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淡々三国志  作者: ンバ
呉書第四、太史慈伝
397/603

註一、神亭に義を結ぶ

註1.

吴历云:慈於神亭战败,为策所执。策素闻其名,即解缚请见,咨问进取之术。慈答曰:“破军之将,不足与论事。”策曰:“昔韩信定计於广武,今策决疑於仁者,君何辞焉?”慈曰:“州军新破,士卒离心,若傥分散,难复合聚;欲出宣恩安集,恐不合尊意。”策长跪答曰:“诚本心所望也。明日中,望君来还。”诸将皆疑,策曰:“太史子义,青州名士,以信义为先,终不欺策。”明日,大请诸将,豫设酒食,立竿视影。日中而慈至,策大悦,常与参论诸军事。臣松之案;吴历云慈於神亭战败,为策所得,与本传大异,疑为谬误。江表传曰:策问慈曰:“闻卿昔为太守劫州章,赴文举,请诣玄德,皆有烈义,天下智士也,但所讬未得其人。射钩斩袪,古人不嫌。孤是卿知己,勿忧不如意也。”出教曰:“龙欲腾翥,先阶尺木者也。”

(訳)

呉歴にいう、

太史慈は神亭しんていにて敗戦し

孫策の為に捕われる所となった。


孫策はもとよりその名声を聞いており

即座に縄を解いて会見を要請すると

進み取るすべを諮問した。

(この先どうしたらいいか聞いた)


太史慈は答えて言った。


いくさに敗れた将は、

ともに事を論じるに足りませぬ」


孫策は言った。


「昔、韓信かんしんは※広武こうぶにより計略を定めた。

(※広武君=李左車りさしゃ

今、わたしは仁者(太史慈)により

疑わしきを決そうというのに

君は何故辞退しようとするのだ?」


太史慈は言った。


「州は军に敗れたばかりで

士卒の心は離れており、

もし分散してしまえば

再度結集させる事は難しいでしょう。


ここより出て

(孫策の)恩徳を宣揚し、

(人々の心を)安撫して

集合させたいと考えておりますが

恐らくはご尊意と合致しますまい」


孫策は長跪して答えた。


「誠に本心から望む所である。

明日中に君が戻ってくる事を

待ち望んでいるぞ」


諸将は皆猜疑したが、孫策は言った。


「太史子義は青州の名士で

信義を優先して動いている。

ついぞわたしを欺きはすまい」


明日みょうにち、大いに諸将を迎え

前もって酒や食事が設けられ

竿を立てて影を視た。

(日時計を作った)


日中に太史慈が至ると

孫策は大いによろこび、

常に(太史慈と)ともに

諸々の軍事を論じるようになった。


わたくし松之が勘案するに、呉歴は

「太史慈は神亭にて敗戦し

孫策の為に捕われる所となった」

と云っているが、

本伝とまるで食い違っており、

誤謬である事が疑われる。


江表伝にいう、

孫策は太史慈に問うて述べた。


「聞けば、卿は昔日に

太守の為に州の上章を奪い

文挙(孔融)どののもとへ赴きて

玄徳(劉備)どのを詣でたいと

請われたそうだが、

いずれにもはげしき信義があり

天下の智士である。


ただ、その身を託すべき

人物を得られていない。


※帯鉤を射て、※そでを斬っても

古人は嫌忌する事はなかった。


(※管仲が斉の桓公を射たが、ベルトに当たり

許してもらって宰相になったという故事)


(※勃鞮が流浪していた晋の文公の袖を斬るも

主君となった後に彼の言を重んじた故事)


(ましてや)わたしは卿の知己であり

思い通りにならぬと憂えないでくれ」


教勅を取り出して、言った。


「龍が腾翥(飛翔)しようとする時

先ずは尺木を階とするものだ」


(註釈)

大体本文と内容はいっしょ。


孫策が太史慈を味方に引き込み

太史慈が単独行動に移る。

みんなの予想に反して

太史慈が戻ってくる。


ただ、本文だと太史慈は

「(帰るまで)60日かかる」

って言ってるけど、

呉歴はたった1日で帰ってきてる。


目的地は言ってないけど

仮に豫章よしょうだとするなら、

往復するだけでも

1日じゃ絶対無理な距離だ。


神亭しんてい」は調べてみると

呉郡西側の山みたいですね。


牛渚や江乗で劉繇陣営と戦い

西の神亭で太史慈と戦った。


太史慈が太守を自称した丹楊郡と

呉郡は隣接していて、

豫章郡は揚州で最も西の方だから

太史慈が60日かかる、

と言ったのは妥当。


呉歴の太史慈は神亭から

1日以内で行ける範囲でしか

呼びかけを行えてない。


「走れメロス」は猶予3日だったけど、

呉歴の作者は、

孫策と太史慈の信頼関係を

ああいう類の話に

落とし込もうとしたんじゃないかな。


演義は劉繇・太史慈・厳白虎・王朗戦を

第15回にまとめてるので

期日は1日になってる。


劉繇が死んだのが197年だから

この話は197年?


そうなると、

太史慈っていつ孫策に負けたんだろ。

孫策伝に書いてないからややこしくなる。


劉繇→太史慈→厳虎→王郎・華歆


だと思ってたんですけど

(演義もこちらの説を採用)


劉繇→厳虎→王郎、華歆→太史慈


という順番の可能性もある?


時系列で混乱してしまった時は

中国史クラスタ御用達の通史、

資治通鑑しじつがん読みましょう。


というわけで資治通鑑の

61巻と62巻をチェックしてみると、

孫策と太史慈の一騎討ちは

興平二年(195)になってる。


孫策に敗れた劉繇は

丹都→会稽→彭澤と逃げるが

笮融さくゆうの裏切りで再起失敗。


建安元年(196)に

袁術が皇帝を僭称しようとする。

孫策は袁術を諌めるが

聞いてもらえず、縁を切る。


孫策が会稽を取る。

厳白虎、王朗を倒して会稽太守を自称。


太史慈が次に出てくるのは

建安三年(198)に入ってから。


資治通鑑では、

劉繇が豫章で「亡」してから

太史慈と戦う流れになっているけど

劉繇が死んだのは197年だ。


袁術が丹楊の祖郎と山越を扇動して

孫策を討ち取ろうとしていて

(この話は江表伝)

そのまま、太史慈が山越を

懐柔してたくだりに繋げてる。


祖郎を捕えて味方にしたあと

孫策は太史慈を「勇里」でうつ。

涇県に勇里という地名があるらしい。

呂範伝に記述がある。


そしてこのあと

劉繇が「卒」と書かれていて

完全に死んだ扱いに。


最初の「亡」はやはり

死亡ではなく、逃亡の意では?


孫策はつまり

劉繇→厳虎→王朗→太史慈→華歆

という順番で攻略した。


そして、孫策は太史慈を

豫章へ派遣して鎮撫させたが、

この後の江表伝の逸話もミックスされ

華歆陣営の偵察も兼ねる事になった。


で、このあと

「60日をすぎません」のシーン。


また、太史慈が劉繇陣営に

どのくらいの期間

籍を置いていたか考えてみましょう。


劉備が孔融救援するくだりは

資治通鑑だとカットされてるから

やっぱり詳細な時期はわからないけど、

劉備が平原の相時代だから

191〜194年の間と思われる。


資治通鑑基準だと

孫策が劉繇倒したのが195年。


だから、太史慈が劉繇の下にいたの

最大でも4年という事になる。


「暫渡江到曲阿見繇,未去」

と書かれてるけど、

「いまだ去らぬうち」……だから、

太史慈は劉繇のとこから

立ち去ろうとしてる前提に見える。


この「暫」は、

しばらく劉繇のとこ滞在してた、

じゃなくて

ようやく同郷の劉繇に会いに行った、

というニュアンスのが近い。


太史慈は劉繇の元へ行ったけど

大した役目貰えなくて、

出ていこうとしたところに

孫策が来た、って文脈に感じる。

実際、仰せつかったのは

誰でもできる偵察係だったしね。


どうしても太史慈が

劉繇陣営と縁が深いように見えない。

そんなやつを元劉繇陣営の

接収に行かせる?

「華歆の偵察」目的の方が信憑性ありそう。


「太史慈を大将軍にすれば?」

って言ってるヤツがいるから

劉繇の評価が低いだけで

他の同僚からは一定の評価を得ていた?



とりあえず、

「孫策と太史慈の一騎討ち」と

「丹楊太史慈戦」は

時系列が少しズレてるという結論で。


本文だと一瞬で終わるけど

太史慈は山越を招いて

丹楊でそこそこ粘ってたという事に。



即署門下督,還吳授兵,拜折衝中郎將。「後」劉繇亡於豫章,士眾萬餘人未有所附,策命慈往撫安焉。


↑ただ、

太史慈が仲間になってから

「その後」でワンクッション

置いてもいるわけだから

演義の時系列でも成立します。


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