八、陳寿評
8.
評曰:劉繇藻厲名行,好尚臧否。至於擾攘之時,據萬里之士,非其長也。太史慈信義篤烈,有古人之分。士燮作守南越,優遊終世,至子不慎,自貽兇咎。蓋庸才玩富貴而恃阻險,使之然也。
(訳)
評にいう、
劉繇は名行を修養する事に厲め
臧否(善悪の判断)を嗜好した。
擾乱の時代に至って
万里の士(たぶん土)に據る事は
その得意とする所ではなかったのである。
太史慈の信義は篤く烈しく
古人の分を有していた。
士燮は南越の太守を作し
優遊(のんびりと思うままに)して
生涯を終えたが、
子の代に至っては(行いを)慎まず、
自ら禍を貽した。
蓋し、凡庸な才能で富貴を玩び
険阻を頼んだ事が
こうした結果をもたらしたのであろう。
(註釈)
陳寿の評価は
太史慈がちょっと良いだけで
全体的には辛口。
劉繇は治世の州刺史なら
もうちょっと有名になれたかも。
呉書第四、これにて完訳です。
士燮の個人的な評価です。
戦闘 ★★★★ 4
四十年以上交阯太守をしながら
戦った事はない。
(記録されてないだけかもしれんが)
得意でない事は自覚していたんじゃないかな。
戦略 ★★★★★★★ 7
交州刺史の朱符が死んだ途端に
身内で海沿いの郡の太守固めて
海のシルクロードの利益独占、
栄華を極める。
曹操と孫権にうまく取り入って
生きている間は決して
既得権益を明け渡さなかった。
内政 ★★★★★★★★★ 9
反乱多発地域の交州を四十余年統治。
ベトナムの教科書載ってるのも
納得の政治手腕であり
名君として現代でも評判高い。
人格 ★★★★★★★★ 8
名士としての求心力、
蛮族を手懐ける恩徳、
来る者拒まず去る者追わず。
ただの銭ゲバで終わらない。
一緒の巻に収録されてるけど
明らかに劉繇・太史慈より
スケールが一枚上だと思う。
これにて士燮伝を終わります。
明日からはまた姉妹作品の
演義や史記、晋書を更新いたします。
次回の更新は8月22日から。




