(4)
⒋
月曜から金曜の週五日間。
時間は午後二時から開店準備の手伝いと、休憩挟んで午後六時の開店から午後十時まで接客メインで時給千四百円。
この不景気に未経験の私としては有難い額面である。
……って言うか正直秋葉原の表通りからはちょっと離れていてお客さんあんまり来なさそうなんだけど、他の飲食店よりだいぶ高めに貰える感じなんだけど、魔法少女の後輩だから無理して雇ってくれてるのかな……。
ともあれこの時間なら就活の面接も早い時間であれば設定可能である。
飛びつかない理由は無かった。
――しかし。
「あの……お芋……」
食材の下準備で言いつけられていた里芋の皮剥きを終えて、出汁を取ったり魚を捌いたりしているリュウさんの所へ持っていく。
「……」
リュウさんは無言でボウルの中の芋を一瞥する。
「……そこ、置いておいて下せえ。お嬢さん」
「は……はい」
言われて私はなるべく音を立てないように静かにボウルを置く。
「ああ、それから――」
私がその場から離れようとした瞬間、リュウさんの低い声が私を呼び止め、サングラスの下から鋭い眼光が覗く。
「はいいっ……⁉」
「――次からはもうちっと……薄く剥けるように、頑張りましょうや」
「す……すすすすみませんでしたあぁぁぁぁ!」
全力で頭を下げて店の裏口から表へ出る。
「ダメだ……頭ではモモみたいなものだってわかってるのに……一対一だと怖すぎる……スキンヘッドの妖精……。って言うか何で室内でサングラス……」
私が戦ってた闇の国の敵幹部なんかよりよっぽど凄みがある気がするんだけど。
「……アンタ、そんなゲッソリした顔で何やってんの?」
二階の住居スペースから月子さんが螺旋階段を下りてくる。
昨日の感じとは雰囲気が違うな……ビジネススーツとか着てるせいか。
「あ……お、お疲れ様です……」
「何? リュウにいびられでもした?」
私の顔色を見て察したのか、ニヤリと笑って言う。
「いえ、そうじゃないんですけど中々慣れなくて。……リュウさんのあの喋り方って、元々あんな感じなんですか?」
「んー? いや、最初に会った頃はもっと全然可愛い感じだったのよ。語尾に『~ドラ』とかついてたし」
「……ドラ……」
ドラゴンの妖精だからっていいのか、そんな安直で。
「えと、じゃあいつ頃から……?」
「実家に居た頃、父さんがその手のDVDやたら持っててさあ。任侠物とかってやつ? あたしは全然興味なかったんだけど、リュウのやつ何でかどっぷりハマっちゃって。気付いたらあんな喋り方だし、人に化ける見た目もあれ、好きでやってるからね」
やっぱり一番人を育てるのは環境なんだなあ……人じゃないけど。
「でも、月子さん」
「ん?」
「その、雇っていただいて私は嬉しいんですけど、良かったんですか?」
「何が?」
「だって高二からずっと戦いばっかで、新聞配達とかはやってましたけど接客未経験なのにお給料だってかなり高めに設定して貰っちゃって……」
「……こんな大通りから外れたトコで大丈夫なのかって?」
「い、いえいえいえいえいえそんなコトは……!」
「あっはっは、大丈夫だよ。アンタが心配する事じゃないし、ウチは元々一元さんお断りだからね。馴染みのお客さんと、その紹介客で回ってるんだよ」
「か……会員制ってやつですか?」
「別にそういうわけじゃないけど、まあちょっと特殊な客層だからさ」
「そうなんですね」
「んー……! じゃあ、あたしちょっと銀行入ったり商工会行ったりで出掛けるから、仕事頑張ってネ」
そう言って月子さんはハタハタと手を振って通りの方へ行ってしまった。
「そっか……特殊……」
……。
「今、客層が特殊って言ってなかった……?」
いきなり聞かされた不安要素に、猛烈に嫌な予感がしてくる。
大丈夫なのか、時給千四百円で。
「……お嬢さん。テーブルやカウンターの拭き掃除を頼みてぇんですが、いいですかい」
「は、はいぃい! ただいまァ!」
裏口から顔を出したリュウさんにドスの効いた声で話しかけられ、私は慌てて仕事に戻ることにした。
先程の月子さんの言葉の意味を私が理解するのは、この数時間後の事である。




