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星守《ほしもり》  作者: YUQARI
終章 遺書
49/49

大好きな家族への遺書

 

 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈


 大好きなママ。それからお父さんへ。



 ママ達が、これを読む頃には、紗奈(さな)はこの世にいないかも知れません。


 なんて。ふふふ。そんな事書くと、ママ、泣き虫だから泣いちゃうもだけど、でも、紗奈(さな)は知っています。自分の命が、あとちょっとしかないってことを。


 なぜって、聞いてしまったもの。先生とママのお話。だってママ、泣いてたじゃない。あれで気づかないのがおかしいよ?



 だから紗奈(さな)は、もうすぐ死んじゃうと思います!


 ……死ぬのは、正直、怖いです。でも、ここまで生きてこられて、それから、こんなに幸せだったのは、お父さんママ、それからお兄ちゃんが、いつも紗奈(さな)のそばにいてくれて、愛していてくれたからだと思っています。



 ママが、お父さんを病室に連れて来て、『この人が紗奈(さな)の新しいお父さんになります』って言った時、本当は紗奈(さな)、いやだったの。ママを取られると思ったから。


 ママは、お仕事がいそがしくて、なかなか紗奈(さな)に会いに来てくれなかった。新しい家族ができれば、きっとママは、紗奈(さな)のこと忘れちゃうんだろうなって思った。


 ……でも、紗奈(さな)はこんなだから、だからもし紗奈(さな)が死んだら、泣き虫のママは、ひとりぼっちで泣くのかなって思った時に、そばにお父さんがいてくれたら、安心だって思ったの。


 じっさいは、違ったけどね(笑)


 ママとお父さんが結婚して、ママに新しい家族ができたあと、ママは今まで以上にお見舞いに来てくれた。お父さんも来てくれた。

 それからお兄ちゃん!


 お兄ちゃんなんて、毎日お見舞いに来てくれたんだよ?


 その日あった学校のこととか、家でのことだとか、たくさん話してくれた。

 悲しくなんかなかった。楽しかった。お兄ちゃんの話が聞きたくて、まだ来ないかなっていつも窓の外を見て、待ってたの。


 だからこうやって今、一緒の屋根の下で生活できるようになって、とっても幸せ。



 一緒の家で過ごせるって聞いて、本当は怖かった。

 おかしいよね? ママがお父さんと結婚する時みたいだって、ちょっと笑っちゃったよ。


 紗奈(さな)……怖かった。お兄ちゃんと一緒のおうち。お兄ちゃんきっとお友だち連れてくるって思ったから。

 病院だったら紗奈(さな)しかいない。でも、家だったらきっとお兄ちゃんのお友だちが来る。

 来たら紗奈(さな)は、ひとりぼっちになるだろうって。病気ばっかりで、外にもあまり行けない紗奈(さな)と遊ぶのは、きっとつまらないだろうなって思った。


 でも違った。お兄ちゃんのお友だちは来なかった。

 お兄ちゃんに、お友だちがいないわけじゃないんだよ? 紗奈(さな)たくさん知ってる。はると君に かなた君。さとし君に まさはる君。女の子だっていた。しおりちゃんに、みさきちゃん。ひめちゃんに ゆりちゃん。たくさんお話してくれたから。だけど一人も来なかった。……実はちょっと、うれしかった。



 紗奈(さな)は、お兄ちゃんが好きです。

 とってもとっても大好きです。家族になれて、本当に幸せです。


 1月15日。今日は雪が降っています。体調はいいです。けれど外には行けません。だってすごく雪が降っているから。つもるかな? つもったらお兄ちゃんと遊べるかな?

 それは無理か! だって紗奈(さな)、体が弱いもの。きっとお兄ちゃんも、ダメだって言う……。



 1月16日。やっぱり雪がつもった! 辺り一面銀世界! とってもキレイ!

 あーあ、……紗奈(さな)はもう少しで死んでしまう。この雪も今日で見おさめかもしれない。体調はいい。けれど、分かる。もう時間がないって。だけど一人で死ぬのはいや。誰かを道連れに……なんて怖いことは考えていない。だけど……。


  死ぬその時に、だれかにそばにいて欲しい。それがお兄ちゃんだったらなって思う。



 ママ? もしかしたら紗奈(さな)は、悪いことをしちゃうかも知れません。ちょっといいことを思いつきました。でもすごく怒られるようなことです。でも、もう時間がないから──。


 (ううん。やっぱりしないかも?)



  でももし、紗奈(さな)が悪いことしちゃったら、その時は、怒らないで許してね?



  追伸!

 さっきお兄ちゃんがやって来た! 雪を見に、外へ行こうって! すごくうれしい! さそってくれるとか、思ってなかった。これはチャンスです!


 だからママ! 悲しまないで? 紗奈(さな)は幸せでした。これからもママ? 幸せでいてね。




 じゃあ、いってきます♡



 ♡大好きな家族へ♡ 幸せ者の紗奈(さな)より♡


 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



「……」


 この手紙はすぐに見つけることが出来た。


 紗奈(さな)和明(かずあき)さんが外へ遊びに行ったその間に、紗奈(さな)の部屋を片付けようと立ち寄ったから。


 そして手紙を読んですぐ、私はすぐに紗奈(さな)和明(かずあき)さんを追い掛けた。



 出掛けた先は知っていたし、ついさっきの事だったから、追い掛ければれば間に合うと思った。

 なんだかすごく、嫌な予感がした。





「あ、また、……それを読んでいたのかい?」


「あ、お父さん!? もう、そんな時間? ごめんなさい、ボーッとしていて」

 私は自分の夫へ向かってそう言った。


「いやいいんだ。……それにしてもあの時は、大変だったな」


 ふふふ……と和則(かずのり)さんはネクタイを(はず)しながら笑う。

 笑いごとではない。私は少し、ムッとする。




 あの時私は間に合った(・・・・・)


 まだ紗奈(さな)も生きていたし、和明(かずあき)さんも、池には落ちていなかった。


 和明(かずあき)さんは怒っていた。ものすごい剣幕で。


 私はその目線の先にいる紗奈(さな)を見た。

 紗奈(さな)は、あれだけダメだと言っていた、(こお)りついた丘に登って、事もあろうか満面の笑顔。私は真っ青になる。


 慌てて止めようと、私は走った。和明(かずあき)さんも走った。


『……ママ』

紗奈(さな)……!』



 私はあの時、確かに聞いた。

 紗奈(さな)は私に気づいて微笑んだ。とても嬉しそうだった。けれど顔色は悪い。体調が急変したのが見て取れた。


紗奈(さな)……っ!』

 一瞬だけ目が合って、そして紗奈(さな)は小さく笑って言ったの。『バイバイ』って。


 目の前が真っ暗になった。


 そこから何もかもが目まぐるしく動いた。



 紗奈(さな)は少し(うめ)き声を上げてそのま倒れた。

 それを見て、和明(かずあき)さんが叫び声を上げる。

 紗奈(さな)の方ではなくて、紗奈(さな)が落ちようとする池の方へ向かって、転がるように消えて行った。


 私も驚いて、必死に叫んだ。


 家にはまだ、仕事へ行く前の和則(かずのり)さんがいたからすぐに出て来てくれた。

 血相を抱えて、飛び出て来るのが見えた。


 私はそれを見て、丘から転がり落ちた二人を追った。




「あ……!」



 紗奈(さな)は、池には落ちていなかった(・・・・・・・・)。落ちたのは、和明(かずあき)さんだけ。


和明(かずあき)さん……」


 和明(かずあき)さんは、自分が先に池へ降りていて、転がる紗奈(さな)を受け止めていた。

 だから紗奈(さな)は少しも濡れていない。溺死(できし)なんてするわけがなかった。少し雪が体についただけ。


 それなのに和明(かずあき)さんは、自分のせいで紗奈(さな)を池に落としてしまったと、すごく落ち込んでいた。



 後からやって来た和則(かずのり)さんが、すぐに救急に電話をした。

 すぐに体をあたため、応急処置だってした。

 けれど紗奈(さな)はもう、息はなくて、心臓の鼓動も聞こえなかった──。




「ふふ、あの時の和明(かずあき)と言ったら……」


和則(かずのり)さん。笑うところではありません」


「いやいや、笑っているんではないよ? 嬉しかったのさ、和明(かずあき)がそこまで妹思いだったってことが──」


「いいえ。下手したら和明(かずあき)さんもどうなっていた事か……!」


 キッと和則(かずのり)さんを(にら)むと、《おお怖っ》と言って和則(かずのり)さんは肩を(すく)めた。いそいそと、部屋着に着替えている。



「……」


 全ては紗奈(さな)の思い通りだったのかも知れない。手紙にそう、書いてあるから。


「それにしても、その遺書(いしょ)……」


 和則(かずのり)さんが真面目な顔で言う。

「そこまでハートが多い遺書も珍しい。よほど紗奈(さな)ちゃんは幸せだったのだろう。君が愛情を掛けて育てていたからだよ?」

「……」

 言って和則(かずのり)さんは笑う。


 和則(かずのり)さんは、この日記のような遺書を見て、最初は烈火のごとく怒った。自分は何をやっていたんだと。何故気づけなかったんだって。


 手紙を書いた紗奈(さな)でも、監督不行き届きの私でもなく、自分自身を責めた。


 この手紙も、その時破ろうとして、哀れな程にクシャクシャになってしまった。


 けれど今はこうして笑ってくれてる。

『あいつが看取ったのなら、それでいい』と言って。



 紗奈(さな)はきっと、幸せだった。



 『君が、愛情を掛けて育てていたからだよ』──?

 だけどそれは違う。

 私だけの力じゃけしてない。


 きっと紗奈(さな)は──。




「ん? これはなんだい?」


 和明(かずあき)さんがテーブルに置かれたシロツメクサの かんむりを持ち上げた。



 持ち上げるとそれは、優しい甘い香りを辺りに漂わせた。

 私は思わず微笑む。


「あぁ、それは、和明(かずあき)さんがくれたのですよ」

和明(かずあき)が?」

 和則(かずのり)さんは《嘘だろ?》って言う顔をする。いえ、本当です。



紗奈(さな)が言っていたのですって。《ママ大好き》って。……それからこれを作ってくれたのですって」


「おいおい。紗奈(さな)が亡くなったのは、去年の冬だぞ? 作れるわけがない。

 ……さては和明(かずあき)、自分で作って持って来たな?」


「ふふ。私もそう思います。……本当に、優しい子」



 私はそっと、その かんむりを()でる。


 かんむりは、とても綺麗に作られていて、これから枯れるのかと思うと、少し残念な気もする。


「あぁ、お腹空いた。今日のごはんは何かなぁ……」

「もう、子どもみたいなんですから」

 ふふと私は笑う。



 私は思う。


 きっと紗奈(さな)和明(かずあき)さんに恋していたんじゃないかしら?


 だから、最期の最後まで、和明(かずあき)さんの傍にいたかったのだと思う。


「でも、不器用な子……」

 その想いは伝えられただろうか?


 兄妹にしてしまったせいで、伝えられなかったかも知れないと思うと、少し罪悪感に(さいな)まれる。


 けれど未だなお、紗奈(さな)の事を想っていてくれる和明(かずあき)さんの存在が、私には救いでもある。



「ふふ……」

 私は微笑んで、和明(かずあき)さんのシロツメ草のかんむりを見た。それは以前、紗奈(さな)が作ってくれた かんむりに、とても良く似ていた。



 うーんと和則(かずのり)さんは伸びをして、部屋を出ていく。


「……」




 出ていくその前に、そっと後ろを振り返る。

 そしてシロツメ草の かんむりを見た。



「しかし和明(かずあき)、これ、作れたんだな──」



 そう、呟いて。



挿絵(By みてみん)


 

 2022.7.18 推敲完了 YUQARI


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