今と過去の、さいごの言葉
お久しぶりでございます、もやしです。
前々から言っていた、超長文の青娥と芳香の過去話です。
捏造なので設定がおかしいとか時代がわからないとか不具合まみれですが・・・
よければ読んでいってください。
*今回は残酷な描写、ならびに多少のグロ表現が入ります。閲覧の際にはご注意ください。
心地よい風が髪を撫で、その感触に邪仙、霍青娥はまどろみから目を覚ます。
一番に目に映るのは、何一つ邪魔するものが無い、青い空。
それから視線を動かすと、直立不動――ただし腕はぴんと伸ばされているが――で立つ青娥の使役するキョンシーの宮古芳香を視線に捕らえる。
芳香はどこともいえない方角を向いてぽけー、としているようだ。
いつの間にか眠ってしまったために芳香に対して何も命令してなかったからだろうか。
まぁどうでもいいか、と身を起こしながら考え、ひとつ大きく伸びをする。
そして立ち上がり、芳香の元に移動した。
「よーしか」
「んおー?」
声をかければ、芳香はこちらを振り向く。
顔の、いや正確には額に貼り付けられたキョンシー状態の維持、制御、防腐など様々な術を(この間)まとめたお札が振り向く動作にすこし遅れて揺れる。
「おおー、せいがー」
間延びする、既に聞きなれた声。
その声を聞き流して、青娥は芳香に飛びつく。
「おおー!?」
突然のことで対応が遅れた芳香は勢いあまって倒れてしまう。
幸いこちらを完全に振り向いていたおかげで背中から倒れる形になったので、地面に腕が突き刺さるとか腕が折れるとかはならずにすんだようだ。
倒れた瞬間、衝撃などで「ぐぇ」と呻いてはいたが。
「ふふ、おはよう芳香」
「お、おおー?まぁ、おはようなのだー」
「あぁ、そんな慌ててる様子も可愛い!」
そのまま、むぎゅー、と芳香を抱きしめる青娥。
既に死体であるはずの芳香ではあるが、さすがに体を締め付けられるのはダメージがあるようで。
「ちょ、せいがー、せいがー!苦しいー!」
「あら失礼」
芳香の苦悶の声に青娥は抱きしめる力を弱める。
けほけほと咳き込みながら芳香が青娥を見下ろす。
「どうしたのだー?」
「んーん、特に何もー。ところで芳香、さっき何見てたのー?」
猫撫で声で話す青娥だが、芳香は特に反応なし。
内心ちょっとつまらないなー、と思っているが芳香相手なので諦める。
当の芳香は青娥の問いに「んんー?」と悩んでいた。
・・・やはりただぼけーっとしていたようである。
そう思っていると。
「・・・青娥を守ってたー」
「・・・・・・」
「・・・その目をやめて欲しいのだー」
芳香が突然放った言葉に、青娥は思わずジト目を向けてしまった。
明らかに嘘くさい。言い訳の匂いがぷんぷんする。
何も言わずに見つめ続けていると、芳香が折れたようにつぶやく。
「べ、別に嘘じゃないー」
「ほほぅ、じゃあさっき向こうの木陰に隠れたっぽい影は何なのかしら?」
「え、そんなの居た?」
「居ないわよ!やっぱり嘘じゃない!!」
あ、しまった、といったような表情を浮かべる芳香の額に、青娥はでこぴんを放つ。
ぴしっ、と小気味いい音に芳香が「あうっ」と呻く。
痛みは感じていないので、衝撃に驚いたのであろう。
「全くもう・・・」
「せいがー」
「何よ?」
でこぴんをしてそのまま立ち上がろうと、芳香から離れたときであった。
突然、芳香が青娥に話しかける。
こりないなぁ、と適当に相槌を打った、その瞬間。
「でも良かったのだー。青娥が怪我するようなことがなくてー」
普通ならば、ただ芳香が反省して言った言葉だと受け取るだろう。
だが、青娥は違った。
青娥は、驚きに目を見開いたのだ。
その理由は。
芳香が最期に、青娥に対して言った言葉、そのものだったのだから。
そして、青娥の頭の中で、遥か遠い記憶が呼び起こされる。
あの悲しくも楽しかった、「始点」の記憶が。
******
「うーん、いい景色ねー」
遠くに見える山々。ほど良く雲がかかり、ちゃんと見えないのが逆に風情である。
雑草が抜かれ、土が見えているだけの街道を歩きながら、青娥は景色を楽しんでいた。
彼女は今、この地――正確にはこの国を旅して回っていた。
実は何十年か前にこの国にやってきた後、どこともなく彷徨っているのである。
だがそんなこともどうでもいい。今は景色が最優先だ。
「これだから歩き旅はやめられないのよね」
誰も居ないのにとくとくと語る青娥。
しかし実際籠などに乗って移動しているとこのような景色は楽しむことができないのも事実。
楽だがつまらない籠と、大変だがとても楽しい歩き。
まだそう年月が経っていないとはいえ、仙人となった青娥には、後者の方がとても素晴らしいものに思えた。
実際仙人になったおかげで、歩き旅のデメリットである大変さがなくなったのも大きい。
ほとんどデメリットが無いのなら、メリットが多いほうを選ぶ。
それが青娥の理念であった。
ただしそれは単純な物事を決める場合のみ。
「・・・この素晴らしい景色に、汚れをもたらす声が聞こえるわね」
青娥は、そう遠くない――しかし常人では聞こえるはずの無い――距離から聞こえた「声」に、顔を顰め。
そして、その声の聞こえた方角・・・左手に見えていた、深い森の中へと歩んでいった。
その頃。
森の中では、数人の少年少女が走っていた。
男の子三人、女の子二人。なぜこんなところに居るのかという質問は、彼らの後ろを見れば一目瞭然である。
「待ちやがれええええええ!!」
彼らを追う大男。ただしその顔は狼のような、獣のそれであった。
他にも何人か狼の顔をした男たちが少年少女を追いかける。
その狼男たちの足の速さなら、普通は少年少女に追いつけるはずなのだが、子供達は小柄な体を活かして縦横無尽に逃げ回る。
それ故に中々追いつけないでいた。
しかし。
「ふん、ここまで追い詰めればもう逃げられまい」
逃げ道が大きな岩で塞がれ、周りを狼男たちに囲まれ。
子供達は逃げ道を失った。
「散々手間取らせやがって・・・お仕置きが必要だな」
そう言って、じりじりと近寄ってくる狼男たち。
子供達は泣き声をあげることも適わないぐらいに怯え、震え、涙を零していた。
そんな子供達の中から、一人の少女が立ち上がる。
そして、他の子供達を庇うように両手を広げ、
「みんなに、手を出すな!!」
恐怖の涙を零しながらも、大きく言い放った。
それを効いた狼男たちは、大きく笑い出す。
「ははははは!勇敢なお嬢ちゃんだ!どうせ皆喰われるのに、わざわざ自分から喰われにやってくる、勇敢で愚かなお嬢ちゃんだ!」
リーダー格の男の言葉に、他の狼男たちがさらに爆笑する。
そんな狼男の台詞に、さらに涙を零しながらも、その少女はもう一度言った。
「みんなに手を出すな!食べるなら、私だけにしろ!!」
それを聞いた狼男のリーダーは、笑いながら少女に歩み寄る。
「そいつぁきけねぇ相談だ。何せお嬢ちゃんたちは、この俺達をこんなに疲れさせたんだ。お嬢ちゃん一人じゃ満足できねぇよ」
「知らない!お前達のことなんて知るもんか!食べるなら私だけにしろ!!」
少女の言葉に、リーダーのこめかみと思われる部分に青筋が出来上がる。
そして、少女の頭を大きな手でむんずと掴み。
「うるせぇ餓鬼だ!そんなに喰われたいなら早速喰ってやる!!」
その細い首筋に、鋭い牙が迫るのを、最期まで見ることができずに目を瞑ってしまう。
そして、もう狼男の牙が首に食い込むかと思われたその瞬間であった。
ずんっ、という音。
あぁ、首筋に牙が届いたのであろうか。
それにしては、痛みが無い。
いや、むしろ・・・
「あ・・・がぁ・・・・!?」
目の前にいる狼男のほうが、苦悶の声を上げているような・・・?
好奇心に負けた少女は、恐る恐る閉じていた目を開く。
そこに写ったのは。
「・・・なんと愚劣な輩であろうか。せっかくの景観が台無しだわ」
狼男の腹に生えた、一本の腕。
それが勢いよく引き抜かれ、そのまま狼男はぐらりと倒れ始める。
このままでは自分も一緒に倒れてしまう。いや、さらに悪いことにこの巨体の下敷きだ。
必死に自分の頭を握る狼男の手を離そうとするも離れないまま、一緒に倒れ・・・
「はい確保ー」
そうになったとき、何者かが少女を抱えた。
同時に、頭を掴んでいた手の感触が無くなる。そして聞こえる、巨体が倒れたであろう音。
何がなんだかわからなくなった少女は、顔を上げる。
そこにあったのは、青い髪に、青い瞳の、美しく可愛らしい女性の顔だった。
その女性――青娥は少女を地面に降ろすと、右手で少女の頭を撫でる。
「よしよし。とても強い子ね。お姉さん惚れちゃった」
そう言って、少女に微笑みかける。
少女がきょとんとしていると、周りから罵声が浴びせかけられる。
「何だテメェ!!」
「テメェ、よくもお頭を!!」
「許さねぇ!ぶっ殺してやる!!」
ぐるる、と唸る声を聞いて、青娥はよいしょと立ち上がり。
少女に向けたものとは全く逆、まるで害虫を見るかのような冷たい瞳で狼男たちを睨み上げる。
「群れて大口を叩くしか能の無い毛玉ね。綺麗な景色の邪魔よ」
青娥の口から紡がれたその台詞に、狼男たちは激昂。
そのまま青娥に襲い掛かる。
そして、立っている狼男は、一体もいなくなった。
「あーよしよし。ほら、男の子なんだからそんなに泣かないの」
青娥が自分に纏わりついて泣き喚く子供たちをあやしながら歩く。
青娥の背中には、他の子供たちを庇い続けた少女。今は青娥の背中にしがみついて、道を教えていた。
すべての狼男たちが沈黙し、助かった安堵と恐怖から大声で泣き始めた子供たちを、青娥は彼らの住んでいるところまで連れて行くことにした。
ここで放置すればまた別の妖怪に襲われる可能性だってあるし、そもそもそこまで薄情でもない。
唯一泣いていない、腰が抜けたものの落ち着いた様子の、例の少女を背負って道案内を頼む。
そして子供たちをあやしながら道を進んでいたのだ。
(それにしても)
青娥は自身の羽衣で鼻水を拭こうとした坊主の少年の頭に軽く拳骨を落としながら、今歩いている道なき道を見て考えていた。
(確かこの付近に村なんて無かったはずなんだけど・・・)
前に立ち寄った村で、次の村までの地図を記憶している青娥は、こんな場所に村なんて無かったことを知っている。
本来なら、次の村まで歩いて三日か四日。昨日村を出た青娥なら、次の村まであと一日以上歩く必要がある。
だが、そんな遠くの村から、この子供たちがこの森にやってくることなどまずありえない。
仮にそうだとしても、今彼女たちが歩いている方向は、昨日出発した村でも、ましてや向かっていた村でもない方向。
一体どういうことであろうか。
「ねぇ・・・本当にこっちであってるの?」
さすがに不安に思い、青娥は背負っている少女に尋ねる。
もしかしたら道を間違えたのかもしれない。何せさっきまでありとあらゆる方向に逃げ回っていたのだ。実は道に迷っているのを隠しているのでは、と。
しかし少女は。
「大丈夫だよ。あ、そこの二つの岩の間ね。そしたらすぐだよ!」
何の不安も無さそうに、岩を指差す。
青娥は怪訝に思いながらも、言われたとおりに岩の間を突き進む。
そして、目の前に見えた光景に驚愕した。
そこには、地図には無いはずの村があったのだから。
「いやー、うちの娘が迷惑かけたようで、本当、すみませんでした!」
そう言って、青娥に対して頭を深く下げる男性。
頭頂部の毛が少しばかし薄いが、それ以外は寧ろ元気が有り余っていそうに見える、50代程の男だ。
頭を下げてくる男性に対し、青娥は手を振りながら「いえいえ」と返す。
「別に構いません。当然のことをしたまでですよ」
笑いながら言えば、男性は頭をかきながら顔を上げる。
「いやはや、本当にありがとうございます。私共の気配りが足りなかったもので・・・」
「話には聞きましたが、最近まであのような毛玉は居なかったのでしょう?ならば致し方ありませんわ。でも、今後は気をつけなさってくださいね」
「はい。早速村長に報告してまいります。それでは失礼。どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい」
そして、男性は立ち上がって部屋を出て行った。
―青娥は今、背負っていた少女の家に邪魔していた。
本当は村長のもとに行くべきだったのかもしれないが、子供たちを家に帰すのが先決だと思ったからである。
早速子供たちに家を案内してもらい、親に軽く挨拶してから次の家へ。
そして、最期に少女の家に着き、そこで暫しあがらせて貰うことにしたのだ。
そんなことを思いながら少女の父親を見送って、青娥はこの村について聞いたことを頭の中で整理し始めた。
(それにしても、まさかこの村は人妖が共存している村とはね・・・)
この村の、最大の特徴。
それが、人と妖が共に生活しているということ。
今のご時勢、もっと大きな都、それでなくとも前に居た小さな村でさえ、人々は妖怪のことを只管に恐れ、排斥している。
対する妖怪も、人間のことを餌同然、あるいは慰み者にしか思っていない。
そんな関係が世界中で当たり前になっている中、この村だけは、人と妖怪が互いに手を取り合い、共に生きている。
それ故に、この村は地図に書かれていないのであろう。
もしこの村の存在が露見すれば、人も妖怪も、こぞってこの村を疎ましく思うはずなのだから。
(でも、素晴らしい。素晴らしい強さよ、これは!)
そんな世の風潮の中でも、変わることなく存在しているこの村。
生半可な覚悟や強さでは、絶対に不可能なこと。
それを実現するこの村の、村人達の力強さに、青娥は深く感動していた。
もとより強い存在が――肉体的でも精神的でも――好きな青娥は、今までにも多くの強い存在に遭遇しては感動していたのだが、この村に対して覚えた感動は、今までのどれよりも深く、素晴らしいもので。
一瞬で、青娥はこの村のことを好きになっていた。
「・・・お姉ちゃん?」
一人感動していると、ふすまからさっきの少女が顔を出す。
「あら、どうも。もう大丈夫?」
少女に具合なんかを聞くと、こくこくと頷いて、それから部屋に入ってくる。
年相応のあどけなさに青娥がほっこりすれば、少女は青娥の前に座った。
「お姉ちゃん、これからどうするの?」
急にそう問われて、青娥は暫し考え込む。
そう言えば自分は旅の途中で、次の村まであと一日というところまで来ていたはず。
だがしかし、なんかこの村気に入っちゃったしなぁ。
まぁいっか、と自分の中で勝手に結論付けて。
満面の笑みを浮かべながら、少女に対して、言った。
「それじゃ、しばらくこの村に居させてもらおっかな」
それを聞いて、少女は顔を輝かせる。
そのまま飛び回りかねないほど喜んでいるようだ。何よりである。
「とりあえずこの後もしかしたら村長さんのところに案内してもらうかもしれないし、どこに泊まるかも考えなきゃ、ね」
「あ、じゃあうちで暮らそうよ」
「あ、これもう家族扱い決定なのね」
どうやら数日やそこらではなく、軽く一年以上は滞在させられそうだ。
・・・まぁこの村、見てて飽きないだろうし、別に構わないけど。
「とりあえずお父さんに聞いてからね」
「えー」
「えー、じゃありません。こういうのは勝手に決めちゃだめなの」
ぶー、とむくれる少女の頬をにぎにぎとつまんで、軽くじゃれる。
「ともかく、これからしばらく滞在するし、お名前聞いておかないとね。私は霍青娥。あなたは?」
先に自己紹介を済ませ、少女の頬を遊んでいた手を離す。
少女は少しの間自分の頬を押さえていたが、おもむろに口を開く。
「私ね、芳香!宮古芳香っていいます!よろしくね、青娥お姉ちゃん!!」
これが、青娥と芳香の、出会いであった。
その後、青娥は結局宮古家に居候することになった。
しかも、一年どころか、七年もの間。
芳香が青娥を引き止めていたのもあるが、青娥自身、暮らせば暮らすほどにこの村に対して愛着がわいたからだ。
それでなくとも、暮らせば暮らすほどに、この村のことを知っていくのは、旅をする以上に楽しいことで。
たとえば、実は青娥が本来向かっていた村とだけは親交があるのだとか。
たとえば、年に一回の祭りがそれはそれは賑やかであるのだとか。
たとえば、8歳だった芳香が成長していく様を見るのだとか。
そんな、新たな発見が常に見つかるが故に、青娥はこの村をどんどん好きになり、余計に出て行くのが憚られてしまって。
気づけば7年。自分が仙人であることを告げてから5年。
それだけの時間をこの村で過ごしていた。
しかし。
いつまでも、その楽しい時間は続かない。
命に永遠が無いように。
現実は、いつまでも甘美を享受させてくれはしないのだ。
「知ってるか?最近、巷じゃ妖怪狩りが頻発しているらしいぞ」
それはある日のこと。
青娥が村を歩いているときだった。
近くの休憩所で話していた男衆がそんな話をしているのを聞いて、興味がわいた。
青娥はその男衆のもとに近寄り、どういうことか聞いてみた。
「それはどういうこと?」
「ん?おぉ、青娥さんじゃないっすか。いやね、最近外じゃ妖怪を無差別に狩っているって話を聞きましてね。何でも、妖怪を匿った者達は人間でも容赦しないのだとか。今の天皇さんは妖怪嫌いなのかねぇ・・・」
「ふぅん・・・」
軽く答えるだけの青娥ではあったが、実際は聞き捨てなら無い内容である。
もしその内容が事実なら、この村も見つかったらただでは済まないはずだ。
もっとも、今まで外の存在に見つかることは無かったのだが。
それでも用心に越したことはないだろう、と結論付け、挨拶もそこそこに青娥は村長のもとへ向かった。
そして村の警備を強めること、そして青娥が仙術でこの村を覆うことを了承させたのである。
(まぁこれだけやっておけば大丈夫でしょう。それこそ名のある術士でも来ない限り、はだけど)
村を覆い隠すように術をかけ、一息ついたときであった。
「あ、青娥お姉ちゃん!」
後ろから青娥を呼ぶ声を聞いて、振り向く。
そこには、まるで出かける様相の芳香が立っていた。
7年前と違い、女性的に成長した芳香は、もはやこの村の中で一、二を争う美人になっていた。
ちなみに現一位は青娥であることを彼女達は知らない。
「芳香じゃない。どうしたのそのかっこは?」
「え、これから10人くらいでいつもの村に果実とか届けてくるだけだよ」
あぁ、と頷く。
4年ほど前から、この村と青娥が向かう予定だった村は物流交換を行うほどに親交を深め、今ではこうして時々、お互いの村の特産品なんかを交換し合うほどになっていた。
それが丁度今日であるらしく、その交易に参加する人物の中に芳香も混じっていたようだ。
ちなみに、この交易に芳香のような少女が混じることは到って普通である。
それどころか、外見はほとんど人間同様ではあるが、妖怪も混じっているくらいだ。
だが、今回はそれがあまりよろしくない。
下手に人妖混合で出発し、外で横行している妖怪狩りに一同が巻き込まれたら大変である。
かといって、いきなり交易を取りやめることもできず、また妖怪の一同を除外するというのも急すぎて厳しいものがある。
さてどうしたものか。
「・・・どうしたのお姉ちゃん、深刻そうな顔をして」
「え?あぁ、何でもないわよ?・・・あ、そうだ。急で悪いけど今日の、私も着いていっていいかな?」
「本当に急だね!?」
青娥の突然の申し出に、芳香も本気で驚く。
この交易だが、一応ちゃんとシフトが決まっており、青娥は当面参加する必要がない程度の最近に行っている。
無論急に参加するのがいけない事ではなく、過去にこうやって急に同行すると言い出したものも少なくないのだ。余り準備に時間をとらせてくれないが。
なので青娥の申し出も、急であることに驚きこそすれ、同行を非難することは誰もしなかった。
そして青娥も交易隊に混じって出発した。
これが良い判断だったのか、悪い判断だったのかは、誰にも判らない。
「それにしても芳香は歌を歌うのも詠むのも上手いよなー」
「私達の村一歌が上手いでしょ?芳香ちゃんは」
「そんなことないよ。それに詩だってお姉ちゃんが教えてくれたんだもの」
「いつの間にか私より上手くなっていますけどね・・・」
交易先の村で暫しの休憩を取っていた彼女達は他愛も無い話をして盛り上がっていた。
主に青娥の過去の偉業のようなものでだが。
その村の住人までも巻き込んでの大盛り上がりとなったところで、そろそろ帰宅せねばならない時間であると青娥が言えば、全員急いで荷造りを済ませ。
いざ出発と、まさにその時であった。
「おい。そこの集団」
唐突に、男の声が青娥達を立ち止まらせる。
全員が振り向けば、そこには十数人の鎧を着た兵士達が居た。
余談ではあるが、この時代の鎧は想像しやすい鉄や青銅製ではなく、意外にも麻や革が主流だったらしい。
一見貧弱そうな装備ではあるが、その強固さは馬鹿にならない。
そこに居た全員がその鎧を身につけ、手には槍やら剣やらを持っている。
やがて先頭に立っていた、他の者より派手な色の鎧を身につけていることから司令官と推測される髭面が歩み出て、じろりとその眼光を光らせる。
「・・・そこの。妖怪が混じっているように見えるが?」
いきなりの的を射た言葉に、妖怪の面々が身じろぐ。
だがそんな周りのことを全く気にせず、青娥は柔和な笑みを浮かべて返した。
「いえ、私たちは全員人間ですわ。失礼ですが、勘違いではないかと」
「・・・」
髭面の眼光が余計に鋭くなる。
青娥は表情を崩さない。
緊張した睨み合いが続き、誰しもが息を呑む。
やがて髭面は諦めたかのようにため息を吐き、懐から鈴のようなものを取り出す。
そして。
―りりーん、りーん
「!?」
突如何人かが頭を押さえて蹲る。
青娥も、急に脳を直接揺さぶられたかのような感覚に、思わずよろけそうになる。
何事かと兵隊達の方を見れば、兵士は全員武器をこちらに構え、親の敵でも見るかのような目でこちらを見ていた。
「なにを・・・!?」
どうにか体勢を立て直して問えば、髭面が答えた。
「術士お手製の魔除けの鈴だ。これを鳴らせば、人間以外は強弱あれ必ず体に不調が出る。・・・お嬢さん、あんたも人間ではないようだな」
そう言って、青娥に剣の切っ先を向ける。
「せ、青娥お姉ちゃん・・・!」
それを見た芳香が青娥の前に立とうとするが、青娥は彼女の前に腕を伸ばし、そこに居ろと言外に伝える。
芳香は不服そうにするも仕方なく従い、代わりに後ろで蹲っている妖怪の面々の介抱をし始めた。
横目でそれをちらと見て、小さく笑みを零す青娥。
「どうやらあんた一人でどうにかしようとしているようだが・・・この人数だ、どうするつもりかね?」
そんな青娥を見て、髭面が問う。
問われた青娥は、口元を歪め、言い放った。
「もちろん、全員ぶっ倒してやるわよ!!」
「皆は大丈夫、芳香?」
「うん、大丈夫・・・ってお姉ちゃんこそ大丈夫なの!?」
「うん、怪我ひとつ無いから」
そう言ってなぜかくるんと一回回って見せた青娥を見て、更に彼女の周りを見た芳香はあきれたようにため息をつく。
そこには、呻きながら倒れ伏した男達。全員息はあるようだ。骨の一本や二本、あるいは内臓の一つや二つ、ちょこっとイかれた者もいるかもしれないが、その程度で見逃してもらえたことを喜ぶべきだ。
「ちょっと、何よ今のため息h」
「皆もう大丈夫?歩ける?歩けるなら早めに帰ろう!」
「あのー、芳香さーん?」
「いいから帰るよ、青娥お姉ちゃん」
「芳香が冷たい・・・」
そのままその場でがっくりと座り込み、目元を拭うような所作をした青娥の頭に、芳香の拳骨と「早く動く!」という突っ込みが突き刺さった。
涙目になって頭を押さえながら走り出そうとする。
「ぐふっ・・・そ、そうか、貴様ら、あの村の・・・」
出そうとして、髭面の言葉に足が止まる。
「・・・そう、か、やはり、そうか!ははは、残念だったな!今更急いだところで、お前らの村は」
ずんっ
「・・・ぎがああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「・・・私たちの村が、どうしたってのよ?答えなさい、これ以上腹に開いた穴が大きくなって欲しくなければ」
言いながら、髭面の腹に突き刺した手をぐにぐにと動かす。
ほんの少し動かすだけで髭面は面白いように身をよじり、口から血泡を吹き出す。
しかし、口を開こうとはしない。
このままでは何も情報を得られずにこの男は死んでしまうだろう。
そう判断した青娥は、小声で何かを呟く。
それは髭面にしか聞こえない程度の声量だったが、それで十分。
それを聞いた髭面は、急に生気を失ったかのように腕をだらんと垂らし、瞳から虹彩を消す。
「ちゃんと効いたわね・・・さてと」
「お姉ちゃん、何をしたの?」
後ろでその様子を見ていた芳香が問いかけてくるので、青娥は手短に説明する。
「ちょっとこの人に、私の言うことを聞く仙術を使ったのよ。そうでもしないと口を開いてくれなかっただろうし・・・さて、それじゃ髭面さん、私たちの村が、ってどういうこと?」
青娥がそう問えば、髭面はゆったりと口を開く。
その内容は、青娥が予想していた内容の中で、一番あって欲しくなかったものであった。
「青娥様の村に・・・天皇様の命を受けた軍隊が・・・大量の一流術者と共に・・・村を潰しに向かっています」
走る。走る。只管に走る。
何を考えるでもなく、ただただ、ただただ走り続ける。
急がなければ、少しでも早く村に戻らなければ。
その焦りだけが、青娥を、青娥達を突き動かしていた。
そして。
もしかしたら軍隊がまだ村に到着していない、もしかしたら軍隊が壊滅しているかもしれない。
そもそも、青娥が張っておいた結界のおかげで村を認知できていないかもしれない。
そんな希望的観測が、皆の心を、どうにか持たせていて。
目の前に広がる、燃え盛る家々が、現実を――絶望を、見せ付ける。
「・・・うそ」
その言葉を、誰が言ったのか。
そんなことは関係ない。
しかし、その一言をきっかけにして。
彼女達の、心を保たせていた希望が、崩れ去った。
あたり一面を覆いつくす、紅蓮の炎。
地面に転がる、数多の瓦礫と、大量の血痕。
そして、つい数時間前まで元気に動いていた、仲間達。
よく果物をくれた果物屋のおばちゃん。この村一番の天才と呼ばれる、協調性のちょっと欠落した青年。何度も青娥に言い寄ってきた土木工のおっちゃん。
そんな仲間達が、大切な人たちが。
至る所で、命の灯火を、紅蓮の炎の糧としていた。
虚ろな目で、彼らの死体を見ては、もしかしたら生き延びているであろう者を探して、村だった土地を歩き彷徨う。
共にこの村に帰ってきたもの達――芳香らは、どこに行ったのだろうか。
この村を襲撃した軍隊の残党は居ないのだろうか。
そんな考えも、今の青娥には浮かばない。
ただただ、生存者を探して、でも実際はただふらふらと歩いているだけ。
それほどまでに、この状況――割と強固な結界を張って、それを破られ、村が壊滅したという状況が、青娥を追い詰めていた。
青娥が張った結界。それは青娥が張れる結界の中でも、特に隠蔽と防御力が優れたものである。
はっきり言って、一流の術者が50人集まったところで、仙人の中でもかなりの実力を持つ青娥の結界を突破することなど不可能だろう。
それが現実には破壊され、こうして村を蹂躙され。
青娥のプライドは砕け散り、結果的に村人達を見殺しにしたという事実が心を蝕む。
そんな青娥が、ほんの僅かでも自己を取り戻せたのは。
自宅のあった場所で、座り込んでいる芳香を見たときだった。
芳香は、そこに居た。
居ただけ、だった。
声も出さず、涙も流さず、身動きひとつせず。
ただ、目の前の光景を、光を失った瞳で見つめ続けるだけ。
そんな、痛々しすぎる姿は、青娥に意識を戻させる。
「よし・・・!」
「お姉ちゃん」
芳香の名前を呼び、彼女のもとへと歩みだしたその時に、芳香は逆に青娥に声を投げかける。
家の成れの果てを見ながら、続ける。
「お家、なくなっちゃったね」
「・・・!」
「ううん、家だけじゃない。お隣さんも、その隣も・・・この村自体も」
「・・・」
「人も亡くなった。お姉ちゃんと初めて会った時に一緒に居た、市子ちゃんも、君頼君も、道広君も、康司君も、道具屋の次子おばちゃんも、大工のおじちゃんも」
「・・・芳香」
「動物達も、畑も、森も、池も、井戸も、遊び場も」
「芳香、もうやめて・・・」
「お父さんも、お母さんも」
「芳香・・・っ!!」
「みーんな、なくなっちゃったね」
いつの間にか、青娥は芳香を抱きしめていた。
だって、そうでもしなければ、芳香がどこかに行ってしまいそうで。
芳香が、壊れてしまいそうで。
それが、怖くてしょうがなくて。
「・・・お姉ちゃん」
「ごめんなさい・・・!」
体が震える。
「・・・え・・・?」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」
涙が溢れる。
「なんで・・・?」
「私が、もっとちゃんと結界を張っていれば・・・こんなことにはならなかったのに・・・!!」
謝らずには。
「私のせいで・・・こんなことに・・・!!」
「・・・なんで」
芳香の口から、言葉が漏れる。
最初は、自分を糾弾する言葉かと思って、でも、違った。
「なんで・・・こんな目に、遭わなきゃいけないの!?」
一度言葉にしたら、止まることがない。
全ての不満を、怒りを、疑問を、吐き出す。
「ねぇ、何でなの!?
私達、誰かに何か、酷い事をしたの!?誰かを傷つけたの!?
違う、そんなことしてない!
私達はここで、ずっと、みんなと仲良く暮らしていただけだよ!!
それの何がいけなかったの!?
何で天皇様は私達を嫌うの!?どうして殺すの!?どうして壊すの!?
人と妖怪が共存するのがそんなに嫌いなの!?だめなの!?
人と妖怪が、一緒に居て、一緒に暮らして、共に助け合って・・・っ
それの何が、悪いことなのよぉ!!」
大粒の涙と共に、絶叫が零れ落ちる。
そして、全てを言い切ってから、芳香は更に大きな声で泣き始めた。
そんな芳香を、青娥も涙を流しながら、強く強く抱きしめた。
「・・・芳香」
芳香のしゃくりあげる声が小さくなったのを見計らって、青娥は真剣な声で話しかける。
その目には、もう涙は無い。
「芳香。私はこの村を、大事な仲間達を、あなたの家族を・・・大切な人たちを、守れなかった。
でも、今度は。
ううん、だからこそ、あなただけは何があっても守る。守ってみせる。
・・・みんなを守れなかった私が言ったって、何の意味も無いかもしれないけれど。
芳香にとっては許せないことかもしれないけれど。
それでも、私は、あなたを、命に代えても守る。
それが、私のできる、みんなへの――芳香への、贖罪だから」
その言葉に、芳香がぴくりと反応する。
そして、青娥を抱きしめる腕に力をこめて、全てを振り絞るように言った。
「そんなの・・・駄目だよ。
青娥だけが悪いんじゃない。こんなことになるなんて、誰も思ってなかった。
青娥のせいじゃないよ。
だからそんなに気負わないで。
命を懸けちゃ駄目だよ。
だって・・・私だって――」
芳香が、その次の言葉を紡ごうとした、まさにその時だった。
青娥は、背に衝撃を感じた。
その衝撃は、青娥と芳香を余裕で吹き飛ばす。
突然のことで反応が遅れたが、青娥は咄嗟に芳香を守るように自分の体を芳香の体の下に来るよう、体勢をずらす。
すぐに地面をこすりながら吹き飛ぶことになったが、とりあえず芳香にダメージは来ないだろう。
青娥の背中が地面に削られるが、仙人である彼女の体はその程度では何の問題もない。
さすがに、吹き飛んだ先にあった瓦礫に背中をぶつけたときは痛かったし息も詰まったが。
青娥は瞑ってしまった目をすぐに開け、何が起きたのかを探る。
そして、すぐに把握する。
彼女らを囲うように、十人近く、法衣と思しきものを着た男達が立っていた。
丁度青娥達の真正面に居る男が、こちらに剣印(人差し指と中指をくっつけ、他三本の指を折ることで指を剣のようにみせる印)を向けていることから、そいつがこちらに何か術を放ったのだろう。
仮にも仙人である青娥を、芳香と一緒に吹き飛ばすだけの術を使える術士・・・相当の手練であろう。
もしかしたらこいつのせいで結界が破られたのでは、とまで思うほどだ。
「貴様ら、生き残りか・・・命は村の壊滅及び、全員の抹殺。
覚悟しろ、妖怪などと共存する反逆者め」
どうやら一団を纏めている存在でもあるようだ。
男が構えると同時、周りの術士たちも印を結ぶ。
さすがにこの数、少々厳しい。
芳香もこちらを心配するように見上げてくる。
ここは逃げたほうがいいだろう。いや、逃げる以外の選択肢はありえない状況だ。
だが。
「・・・今の私は、とにかく苛々しているの。
容赦、しないわよ」
逃げてたまるものか。
妖怪など?大切な仲間であった彼らを、など、だと?
許さない。
仲間を侮辱したこいつらを。
芳香を泣かした、こいつらを。
「かかってくるならかかってこい!
この霍青娥、仙人と知ってくるのなら、その命ここで尽きると思い知れ!!」
「仙人・・・!?
仙人ともあろう者が、妖怪と共存とは・・・
この、邪仙め!討滅してくれる!!」
直後。青娥と男が、同時に術を放った。
二度、三度。青娥と男は攻撃用の術を放ち、互いのそれで相殺しあっていた。
その度に起こる爆風と爆炎の勢いで、二人の術がどれほど強力であるのかが容易に理解できる。
既に男の取り巻きであった術者たちは手出しできないほど、二人の術の応戦に呑みこまれていた。
当の本人達はそんなことを気にしている余裕はない。
気を抜けばやられる。ちょっと調整を失敗すればやられる。
それほどまでに二人の実力は拮抗していた。
まがりなりにも仙人である青娥と拮抗しているなど、まさに人知を超えた存在。
そして、その人知を超越した男は、更に術を放つ。
今までとなんら変わりのない術に、青娥は自分の術をぶつけ相殺する。
術はぶつかり合い、派手に爆発と煙を発生させた。
今までで一番の量の煙。
その大量に発生する煙に、青娥は違和感を覚えた。
(・・・こんなに煙が出るほど強い術を放ってない。おかしすぎる量・・・、っ!?)
自問自答して、予測をしたが、すでに遅かった。
すぐに暗視の術を使って、煙の先を透視するかのように見てみれば、印を結んだ男の体に、禍々しい気配を視る。
それを、青娥は知っていた。
「喰らうが良い!我らが最強の、"死"の法を!」
男が、球を放るかのように、術を、"死"を飛ばしてくる。
その術は、青娥もよく知っている、現在最強の死の術。
仙人である青娥であっても、それを喰らえばかなりの確率で死ぬだろう。
しかし術の速度自体は問題ない、容易に回避できる程度だ。
芳香も真後ろに居るわけではないし、当たらない。
そう考えて、冷静に回避をしようとして。
脚が、土で固められていた。
「なっ・・・!?」
「かかったな。さぁ・・・終わりだ、邪仙!」
脚が土に固められていたことに対する驚きで、一瞬動きが止まった青娥だったが、すぐにそれが間違いだと気付いた。
だが、もう遅い。
すぐに顔を上げてみれば、男の放った死の術が、もう回避の間に合わないところまで迫っていた。
青娥は目を瞑る。目の端に涙が溢れる。
(そんな・・・芳香と、約束したのに・・・!)
―私だって、青娥を守りたい。ううん、守るんだ。
頭の中で、芳香の声が聞こえた。
胸騒ぎがすると同時、青娥は目を開く。
そして、青娥に当たるはずだった死の術を、その身に喰らった芳香を、目の当たりにする。
芳香は、何故か笑っていた。
口を開く。声は出ない。芳香の口だけが動く。
その意味を理解した瞬間、青娥の中で何かが砕ける音が聞こえた。
「全く・・・ただの小娘の分際で邪魔しおって!」
死の術を放った男は、芳香に邪魔されたことを憤慨した。
あの術は強力だが、それだけ疲労するし霊力を消費する。
一日一発。この男でもそれしか放てない、強力にして凶悪な術を、あの仙人ではなくただの小娘に当ててしまったのだから。
それも狙ってではなく、仙人を庇われる形で、である。
―こうなっては仙人を周りの法師達と袋叩きにして殺すしかないか。
そう考えて、男は青娥に視線を向ける。
気がつけば、視界には青空が映っていた。
はて、自分はいつ空を仰いだのだろうか。いや、あの仙人に視線を向けたはず。
ならばなぜ自分は空を仰いでいる?
――なぜ、動かそうとしている腕の感覚が、いや、首から下の感覚が無いのだ?
「うわああああああああああ!!」
「ひぃぃ、やめ、やめろ、やめろあああああぁぁぁぁぁ!!」
「この邪仙がああああ!っぎ、あぎゃあああああ!」
――さっきから響き渡る、法師達の声は何なのだ?
――まるで、あの邪仙が皆を殺し、私の首を落としたかのようではないか。
その結論に至ったところで、落とされた男の首は、青娥の脚に踏み潰された。
ずるり、と何かに脚を取られて、青娥は転倒する。
地面に倒れた衝撃で、青娥は意識を取り戻した。
緩慢な動きで身体を起こし、周りを見てみれば、そこは地獄と化していた。
至る所に転がる肉体の一部、肉片、あたり一面に撒き散らされた血液、脳髄、胃液、汚物。
ある死体は腹に大穴を空け、ある死体は目が窪んでいる。
酷く潰された頭もある光景を、青娥は何を思うでもなく眺めていた。
そして、倒れている芳香を見て、全てを思い出し、全ての感情を取り戻す。
「あ、あ、あああ、ああああ・・・」
疲れ果てた身体を無理矢理引き摺って、芳香の元に這いずって移動する。
時折肉片や血液で腕が滑って動きが止まるが、気にもせず芳香の元へ向かう。
そして、辿り着いた先にあったのは、生命の躍動を失った芳香の肉体であった。
「―――――――――――ッ!!!」
喉から、声にならない叫び声が溢れ出る。
目から、涙がとめどなく零れ落ちる。
地面を、拳で殴る。何度も、何度も。
芳香を失った悲しみを、芳香を殺した男らへの恨みを、芳香を守れなかった自分への怒りをこめて。
拳から血が流れ出しても殴るのをやめなかった。
というよりも、血が流れる感覚も、痛みも、感じていないだけで。
ただ只管、青娥は壊れた。
どれほど時間が経ったのだろうか。
虚ろとなった瞳に炎が映ることから、まだそれほど時間が経っていないのであろうか。
だが、そんなことどうでもいい。
どうせ自分はここで炎に焼かれて死ぬのだ。
死ぬしかないのだ。もう。
生きていたって、しょうがないのだ。
虚ろに開かれた瞳が、静かに閉じられていき――
――良かった。怪我、してないね。
芳香の最後の言葉が、ふと頭の中で聞こえた気がした。
(・・・怪我、してるわよ・・・)
閉じかけていた瞳を、今度は少しずつ開いていく。
(あなたを失って・・・心に大きな怪我を・・・)
完全に瞳を、開ききる。
―――どうしたの、芳香?・・・ってあら、足すりむいてるじゃない。
―――別に大したことないよ?
―――だーめ、ちゃんと怪我したなら手当てしないと。
(・・・あぁ、そうだ。怪我をしたなら、手当てしないとね・・・)
過去の思い出が蘇ると同時、青娥の瞳に力が戻る。
疲れ果て、生きる気力も失って動かなくなっていた腕を無理矢理動かし、身体を起こす。
そこで初めて、自分の右手が地面の殴りすぎで血を流していることに気がついた。
(・・・あれ?そういえば・・・)
自分の拳から流れ落ちる血を見て、何かを思い出しかける。
靄の中にある小石を拾うような、そんな感覚。
思い出せ、思い出せ、必死にそう願いながら。
だがいくら考えても、どれだけ記憶を遡っても何かが思い出せない。
この血で、何かが出来たはずなのに・・・
歯噛みして、ふと芳香の死体を見る。
芳香の"死体"を。
(―――――!!)
靄に、光が差し込む。
確か、あったはずだ。自分の血と、仙力と、そして死体によって為せる秘術が。
死者の肉体を、キョンシーとして黄泉返らせる、仙術が。
まるで水を得た魚のように、左手で服の中に忍ばせておいた呪符を取り出しつつ、専用の呪文を詠唱しながら、芳香の口に自分の血を流し込む。
一滴、また一滴と血が流れるにつれ、芳香の肉体がぴくりと動く。
それは芳香が生きている証ではなく、術の影響。
だが青娥はその現象を気にもとめず、詠唱を終えた。
最後に、左手に持つ呪符を、芳香の額に貼り付ける。
(お願い・・・)
青娥は祈った。術が成功していることを。
芳香が、「宮古芳香」でなくとも黄泉返ることを。
そして。
「・・・・・・ぅ」
小さなうめき声と同時、宮古芳香だったキョンシーが、目を開ける。
ゆっくりと、だが確実に。
「・・・・っ、よかった、本当に、よかった・・・!」
それを確認した青娥は、すぐに相手の身体を抱き寄せる。
急に抱き寄せられても、術が効き始めてまだ数秒では反応がほとんどない。
そんなこともお構い無しに、ただ青娥は芳香の身体を抱きしめ続けた。
その身体は、なんだかとても冷たかった。
「あな、タは・・・?」
「私は霍青娥。あなたは宮古芳香。私は、あなたの主よ」
「かく、せいガ・・・みヤこ、ヨシか・・・せイがは、あるじ・・・?」
「そう・・・私は、あなたの、主・・・!」
「・・・わ、たしの、あるジ・・・せい、が・・・」
「よ、ロ、しく・・・ね・・・」
その日。人跡未踏の森林の奥地で、大規模な火災が確認された。
なぜそのような場所で、そのような大火事が発生したのかは、ある村の住人以外は、知る由もない。
そして、天皇お抱えの術士集団と、精鋭兵達がほとんど全滅したことも。
人殺しの仙人と、生きる死体が、その森を出て姿を消したことでさえも。
******
「・・・せーが?」
自分を呼ぶ声に、青娥は意識を現実に戻された。
目の前には、こちらの顔を覗き込む、「キョンシー」の「宮古芳香」が居る。
「どーしたー?」
「・・・いや、なんでもないわ」
そう言って、しかし青娥は再び座り込み、そして「芳香」を再び抱きしめる。
「おー?ほんとにどーしたー!?」
「・・・なんでもない」
そう言いながら、その肉体を――キョンシーの肉体を、さらに強く抱きしめる。
(・・・判ってる。もう、この身体は、「芳香」の肉体じゃないってことくらい・・・)
あの時自分を庇って死んだ「宮古芳香」の肉体は、青娥の術によって「キョンシー」の肉体となった。
だから、この身体はもう、「キョンシー、宮古芳香」の肉体である。
青娥が望む、「人間、宮古芳香」の肉体では、もう、ないのだ。
青娥は自分の行為を間違ったものだと認識している。
でも、それでも。
「・・・芳香、今度は絶対に、絶対に守るから」
自分が間違っていても、狂っていても。
対象が違おうとも、最期の約束を果たしたい。
どっちのでもない、「宮古芳香」を、今度こそ。
『・・・ありがとう、青娥』
どこか遠く、でもすぐ近くで。
毎日聞いている、とても懐かしい声が聞こえた。
すぐに顔を上げて、彼女の顔を見る。
その顔は、目の前にある「芳香」の顔は、いつもの顔となんら変わりはない。
でも。
「・・・ええ。だって、約束だもの」
青娥は、そう言って小さく笑みを浮かべた。
「・・・せいがー?」
突然笑みを浮かべた青娥に、声をかける「芳香」。
・・・いや、芳香。
そんな芳香をよそに、青娥は立ち上がる。
「さって、それじゃこれから巫女さんのところにでも遊びに行きましょうか」
「巫女かー・・・あいつ苦手だー。でも青娥守るためにいくのだー」
「あら嬉しい。それに、あの巫女案外優しいところもあるわよ?例えば――」
そんな些細な会話をしながら、青娥と芳香は歩き出す。
過去と同じように。今も変わらず。
そして、これからも、ずっと一緒に。
やっとこさ完成させられました・・・
長かったなぁ、かかった期間も文字数もw
人生で初めて、18000字オーバーなんて数を一話で書きました、'`ィ(´∀`∩
かけた時間の割には内容アレですけど・・・
でも書きたいことは書ききりました。時代背景とかはどうしても矛盾が出てしまいそうだったのであまり深くは言及していません。とりあえず神子様たちと出会う前、にはしてある(つもり)ですが。