魚心あれば恋心
潮の香りが漂う小さな漁師町。
今日も当たり前のように魚が水揚げされ、人々はそれを分け合いながら暮らしています。
けれど、誰かに会いたいという気持ちは、そんな何気ない日常を少しだけ特別なものに
変えてしまうのかもしれません。
漁師力学研究所、第1話。
『魚心あれば恋心』
どうぞお楽しみください。
※注 時代設定は昭和40年頃をイメージしております
高校から帰宅すると、お母さんが夕食の用意をしてくれていた。
いつもの魚の煮つけの匂いだ、何だろうハタハタかな?大好きなんだ。
毎日食卓に並ぶ魚料理、お父さんたちが獲ってくれた活きのいい魚、食べ残したらもったいないよ。
「香津江、お帰り、丁度良かった、向かいの杉村さんの所におすそ分け持って行ってあげて」
「大敷に出てる坂本さんが持って来てくれたんだよ、家では食べきれないから近所に配ってるんだ」
「分ったわ、今直ぐの方が良い?もう少し待てる?」「早い方が良いね、魚が弱ったら値打ちが下がるからね」
そう言って母は私にお使いを頼んできた。でも内心嬉しいんだ。だってお小遣いをもらえるかもしれない。
それに杉村さんの所には、私の大好きな隼人さんが居るんだもの。お話が出来たらいいな。
そんな事を思いながら香津江は含み笑いをした。
母はそんな娘の様子を見て苦笑した。香津ちゃん、なんか嬉しそう
だね。
「いいのいいのお母さんは知らなくても」
にっこり笑って香津江は誤魔化すのだった。
「もし隼人君が居たらちゃんと挨拶しなさいよ」「そんなの分かってるわ」
私の名前は牧谷香津江、18歳高校3年生。浜坂高校普通科で勉強に勤しむ麗しい女子高校生なのです。
(自分で言うと何か違うな)父は底引き船の漁労長(友ヤリ)。漁師の家庭に育って、強く逞しく活気のある生活を毎日過ごしています。
趣味は読書、部活はバレー部。向かいに住む杉村隼人さんの事が大好きな、推理小説をこよなく愛する女の子なのです。
今お母さんから頼まれたお使い。私の心はウキウキしてる。何故かって?もちろん隼人に会いたいからに
決まってるでしょ。
この前私の気持ちを伝えて、ちゃんと受け止めてくれたんだもの。テレビドラマの主人公になってしまった気分だわ。
毎晩隼人の事を考えて、次に会った時、どんな話をしようかな?なんて考
えてる私は、地に足が着いていない危なっかしい娘なのかもしれない。
こんにちは、杉村さん、どなたかいらっしゃいませんか?「ほいな、香津江じゃないか、どうした?」
「隼人これ、お母さんからだよ、大敷で獲れた魚だよ、新鮮な内に持って行って上げなさいだって」
「おぉぉ、こりゃ凄いな、ドッコウにウシノシタそれに石鯛だな、御馳走が食べれるわ、有難う香津江」
「あはは、私は持ってきただけだよ、それに隼人の顔が見たかったしね」隼人は少し赤くなった顔を見られたくないので横を向いて返事をする。
「香津江その、なんだ、この前。有難う。わしもお前の事大好きだったんや、気持ちが一緒で嬉しかったわ。今度一緒にどこか遊びに誘ってもええか?」「うん、私も行きたい」こうして二人のデートプランは着々と固まって行った。
第1話『魚心あれば恋心』をお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は、一人の主人公だけを追いかける作品ではありません。
同じ出来事でも、見る人が変われば見え方も変わります。
今回は香津江の視点から見た世界でした。
恋をしている時、人は相手の何気ない言葉や仕草だけで嬉しくなったり、不安になった
りします。
魚のおすそ分け一つでも、香津江にとっては大切な出来事だったのかもしれません。
次回は別の視点から、この出来事を見てみようと思います。
それではまた次のお話でお会いしましょう。
※注ドッコウとは浜坂でカサゴを指す呼び名です。




