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淡々三国志  作者: ンバ
魏書第十一、邴原伝
518/603

三・註三前、苦学生邴原

3.

太祖征吳,原從行,卒。


(訳)

太祖が呉を征伐すると

邴原は行軍に従い、卒した。


註3-1.

原別傳曰:原十一而喪父,家貧,早孤。鄰有書舍,原過其傍而泣。師問曰:「童子何悲?」原曰:「孤者易傷,貧者易感。夫書者,必皆具有父兄者,一則羨其不孤,二則羨其得學,心中惻然而為涕零也。」師亦哀原之言而為之泣曰:「欲書可耳!」荅曰:「無錢資。」師曰:「童子苟有志,我徒相教,不求資也。」於是遂就書。一冬之間,誦孝經、論語。自在童齓之中,嶷然有異。及長,金玉其行。欲遠游學,詣安丘孫崧。崧辭曰:「君鄉里鄭君,君知之乎?」原荅曰:「然。」崧曰:「鄭君學覽古今,博聞彊識,鉤深致遠,誠學者之師模也。君乃舍之,躡屣千里,所謂以鄭為東家丘者也。君似不知而曰然者,何?」原曰:「先生之說,誠可謂苦藥良鍼矣;然猶未達僕之微趣也。人各有志,所規不同,故乃有登山而採玉者,有入海而採珠者,豈可謂登山者不知海之深,入海者不知山之高哉!君謂僕以鄭為東家丘,君以僕為西家愚夫邪?」崧辭謝焉。又曰:「兖、豫之士,吾多所識,未有若君者;當以書相分。」原重其意,難辭之,持書而別。原心以為求師啟學,志高者通,非若交游待分而成也。書何為哉?乃藏書於家而行。原舊能飲酒,自行之後,八九年間,酒不向口。單步負笈,苦身持力,至陳留則師韓子助,潁川則宗陳仲弓,汝南則交范孟博,涿郡則親盧子幹。臨別,師友以原不飲酒,會米肉送原。原曰:「本能飲酒,但以荒思廢業,故斷之耳。今當遠別,因見貺餞,可一飲燕。」於是共坐飲酒,終日不醉。歸以書還孫崧,解不致書之意。後為郡所召,署功曹主簿。

(訳)

邴原別伝にいう、

邴原は十一で父を喪った。

家は貧しく、早くに孤児となった。


(家の)隣に書舍(書の学舎)があり、

邴原はその傍を通り過ぎて泣いた。


教師は、問うて言った。


「童子よ、何が悲しいんだい?」


邴原は言った。


「孤児は傷つきやすく、

貧者は感じやすいものです


そもそも書者には

必ずみな父兄がおりまして

一には孤児でない事を羨み、

二には彼らが学を得る事を羨んで、

心中が惻然とし、なみだが零れてしまいました」


教師もまた邴原の言葉を哀しんで、

彼のために泣きながら言った。


「書を欲してさえいればよいのだよ」


(邴原は)答えて言った。


「(欲したとしても)金銭や資財がありません」


教師は言った。


「童子に苟も志が有るならば

我は※ただ教えよう。

(※我が生徒と教え合いなさい…かも)

学費など求めぬよ」


こうして遂には書を学ぶ事となった。


一冬の間に孝経と論語をとなえ、

童齓(少年)の中にあって

嶷然たる差があった。


成長するに及んで

その行いは金玉きんぎょくのようであった。


遠方へ遊学せんとして

安丘の孫崧そんすうを詣でると

孫崧は辞退して言った。


「君の郷里の鄭君(鄭玄)を君はご存知かな」


邴原は答えて言った。


「はい」


孫崧は言った。


「鄭君の学は古今を通覧し

博聞強識であり、

深くを掻き出し(鉤は至る?)

遠くへと至って、

誠に学者の師範である。

君は乃ち、これを捨てて

千里を躡屣(クツむ=踏み越えて)した訳だが

所謂、鄭を以って

東家の※丘とするというものだ。

(※孔子のこと。君の地元には鄭玄がいるのに

一般人と同じ扱いかよ? という意)


君はまるで、承知せずに

はい〟と言ったようだが

どうなのだ?」


邴原は言った。


「先生の御説は、

誠に苦い薬、良い鍼と謂うべきですが

なおも僕の微かな趣意には達しておりません。


人には各々志がございまして

はかりごと(規矩?)を同じゅうせず、

故に山に登り玉を採る者が有れば

海に入り珠を採る者も有りまして、

どうして山に登る者が海の深さを知らず

海に入る者が山の高さを

知らぬという事がございましょう。


貴君は、僕が鄭を東家の丘と

見なしていると仰いましたが、

貴君は、僕の事を

西家の愚夫と見なして

いらっしゃるのでしょうか?」


孫崧は謝辞をのべ、また、こう言った。


「兗州・豫州の士を吾は多く識る所であるが

いまだ君のごとき者はいなかった。

書を分けてさしあげよう」


邴原はその意を尊重し

これを辞し難きものとして

書を持って別れた。


邴原は、心中では

師を求め学をひらく事は

志高きものと通じるためで

分を必要として成立する

交遊の若くではなく、

書、何するものぞ、と考えていた。


そこで書を家にしまって、行旅した。


邴原は、ふるくは能く飲酒していたが

行旅より後の八、九年間は酒を口に向けなかった。


ひとりで歩き、※おいを背負い、

(※キュウは竹で編んだ本箱。

笈を負う、は遠くへ学びに出掛ける意)

身を苦しめつつも力をただした。


陳留へ至れば韓子助(韓卓かんたく)に師事し、

穎川では陳仲弓(陳寔ちんしょく)をとうとび、

汝南では范孟博(范滂はんぼう)と交わり、

涿郡では盧子幹(盧植ろしょく)と親しくなった。


別れるに臨んで、師友は

邴原が酒を飲まない事から

米や肉をあつめて邴原に送った。


邴原は言った。


「本来は酒を飲めるのですが、

ただ、気持ちを荒ませ

業を廃させるために

断酒していたにすぎません。


今、遠くに別たれんとして

はなむけたまわられるとなれば

一たび飲燕(宴会)いたしましょう」


こうして共に坐して酒を飲んだが

終日酔ったりはしなかった。


帰ると、書を孫崧に返還して

書を返した意思を解き明かした。


その後、郡の為に召される所となり

功曹、主簿に署された。


(註釈)

みよ、この本文と註釈のボリューム差。

邴原別伝、誰が書いたんだろう??


邴原は孤児となって極貧。

隣の家が書を教える塾?で、先生が

「金なんか要らないから教わりに来な!」

って言ってくれる聖人だったから、勉強ができた。

ドラマみたいな展開なので

たぶん演出されてるんだろう。


邴原は成長すると、

安丘の孫崧そんすうに教えを乞いに行った。

邴原の地元には、あの鄭玄ていげんがいるのに

彼に教わりゃいいだろ、と孫崧。


邴原の返し、

山に登っても海の深さはわかる、

海に入っても山の高さはわかる。

ジャンルが違ってても

その凄さは伝わるでしょう、的な?


孫崧、

「君はずば抜けてるな、書物をあげよう」


邴原、

「要らないけど断れない雰囲気だから、貰おう」


なんじゃそりゃ??



そして各地を遊歴し、

韓卓、范滂、陳寔、盧植と交わる。



韓卓は、後漢書の応劭おうしょう伝、苻融ふゆう伝に登場。

苻融は名声はあったが召辟に応じず

馮岱ふうたいが太守に就任すると、同郡(陳留)から

范冉はんぜん、韓卓、孔伷こうちゅうの三人を推薦した…とある。

地味に孔伷の経緯を知る事のできる

貴重な史料だねこりゃ。


謝承の後漢書にいう、

「馮岱字德山,性忼慨,有文武異才。旣到官,融往相見,薦范冉爲功曹,韓卓爲主簿,孔伷爲上計吏。」

范冉が功曹、韓卓は主簿、孔伷は上計吏。

どれも事務職。


袁山松の後漢書にいう、

「卓字子助。臘日,奴竊食祭其先,卓義其心,即日免之。」

大晦日に奴隷が祖先の祭祀をしていたから

その心に感じて見逃してやった。


後漢の中平二年(185)に

辺章へんしょう韓遂かんすいが三輔で反乱を起こした時に

韓卓が大将軍の掾として従軍していたとされる。

応劭と意見が対立したが

みんな応劭に従った……と書かれてる。

多分韓卓の記述はこれで全部だと思う。


范滂はんぼうは、劉表りゅうひょうらとともに

「江夏の八俊」と謳われた人物。

後漢書の「党錮伝」に列伝あり。

第二次党錮の禁の時、33歳で亡くなっている。


范滂が169年に死んでるとなると、

邴原が諸国歴訪してたの

それ以前って事になる。

邴原は思ってたより年配だ。


陳寔は陳羣ちんぐんの祖父。

やはり後漢書に列伝あり。

李膺りようらとともに清流派士大夫の

代表的人物として知られ、

葬式に数万人規模の人が集まるほど

人望があったものとされる。

世説新語にも登場する。


盧植ろしょくは劉備や公孫瓚こうそんさんの先生。

本人は例に漏れず後漢書に、

子の盧毓ろいくは魏書に列伝があるので

その際に詳しく触れます。


次は、みんな大好き孔融が出てきます。


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