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グンマー帝国史乗  作者: 劉白雨


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第拾伍話


「たかさき~、たかさき~。」

 東京駅から来た臨時の新幹線が、高崎駅に到着すると、いつものように自動音声がホームに鳴り響いた。

 その日、高崎駅は厳重な警備体制が敷かれ、電子銃を構えた警備員が所狭しと駅構内を巡回警備していた。もちろん、ホームも例外ではなく、関係者以外は閉め出された上、何人もの警備員が物々しく歩哨に立っていた。


 新幹線のドアが開くと、SPに続いて、日本国内閣総理大臣築城心桜(つくしろこころ)が、淡いグリーンのスーツに身を包み、ホームに降りてきた。

 許可を受けた報道陣たちが、遠巻きに総理を取り囲み、カメラを向けている。

 ただし、マイクを向ける者はいない。許可をされたのが限られたカメラマンたちだけで、レポーターはことごとく許可が下りなかったからだ。


 この厳戒態勢の中、総理一行はエレベーターでコンコースへと降りて行った。


 本日から三日間にかけて、グンマー帝国皇帝である赤城帝との会談に臨むために、彼女はこの地に降り立ったのだ。構図としては、総理がわざわざ県知事に会うために足労したということなのだが、今この地は県ではなく、国なのだ。グンマー帝国というれっきとした独立国家なのである。国対国の対等な立場であり、今回、会談を申し込んだのは日本国側である。日本国に呼びつけたところで、赤城帝が応じる筈もなく、築城心桜はこうしてグンマー帝国へと赴くことを決めたのだ。


 危険なのは百も承知だが、命を取られたところで、グンマー帝国に利はない。帝国側はどんなことがあっても、総理を守るだろう。そう踏んでの決断である。

 もちろん、事前調整は念入りにおこなった。事務方レベルで水面下の調整をおこなった上での訪群である。


 あまりの物々しさに、少し顔をしかめながらも、カメラを意識して終始にこやかな表情を見せ、出迎えた高崎駅長、ならびにグンマー帝国の職員と応対する。

 彼らの案内に従い、入国審査を終え、高崎駅を出てくると、駅前ロータリーには彼女の姿を一目見ようと人集りができており、皆スマホなどで彼女の姿を撮ろうと待ち構えていた。


 築城心桜はその群衆に向かって軽く手を振り、頭を下げると、そのまま黒塗りのリムジンに乗り込み、前橋にあるグンマー帝国官庁へと向けて走り出した。

 護衛するパトカーを先頭に、SPが乗り込む車や、随行員が乗り込むリムジンが連なった数十台に及ぶ車列は、一般車両を完全に閉め出し、封鎖された厳戒態勢の市街地を走り抜けていく。


 築城心桜は車窓に流れていく街並みを眺めながら、街というものは、たった十数年でここまで変われるものなのかと、感心していた。

 官房長官時代、群馬県にも応援演説で駆け付けたこともあったし、草津や伊香保などの温泉郷へ足を運んだこともあった。若い時分は夫と軽井沢までドライブと称して、碓氷峠うすいとうげを走ったこともある。

 そんな思い出が走馬灯のように脳裏を駆け巡るが、車窓に流れていく景色は、そんな思い出にある景色がまったく残っていない、経済的に自立し、今や飛ぶ鳥を落とす勢いでグングン成長している、その証左であるかのような、とても日本だとは思えない、発展した未来都市が広がっていた。


 グンマー帝国の建国当時、国内総生産の世界ランキングは90位前後を推移していたはずである。それが、今や30位前後まで急激にランクを上げ、今も年々順位を上げ続けているのだ。日本が2位から4位に転落したのとは大きな違いである。


 車窓に広がる景観は、地方都市に過ぎなかった高崎や前橋の面影はなく、見たこともない設備や施設が散見し、同乗しているグンマー帝国から派遣された案内役の職員から受ける説明は、どれもこれも未来の技術ばかりで、東京など足元にも及ばない発展を遂げていることを、まざまざと見せつけられていた。


 通りに面した建物のデジタルサイネージはまるで飛び出す絵本のように、立体ホログラムが使われ、SF映画の世界に飛び込んだような錯覚を覚える。

 それだけではない。見ただけでは分かりにくいが、職員の説明に依れば、建物や道路の設備は、そこかしこに見たことも聞いたこともない技術が使われており、まさに未来都市に迷い込んだ気分だった。


 築城心桜は、こんな国を相手に、自分はどう立ち回れば良いのか、日本の舵取りさえままならないのに、この帝国とどう向き合っていけば良いのか、不安しか感じなかった。


 30分程で車は元群馬県庁、今はグンマー帝国の合同庁舎である、官庁に到着した。

 地上33階建て、高さ約154mは、日本国東京都庁に次いで二番目に高いとされた高層ビルである。現在ここには、グンマー帝国の各省庁がすべて入っており、この建物一つですべての政務をまかなっていると聞く。

 県庁時代は無駄な建物だと非難されていたが、グンマー帝国となった今では、かなり手狭な建物にも見える。


 その庁舎の前には、職員だろうか、それとも一般の市民たちなのだろうか、電子銃を構えた警備員たちの向こう側から、日本国旗と帝国国旗の小旗を振っていた。

 本当に歓迎されているとは思えない。恐らく演出だろう。それでも築城心桜はその人々に向かって、頭を下げ、にこやかに手を振って見せるのだった。


 庁舎に入ると、そこにも大勢の職員が出迎えてくれた。ここでも、築城心桜は頭を下げて応えた。

 心情は複雑だった。彼らは元々日本国民だったはずである。自分が責任を持って守るべき対象の国民だったはずであり、要するに築城心桜と同じ国の人間だったのだ。それが、この十年ですっかり彼らは帝国民として振るまい、日本国内閣総理大臣築城心桜を国賓として迎え入れる。

 規模感は全然違うが、娘が嫁に行った先で、訪れて来た親を他人行儀で迎え入れるような、そんな寂しさを感じたのだ。


 案内されたエレベーターに乗り込み、赤城帝が待つ上層階へと向かう。

 建物はバブル期に建てられたものであるはずなのに、その中身は令和を越えて、未来の技術が其処此処に散見されるのだ。築城心桜は見ているだけで、頭がクラクラしてきた。

 たった十年。いや、もしかしたらそれ以前から、着実に日本は群馬から置いてきぼりを食っていたのか。それほどまでに、技術力の差を見せつけられたのだ。


 到着音と共に、エレベーターの扉が開くと、安全を確認するSPに続いて、築城心桜もエレベーターを降りる。ここまで案内してくれた職員が、この階で待っていた職員に案内役を引き継いだ。

 先を歩く職員に付いて、一行は豪奢ごうしゃな絨毯が敷き詰められた廊下を進んでいく。元々県庁舎の廊下である。いくらバブル期に建設されたとはいえ、華美や贅沢を極めたものではないはずなのだ。だが、敷かれた絨毯に、置かれた調度品など、素人目にも素晴らしいものだということが良く分かる。


 廊下の先には、重厚な扉が待ち構えていた。

 まさにこの国、グンマー帝国の経済力と、赤城帝の権力を見せつけるかのような、荘厳な構えに、築城心桜は内心たじろいだ。しかし、腐っても一国の総理である。そんな心情などおくびにも出さない。


 案内係が、ドアをノックし、「ご到着なさいました」と声を掛けると、開き戸のように開くかと思っていた扉が、引き戸のように自動で開いていった。


 中へ入ると、そこは大きな広間になっており、巨大なテーブルが真ん中に置かれていた。ここが、会談の会場になるのかと、築城心桜は理解する。

 テーブルに向かって左側には、グンマー帝国の重鎮たちが居並び、席から立ち上がると、全員が築城心桜一行に向けて頭を下げた。


「ようこそ、グンマー帝国へいらっしゃいました。まずは、そちらへおかけください。」

 居並ぶ人物の中でも一際若い男性が声を掛けてきた。年の頃は四十代中半だろうか。


 一行はその一言に従い、それぞれの席に着く。


「私が赤城帝せきじょうていの、星野誠翔ほしのまさとです。以後お見知りおきを願います。」

 一行に席を勧めてきた若い男性が名乗った。品の良い紺のスーツを身に着け、帝国国旗をあしらったネクタイを締めているその姿は、皇帝と言うよりも、どこかの会社の営業担当者のようにも見える。


「私が、日本国内閣総理大臣、築城心桜です。よろしくお願いします。」

 自分より二回り以上年下になる若者に、築城心桜は礼を以て挨拶を述べた。


「こちらこそよろしくお願いします。わざわざ、こんな辺鄙なところへ御足労いただきありがとうございます。まずは、本題へ入る前に、顔合わせをと思いまして、このような場を設けました。おくつろぎいただければ幸いです。

 こちらにご用意致しましたのは、帝国産の梨を使用したサイダーになります。それから、そちらの鉱泉せんべいはミルククリームを挟んだ帝国の銘菓で、そちらはご存知かと思いますが、伊香保温泉で人気の銘菓、温泉まんじゅうになります。他にも地元の銘菓を取り揃えておりますので、遠慮なくお召し上がりください。お口に合えば良いのですが。」

 挨拶もそこそこに、赤城帝自ら、テーブルに並べられたお茶請けについて言及する。


 当然事故がないよう、アドバンスチームにより、事前調整されているものであるため、出されるものについて、築城心桜も知ってはいたが、赤城帝自ら説明してくれることに驚きつつ、お礼を言って、まずは梨のサイダーに口を付ける。

 さっぱりとした口当たりと、シュワッとした喉越しが、緊張で凝り固まっていた身体を解してくれる。


「これは、珍しいお味ですね。喉越しも良いですし、自然の甘みが身体に染みますね。」

 築城心桜は目を細めながら感想を述べる。


「それは良かった。このサイダーは私が幼少の頃から慣れ親しんでまして、故郷の味と言ったところでしょうか、とても大好きな一品なんですよ。」

 少しはにかんだように赤城帝は言う。

「そうなんですね。私の地元にもそういうものはありますよ。この歳になると健康を気にしてあまり飲めないのですが、極端に甘い缶コーヒーがありましてね。あの味はいくつになっても忘れられません。」

 築城心桜もそう言ってはにかむ。

「誰しも、そういうものってありますよね。子供の頃に刻んだ記憶っていつまでも抜けないものです。」

「そうですね。あなたの思い出に少し触れたような気がして、どこか懐かしく、心が暖かくなりました。」

「そうですか。それは良かった。あなたにこのサイダーを気に入っていただけて、私もご用意した甲斐がありました。我が国には他にも結構銘産品がありますので、是非滞在中にお楽しみいただければと思います。

 お泊まりは、旧庁舎をリニューアルした、迎賓館に用意させておりますので、そちらでおくつろぎください。」

「ご配慮、まことにありがとうございます。」

「できれば、景勝地などもご案内したいところですが、まずは、両国の懸念を払拭する必要がありますからね。落ち着いたら、またその時にでも、ご案内させていただければと思います。グンマーには見所のある場所が数多くありますので。」

「それは、楽しみですね。この会談を有意義なものにして、その暁には、ぜひ、ご案内をお願いしたく存じます。若い時分は良くこちらにも旅行で来たものですから、だいぶ様変わりはしていましたが、それでも懐かしさは込み上げてきます。」


 こうして二人の顔合わせは、和やかに進められ、小一時間の会談はひとまずお開きとなった。


 その後、築城心桜一行は旧庁舎をリニューアルした迎賓館に移動し、夜は赤城帝主催の晩餐会に参加した。


「本日は、ご多用のところ、遠路はるばる我がグンマー帝国にお越しいただき、まことにありがとうございます。日本国内閣総理大臣築城心桜閣下、ならびに随員の皆様を、この帝国の地にお迎えできましたことは、私にとりましてこの上ない栄誉であります。

 我が帝国は建国より十年の月日が流れましたが、まだまだ若輩者ではあります。隣邦、日本国に学ぶところはまだまだ多く、此度の会談を機に、一層両国の友好を築き、繁栄していける未来を、共に歩もうではありませんか。

 本日こうして、直接閣下と対面し、語り合える機会を得ましたことは、今後の両国にとって大きな一歩であると確信しております。

 この晩餐会では、帝国の山の幸、温泉の恵み、そして民の心を込めた料理をご用意致しました。是非、お召し上がりいただきながら、忌憚のないご交流をお楽しみください。

 グンマー帝国と日本国の更なる友好と繁栄を祈念し、私の挨拶といたします。」

 赤城帝、星野誠翔の挨拶によって、晩餐会は幕を開けた。


 会場に居並ぶ列席者は、殆どがグンマー帝国の関係者で、名士や著名人、政界の重鎮などが列席し、日本国からも随行員だけでなく、特別に招待された群馬縁の著名人や政府関係者が何名か列席していた。


「赤城帝陛下、ならびに御列席の皆様。このたびは、丁重なるお迎えと、心温まる晩餐会を開催いただき、心より感謝申し上げます。

 私ども日本国政府一行は、グンマー帝国始まって以来、初の公式訪問団であると伺っております。

 高崎の駅に降り立った時、そして、この迎賓館に来るまでの道中で見た景色は、私の知るかつての群馬ではなく、まさに、赤城帝陛下の指導の下、帝国の民が一致団結し、ここまで発展を重ねてこられた成果であると感じました。

 我が日本国は歴史こそ長く、他に類を見ない国家ではありますが、グンマー帝国の発展には学ぶべき点が多く、本日より始まるこの会談を通じ、両国の相互理解を一層深め、平和と繁栄を共に築いていくため、実りある対話ができることを心より願っております。

 ここに、皇帝陛下のご健康と、グンマー帝国のますますの発展、そして本日お集まりの皆様のご健勝を祈念し、私の挨拶と致します。ありがとうございます。」


 イメージカラーでもある薄緑色のバーティードレスに身を包んだ築城心桜総理からの返礼が終わると、赤城帝による乾杯の音頭と共に、列席者は手に手にグラスを掲げ、料理に舌鼓を打ち、互いに歓談をするのだった。


 この晩餐会の末席には、警察庁特務課の西蓮寺芽瑠さいれんじめるの顔もあった。

 彼女の心には、両国の未来を不安視する気持ちが湧き上がっていたが、それを押し殺したように、ただ会を見守り、列席者と腹の探り合いを重ね、群馬の郷土料理を口に運ぶのだった。



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