表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡々三国志  作者: ンバ
魏書第十五、司馬朗伝
329/603

五・註四・五、疫病にて没する

5.

建安二十二年,與夏侯惇、臧霸等征吳。到居巢,軍士大疫,朗躬巡视,致医药。遇疾卒,時年四十七。遺命布衣幅巾,敛以時服,州人追思之。明帝即位,封朗子遺昌武亭侯,邑百户。朗弟孚又以子望继朗後。遺薨,望子洪嗣。


(訳)

建安二十二年(217)に

夏侯惇かこうとん臧覇ぞうはとともに

呉の征伐に向かった。


居巣きょそうへ至ると

軍士の間で大いに疫病が流行してしまい、

司馬朗は巡視して医薬を施したが

病疾に遇いて卒した。

この時、四十七歳であった。


遺言により布衣幅巾(普段着)に

時節に沿った服装を以て

(棺に)収めるよう命じた。


州の人々は司馬朗を追慕した。


明帝(曹叡)が即位すると

司馬朗の子の司馬遣しばい

昌武しょうぶ亭侯に封じられた。

食邑は百戸であった。


司馬朗の弟の司馬孚しばふもまた

子の司馬望しばぼうを以て司馬朗の後を継がせた。


司馬遣が薨去すると、

司馬望の子の司馬洪しばこうが嗣いだ。


(註釈)

呉討伐の途上で疫病にかかり

余りにもあっさりと逝ってしまった司馬朗。


伍子胥なんかも楚から呉へ至る途中

病にかかったりしているので

合わない人にはとことん合わないんかな。


コロナが来たのも江夏郡のあたりからだし

長江流域の風土は一体どうなってるんだ?


享年47なので、やはり171年生まれです。


父・司馬防より二年早く

亡くなってしまった司馬朗でしたが

その分まで弟ふたりが

めっちゃ長生きします。


註4.

魏書曰:朗临卒,謂將士曰;「刺史蒙國厚恩,督司萬里,微功未效,而遭此疫疠,既不能自救,辜負國恩。身没之後,其布衣幅巾,敛以時服,勿违吾志也。」


(訳)

魏書にいう、

司馬朗がまさに卒しようという時

将士に対してこのように謂った。


刺史わたしは国家から厚き恩を蒙り

万里を司る任務に当たったが、

微かな功績もあらわさぬうちに

こうして疫病に遭遇してしまった。


もはや助からぬ、国家の恩に

辜負こふする(そむく)事になろうとは。


身共が没した後は

その布衣幅巾(普段着)に

時節に沿った服装を以て

(棺に)収めてほしい。


どうか吾が遺志を違えないでくれ」



(註釈)

217年には魏の国内でも

疫病が蔓延していたようで、

江南の地に倒れた司馬朗の他にも

王粲おうさん陳琳ちんりんといった

優れた文学者が亡くなっており

曹丕が自著の典論の中で

この事を嘆いています。


註5.

晉諸公赞曰:望字子初,孚之長子。有才识,早知名。咸熙中位至司徒,入晉封義陽王,遷太尉、大司馬。時孚爲太宰,父子居上公位,自中代以来未之有也。洪字孔業,封河間王。


(訳)

晋諸公賛しんしょこうさんにいう、

司馬望しばぼうの字は子初ししょ司馬孚しばふの長子である。

才覚と見識を有し、早くに名を知られた。


咸熙年間(264〜265)に

官位は司徒しとにまで至り、

晋代に入ると義陽ぎよう王に封じられて

太尉たいい、大司馬に遷った。


この時、司馬孚は太宰となっていたが

父子ともに上公の位にあることは

中代以来いまだ無かった事である。


司馬洪しばこうは字を孔業こうぎょう河間かかん王に封じられた。


(註釈)

司馬孚しばふは司馬懿の年子の弟、

義陽ぎよう郡は南陽なんよう郡を分割して

新しく作られた郡です。


魏延ぎえんの出身地は「義陽」になってますが

魏延が暮らしてた当時はまだ存在してません。


曹丕そうひは藩屏冷遇政策により

屋台骨を乗っ取られる事になったので

司馬氏は反対に身内を

重んじる方針にシフト。


そこから八王の乱が勃発してしまい

劉淵りゅうえん石勒せきろく苻堅ふけんが台頭する

契機を作ってしまうのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ