帰路
夏が近づいてきて、元気を出し始めた太陽の煌きで今日は暑かった。
太陽により温められたアスファルトの地面も熱気を込み始めているから、この地域にも本格的な夏が始まるのかもしれない。
そんな暑い中、俺と彼女は遊びにでかけていた。
出かけていたと言っても、もう一通りのデートの流れは済ませてしまっていて今は帰る途中だ。
しかしせっかくのデートではあったのだけど、今日はゲームセンターのクレーンゲームという名の悪魔のような装置により散財してしまっていて、今の俺は帰るための運賃すら危う状況で、内心が荒れ気味になっていた。
別にクレーンゲームでは見栄を張っていたわけじゃないのだが、つい目の前のことだけに真剣になってしまうのは良くも悪くも自分の癖だ。
おかげでプレイ中は財布の中身を全く気にしていなかった。
しかもそれなのに景品は結局とれていないという、我ながら情けない結末で終わっている。
だから当然というべきか、俺の気分は落ち込み気味だ。
「ねぇ、そういえば聞いて!」
彼女が俺の落ち込んだ気持ちを吹き飛ばすかのように、無邪気な表情を浮かべながら明るい声で話しかけてきた。
彼女の長く綺麗な黒い髪が体の動作に合わせて揺れ、その様子が俺には可愛く見える。
「実は私、宝クジが当たったのです!」
「え、本当か?すごいなぁ、いくらだよ?」
俺のいくら、という金額の質問に彼女は少し不服そうに顔をしかめた。
ムッ、とした顔も嫌いじゃない。
………いや、それより何で不服そうな顔をしたんだ。
まるで俺が無礼な質問を投げかけてしまったみたいじゃないか。
「あのね。こういう時は金額より、先におめでとうって祝うものなんじゃないかな」
真面目な口調と真剣な瞳で、彼女は俺の発言に対して軽い説教をしてきた。
彼女の言うことは一理ある。
俺のがめつさが表れたみたいで恥ずかしいな。
完全に言い訳にしかならないが、散財のせいでそこまで気を利かせる余裕が無かったって事ということにして欲しい。
「あ、あぁ。そうだな、おめでとう。で、いくらだ?」
「もう…煌太は適当だなぁ。まぁいいか」
彼女は、煌太と俺の名前を言いながら俺の失言を流す。
それから俺を焦らすためになのか、彼女は明らかにわざと勿体ぶってひと呼吸を置いた。
妙に自信に満ち溢れているというか、偉そうな顔をしている。
これがいわゆるドヤ顔ってやつかな。
「何と………」
「なんと?」
彼女は更に先伸ばすように言うから、焦れったさに俺はオウム返しして答えるのを促した。
するとさっき説教してきた時と同じ真剣な表情を彼女が見せてくるものだから、こちらもつられて真剣になって息を呑む。
何の宝くじかは聞いていないが、もしかしたら何億という莫大な金額なのだろうか。
俺の妄想が膨らみ、期待で胸が高鳴る。
しかし彼女の表情はにっこりと笑顔に変わって、甘い吐息と声で俺に囁いた。
「ひ・み・つ」
「は?秘密?何でだよ」
「えへへ、何でだろうね。煌太」
自分から宝くじのことを言い出しておいて、肝心の金額について彼女は愛想笑いではぐらかそうとする。
だから彼女が次の別の話題を出す前に、俺はすかさず続けて質問を投げかけた。
「まさか言えないほど高いのか?それとも低すぎるのか?」
「いやぁ、どっちでもないよ。それなりだけど、言えないの」
「………優羽は変な所で隠し事をするよな」
俺の彼女、優羽はよく分からない所で秘密を作りたがる。
秘密を作ることには特に意味は無いようで、きっと一種の癖なのだろう。
今まで大きな隠し事や大事なことを秘密にされたことが無かったから、今更俺は気にすることは全くなかった。
「なら、そのお金を何に使うつもり何だ?それぐらい教えてくれてもいいだろ?」
「んー?んふふふふ」
優羽は照れ恥ずかしそうに笑う。
いつもの白い肌の顔が、少し赤くなっているのが見て分かる。
答えようとしてはいるようだが、相当恥ずかしくて言いづらそうにしていた。
「変な笑い声出すなよ。まさか、また秘密か?」
「いやぁ、教えるよ。教えるけど……恥ずかしいな」
優羽はニヤニヤとしながら手で口を隠す仕草をした。
その手の動作はにやけを隠そうとしているみたいであったけど、全く隠れていない。
それに口が隠れていても、目つきだけでにやついていると分かる。
「おいおい、さっきから勿体振り過ぎだぞ。そんなに人に言えないような事にでも使うつもりなのか?」
俺は茶化しながら優羽が答えるよう急かした。
すると優羽は焦って、最初だけ口調を強めた。
「もう言うから!えっと、その……」
後は優羽が唸りながらも話出してくれる。
俺はその言葉に静かに耳を傾けることにした。
「もし、もしもだよ。……もし、その……私たち付き合って長いじゃない?」
優羽と恋人関係になって、四年ほど経つ。
年月で恋仲を語るものではないが、今でも良好な関係だし充分に長く付き合っている事になるはずだ。
相応な年齢なら、普通だと同棲とかしていても何らおかしくないだろう。
「そうだな」
俺は聞きに徹して、適当に相づちを打った。
それから優羽は恐る恐る言葉を続ける。
「だからね。ほら、私は両親がいないけど、煌太の両親に私は挨拶して気に入られたわ。それで、結婚式……とか、しようとしたら費用が凄いかかるじゃない。そのために…ほら……。少しでも金銭面の余裕を、持ちたいと……思うの」
「え、あ。あぁ……なるほどな。なんだ、そういうことか。あははは、あー驚いた。…そうかそうか、うん」
上目遣いしながら結婚について言い出す優羽に、俺は思わず慌てた。
というか俺の顔が熱い。
夏が近いとか関係なく、俺の全身が熱くなった。
まさか結婚式とかいきなり言い出すとは思わなかった。
完全に予想外だった。
確かにちゃんとした結婚式をしようとして、二人だけで費用を出そうとしたらえらく大変な話だ。
それを優羽が思慮したということは、俺との結婚を考えてくれている事になる。
それは素直に嬉しくもあり、気恥ずかしい。
だけど幸せな気持ちは確かにある。
「まさか優羽が結婚について言い出すとはな。意外だった」
「そ、そう?でもなんか、これだと私がプロポーズしたみたい。煌太の口からプロポーズの言葉を聞きたかったな。あーあ、損した気分!」
「いつかちゃんと言うよ。期待して待ってろ」
そう言って俺は優羽の手首を掴み、優しく引っ張って顔を引き寄せた。
すると意外にも優羽からの抵抗は一切なく、口が重なりあった。
ただ、突然にしたのが悪かったのか、一瞬優羽の体が硬直した。
しかし優羽はすぐに受け入れて、大人しく俺と口づけを交わし合う。
人通りが少ないとはいえ、道端でキスとは我ながら少し大胆だった。
「おいおい、煌太。往来する所で何してんだよ」
突如、後ろから声をかけられて俺と優羽は急いで口を離した。
そして声がした方に視線を移せば、そこには俺と優羽がよく知る男性がいた。
俺の親友の裕太だ。
平凡な名前をしているが背格好や顔は恵まれていて、かなりの遊び好きの性格だ。
それは学生から社会人になった今でも変わらない。
だからなのか、乙女である優羽は女好きの裕太に対してあまり良い印象を抱いてはいない。
俺としては、裕太は面白くて良い奴だと思う。
非常識な所が目に余ることもあるが、別に悪意や悪気はある訳ではないから少なくとも嫌いじゃない。
良くも悪くも純粋と言えばいいだろうか。
それに裕太とは小さい頃からの付き合いでもあるし、裕太自身の性格が悪い奴じゃないのはよく分かっている。
「裕太、お前……見ていたのか?どんなタイミングだよ…」
「こんな表通りでイチャイチャしていたら嫌でも目に付くっつーの。全く、お前らはお盛んだな」
裕太の言葉に優羽は慌てふためく。
遊び好きな裕太に下品な扱いをされたくないのが、見ていて分かる。
それに優羽はこういう言葉に苦手意識があるから当然の反応と言えた。
「ち、違ッ…!」
「まぁ、いいって優羽。いきなりキスした俺が悪かった。それより裕太、仕事はどうした?」
俺はあからさまに話を逸らして、わざと関係の無い質問を裕太に訊いた。
そして裕太から返ってくる答えは、俺には予想がついているから分かっている。
「今は仕事が終わって帰宅中ってやつだ。お前ら二人が仲良く休暇でデートしている間に、汗水垂らしまくっていたんだよ。ったく、煌太は恋人がいて羨ましいぜ。俺にも恋人が居たら休日が楽しくなるだろうに」
「あれ?お前、恋人いなかったか?」
確か二ヶ月ほど前に、裕太は酔っ払いながら恋日との写真を携帯電話で俺に送っていた。
ずいぶんと仲良さそうに写っていたし、裕太は酔ってはいたけどメールの文面には新しい彼女と書いてあったからその写真に映っていたのは恋人で間違いないはずだ。
「いつの話か記憶にないけど、別れたよ。今、俺に恋人が居ないから間違いないぜ!」
「何を自信満々に言っているんだ、お前は…」
「裕太、また別れたの?女遊び酷過ぎ。裕太は真剣に恋をしたことないでしょ?」
優羽の問い詰めの言葉に対して、裕太は余裕の笑みを浮かべた。
本気なのか冗談なのか、俺ですら分かりづらい表情だ。
しかし裕太のことだから真面目な言葉が返ってくるとは、俺は微塵とも思ってはいない。
それは優羽も同じだろう。
「俺はいつでも真剣に相手を愛しているよ。ただ恋愛対象が不特定多数だったり、交際期間は短いけどな」
「人はそれを浮気性と言います」
優羽は的確な言葉で、裕太の行動に対して指摘をした。
もちろん裕太はそんな優羽の言葉を気にはしていない様子だが。
浮気性と言われ慣れていたりするのだろうな…、裕太のことだから。




