大好きな家族への遺書
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大好きなママ。それからお父さんへ。
ママ達が、これを読む頃には、紗奈はこの世にいないかも知れません。
なんて。ふふふ。そんな事書くと、ママ、泣き虫だから泣いちゃうもだけど、でも、紗奈は知っています。自分の命が、あとちょっとしかないってことを。
なぜって、聞いてしまったもの。先生とママのお話。だってママ、泣いてたじゃない。あれで気づかないのがおかしいよ?
だから紗奈は、もうすぐ死んじゃうと思います!
……死ぬのは、正直、怖いです。でも、ここまで生きてこられて、それから、こんなに幸せだったのは、お父さんママ、それからお兄ちゃんが、いつも紗奈のそばにいてくれて、愛していてくれたからだと思っています。
ママが、お父さんを病室に連れて来て、『この人が紗奈の新しいお父さんになります』って言った時、本当は紗奈、いやだったの。ママを取られると思ったから。
ママは、お仕事がいそがしくて、なかなか紗奈に会いに来てくれなかった。新しい家族ができれば、きっとママは、紗奈のこと忘れちゃうんだろうなって思った。
……でも、紗奈はこんなだから、だからもし紗奈が死んだら、泣き虫のママは、ひとりぼっちで泣くのかなって思った時に、そばにお父さんがいてくれたら、安心だって思ったの。
じっさいは、違ったけどね(笑)
ママとお父さんが結婚して、ママに新しい家族ができたあと、ママは今まで以上にお見舞いに来てくれた。お父さんも来てくれた。
それからお兄ちゃん!
お兄ちゃんなんて、毎日お見舞いに来てくれたんだよ?
その日あった学校のこととか、家でのことだとか、たくさん話してくれた。
悲しくなんかなかった。楽しかった。お兄ちゃんの話が聞きたくて、まだ来ないかなっていつも窓の外を見て、待ってたの。
だからこうやって今、一緒の屋根の下で生活できるようになって、とっても幸せ。
一緒の家で過ごせるって聞いて、本当は怖かった。
おかしいよね? ママがお父さんと結婚する時みたいだって、ちょっと笑っちゃったよ。
紗奈……怖かった。お兄ちゃんと一緒のおうち。お兄ちゃんきっとお友だち連れてくるって思ったから。
病院だったら紗奈しかいない。でも、家だったらきっとお兄ちゃんのお友だちが来る。
来たら紗奈は、ひとりぼっちになるだろうって。病気ばっかりで、外にもあまり行けない紗奈と遊ぶのは、きっとつまらないだろうなって思った。
でも違った。お兄ちゃんのお友だちは来なかった。
お兄ちゃんに、お友だちがいないわけじゃないんだよ? 紗奈たくさん知ってる。はると君に かなた君。さとし君に まさはる君。女の子だっていた。しおりちゃんに、みさきちゃん。ひめちゃんに ゆりちゃん。たくさんお話してくれたから。だけど一人も来なかった。……実はちょっと、うれしかった。
紗奈は、お兄ちゃんが好きです。
とってもとっても大好きです。家族になれて、本当に幸せです。
1月15日。今日は雪が降っています。体調はいいです。けれど外には行けません。だってすごく雪が降っているから。つもるかな? つもったらお兄ちゃんと遊べるかな?
それは無理か! だって紗奈、体が弱いもの。きっとお兄ちゃんも、ダメだって言う……。
1月16日。やっぱり雪がつもった! 辺り一面銀世界! とってもキレイ!
あーあ、……紗奈はもう少しで死んでしまう。この雪も今日で見おさめかもしれない。体調はいい。けれど、分かる。もう時間がないって。だけど一人で死ぬのはいや。誰かを道連れに……なんて怖いことは考えていない。だけど……。
死ぬその時に、だれかにそばにいて欲しい。それがお兄ちゃんだったらなって思う。
ママ? もしかしたら紗奈は、悪いことをしちゃうかも知れません。ちょっといいことを思いつきました。でもすごく怒られるようなことです。でも、もう時間がないから──。
(ううん。やっぱりしないかも?)
でももし、紗奈が悪いことしちゃったら、その時は、怒らないで許してね?
追伸!
さっきお兄ちゃんがやって来た! 雪を見に、外へ行こうって! すごくうれしい! さそってくれるとか、思ってなかった。これはチャンスです!
だからママ! 悲しまないで? 紗奈は幸せでした。これからもママ? 幸せでいてね。
じゃあ、いってきます♡
♡大好きな家族へ♡ 幸せ者の紗奈より♡
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「……」
この手紙はすぐに見つけることが出来た。
紗奈と和明さんが外へ遊びに行ったその間に、紗奈の部屋を片付けようと立ち寄ったから。
そして手紙を読んですぐ、私はすぐに紗奈と和明さんを追い掛けた。
出掛けた先は知っていたし、ついさっきの事だったから、追い掛ければれば間に合うと思った。
なんだかすごく、嫌な予感がした。
「あ、また、……それを読んでいたのかい?」
「あ、お父さん!? もう、そんな時間? ごめんなさい、ボーッとしていて」
私は自分の夫へ向かってそう言った。
「いやいいんだ。……それにしてもあの時は、大変だったな」
ふふふ……と和則さんはネクタイを外しながら笑う。
笑いごとではない。私は少し、ムッとする。
あの時私は間に合った。
まだ紗奈も生きていたし、和明さんも、池には落ちていなかった。
和明さんは怒っていた。ものすごい剣幕で。
私はその目線の先にいる紗奈を見た。
紗奈は、あれだけダメだと言っていた、凍りついた丘に登って、事もあろうか満面の笑顔。私は真っ青になる。
慌てて止めようと、私は走った。和明さんも走った。
『……ママ』
『紗奈……!』
私はあの時、確かに聞いた。
紗奈は私に気づいて微笑んだ。とても嬉しそうだった。けれど顔色は悪い。体調が急変したのが見て取れた。
『紗奈……っ!』
一瞬だけ目が合って、そして紗奈は小さく笑って言ったの。『バイバイ』って。
目の前が真っ暗になった。
そこから何もかもが目まぐるしく動いた。
紗奈は少し呻き声を上げてそのま倒れた。
それを見て、和明さんが叫び声を上げる。
紗奈の方ではなくて、紗奈が落ちようとする池の方へ向かって、転がるように消えて行った。
私も驚いて、必死に叫んだ。
家にはまだ、仕事へ行く前の和則さんがいたからすぐに出て来てくれた。
血相を抱えて、飛び出て来るのが見えた。
私はそれを見て、丘から転がり落ちた二人を追った。
「あ……!」
紗奈は、池には落ちていなかった。落ちたのは、和明さんだけ。
「和明さん……」
和明さんは、自分が先に池へ降りていて、転がる紗奈を受け止めていた。
だから紗奈は少しも濡れていない。溺死なんてするわけがなかった。少し雪が体についただけ。
それなのに和明さんは、自分のせいで紗奈を池に落としてしまったと、すごく落ち込んでいた。
後からやって来た和則さんが、すぐに救急に電話をした。
すぐに体をあたため、応急処置だってした。
けれど紗奈はもう、息はなくて、心臓の鼓動も聞こえなかった──。
「ふふ、あの時の和明と言ったら……」
「和則さん。笑うところではありません」
「いやいや、笑っているんではないよ? 嬉しかったのさ、和明がそこまで妹思いだったってことが──」
「いいえ。下手したら和明さんもどうなっていた事か……!」
キッと和則さんを睨むと、《おお怖っ》と言って和則さんは肩を竦めた。いそいそと、部屋着に着替えている。
「……」
全ては紗奈の思い通りだったのかも知れない。手紙にそう、書いてあるから。
「それにしても、その遺書……」
和則さんが真面目な顔で言う。
「そこまでハートが多い遺書も珍しい。よほど紗奈ちゃんは幸せだったのだろう。君が愛情を掛けて育てていたからだよ?」
「……」
言って和則さんは笑う。
和則さんは、この日記のような遺書を見て、最初は烈火のごとく怒った。自分は何をやっていたんだと。何故気づけなかったんだって。
手紙を書いた紗奈でも、監督不行き届きの私でもなく、自分自身を責めた。
この手紙も、その時破ろうとして、哀れな程にクシャクシャになってしまった。
けれど今はこうして笑ってくれてる。
『あいつが看取ったのなら、それでいい』と言って。
紗奈はきっと、幸せだった。
『君が、愛情を掛けて育てていたからだよ』──?
だけどそれは違う。
私だけの力じゃけしてない。
きっと紗奈は──。
「ん? これはなんだい?」
和明さんがテーブルに置かれたシロツメクサの かんむりを持ち上げた。
持ち上げるとそれは、優しい甘い香りを辺りに漂わせた。
私は思わず微笑む。
「あぁ、それは、和明さんがくれたのですよ」
「和明が?」
和則さんは《嘘だろ?》って言う顔をする。いえ、本当です。
「紗奈が言っていたのですって。《ママ大好き》って。……それからこれを作ってくれたのですって」
「おいおい。紗奈が亡くなったのは、去年の冬だぞ? 作れるわけがない。
……さては和明、自分で作って持って来たな?」
「ふふ。私もそう思います。……本当に、優しい子」
私はそっと、その かんむりを撫でる。
かんむりは、とても綺麗に作られていて、これから枯れるのかと思うと、少し残念な気もする。
「あぁ、お腹空いた。今日のごはんは何かなぁ……」
「もう、子どもみたいなんですから」
ふふと私は笑う。
私は思う。
きっと紗奈は和明さんに恋していたんじゃないかしら?
だから、最期の最後まで、和明さんの傍にいたかったのだと思う。
「でも、不器用な子……」
その想いは伝えられただろうか?
兄妹にしてしまったせいで、伝えられなかったかも知れないと思うと、少し罪悪感に苛まれる。
けれど未だなお、紗奈の事を想っていてくれる和明さんの存在が、私には救いでもある。
「ふふ……」
私は微笑んで、和明さんのシロツメ草のかんむりを見た。それは以前、紗奈が作ってくれた かんむりに、とても良く似ていた。
うーんと和則さんは伸びをして、部屋を出ていく。
「……」
出ていくその前に、そっと後ろを振り返る。
そしてシロツメ草の かんむりを見た。
「しかし和明、これ、作れたんだな──」
そう、呟いて。
2022.7.18 推敲完了 YUQARI




