられない……否、迫力さえ感じさせるその美貌に思わず道を開けてしまう。彼女の行く先では人混みがモーゼの十戒のように割れる。
幼い頃からそうだった。そのうえ周囲の者たちは、彼女をこう呼んで後ろ指を指し、遠巻きにした。
縁切り神社の呪い巫女。
そうして注目を浴びれば、わざわざ寄ってくる者も現れる。
小学四年生の時にクラスのリーダー格だった女子児童は、目立つ容姿の紅音を一方的に敵視し、何かと突っかかってきた。
「高継さんってさぁ、存在自体が縁起悪いよね? わたしはうちのパパとママみたいな幸せな結婚がしたいから一緒の班になりたくなぁい」
などと聞こえるように陰口を叩いていた彼女は数ヶ月後、親の離婚により遠方へ引っ越していった。なんでもダブル不倫の泥沼バトルの末、両親どちらも新しいパートナーとの暮らしを優先して娘は祖父母に押しつけたらしい。
中学に上がると、一層美しさに磨きがかかった紅音は男子生徒たちの視線を掻っ攫うようになる。
とはいえモテすぎちゃって大変などということはなく。噂を知る者は恐れて近寄らず、知らぬ者はその美貌に圧倒されてただ遠くから眺めているだけ。女子生徒たちは触らぬ神になんとやらで必要最低限の関わりしか持とうとしなかった。
そんな中でも、やはり我こそはという者がいた。
「俺、呪いとかそういうの信じないし。紅音ちゃんめっちゃ可愛いじゃん、俺と付き合ってよ。今度の試合で紅音ちゃんのためにゴール決めてくるからさぁ。約束な」
勝手な取り決めを押しつけてきたのは一学年上のサッカー部員だった。交友関係はすさまじく広く、先輩後輩他校の区別なくあっちこっちの美人に手を出し唾を付けている男で、紅音に対してもコレクションを蒐集するような感覚で近づいてきたようだった。
そして試合前日。彼は学校の階段から転がり落ちて足を骨折し戦線離脱した。紅音のクラスは校外学習に行っていてその日は不在だったため揺るぎないアリバイはあったものの、むしろそれが呪い巫女という二つ名に箔を付ける結果となった。件の彼が呪いヤバイ呪いコワイと喚くようになったのも一因している。
当然と言うべきか、紅音には友人と呼べる人間はいなかった。
いないまま、新たに迎えた桜の花咲く季節。
「おはよう紅音! まさか高校でも同じクラスになるなんて、やはりわたしたちは運命のライバル!」
高校生になった紅音におかしなテンションで絡んできたのは友人ではない。知人だ。
名は添泉光都。光都と書いてライトと読む。長身で凜々しい顔立ち。短くまとめた髪。自由選択できる制服でスラックスを穿いており、一見すると麗しの美少年といった風貌だが女子生徒である。
男女関係なくモテる彼女は昔から学園の王子様とマドンナを兼任してきた。本人もそれを良しとする性格で、とにかく自分大好き人間なのだ。
出会いは小学五年生の夏。紅音のクラスに転校してきた光都がいきなり紅音をライバルと呼んだ。
目立つことが大好きな光都は衆目を集める紅音に謎の対抗意識を燃やし、以来ずっと絡んでくるのだった。呪われるよと周囲が心配するのもお構いなしである。
「おはよう! 紅音! おはよう! お! は! よう!」
紅音がガン無視を決めていると歌劇団の男役みたいなポーズを連続で繰り出しながらぐいぐい近寄ってきた。かつて紅音を疎んできた者たちのような悪意を持った絡み方ではないのが彼女の良いところだが、この鬱陶しさは彼女の悪いところだ。
自分の席でスマホを眺めている紅音に光都はむぅっと頬を膨らまし、その手元を覗き込む。
「ねーねー、紅音ってば。何見てるの?」
「ダウ平均株価」
端的に答えると光都はぽかっと口を開けて首を傾げた。
「だぅ……?」
「ニューヨークダウよ」
「なんかよくわかんないけど女子高生になって第一声がそれでいいの?」
「何か問題? 親権者の許可さえあれば未成年でも投資はできるのよ。買える銘柄に限りはあるけれど」
「いや、そういうことではなくて」
何か言いたげな光都だったが、廊下のほうから光都くぅんと甘ったるく呼ぶ声がして軽やかにそちらへ向かっていった。入学早々女子生徒たちを虜にしているようだ。壁ドンしながらの「どうしたの子猫ちゃん」に、きゃっきゃと歓声が上がる。
それを一瞥もせず紅音は株価を眺めていた。
呪い巫女という二つ名を持つ紅音だが、その性格は淡白で冷ややかだ。呪いなんて実にくだらないと思っているし、陰口を叩かれて痛めるような繊細な心も持っていない。
単純な話だ。親の不倫からの離婚で引っ越していった彼女に関して言えば性根の悪い娘の親もそれなりという話だし、骨折した先輩は単なる本人の不注意でしかない。参拝したらサークルが解散したとかいう噂も、五股などしていればいずれ破綻してバレるに決まっているわけで、それを人のせいにされても困る。
そう、困るのだ。だって卯山神社は縁結び神社であるのに縁結びの御守りはさっぱり売れない。結婚式の依頼もない。七五三やお宮参りは古くからいる氏子が稀に来るものの、これが夫の親の主導によるものであった場合、子供の母親――嫁はだいたい泣きそうな顔をしているか恨みがましい目で夫を睨み続けていることがほとんどだ。そういった家庭は嫁姑問題も起こりやすい。そうして抱いた恨みはやがて積もり積もって離婚に繋がり、やはりあそこは縁切り神社だという認識が広まっていく悪循環。
そんなわけで卯山神社の経営は常に厳しい。
結果として紅音は強い金銭感覚を身につけた。
紅音のスマホに示された、投資で儲けた残高は着実に増え続けている。
京都府八幡市と大阪府枚方市の狭間、そのぎりぎり大阪寄りに卯山神社は鎮座する。
社叢林に囲まれた校庭ほどの敷地。一部が苔むした石鳥居を潜るとまっすぐ延びた石階段がある。境内の最奥、その先に再び階段があってようやく拝殿及び神楽殿、そして本殿という配置だ。
敷地内には高継家の住居と蔵も建っており、本殿の裏手からなら車も入ることができる。
本殿は近畿地方でよく見られる春日造りで特にこれといった特徴はない。階段横の手水舎も実に平凡。
だがしかし、そんな中で異彩を放つ場所があった。絵馬掛所である。
それはそれはもう、えげつない。誰と誰が別れますように、なんてのは可愛いほうだ。実名入りで人の不幸を願う絵馬が鈴生りになっており、とてもではないがお見せできない。モザイク必須。
さらに境内を取り囲む社叢では、少し足を踏み入れるだけでそれがすぐに見つかる。
五寸釘で打ち付けられた呪詛の定番アイテム――藁人形である。




