元彼
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「あれ、千尋じゃん。」
改札を通った後、駅のホームに行こうとすると、突然後ろから話しかけられた。
その声…………元彼だ。
前に、駅のホームで浮気現場を目撃した後、LINEで別れたまま、一度も会ってなかった。
「へぇ~!もう新しい男連れてんだ。」
「違っ…………」
「そうだよ。何か問題でもあるかよ?」
加島…………何言ってんの?
「いや、あのこれは……。」
「行こう、野々村。」
加島が私の手を引いて行こうとすると、元彼がボソッと言った。
「かわいそー。友達に彼氏のふりさせるとか、惨めだな。」
頭に来た!!ムカつく!!
「ふざけんな!誰のせいでこうなってると思ってんの!?アンタが裏切ったからでしょ!?」
自分の事をなんて言われても我慢できる。でも、友達を侮辱されるのは許せない!!
「少し落ち着け野々村。」
これが落ち着いていられる?
「はぁ?お前がつまんねーからだろ?」
「それはアンタも同じでしょ!アンタみたいな男と付き合うんじゃなかった!」
元彼が手を振り上げた瞬間、加島が…………私にキスをした。
「本当に付き合ってる。これで満足か?」
振りかざした手が、そのまま降りて行った。
「満足だよな?行こう。」
その手を見て思った。この手は……本当に私と手をつないだ手と同じ?同じ人?私はこの人の何を見ていたの?
今はもう、何も見えない。
私は、彼の最後の顔さえ見れずに、その場を立ち去った。
加島は私の手を引いてホームの端に連れて行った。ホームの端の方は…………比較的人が少なかった。
二人でベンチに座ると、加島が気まずそうに口を開いた。
「あの…………ごめん。」
「何で加島が謝るの?」
「勝手に…………」
そうだ……。
私さっき、加島と…………何とも言えない罪悪感が沸き上がって来た。
「何考えてるの!?アンタは今ミホと付き合ってるんでしょ!?」
加島じゃない。加島は悪くない。加島はただ…………私を助けてくれただけ。
「ごめん。私のせいで……私が全部悪いのに……ごめん……。」
絶対泣きたくないと思っていても頭と心は別々だった。
……勝手に、涙が頬を伝い流れて、握りしめた手の甲に落ちていた。
「ごめん……。」
「だから……なんで加島が……謝る……。」
「ごめん……。」
それから、何本も電車を見送る間、加島は何度も何度も謝っていた。
それは…………ミホに?小崎に?それとも、ミホの友達の私に?