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チェーホフの銃
「人生とは物語だよ」
スパイとして暗躍してきた師匠はいつもそう言っていた。
私は極秘資料庫のドアを蹴破り、腰のホルダーから拳銃を抜いて、みすぼらしい背中に狙いを定めた。
「まいったな、まさか君に見つかるとは」
ほとほと困り果てたような顔をした師匠が両手を上げた。
「その拳銃は私があげた物だろう」
セーフティーは常に解除している。師匠の教えだ。引き金に触れる指先に力がこもる。
「撃てるのかい」
「撃たなければいけません」
「任務のため、祖国のため、裏切り者への粛清。あるいは失望、そんな理由なら」
「違います。あなたがこの拳銃を私に贈ったからです」
「ははっ、ここはコミックでもノベルでもましてや夢でもない。現実だぞ」
「いいえ、人生とは物語なのですよ」
乾いた銃声が物語の幕を降ろした。




