二・註三、誹謗の主犯を突き止めろ
2.
時有投書誹謗者,太祖疾之,欲必知其主。淵請留其本書,而不宣露。其書多引二京賦,淵勑功曹曰:「此郡旣大,今在都輦,而少學問者。其簡開解年少,欲遣就師。」功曹差三人,臨遣引見,訓以「所學未及,二京賦,博物之書也,世人忽略,少有其師,可求能讀者從受之。」又密喻旨。旬日得能讀者,遂往受業。吏因請使作箋,比方其書,與投書人同手。收攝案問,具得情理。遷太僕。居列卿位,布衣蔬食,祿賜散之舊故宗族,以恭儉自守,卒官。
(訳)
時に誹謗の投書があり、
太祖はこれを疾悪して
どうしてもその主謀者を
知ろうと考えた。
国淵はその原本である文書を
留めておき、露わにせぬよう要請した。
その文書は多くを
「二京賦」から引用しており、
国淵は功曹に勅語して言った。
「この郡は既に大きくなったうえに
今は都輦(京城、国都)があるが、
学問をする者は少ない。
そこで道理をわきまえた若者を選り抜いて
先生に師事させたい」
功曹は三名を選び、
(国淵は)引見させるに臨んで
訓戒をのべた。
「学びがまだ及んではおらぬだろうが
〝二京賦〟は博物の文書である。
世の人はなおざりにしていて
それを(教える)先生は少ない。
読める者を求め、
(その人に)従って教えを受けよ」
また、密かに
(誹謗の犯人を探している)旨を説明した。
旬日にして読める者を得ることがかない、
遂に往きて授業を受ける事になった。
吏人がそこで要請して箋を作らせ
これを件の文書と比べてみると
投書の人物と同じ手跡であった。
とらえて取り調べをしたところ
具体的な事情、経緯を得られる事となった。
太僕に遷った。
列卿の位にありながら
粗衣粗食であり、
俸禄や下賜されたものは
旧知の者や宗族にばらまいていた。
恭しさ、倹しさを自ら守り
在官のまま卒した。
註3.
王沈魏書曰:太祖以其子泰為郎。
(訳)
王沈の魏書にいう、
太祖はその子の国泰を郎とした。
(註釈)
評価
・戦闘 ★★★★ 4
完全に文官なのでマイナス1。
・戦略 ★★★★★★ 6
誹謗の文書を書いたヤツを
知恵で探し当てる。
・内政 ★★★★★★★ 7
屯田担当はイメージがイイ。
5年で食糧を充実させた。
・人格 ★★★★★★ 6
田銀らの反乱に乗った人の助命を嘆願。
次は田疇伝。




