061話 The Selfish Gene-ration
公安により帝東大の放送室に監禁された俺は、奇しくも同じ境遇であった学長――興津千代の高説に耳を傾けている。
「おれたちの学生運動は結果としては社会に受け入れられなかった。だから続く世代は、そんな運動に対して冷笑的な立場のノンポリに染まったのさ。暮らしも豊かになりハングリー精神も失われ、政治の話なんざタブー視だ。そういった風潮が脈々と、お前さんくらいの世代まで引き継がれていったワケだ」
政治的主張に固執した余り暴力に走ってしまった連中――それを嫌悪して反面教師にしたのが、ちょうど俺の親世代だった。
「私たちの世代には熱量が無いと?」
「そんなこたぁ知らん。ただ、今日見たあの子らには、おれたちと同じ熱が宿るんだろうっちゅうだけの話だ。おれにはそれが分かるから止められんし止める気もない」
その言葉の後半は見張りの白コートに向けて言い放つかのように、老婦人は語気を強めた。
時代の揺り戻し。
若者が政治の話をするようになって反体制思想が活発になった現状も、繰り返している歴史の一部に過ぎないのかもしれない。
「ただ、その運動自体だっておれたちと同じ結末を迎えるとは限らない。なにせあれから半世紀以上も経っとるんだからね。アジビラやタテカンの代わりがSNSやコンフルエンサーとやらになるなら、その拡散力はもう制御が効かねぇ。だから政府は――」
バンッ、と入口の扉が開く。
相も変わらず高圧的な姿勢を崩さない、白いコートに身を包んだ俺の旧友が現れた。
「――こいつら6課を作ったのさ。青い奴らとの衝突に備えて、な」
「興津学長。我々は対清廉情報思想派の為に生まれた組織ではありません。誤解の無きようお願いします。そして、学長声明の件はお考えいただけたでしょうか」
甲斐斗は興津の挑発を軽く流しながら、ガラスに区切られたこちら側にまで入ってきた。
公安6課は、表向きにはネット上の放送法が届かない範囲における犯罪の対策として設立された。今回の公安の動きも、暴徒化した学生によるそれを是とするかのような配信や投稿を防ごうという建前があるといえる。
「手綱なんぞとうに千切れてることにまだ気付かんのかい」
「……貴女とはもう少しお話をさせていただく必要がありそうですね」
甲斐斗は興津氏にそう告げると、比較するように俺に視線を移す。
「君はもう帰っていい」
その言葉に反応した見張りの白コートが、近づいてきて無言のまま俺の手錠を解錠する。
「公務執行妨害のお咎めは無しか?」
俺は解かれた手首の感触を確かめながらソファから立ち上がる。また俺が一方的に熱くなって会話の機会を潰したくはないので、努めて冷静に振る舞う。
「私も暇じゃない。何の情報も影響力も持たない“一般人”の相手などしていられない」
甲斐斗は似合わない言葉遣いで俺を突き放す。
公安は秩序維持の為のスパイ組織であり、個人の軽犯罪など眼中に無いという訳か。
「友人の検挙数に貢献できず残念だ。一般人であることを恥じるよ」
意地悪な笑みを浮かべながら口にした俺の皮肉に、甲斐斗の眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。
「誇れよ。一般人であることを。……何者かになろうとして思想の乗り物に成り下がったあの学生たちを見ただろ。分不相応に当事者になろうとするから咎められる。物知らぬ一般人でいれば良いものを」
「情報格差を容認しろなんて、お前の口からは聞きたくなかった言葉だな。公安6課……その形で報道に携わることがお前の答えなのか?」
「世界がどう変わっても、私はそこから目を逸さなかった。報道は感情論じゃない。信念への解釈も、あの頃とは違う」
甲斐斗な俺の問いに正面からは答えなかった。
その口振りから、やはりコイツも報道革命を経て変わってしまったのだ。けれど俺とは違い、こいつは今も一線に身を置いている。
しかし気付けば今は、曲がりなりにも言葉の応酬を続けられている。甲斐斗の態度は相変わらず突き放し気味であるが、取り付く島もないというほどではない。
俺はここぞとばかりに、感情に訴える。
「俺たちが語り合っていた報道とは、自分たちの都合の良い事実だけを映すものじゃなかっただろ……!」
警察は自身や政府の威信のために学長に謝罪を強要し、学生が叱責されるべき立場であるという事実を作り出そうとしている。拒否する当人を軟禁までして引き出した言葉で世論を誘導するなど、健全な報道である筈がない。
甲斐斗は苦々しげに顔をしかめ、負けずと語気を強める。
「君は、ただの一度も、自分の感情で報道の取捨選択をした事が無かった言えるか……!?」
俺は口籠る。
その表情はどこか、今の居場所で苦しみに悶え助けを求めているかのように見える――なんて考えるのは俺に都合が良すぎるだろうか。しかし甲斐斗の道を正そうなどと言うのであれば、己自身も誠実でなければ筋が通らない。
今の俺にはそれが無い。
「君は報道の世界を離れて別の道を選んだんだろ? なら今のそれを大事にし続ければいい」
そう言うと、甲斐斗はいま一歩俺との距離を詰め、囁くように、しかし力強く言葉を発する。
「だから――もう僕の前に現れないでよ……!」
最低の言葉でも、その目は。
その時だけは、俺の知っている目をしていた気がした。




