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淡々三国志  作者: ンバ
呉書第十八、呉範伝
426/603

六、無二の術

6.

黃武五年,范病卒。長子先死,少子尚幼,於是業絕。權追思之,募三州有能舉知術數如吳范、趙達者,封千戶侯,卒無所得。

(訳)

黄武五年(226)、呉範は病で卒した。

長子は先んじて死んでおり

少子はまだ幼かったため

(少子の呉尚が幼かったため?)

こうして(呉範の占いの)事業は廃絶した。


孫権はこれを追思して

三州(揚州・荊州・交州)のうちで

呉範や趙達ちょうたつの如くに

術数を承知している者を

推挙できる者があれば募り、

千戸侯に封じるものとしたが、

ついに得ることはできなかった。



註3.

吴录曰:范先知其死日,谓权曰:“陛下某日当丧军师。”权曰:“吾无军师,焉得丧之?”范曰:“陛下出军临敌,须臣言而后行,臣乃陛下之军师也。”至其日果卒。臣松之案,范死时,权未称帝,此云陛下,非也。


(訳)

呉録にいう、

呉範は先んじてその命日を知ると

孫権に対して謂った。


「陛下は某日に

軍師を喪う事になりましょう」


孫権は言った。


「吾に軍師はおらぬのに

どうしてこれを喪い得ようか?」


呉範は言った。


「陛下が軍を出して敵に臨まれる際

臣は須く進言し、その後に

行動(に移)されました。

臣は乃ち、陛下の軍師なのでございます」


その日に至ると

果たせるかな、卒してしまった。


わたくし松之が勘案するに

呉範が死んだ時には

孫権まだ称帝しておらず、

こうして「陛下」と云うのは

間違っている。


(註釈)

呉範が亡くなったのは226年、

孫権が皇帝に即位するのは229年です。


呉範評価。


戦闘 ★★★★ 4

戦略 ★★★★★★ 6

内政 ★★★★★ 5

人格 ★★★★★★ 6


魏滕を救うシーンかっこよかったなぁ

(小並感


続いて劉惇伝。


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